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2011年12月 5日 (月)

ノイホルト ストラヴィンスキー ペトルーシュカ 東響 川崎定期 12/4

【インスピレイション豊富な演奏会が良い】

とても、いろいろな味わいがあった。ギュンター・ノイホルトの指揮による東京交響楽団の演奏会だ。

最近、いよいよハッキリと思うようになってきたが、音楽家の演奏(精度)の良し悪しなどどうでもよく、私に多くのものを感じさせてくれる演奏会こそが、私にとって良いコンサートなのだ。諸君は、なにを求めて演奏会にいくのだろうか。私の場合は、音楽家との対話ということをもっとも大切にしている。その対話はいつも、彼らと私の「共通言語」としての楽曲のうえでおこなわれるものだ。私も彼らも、お互いを知らないが、その共通言語のうえでのみ結びつくことができる。私は自分にできないことをやっている音楽家たちを尊敬しているが、一方、その尊敬に値しない音楽家には深い軽蔑を与えることも辞さないつもりだ。私が「値しない」と感じるときは、彼らが私に対していかなるインスピレイションも与えないときである。幸い、今回はインスピレイションが豊富な演奏会だった。

その理由のひとつは、普段、とらない席で聴くことになったせいかもしれない。個人売買を通じて席をとったからだが、その席というのがなんと最前列の、かなり真ん中のほうに位置していた。会場は新百合ヶ丘にある、昭和音大の「テアトロ・ジーリオ・ショウワ」で、東響のコンサートの際にはオケピが開放されて、数列の客席が増席してある。渋谷のNHKホールと同じようなスタイルだ。こういう場所で聴くと、ホールの音響をさほど利用しない、生音にちかい響きが楽しめる一方、弦管をバランスよく聴きとることは難しく、演奏の全体像は掴みにくい。そのような前提におけるレヴューであることを、はじめに断わっておきたい。

【プログラミングについて】

実際の演奏の感想を書く前に、演奏会全体のプログラミングについて確認しておきたい。今季、楽団の設定する年間テーマ作曲家はシェーンベルクである。しかし、今回はバッハの編曲がシェーンベルク編である以外、直接、シェーンベルクとは関係しない。ただ、その時代背景はよく捉えた上で、演奏効果も加味した上手なプログラムである。作品はいずれも、1910年から数十年間の間に初演されている(無論、バッハの場合は編曲版についてのはなし)。第1次世界大戦前後から世界恐慌を通り、ストラヴィンスキーの場合は、原曲の完成はもっと早い時期ながら、戦後の版を使うことで時代背景をよりワイドに俯瞰できるように工夫した。

そして、この時代背景を串刺しにするのが、「新古典主義」のキーワードということになろう。ストラヴィンスキーやラヴェルはこの分類の典型をいく音楽家としてしばしば取り上げられ、一方、シェーンベルクについては「新ウィーン楽派」の始祖的な存在であることから、その性質は分類的にあまり強調されないものの、彼主催の「私的演奏協会」の内容や、今回、取り上げられたバッハの編曲などをみるにつけても、新古典主義的な傾向は上記の2人にまったく劣るものではないことがわかる。

しかも、プログラムされた3曲は、何らかの形でメタモルフォーズされた性質をもっている。バッハの編曲はもちろんのことだが、ストラヴィンスキーも「1947年版」では編成を縮小して、響きをやや簡潔にし、ピアノ編曲のクオリティを加えて、彼の新しいスタイルや時代柄に旧作を合わせ込んだ。ラヴェルの協奏曲については何の変化も加えられてはいないが、もともと左手のみという「異形」のスタイルで書かれていることに注意しよう。これは差別的な言い方になりかねないので配慮が必要だが、両手のあるはずの人間が片手のみになってしまった、そのメタモルフォーズを前提として含んでいることに注意すべきだ。

