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2012年3月11日 (日)

オーケストラ・ダスビダーニャ ショスタコーヴィチ 交響曲第7番「レニングラード」 & 伊福部昭 日本組曲 3/11 ①

【真心のある復興支援企画】

再び、3月11日がやってきた。幸いというべきか、私の親類縁者、友人、知人のなかに、被災されたり、亡くなられた方はなかったので、こうして平穏な日曜日を迎えることができるのはせめてものことだろう。この日の東京は冷え込みも厳しくなく、外出日和であった。私はこの日だからこそ、なにか演奏会に足を運びたいと思っていたが、よほど良さそうなものがなければ敬遠したろう。そのなかで特に目を惹いたのが、オーケストラ・ダスビダーニャ(ダスビ)のコンサートであったのだ。「震災復興」「チャリティ公演」などを大々的に謳っていないが、団長らによる公演についての記載をみると、明らかにその色合いが濃いようであった。

最近は、これらのキーワードがすこし濫用されている印象も受ける。関西フィルでは個人より寄付を募って開催される新機軸コンサートのなかで、集める寄附金=(¥6,000)のうち、1/6 が被災地への寄附にまわされることを公言している。これなども、「濫用」の気があるのではなかろうか。復興への寄付金集めは、なにかのついでにおこなうものではない。しかも、寄附にまわされるのはたったの1/6 なので、震災復興と音楽の関係に注目してコンサートを選ぶ私のような層には、かなり物足りない印象を残す。しかも、コンサートの内容は未発表で、寄付者が演目に関する決定権(提案権)の一部をもつ形になっている。つまり、楽団の企画に賛同する人が寄付をする形ですらない。企画内容も寄付者の意図におもねり、すこしでも支持を広げたいと考えるコンサートの趣旨に私は猛烈に反対だ。

また、「復興音楽祭」と名乗った公演では、’JA’つながりということなのか、ジャパン・アーツと農水省が協力し、働き者の東響の指揮台にゲルギエフを迎えて、1日限りのチャリティ公演がおこなわれた。ゲルギエフ氏はロンドン響の日本抜き「アジア・ツアー」の合間を縫って、たった数時間の練習に顔をみせただけで本番の指揮台に立ったという。正に演目のとおり「未完成」の公演で、他ならぬゲルギエフ様が指揮台に立たれるからと、最高席の \15,000 の料金を払った物好きはどこの誰だろうか。これが「復興音楽祭」とは、笑いばなしにもならぬ。そのうえ、この企画には食品関係の企業がずらっと並んでスポンサーシップの共同戦線を張り、農水省の指導下にぶら下がっているというわけだ。

こうした企画と比べると、このダスビのコンサートは本当に涙ぐましいほどの努力の結晶である。敢えて、震災復興などの文字を、冠には使わなかった。しかし、プレ・ステージでは、オランダの作曲家によってジャパン・エイドのために作曲されたトロンボーン七重奏曲を演奏。わざわざ震災発生の14:46にあわせて休憩を組み、メインの前には1分間の「黙とう」。メディテーションのお供には、名曲『故郷』をアレンジしたチェレスタとハープの音楽付き(過度の緊張が解け、穏やかな気持ちになれた)。後に述べるようなプログラミングと、演奏意図。さらに、その素晴らしい演奏精度。「日本」をもうひとつのテーマにした演奏会の構成。会場には募金箱を設置、物販もすべて寄附にまわすという徹底ぶりだ。

震災復興、被災者支援の文句を謳うものは、それだけ完璧な準備をすべきである。私はコンサート選びにはとてもシビアな感覚をもっているつもりだが、特に、このテーマに関しては厳しい目を光らせている。どんな良い目的であろうと、「濫用」は決して許されない。

【震災の顛末に擬せられた日本組曲】

ところで、ダスビは、ショスタコーヴィチの曲をほぼ専門で演奏しているアマチュア・オーケストラとして知られ、今回を含めて19回もの演奏会を重ねていることは、この芸術の愛好家にはそれなりに有名ともなっている。しかし、今回は伊福部昭の作品『管弦樂のための日本組曲』で幕を開けた。ショスタコーヴィチ以外の演目が取り上げられるのは楽団の歴史で、たったの3回目ということである。

ときに、この演目が大震災の顛末と重ねあわされて演奏されたのは、まず間違いのないところだ。第1曲、本来、和太鼓や笛の音を模しながら、「盆踊」の響きが少しずつ民衆的な熱狂に至っていくところが、今回はどういうことか、なにか凶暴な悲劇が深まっていくように聴こえたのが初めであった。私はこの時点では、まだ確信に至らず、「よもや・・・」と気づきかけた程度にすぎなかった。しかし、第2曲の「七夕」で、ひゅうひゅうと響くわらべ歌の音色が、押し潰された御霊の、がれきの下から天上に逃れていくときの響きと聴こえ、さらに、その曲の演奏のあと、長田とオーケストラが明らかに不自然な長い沈黙の時間をとったことで、私の予感が正しかったことが証明されたのだ。

