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2011年5月22日 - 2011年5月28日

2011年5月24日 (火)

クラウス・シルデ シューマン 幻想曲 (Meister Music)

【はじめに】

先日、事務所で昼食をとっていたら、2階部分をほぼ半分シェアしている大家さんの家からピアノの音が聞こえてきた。音色がよく、きっと質のいいグランド・ピアノだろう。はじめドビュッシーかなんかを弾いていて、あとでチャイコフスキーあたりに変わったのではないかと思うが、断片的なものだし、それに集中していたわけでもないのでよくわからない。しかし、ひとつ憶えているのは、断片を細々と鍛え上げるような演奏ではなくて、とにかく、多少は野暮ったい部分があっても通奏に徹していることであった。弾いて遊ぶという行為ならばまだしも、そのピアノの音がレッスン中のものだとするならば、大家さんにはまことに申し訳ないことだが、私はこのピアニストには寸分も可能性を感じない。

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2011年5月22日 (日)

澤クァルテット ベートーベン セリオーソ ほか デビュー20周年記念公演 @白寿ホール 5/19

【不思議さの本質】

これは見るからに不思議だというものをつくることは、意外に容易い。その天才といったら、まず、私たちの幼い子どもたちのことを思い浮かべるだろう。これに対して、芸術的な不思議はむしろ、一見、単純でありふれたところから生まれることが多い。なんでもないはずのリンゴがそれを超えた実態として描かれるような「シュルレアリスム」はその最たる例だが、そこまで極端なことを言わずとも、例えば、優れたバレエ・ダンサーがただ立っているシーンを思い浮かべるとよいのである。立っていることはもちろん、我々人間にとって容易なことであるが、一方、優れたバレエ・ダンサーのように立っていることは、その単純さゆえに、なにか特別な姿勢をとることよりもはるかに難しいこととなるであろう。

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