【舘野の歌ごころと集中力の使い方】

もちろん、舘野泉というピアニストは、そうした障害を文字どおりの「障害」とは受け取っていない。彼がその境地に辿り着くまでには、私たちの想像を絶する苦しみがあったはずだ。しかし、いまの舘野は「右手が動かなくなって良かった!」と思えるほど、純粋に人間の半身のもつ物凄い能力に驚嘆しているにちがいない。彼の弾くラヴェル『左手のための協奏曲』を聴くのは、これが2度目のことだ。前回は2年前、小児がんの子どもを支援するためのチャリティ公演のときで、指揮は下野竜也が務めた。前回も感動的な演奏に涙したが、そのことをすっかり忘れていた今回も、同じように感動させられたものだ。舘野の『左手』にハズレはないということになるが、前回の感動のポイントと、今回のそれでは微妙に感覚がちがう。特につよく感じたのは、次に示すような2つのことである。

まず1つは月並みだが、舘野の歌ごころの美しさということに尽きる。ラヴェルによる両手の協奏曲では、特に第2楽章で、歌ごころのセンスが試されると私は信じてきた。そのためというべきか、私がいままで聴いたなかでもっとも感動的な歌ごころを弾き上げたのは、二期会のコレペティである相田久美子であった(2004年9月、青いサカナ団)。あのときの演奏は、どんな大演奏家の録音でも到達できないひとつの理想として、私のこころのなかに住み着いているほどだ。しかし、『左手』においては、歌ごころというよりは、フォルムの美しさに全神経を集中すべきであるというのが私の持論であった。それこそがヴィヴィッドで、輝かしい管弦楽の伴奏と合力するための唯一の手段であって、ひときわ簡潔にまとめられた作品に込められた詩情を明らかにするための早道であると思われたからだ。

ところが、舘野のピアノはどこも均一に、揺るぎなく弾かれているようなパフォーマンスではない。抜いている部分と、そうではない部分があるからだ。そのため、楽曲はどの部分でも完璧な精度で演奏されなければならず、その技術的な完成度(また、それのみがピアニストにとっての誠実さと捉えること)においてのみ演奏を評価するような価値観の持ち主には、舘野の演奏を理解することは難しいだろう。もちろん、彼の集中力が最大となるのは、この楽曲においては、2つのカデンツァの部分にほかならない。しかし、第1カデンツァにおいては管弦楽の盛り上がりを受ける前半の生硬な部分は捨てられ、その後、表情が和らいだ部分においてのみ圧倒的に集中力が高まった。その断面において、音楽はまったく別物に切り替わる。

その秘密のひとつは、私の席ではよく観察できたから言うわけではないのだが、ペダリングに求められそうである。つまり、それまでの場面においては、ほとんどノー・ペダルで、最初の打鍵のインパクトを打楽器的に生かしていたのだが、そのシーケンスがひととおり片づくと、今度は繊細なペダルが入り、弦楽器の響きに変わっていくのである。舘野が特に好きなのはこの弦楽器の響きなのであり、そこで彼のもつ歌ごころは最大限に高められる。そして、冷静に聴いてみれば(実際には舘野の響きを聴いて冷静ではいられない)、その部分にこそ、これから楽曲のなかで主要な素材となっていくクラスタが活き活きと散らされているのである。そういうものを丁寧に拾いながら、舘野は丹念にネジを巻く。

こうした部分では、舘野が奏でるひとつひとつの音に完全なる意味が見出せた。そして、舘野はこの愛おしい素材の山を、どのように魅力的な歌として組み上げるか、いま、こうして弾いている瞬間でさえ、ずっと考えているのにちがいない。その滋味が微妙なルバートとなって、我々のこころのなかを通り過ぎていく。

【構造との対話】

しかし、その思索の最後のほうで、今回、気づいた2つ目の特徴が表れてくる。それは単に情緒的なものや、感情的な昂ぶりだけではなく、それをまとめ上げる強い構造の力が、響きを天国に持ち上げるためには必要だということなのであった。このカデンツァは、はじめオケ側から託されたものとして輝きながら降臨し、打楽器的な響きとして打ち込まれると、やがて、人間の声として優しく成熟する。それを天国に再び戻すのが、ピアニストの役割であり、舘野はそのことも意識的にコントロールしているのであった。その証拠に、カデンツァの最後で響きは急速に膨張し、管弦楽の強奏へと、至極論理的に結びついていく。この継ぎ目をつくるという点においては、ノイホルトの手腕も、もちろん無視はできない。

