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2011年12月31日 (土)

激動の1年が幕を閉じます ~最後はハンス・ライグラフ氏で

日本にとって、忘れられない1年がおわろうとしています。東日本大震災というものを通じて、私たちは、少しだけ成長することができたかもしれません。しかし、同時に、私たちがどれだけ経済的にも、あるいは、社会的にも自立しているつもりであっても、まだまだ子どものようなものだということも、ハッキリ明らかとなりました。その子供の代表たる政治家がおこなう政治が悪いのも、何をか況やというところでしょう。こんな1年でも、私を支え続けたものが音楽であったことは言うまでもありません。

私が本格的にクラシック音楽への興味を抱き始めたのは、せいぜい23-24歳のころだったはずです。1月1日が来ると、私は33歳になります。ちょうど10年目です。甚だ傲慢なことながら、その間に、私は他人よりも多くのものをこの芸術から受け取ったと思っていますし、それに対する返礼を何がしかの形でしたいと思っています。それが、このブログが存在する意義でもあります。私がこのブログを運営する究極的な目標は、聴き手に何がしかを語りかける志ある音楽家を選び、その人たちへの感謝を「評論」・・・というのが仰々しすぎるなら、ちょっとした「感想」という形でぶつけることです。そして、それによって、自分自身が成長することです。さらに、私のページの読者が、それによって、何がしかの利益を受けてくださるなら、こんなにありがたいことはありません。

日本にとって運命的だった2011年、私の目標は一歩、進展したと思っています。2月のブリュッヘンによるベートーベン・プロジェクト、3月はコンヴィチュニー演出による衝撃的な『サロメ』。震災後は、青いサカナ団による思い出ぶかいチャリティ公演、恒例となった4月のエリシュカ詣で、5月の尾高忠明&読響による特別なマーラー演奏とヴィオラ・スペース、6月のメナヘム・プレスラーのリサイタル、9月のサカナ団『あさくさ天使』再演、そして、10月のチッコリーニのリサイタル、11月のパスキエ&金子陽子によるリサイタル、年末の読響『第九』など、どれもこころに響くものであり、私の「哲学」を少しずつ育ててくれました。特に、プレスラーには感謝したいと思います。

震災とは関係ないにしても、ことしのクラシック界をめぐる訃報のなかには、3人の偉人たちの訃報が含まれています。指揮者のクルト・ザンデルリンク、ヴァイオリニストで指揮者のヨゼフ・スク、そして、ピアニストのハンス・ライグラフです。このほか、より若い世代で天に召されたヴィンチェンツォ・ラ・スコーラ、サルヴァトーレ・リチートラ、ヤコフ・クライツベルクなどの悲劇に涙された皆さんもいるかもしれません。

私がこのなかで、特に取り上げたいのはハンス・ライグラフ氏です。伊藤恵、若林顕をはじめとして、日本にも弟子の多いライグラフですが、北欧・ストックホルム生まれのオーストリア人ピアニストです。しかし、なにもしらなければ、コテコテのドイツ人演奏家のようにも思えます。NMLでは、シューベルトやモーツァルトといったウィーン音楽の本丸も楽しませてくれるライグラフですが、最近、聴いて特に衝撃を受けたのがドビュッシーのプレリュードの録音(第Ⅰ集第Ⅱ集)だったのです。

これについては、また機会を改めて取り上げる機会があるかもしれません。ひとつだけ申し上げるなら、彼の演奏を聴けば、確実にドビュッシーの音楽に対する生ぬるい幻想は崩れ去るであろうということです。フランス音楽は「音色の芸術」というイメージがありますが、ライグラフ氏の場合はそうではなく、その根源にあるものに遡っての演奏を試みておられるように思います。この録音を聴いて以来、私はもういちど、氏のもの以外にもドビュッシーの録音を徹底的に聴きなおして、「良い演奏」のイメージを組み立て直したいと願っているところです。その作業はとても年内には終わらず、このような形でプレヴューを申し述べるに止まりました。

ライグラフ氏は、本年の2月に亡くなりなっています。年内最後の、このタイミングで取り上げるにはとても相応しいことと感じています。

被災地の復興はまだ遠く、いまだに仮設住宅暮らしの方も多いのが現状です。そこでは、不足する物質も出ているようです。経済的にも欧州の金融不安は第2章を迎えそうな印象であるし、日本の幼稚な政治劇場も不穏なハーモニーを奏でつつあります。野田総理が就任した際の支持率は、非常に高いものでした。しかし、これは野田氏や民主党への期待というよりは、もう無益な政治的闘争を「ノーサイド」にして、とにかく、この体制で復興を進めよという国民のッメッセージであったと思います。そのことを、私たち自身も、もちろん、メディアや政治家も忘れかけていますね。

私は、あらゆる間違いが起こるのは止むを得ない。でも、この情勢で再び退陣騒ぎだの、ましてや、選挙戦だのという政治ショーを引き起こすのは、この国にとって最悪の事態だと感じています。たとえ、オバマがどんなに無能であろうと、アメリカでは4年間の継続性が担保されています。その結果、一応、ロジカルに組み立てられた政治的なスケジュールによって、米国の政治はコントロールされています。日本ではプログラムを立てても、それを実施する暇もなく、総理や与党が変わっていくのです。

何が、物事の本質なのか。ライグラフ氏は、いつもそのことを問いかけているように思えます。私の人生がうまくいかないのは、私のせいだ。その本質は、私の人格のなかに隠れている問題でしょう。それを正面から見つめ、成長させていくことなしに、私の人生が開けていくことはあり得ない。高齢者の介護でも、同じことです。本人や家族が、その方の問題の本質がどこにあるのかを掴んでいなければ、良い介護というものはできません。音楽に関しては、ニコラウス・アーノンクール氏の著述をまとめた『古楽とは何か』(音楽之友社)の最初に収められた文章「音楽と人生」のなかに、人間が音楽といかにつきあうべきかという問題についての強烈なヒントが書かれていると思うので、是非、ご一読を願いたいものです。

それでは、来るべき年がみなさんにとって良い年となることを願って、駄文を閉じたいと思います。なお、文末に、クルト・ザンデルリンクと、ヤコフ・クライツベルクの音源をリンクしておきます。アリスから、最後の贈り物となります。

 ラフマニノフ 『パガニーニの主題による変奏曲』
 (K.ザンデリンク指揮ベルリン響、pf:ペーター・レーゼル)

 ヨハン・シュトラウスⅡ ワルツ『北海の絵』
 (J.クライツベルク指揮ウィーン響)

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