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2012年1月 1日 (日)

あけまして、おめでございます ~サントリーホール/ジルベスター・コンサート with ウィーン・フォルクスオーパー交響楽団 のこと

【ベートーベン晩年のウィーン】
あけまして、おめでとうございます。2012年が、皆様にとって良い年になりますことをお祈り申し上げます。ジルベスターは、例年どおり、東京文化会館にてベートーベンの室内楽コンサートを楽しみましたが、今年はすこし贅を尽くしまして、最後のルートヴィヒ四重奏団の演奏を1曲残して会場を去り、サントリーホールにて行われるウィーン・フォルクスオーパー響の演奏を楽しみました。まともなクラシック・ファンはあまり行きそうもないコンサートですが、実はというか、ここのページではよく書いているように、私はウィンナー・ワルツが大好物なのです。

しかも、ベートーベンの生きた晩年のウィーンには、既にヨハン・シュトラウス・ファーターや、ヨーゼフ・ランナーのような初期のウィンナー・ワルツの音楽家が出現しようとしていました。その活動の本格化はベートーベンの死後、1830年代からなのですが、ニコラウス・アーノンクール氏も言うように、その頃の音楽的な伝統はいまでも明確に生き残っています(今夜、ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートで聴くことができます)。今日、このような演奏伝統の継承は、ほかの作曲家ではなかなか難しくなっていると言えます。例えば、ショパンの場合はパデレフスキが弄りまわした結果、良くない結果を招き、ベートーベンの場合はあまりに偉大な作曲家だったためか、多くの演奏伝統が対立的に分派して、どれが本当の正統なのかが判別しにくくなっています(それがベートーベン演奏の面白さでもあります)。しかし、ウィンナー・ワルツに関しては、その時代のままの演奏伝統、センスが、はっきりと現代に生き残っているのです。

ベートーベンの後期作品の裏には、このような背景も隠れているわけで、ベートーベンとヨハン・シュトラウスの渡り歩きは、以前からやってみたかったプランなのでした。ただし、今回のサントリーホールのジルベスター・コンサートは、コテコテのウィンナー・ワルツの名曲ばかりが並んでいるのではなく、どちらかといえば、「白銀時代」のフランツ・レハールなどがメインになっています。その点も、私の興味を誘った点でした。ウィーン・フィルの劣化コピーではない点として、声楽の力が加えられている点も目を惹きます。今回、予定のナターリア・ウシャコワがキャンセルしましたが、代役がアンドレア・ロストになり、盛りは過ぎたといっても、格上の歌手に代わったのはむしろ歓迎でした。相手役は、メルツァード・モンタゼーリ。指揮者は元フォルクスオーパー響やウィーン響のコンマスで、現在は指揮活動も盛んなオーラ・ルードゥナーでした。

【くるまば草の序曲、フルートの名奏者とオーケストラ】
名刺代わりのヨハン・シュトラウスⅡの喜歌劇『くるまば草』の序曲が、とても良かったですね。ルードゥナーはキビキビとした音楽づくりながら、メンバーの自由を拘束せず、適度な遊びを導いて好演。フォルクスオーパーも近年はアンサンブル力の落ちがよく指摘されますが、彼らの良い部分をうまく引き出していました。特に、スロー・パートにおけるフルートのルバートが情感を揺すぶります。ブリジット・ランスル(Brigit Ramsl)という女性の奏者でしたが、今回のフォルクスオーパー響では特に目立つ存在です。いま調べてみたところでは、リンクのようなプロフィールが見つかりました。2004年に、在学中ながらフォルクスオーパー響の首席奏者に起用されたとあります。

オーケストラ自体は目立って上手ということはないですが、ウィンナー・ワルツの伝統的なリズムやルバート、音色には明らかにこなれているところがみられ、下手をすれば、ウィーン・フィルよりも味わいがふかいこともありました。フルートのランスルはカンタービレもきれいですし、高速タンギングが只ならぬほど巧く、どこのトップ・オーケストラにいても不思議ではありません。ウィンナー・ホルンを構えたホルン隊をはじめ、金管も日本のオケではなかなか見られないほど質が整っています。ほかでは、すこし重い音色をもったヘルムート・ヘードルの吹くクラリネットや、小太鼓を叩いていたおじさん(名前はわかりません)が明らかに名物キャラでした。

【スピントの効く歌手、ロスト】
歌手では、テノールのモンタゼーリは声はきれいですが、さほど声の飛ばないタイプで、レハールではもっと重い声質が必要です。対して、アンドレア・ロストはややヴィブラートが過大であり、今日の流行からすると時代遅れになってきた印象はあるものの、なかなかスピントの効く歌手で、レハールやヨハン・シュトラウスの作品では面白みがありそうに思いました。よって、前半の1つのハイライトは、ロストの歌ったレハールの歌劇『パガニーニ』のアリア「愛は地上の天国」となります。この曲のように、相手に切々と訴えかけるような表現は、ロストの真骨頂を表します。彼女は24日にプロムジカ主催のソロ公演で来日予定でしたが、この公演のために来日を早めたのでしょう。