この構造は、後半のカデンツァでも同様に見出すことができる。だが、そこではもうひとつ、ラヴェルが仕掛けた巧いトリックが待ち受けている。このカデンツァはもう、本当の意味で全身全霊を傾けて弾かれる必要があり、舘野はそれを、圧倒的な集中力で実行している。この部分をやるためならば、中間で多少、抜くところがなくてはならないのは当然のことだ。ただ、抜くといっても完全なる弛緩ではなく、来るべきスパートのためにペースを守って、力を蓄える長距離ランナーのような感覚である。また、この協奏曲においては、管弦楽の響きを利用するということも含まれていようか。実際、ソロを打つコンマスの大谷をはじめ、管弦楽全体が舘野の「弛緩」を上手に包み込んでいたのも見逃せないところである。

その結果、舘野はひとつも響きを緩めずに、あの長大なカデンツァを描き上げることができた。どこまで続くとも知らぬ長大さで知られるが、『ボレロ』ではオーディエンスが飽きてしまうギリギリのところを狙ったというラヴェルだけに、ピアニストが左手一本で、これ以上は弾けないというポイントを的確に予想していたように思われる。もしも、これをラクラクとこなせてしまうというピアニストがいたとしたら、私は尊敬ではなく、かえって軽蔑を感じるであろう。それはとりもなおさず、彼がこの曲において、全力を尽くさなかったことを示しているからだ。実際、そのために、何がなんだかわからないうちに響きが盛り上がっておわっている録音も数多い。舘野は多分、誰よりも一生懸命に鍛え上げたであろう左手の、全部を出しきる。そして、もう無理だろうという絶妙のタイミングでもう一息、打鍵に重みを加え、それに管弦楽の昂揚がぴったり連れ添って来れるように弾いたのである。

このフィナーレはなんとも見事なもので、『左手』協奏曲の『左手』たるゆえんを、はじめて聴いたように感じたものである。蓋し、名演だ!

なお、前日のアンコールでは、舘野はカッチーニの『アヴェ・マリア』を弾いたそうだが(これは上に示した小児がんのチャリティのときと同じ選曲)、2日目は趣向を変えて、エルヴィン・シュールホフの作品を演奏した。シュールホフは、アウシュヴィッツの露と消えたチェコの作曲家として知られる。彼は左手のための『3つの組曲』という作品を書いているので、多分、そこからの抜粋で「アリア」が演奏され、平和への願いという観点で共通項をイメージさせたかったものと思われる。

【上げ弓をゆたかにする効果】

ところで、前半の2曲は、激しい上昇音型に喜びや希望が託されるところに特徴がある。ラヴェルでは、それが甚だしい演奏効果とともに、平和への願いというテーマに結びついているのは明らかだが、バッハの場合は、より直截に響きの希望そのものと結びついている。だが、もちろん、バッハにとっての響きとは、神さま以外のなにものでもないであろう。上昇音型および上げ弓(バロックではそれは弱拍を示す)のセットで、もっとも崇高な喜びを表現するという発想は、多分、バッハ自身ではなく、シェーンベルクのほうのアイディアであろうが、これが今回、非常に大きな効果を発揮した。

一般的に、強拍を主張することによっては、バロック音楽のもつ自然な息遣いを引き出し、舞踊的なリズムの味わいを簡便に表出することができるであろう。しかしながら、本来は弱拍たる上げ弓を工夫して印象的にすることによっては、作品全体の味わいがより高く引き上げられることもまた、以前、フェリックス・アーヨの演奏によって体験済みのことである。アーヨは、かのイ・ムジチ合奏団のリーダーであったことを思い出してほしい。それが意識的なものだったかどうかはわからぬが、この日の東響も同じようなことをして、バッハの音楽のダイナミズムをしっかと高めていたのである。

バッハでは、全体の響きがよくまとまり、東響らしい一体感のあるサウンドが存分に楽しめた。ノイホルトは楽器のバランスを上手に調整し、しばしばオルガンのような響きを模しつつ、シェーンベルクがその安定感に満足せず、より時代にあった強い響きを得ようとして工夫した点を細々と示しているかのようだった。

