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2011年9月23日 (金)

NHKスペシャル 「きこえますか 私たちの歌が ~被災地のど自慢~」 感涙のドキュメンタリー

NHK伝統の「のど自慢」。これをかけておけば、「鉄板」でお年寄りには喜ばれます。しかし、9月11日、被災地大会として、久慈を会場にした番組が放送されたとは知りませんでした。ビデオに撮られた方があれば、譲ってほしいぐらいです。この回は90分に枠を拡大し、久慈市や岩手県のほか、東北全域で予選をおこなった上で本大会が開かれたそうです。

23日ソワレに放送された『NHKスペシャル』は「きこえますか私たちの歌が ~被災地のど自慢~」というテーマで、この大会の内幕を描いたドキュメントになっていました。要するに、この大会に応募してきた人たちのうちの一部に密着し、その人が抱く震災や津波、原発問題への想い、そして、それを歌にして伝えようとする想いを、「のど自慢」予選(・決勝)に賭ける人々の姿から追っていこうとするものです。ほかの例でいえば、「モーニング娘。」選抜の模様をドキュメンタリー化した『浅草ヤング洋品店』が一時期、大ヒットしたように、あるコンテンツ(この場合はのど自慢)の魅力を利用して、二番煎じをつくるという卑近な意図に基づくものでしょう。先の「モー娘」にしたところで、その音楽的なクオリティよりは、はるかに選抜風景のほうが面白かったというように、この番組も内幕物語のほうがはるかに面白かった例ではあろうと思います。

とはいえ、このドキュメントは今年、NHKが制作するドキュメンタリーのなかで、もっともクオリティの高いものになると断言して間違いないでしょう。あり得ないことですが、カンヌ映画祭のドキュメンタリー部門に出品したとしても、必ずや観客のこころを掴むことができるにちがいないほどの面白さだったのです。

そこには人間が両親や友人たち、住む場所や、その土地にあったはずの絆を奪われたあと、どうなってしまうのかという極限状況が次々に描かれていました。原発事故で家族がバラバラになってしまい、猟師にとっての生命である船まで失って生きがいを見失っていたお父さん。津波で両親を喪い、母親との思い出を偲んで『千の風になって』を歌った中年の男性。幼馴染の親友で、猟師としての腕を競い合ってきた友人を亡くした壮年期の青年の姿・・・。様々な想いが、歌というものを通じて浮かび上がってきます。それだけだったら、単なるお涙頂戴にもなりかねないところでしょう。ところが、このドキュメンタリーにはもっと奥があります。

それは、ここに出てくる歌い手が明らかに、自分ひとりの趣向としての歌ではなく、それ以上のなにかを背負って歌っていたということです。番組テーマのなかにある「私たち」というキーワードは、予選や決勝で歌った歌い手ひとりひとりの集合というだけではなく、その歌い手ひとりひとりの背後に圧し掛かる人々の絆ということを指しているのです。予選を通った人、そうではなかった人、両方がいるわけですが、いずれにしても、その歌には魂がこもっており・・・まったく飾り気のない、それだけに、味わいぶかい魂がこもっており、それを歌う各々の人物の表情は、いかなる映画俳優の味わいにも負けるものではありませんでした。例えば、幼馴染みを喪った壮年期の男性の精悍な表情は、まるで柳葉敏郎の演技を思わせるように渋いのです。人は意識せずに、あんな風に凄い表情をみせられるものでしょうか。

リュック・ベッソンは人物の顔を大映しにして撮るのが好きですが、あれほど良い表情はなかなか撮れていないですよ。

正に、そういうことの連続です。故郷に牛たちを残し、いわき市へ避難せざるを得なかった原発汚染地帯の住民であった81歳のおじいちゃん。彼がカメラに向けてみせる、彼の飼っていた牛たちの写真。それがすこし引かれた視点で撮られるのですが、テレビカメラのレンズの向こうにみえる写真のなかの風景は、アンゲロプーロスの映画だけがもつようなリアリティを備えています。そこには、私たちがなかなか理解しにくい牧畜家のふかい愛情が詰まっているし、一方、その対象を喪ったときの彼の悲壮さが、1頭1頭の牛の影に、確かに映り込んでいるようです。しかも、そこでのんびり草を食んでいるらしい牛たちは、結局のところ、放射能「汚染牛」として処分される運命にあるというのだから、もう堪りません。

あんな凄い映像を、他の誰が撮れるでしょうか。あの、おじいさんだけです!