【アラが見えたドイツもの】
後半は、ドイツ・オペラのウェーバー『オベロン』序曲に始まります。ウェーバーは、ウィーンのプログラムと組み合わせるととても面白いが、その分、演奏には困難がつきまといます。なぜなら、ドイツとウィーンでは同じハプスブルク帝国領ではあっても、リズムやルバート、響きの質に微妙なちがいが大きく、特に、響きの厚みが異なってくるからです。その点、フォルクスオーパー響の守備範囲ではやはりなかったのは事実です。こういうプログラムならば、読響かN響のほうがずっといいと思いました。私が望むのは、リンクのページに聴くことのできるヘルマン・シェルヘンのような、豪胆な響きです。

【豪勢な春の声】
オーケストラのアラが見えたところで、再びロストが会場の雰囲気をホットにしてくれます。演目は、コテコテの名曲『春の声』。この曲の演奏は、一昨年の高関健&KST(独唱:天羽明恵)による演奏が印象的であるが、持ち前のスピントを使ったロストのテクニカルな歌いまわしは、特に、歌いおわりでいったん響きを抑え、然るのち、一挙に解放する場面で驚きを誘います。ドイツもののあとで、オーケストラは若干、鋭鋒が鈍った感じ。特に、リンクのようなダイナミックな演奏に親しむ私には、全体的には物足りないところがありました。

【ルードゥナー&フォルクスオーパー響の真骨頂】
後半のハイライトは、歌手の交代により新たに追加されたヨハン・シュトラウスⅡのワルツ『ウィーンのボンボン』。ウィンナー・ワルツには、私はざっくり言って2つのタイプがあると思う。1つは展開が激しく、小さなモティーフが華々しく入れ替わっていくもの。例えば、『南国のばら』や『ウィーンの森の物語』、『天体の音楽』など。もう1つは、さほどモティーフは入れ替わらず、その繰り返しをニュアンスゆたかに弾いていくもの。典型的には、『青く美しきドナウ』があるが、『ウィーンのボンボン』もこのタイプだ。「甘くてとろけそう!」という淑女の声も聞こえてきそうなスイートなアンサンブルで主要なモティーフをはじめながら、中間で厳しく手綱を引き締め、気品のある響きを守ったルードゥナーの手腕が冴えわたっています。

このタイプのウィンナー・ワルツは実のところ、私の好みには合っていません。しかし、ルードゥナーの場合は、これらの曲目の演奏を粘りづよく聴かせるコツを握っているかのように、見事な演奏を引き出しています。この『ボンボン』と『ドナウ』の2曲こそ、ルードゥナーとフォルクスオーパー響の真骨頂を表現してみせるものであり、特に深いインプレッションを与えてくれた2曲でした。そのインプレッションとは、ゴンドラに乗りながら、のんびりと港町を遊覧してまわるような寛いだ雰囲気のことを指しています。

【震災復興を願って】
アンコール・ステージに際しては、大震災をめぐるルードゥナーのメッセージもあり、アンコール・ステージは復興に向けて力を合わせる、日本人に喜びを思い出してもらうためのプレゼントとして用意されたものということでした。ここに限らず、本年のジルベスター・コンサートでは当然のことと言いながら、震災に関する言及が随所にさりげなく差し挟まれていたことは、この演奏会をより内容の濃いものにしたと思います。なお。フォルクスオーパー響は大震災への義捐金を募るため、逸早くチャリティ公演をおこない、日本に支援を送ってくれたということです。

アンコール・ステージで、特に深い感動を誘ったのは、有名な『メリー・ウィドー・ワルツ』でした。コンマスのヴァイオリンを手に、ルードゥナー自身がソロ・ヴァイオリンを担当。その美しい音色は、さすが。表情ゆたかで魅力的なコンマスも、手持ち無沙汰ながらうっとりと聴き入っています(でも、ホントは弾きたそうです)。モンタゼーリとロストがフル・ヴォイスで、愛情を込めたデュオを披露してくれました。

【最後に】
向こうでも新年のコンサートはありますし、正団員でない人も含まれ、ヴィオラやチェロ、コントラバスの首席は来ていませんし、ベスト・メンバーとは言えないかもしれませんが、それでも味わいぶかい演奏を聴かせてくれたことは確かです。2組のバレエ・ダンサー、ハンドベル・アンサンブル、司会の若村真由美と、趣向を凝らしたコンサート。こういう音楽があってこそ、ベートーベンも彼らしくしていられた。そういうことを実感した、充実したコンサートでした。ベートーベンの時代を語るなら、さらにロッシーニでも加われば申し分ないところです。

オーラ・ルードゥナーは、見込みどおり良い指揮者です。ヴァイオリン奏者としてのキャリアのあと、フィルハーモニア・ウィーン、タスマニア響、ボルツァーノ・=トレント・ハイドン響のポストを経て、現在はロイトリンゲンのヴュルテンベルク・フィルの首席指揮者を務めています。スウェーデン人ですが、ウィーンの音楽は身体に叩き込まれています。

このあと、メンバーは少ない休息時間で元旦のマチネに再度公演をおこない、その後も強行軍がつづくそうです。良い形で聴けるのは、この日だけかもしれません。

帰りは、日枝神社に詣でて帰って参りました。しかし、日枝神社は高台にあるにもかかわらず高層ビルに取り巻かれて、遠くを見晴るかすには及ばず、自身もパークタワーとドッキングしたような形で、石段には便利なエスカレーターが組み込まれたものの、それはかえって逆効果であり、すこしも神聖な感じがしませんでした。せめても私は、自分の足で石段を踏みしめていったものです。これが、時代というものなのでしょうか・・・。

繰り返しになりますが、みなさんにとって幸多き年になりますよう、衷心より願って駄文を閉じます。

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