ダスビはこの曲の前半2曲を、震災と津波、そして、死者たちの描写のために演奏したのである。してみると、第3曲の「演伶」(ながし)の底抜けの明るさは、何なのであろう。これは、全国からの支援を響きにしたものにちがいない。よく聴くと、お座敷遊びの単調に思える響きも、実は、あらゆる地方色の凝縮のうえに成り立っているようにも思われ、それが全国から贈り物が届くその雰囲気にぴったりなのだ。

そして、最後の「佞武多」は、完全に復興のイメージである。とはいえ、響きはマイナー・コードで構成されている。もちろん、これは哀しみをうちに含んだ復活劇だ。この響きを聴いて、私が崇めるヒーローのひとり、坂口安吾の紀行文『高麗神社の祭りの笛』を思い出した。埼玉県入間郡の高麗神社の祭りで見聞きした獅子舞の笛の音に、素人歴史探偵を自任する坂口は、日本に渡来した高麗系の人たちの運命を想像し、その笛の音が「荒々しく悲しく死んだ切ない運命の神様を泣きながら慰めている」ようだと言ったのだ。正しく、それだと思った。これに加えて、私はスラヴ系の民族が葬儀の際、ポルカやフリアントといった明るい音楽を奏でて、死者を送るという話を思い出した。これらの混合として聴く伊福部の音楽は、もう、和的でこころに染みるとかいうレヴェルを完全に通り越してしまう。

演奏精度も、申し分なかった。アマオケの場合、数ヶ月から半年をかけて2-3曲を練習するので、基本的な技能では及ばないプロの楽団よりも、難しい曲を上手に演奏できることもある。だが、この曲の演奏では、はるかにその範囲を超越していた。

正直なところ、私はダスビの演奏能力は、ほかの質の良いアマチュアのアンサンブルと比べ、特に優れているようには感じていなかった。私が唯一、この楽団の演奏に接した交響曲第15番のとき(第14回)には、非常に難しい特別仕様の曲でもあったせいか、私は世評ほど、このアンサンブルを信用するには至らなかったものだから。あれから4年、アンサンブルの成長は明らかに見て取れた。特に弦のボウイングの凄まじさと、その内面にまで及んだ同調性は、伊福部の作品がもつエネルギーを遺憾なく引き出していた。否、正確にいえば、作曲家が想像した以上に、作品を活き活きとしたものにしていたのである。

しかも、その交響曲的な構造は、より透きとおって明らかになった。第1曲のテーマと、第4曲のテーマは対応的であるが、終曲はより影が深い。このテーマやリズムをうちに抑え込んだ第2曲は、厳しい緩徐曲であり、その解放であるところの第3楽章は反転したスケルッツォ。第2スケルッツォともいえる終曲とセットで、ダイナミックな終幕が展開すると、巨大な構造が作品の生命感を支える。圧倒的に美しいオーケストレーションのきらめき。江戸文化と密接につながったリズムや、イメージの鮮やかさ。巨匠の巨匠たるゆえんを、ダスビはこれでもかと表現する。

もう、こうした響きは忘れ去られているであろうと考えて、1991年に自作品をリバイバルした伊福部がまだ生きていたら、そして、この日の演奏を聴いたとしたら、きっと驚くにちがいない! その場合、巨匠も、大震災を経験していたことになるが、その想いと、自分の追いつづけてきたものがこうして融合したのを聴いて、正に泣いて喜ぶ体験をできたであろう。あるマダムが休憩中、物販所に駆け込んできて、今日の演奏のCDはどれだと詰め寄り息巻いていたものだが、とりあえず、その気持ちだけはわからぬでもない私であった。今回の演奏は、正に、一球入魂の素晴らしさだった。そして、神さまが彼らを助けてくれたにちがいない。

ところで、「神さま」とは、被災者のことかもしれない!

 (②につづく)

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コメント

私も昨日の凄演に立ち会うことのできたものです。
伊福部作品の見事な演奏の合間における間について、ご指摘のような意味合いもあったかもしれないのですが、2楽章のあと、3階席後方にかなり大人数の遅刻した聴衆が入ってきたため、その方たちが落ち着くまで待っていらっしゃったようです。もう少し早く始めることもできたように感じましたが、最後のお一人がきちんと席に着かれるまで待っていたことに、音楽に対する誠実さを感じました。

クネヒトさん、ご指摘ありがとうございます。そのような事情がありましたか。そういうところかもしれないなと思っていましたが、少なくとも、私の視野に入るところでは遅刻組の姿はなく、指揮者もまったく動かなかったことから、なにか普通ではない意図があるように思われました。

1F席からは、上の状況はまったくわかりません。あるいは、遅刻組は3Fに誘導し、第2曲のところで待つという取り決めがあったのかもしれませんね。仮にそうだとしても、普通は指揮者が力を抜き、チューニングでもしながら時間を潰すのが普通です。私の読み込んだ意図は、仰るような事実だけで完全に排除はできないのではないでしょうか。

どちらでも構わないのですが、私がその場で感じたことを保存しておく意味から、記事はそのままにしておきます。

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