【ステロータイプを拭うペトルーシュカ】

最後は、ストラヴィンスキーのバレエ音楽『ペトルーシュカ』の1947年版である。ステージの真ん中にピアノが置かれ、そこにパイロットたる尾崎有飛が陣取った。さて、東響にとってこの曲は「十八番」という感じであり、この楽団によくあっている演目のひとつである。2008年には本指揮のミッコ・フランクが練習をつけたあとに本番に出られなくなり、飯森範親が突如、当日の指揮台に立つという混乱のなかでも、立派な演奏を見せつけたのは記憶に新しい。

あのときと比べると、トランペットにマルティがいなくなり、チェロのボーマンが引退したというところで、若干、落ちる部分もなくはなかったが、それでも東響らしい演奏が聴けなくなったわけではない。弦全体はレヴェル・アップしているし、オーボエに荒を獲得するなど、木管や金管もブラッシュ・アップされて、団員の入れ替わりによる負の影響はさほど感じられない。

次に、先程、新古典主義云々という話をしたが、ここでは、そのことは敢えて忘れたほうが賢明である。なぜなら、プログラミング上の特徴は特徴として、ノイホルトと彼のオーケストラが目指したのは、とにかく響きそのもののもつ味わいに、最大限、忠実な演奏をしようというところにあったからだ。そのためならば、彼らはそれが本来、バレエ音楽であったことさえ、過剰に意識することはないと考えていたようだ。それは冒頭のゆったりとしたテンポに象徴されており、それはやがて現れるパペットの愛らしさを語るクラリネットの旋律に対応していることは明らかだが、このあたりの強調はいま申し述べたような姿勢と無関係であるはずがない。

ノイホルトの『ペトルーシュカ』は、この作品に関する様々なステロータイプを去るところから始まっている。バレエ的な動的センス、舞踊的な揺るぎない流れ、当時のパリを背景とする色彩感、ピアノの圧倒的な活躍(当初はピアノ協奏曲として構想されたことから)、ストラヴィンスキー「三大バレエ」としての音響的な威容、「1947年版」としての新古典主義的な変容について。これらのどれも、ノイホルトの演奏を読み解くための鍵としては正しいものではない。だから、私はそれらのキーワードによって生じるあらゆる称賛や批判を、まったく意味のないものとして退ける。

【ペトルーシュカの存在を重視する】

彼が重視したのは、正にペトルーシュカというパペットの存在そのものなのだ。例えば、今回の演奏で特徴的なことのひとつに、弦のスタッカートの強調がある。この効果がペトルーシュカの存在そのものとどのように関わるかといえば、それはペトルーシュカ=操り人形の構造を思い浮かべることでイメージができるはずである。魔術師が人形を糸のくびきから解放したとしても、人形の構造としてのカクカクしたところは決して消えることがないはずだ。ノイホルトの細切れの音は、こうしたペトルーシュカの一挙手一投足を端的に物語るであろう。ペトルーシュカは完全なる自由体ではなく、このように決定的な弱みをもっているわけだ。ノイホルトが注目したのは、このように完全ではない自由と、その脆さなのである。

脆さにおいて語る音楽というのも、確かに面白い。私がこの日の演奏で特に魅力的に思ったのは、太鼓の響きのうえで、1本の木管楽器がか細く歌うような個所なのであった。厚みのある部分が印象に残るのは当然として、ノイホルトはこうした薄さのなかで、音楽がどのように自立し得るかを試したのである。その結果はきわめて興味ぶかく、奇妙なものであった。それは前半の2曲とは異なり、下げ弓のメッセージへと収束していく。木管や金管、あるいは打楽器の響きが目立つ曲でありながら、私の耳はどうしても弦のほうに向いていった。アップにおける豊かさを放棄し、いまやダウン・ダウンで、情緒的にはどこまでも落下していくようにみえた。そのなかに、ぽつぽつと現れる点の響きが、人形の実感を伴って音楽を支えているのだ。

この感覚はたまたま私がオケピ席にいて、弦に囲まれて音楽を聴いたせいで得られたものなのかもしれない。しかし、そのことを否定するように、私の耳は訴えているのも確かである。というのは、ノイホルトの演奏においてはバランスが非常に美しく、このような座席であっても、弦のプレゼンスだけが目立って聴こえるということはあまりなかったから。