私は震災以後、このような自分たちに想像しにくいような苦しみに対して、できるだけ「ともにある」、もしくは、そうありたいということを願って、いろいろなことを書いてきたし、自分の生活を送ってきました。しかし、このようなドキュメンタリーをみると、私たちの努力によって共有し得る部分もないわけではないけれど、やはり、彼らの立場に立ってみないことには、どうしても掴めない何かがあると感じました。

ただ、そうはいっても、そこに私は距離ではなく、かえって親密さを感じたのも事実です。貧民を家族のように愛した私のこころの師、マザー・テレサの想いがすこしばかり理解できた気がします。彼らの置かれている極限状況や、もはや拭い去れない苦しみのなかにこそ、私たちの姿が映っているのではないでしょうか。マザーはきっと、貧民に同情したのではない。絶対に、そうではない。マザーは貧民のなかに、自分の姿をみたのです。それはキリスト教的なものの考え方では、多分、神さまの似姿としての人間を実感することです。そこには、「私」や「あなた」という立場を越えた、究極の関係がありますね。とすれば、私たちの関心はどこへ向くでしょうか。それは、彼らのこころ=歌に耳を傾けるということです。

介護では、「傾聴」ということがとても大切だとされています。これは老人介護に限らず、あらゆる人間関係のなかで肝となるようなキーワードではないでしょうか。相手の悩み事を、「ただ聞く」ということほど難しいことはありません。私たちはどうしても、批判したり、反論したり、注意したり、叱ったり、わかったフリをしたり、反問したり、最悪の場合、無視したりするものです。ところが、被災者のこころにあるのは、ただ、私たちの声を聞いてほしい、というそのことだけです。「だけ」というのが問題あるならば、「まず」、そのことだとしておきましょう。そして、この被災地のど自慢大会というのは、結局のところ、被災地の人たちの想いを、そこから遠くにある我々が、もしくは、そのそば近くにある人たちが「黙って聞く」という、そのための機会だったように思えてなりません。

のど自慢とは、こんなにも良い番組だったのでしょうか?

世界にも、いろいろと優れたドキュメントがあり、それはBSなどでもしばしば放送されてきていますが、これほど重厚で、かつ、親密で、スイートなドキュメンタリーというのは、あまりなかったのではないでしょうか。ひとつ別の例を挙げるとすれば、英国BBCの番組で、合唱指揮者を務めるギャレス・マローンという若者がコーラスを組織して荒んだコミュニティの生命感を回復するというドキュメンタリーが、これに匹敵するほどのものをもっていました。

この番組は、多くの人たちに見てもらいたい。24日の午前10:05から再放送され、その後、しばらくは、有料ながら「NHKオンデマンド」でも配信されるでしょう。大げさな言い方は嫌いだけれど、この番組はことし制作の世界じゅうのドキュメンタリー作品のなかでもっとも優れたものになるし、米国だったら、ピューリッツァー賞モノの力強い作品となるはずです。はじめのほうから最後まで、私はずっと泣いていたように思います。お涙頂戴では、泣きませんよ。もっと大きなものが、私のハートに突き刺さってきたのです。

放送終了後の打ち上げで参加賞のトロフィーが渡される場面につづき、楽しそうな記念撮影の最中、狙ったようにやってくる震災半年後のあの時間。NHK局舎に流れる放送に合わせて黙祷する出場者たちにとっては、あまりにも残酷な時間。この特集で取り上げられなかった人たちを含めて、様々なものがこみ上げてきて引き締まる表情の美しさ=苦しさは、見る者を唖然とさせる。あそこでは、三島由紀夫が憧れた特攻隊にも匹敵する精神美を、ひとりひとりが内包しています。浅薄な言葉によって、美化しているのではありません。こんな映像は、狙って撮れるものではないでしょう。そうです。狙って得られるものではないのが、芸術的な美というものなのです。彼らの背負っているものの重さを想うと・・・できることなら、代わってあげたい。たった一瞬であっても!

【この番組をイメージさせる音楽】

 バッハ 「羊は安らかに草を食み」~カンタータ『わが楽しみは狩りのみ』 BW208
  (S:エリーザベト・シュヴァルツコップ)

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