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2011年11月23日 (水)

落語家 立川談志師匠、逝く

落語家の立川談志が、75年の生涯を閉じた。2日前に亡くなり、既に密葬が済んでからの公表だ。志の輔など、主要な弟子たちも葬儀には加われなかったようである。死に方まで、破天荒な人だった。

私にとって、落語は主要な趣味ではない。寄席に行ったこともない。しかし、談志の落語をMXテレビなどで耳にしたときの印象は、正に凄絶なものだった。いつか彼の健康状態が持ち直すときがきたら、そのときこそ、私の「落語デヴュー」だと考えていた。もちろん、そんな日が来るわけはなかったが、これほど早く亡くなるとは思わず、驚くとともに、私ごときが何かを語る資格があるのか、先刻まで迷いに迷っていたものだ。そんな状態でも、とにかく口角を開いてみるのが、周りからは消えてなくなれと思われながらも、芸術的なものには何であれ口を出したジャン・コクトオの精神を尊敬する私なのである。

私の数少ない経験から考えると、談志の落語はバロック音楽に通じるものがある。破天荒のうえにも破天荒、伝統的な落語のやり方を全部、具に心得ていても、敢えて、そのまま噺すということはまずあり得ない人だ。尾ひれの付き方、脱線の仕方が物凄く、わざわざ噺を破綻させてから、一挙に必要な要素を詰め込んでしまいにしたりするので、噺の迫力は余人の及ぶところでない。当然、噺は軋む。その軋みのなかにしか、談志は生きることができないのである。それが正に、バロック音楽と同じなのだ。

軋みのなかで、談志はほろっと人間の真実を語る。油断すると気づかないほどさりげなく、しかし、もちろん、ハッキリとしたメッセージで、談志は真実をチクリと刺して、さっと飛び去っていくのだ。そして、その真実に照らして、談志自身がどうなのかといえば、もちろん、まったくもって理想的ではない。彼の高座以外での言動は、とても褒められるものではなく、発言や行動には一貫性がないこともしばしばだ。しかし、いちど高座に上がると、彼の表情は穏やかになる。普段は、まるでノーブルではない彼の表情が、ぐっと優しくなるのだ。この顔も、私にとって魅力的なものであった。

もはや、高座で喋る談志の姿を拝むことはできなくなった。仕方がない。そのうちに、志の輔でも聞いておこうか。幸い、談志は名教師であった。立川一門には、人が多いと聞いている。しかし、彼らは本当に談志のこころを継いでいるのであろうか?

☆こんな日に捧げる1曲

 モンテヴェルディ 
   今や、天と地と風が黙し Hor che'l' ciel e la terra e'l vento tace

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