もちろん、それらの事実をひっくるめて、すべてを肯定的に語ろうとするほど、私は楽天家ではない。ノイホルトの構想は、それはそれで納得のいくものである。しかし、全体的なイメージとして見れば、いますこし、ステロータイプのほうにも歩み寄ったほうが、より味わいのある演奏になった可能性は捨てきれない。例えば、舞踊性の導入や、色彩感の加味によって、ここに示したような独創性を失わせることなく、より強い演奏効果を得ることは可能であったかもしれないのだ。ただし、そのことによって、この作品がもつ切なさがより大きく奪われたかもしれないことを思うと、軽率に批判すべきでもないだろう。

私はここで、白黒つける勇気も知識も持っておらず、結論めいたものを導き出すつもりもない。ただ、次のような事実があるだけだ。ノイホルトの演奏には、アイディアがあった!

【ノイホルトについての印象】

最後に、ギュンター・ノイホルトという指揮者について意見をまとめる。彼はハンス・スワロフスキや、フランコ・フェラーラに習ったオーストリア人だ。スワロフスキはドイツ音楽の本流を身を以て知っていた重要な指揮者であり、フェラーラはアッバード、シャイー、張明勲、ムーティなどの錚々たる弟子を育て上げたことで知られている。ノイホルトはそれらの伝統を引きながら、堅実なカペル型指揮者としてドイツの歌劇場でポストを歴任したあと、現在はスペイン、イタリア、それに日本などを舞台にキャリアの後半戦を闘い始めたところだ。

彼はオケの能力をハッキリと高めたり、育て上げたりすることに能力があるかどうかはわからないが、オケのもつ能力を最大限に引き出すことでは誰にも負けない強みをもつ。つまり、彼はオーケストラが素晴らしければ素晴らしいほど、能力を的確に発揮させることができるが、その絶対値を自ら高めることには、多分、向いていないだろう。バリバリ叩いて鍛える指揮者だろうと踏んでいたが、そうではなく、もっとアンサンブルに任せるタイプの音楽家だということがわかった。その代わり、こうと決めたときの徹底は容赦ないように思う。

彼の音楽に、もっと接してみたいという想いでいっぱいだ。特に、ピットに入れたときに、彼がどんな力を発揮するのかに多大な期待を寄せたい。

【テアトロ・ジーリオ・ショウワについて】

なお、テアトロ・ジーリオ・ショウワに入るのは初めて。プロの公演では、やはりアメニティの面が辛く、来季からは横浜みなとみらいホールに移るというのも納得だ。また、パンフレットなど広告媒体を通じての印象からみると豪華さに欠け、音響的にもデッドである。偶然だが、私の座ったオケピ席は、このホールのなかで特にオススメできる良席であるのかもしれない。兵舎か公務員宿舎のような本校舎も外から眺めたが、ホールもそれと同じような殺風景さで、なかなかに印象は悪かった。このような場所で、良い生徒が育つとは思えない。

近くにある洋菓子の名店で買ったザッハー・トルテが、せめてもの救いだろうか。この名店はガウディ風の可愛らしい建物で、駅からはすこし離れているが、クリスマスを前にしているせいか、ひどく込んでいた。ノイホルトの母国が誇る代表的な菓子、ザッハー・トルテは、本場・ウィーンの「皇室御用達」を名乗るデメルのそれみたいな、見かけばっかりが美しい菓子とは比べものにならないほど味もよく、香しいものであった。そのデメルで修業した職人がつくった店だが、こと日本で食べられるもので比較する限りは、完全に本場を凌駕している。

そんな環境でも、私に多くのインスピレイションを与えてくれた東響には多謝である。

【プログラム】 2011年12月4日

1、バッハ/シェーンベルク 前奏曲とフーガ BWV552 (E.シュタイン短縮版)
2、ラヴェル 左手のための協奏曲
 (pf:舘野 泉)
3、ストラヴィンスキー バレエ音楽『ペトルーシュカ』(1947年版)

 コンサートマスター:大谷 康子

 於:昭和音楽大学(テアトロ・ジーリオ・ショウワ)

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