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2012年5月28日 (月)

東京国際ヴィオラコンクール 第1次審査 (day2) 5/27

【質の高いヴィオラ・コンペティション】

東京国際ヴィオラコンクールは2009年、記念すべき第1回目が開催され、セルゲイ・マーロフが優勝。2位にディミトリ・ムラト、3位にファイト・ヘルテンシュタインと良質なヴィオリストを3人も世界に送り出した。その素晴らしさはヴァイオリンを含めたマーロフの華々しい活躍のほか、翌年以降のヴィオラ・スペースなどでもはっきりと確認することができた。その先輩たちの偉業を追って、35人のコンテスタントが紀尾井ホールに集まった。世界の18の国と地域から89名の応募があり、予備審査を経てセレクトされた36名のうち1名がキャンセルし、35名でコンペティションは争われる。

ジュリー(審査員)は、チェアマンの今井信子を筆頭に、川崎雅夫、ジャン・シュレム、トーマス・リーヴル、ガース・ノックスの5名。これらのジュリーをあわせると、スイス、オランダ、米国、フランス、オーストリアの諸地域を代表する名門音楽院をほとんどカヴァーし、その弟子までを含めると欧米すべてをフォローできるくらいの影響力がある。例えば、今井の門下から出た井上祐子が、英国の王立音楽院で教授を務めていることは昨年も紹介した。また、ガース・ノックスは元アルディッティQのメンバーで、アンサンブル・アンテルコンタンポランの首席奏者でもあった欧州最高の腕利きのひとりで、現代音楽への見識が深いほか、作・編曲もすれば、ヴィオラ・ダモーレなどの古楽器にも通じている。

つまり、こういうことになる。これほどのジュリーが集まれば、欧米、さらに、日本から選りすぐりのヴィオラの名手たちの卵が、ここ日本の紀尾井町に集まるというわけだ。東京国際ヴィオラコンクールはローカル・レヴェルの若いコンペティションであり、まだ知名度は国内でもまったく無名といってもよいほどかもしれない。しかし、その内実は世界でもっともレヴェルの高いコンペティションのうちに入り、前回コンペティションに関してトーマス・リーヴル氏の仰ったことを信じれば、「ポリティクスはなく」、もっともフェアなコンペティションとしても誇ることができる。国際連盟に属し、実績十分の仙台国際、浜松国際に匹敵するレヴェルのコンペティションが楽しめるのだ。しかも、ヴィオラ専門ということになれば、アジアでは唯一、欧米をみまわしてみても数が少ないのである。

その第1次予選を聴いた。私はこの後、金曜日の本選第1日と、次の日曜日の入賞記念コンサートしか聴くことができないが、それでも、全ての楽器のなかでもっとも愛するヴィオラの栄光のためなら、自分にできる全力を挙げてこのコンペティションを「言論」によってサポートしていくつもりだ。

【高いレヴェルで拮抗する混戦の第2回】

さて、その色眼鏡を外しても、今回のコンペティションはレヴェルが高い。前回大会はマスタークラスを除く、すべてのラウンドを聴きとおした私としても、これには驚くほかなかった。前回は、上位から3-4名が揺るぎない実力を示し、特に入賞者の4人は第2次審査が不要なほど抜きん出ていたものだ。反対にいえば、それ以外のコンテスタントは楽器の味わいに助けられる部分が大きかったということになる。コンペティションに慣れていないような人も多く、音楽は粗削りだった。それが今回は2日目の演奏を聴くかぎり、どのコンテスタントが通るかわからないほど、高いレヴェルでの拮抗がみられたのである。

この第1次審査は、バッハの無伴奏チェロ組曲の第4番-第6番のうち、任意の番号のプレリュードとサラバンド。さらに、バッハの2つのヴィオラ・ソナタと、ヴァイオリン・ソナタ第1番の編曲から、任意のものの第1楽章で競われる。

【牧野葵美】

10:00スタートの会場の雰囲気をいきなり温めてくれたのが、牧野葵美(きみ)だった。この時点ではなにも知らなかったのだが、あとで調べてみると。ヴィオラスペース(関西版)とは縁もふかい相愛大学の出身で、小栗まち恵の門下からジュネーヴに渡っては、今井信子やガース・ノックスに教えを受けたらしい。既に確立した音楽観をもっているのか、音楽には落ち着きがあり、典型的な「コンテスタント」という感じではない。ヴァイオリンで高い技術を習得したうえで、ヴィオラをもっているのであろうと予想していたが、正にそのとおりのようだ。ボウイングの点では細かなデザインというよりは、弓の根もと、中程、先っぽのどこを使って弾くかに大きなこだわりがあり、そのせいか、音色はふくよかで味わいぶかい。

ただし、バッハの表現は非常にシンプルで、我々のイメージのなかにある「プロテスタント」のイメージとよく合っている。同じ日本人だから、当然といえば当然だ。これが、あとで弾く奏者との比較で面白い方向に生かされるから、よく憶えていてほしい。唯一、目立った欠点は、バッハのプレリュードで、低音の沈潜から高音への鋭い切り返しで、それらの音色があまりにも異なっており、低音はヴィオラ、高音はヴァイオリンの響きになってしまった部分である。ブラームスの表現もよくまとまっており、作品の力強さに負けていない。なお、ピアノ伴奏は私が贔屓にする草冬香が務めていた。彼女の演奏と「出会った」のも、前回のコンペティションのときである。

今回のコンペティションも草のほか、著名なピアニスト、フランソワ・キリアンは当然としても、有吉亮治、関谷由美という伴奏者がみな素晴らしいから、これも聴きどころのひとつになろう。

【エレーヌ・クレメント Helene Clement】

次のジョン・デリンガー(米国)には失望したが、3番目のエレーヌ・クレメント Helene Clement はこの日の演奏者のなかでも、特に印象的なパフォーマンスをみせてくれた。特にボウイングに特徴があり、上昇音型ではアップ、下降音型ではダウンという原則をよく守り、右手が直ちに譜面を描くようなパフォーマンスで、まずはバッハの作品を、図形のように美しく描いてみせる。だが、その成形の美しさに止まらず、音楽は自然で優しいデザインの下に凝縮し、私たちがなかなか気づかないような作品の美しさを感じさせた。

あまり触れなかったが、先のデリンガーのもっとも良くないことは、バッハの作品をカトリックの絢爛豪華なカテドラルのように、ロマン主義によって表現してしまったことである。そこへいくと、かえってカトリックの優勢なフランスのクレメントのほうが、そのなかにも、宗教的スタンスとは無関係な音楽の落ち着きを見出しており、バッハ=プロテスタントという模式のなかではとても理解できない、人間の複雑な精神構築のメカニズムを印象づける。

クレメントの演奏は古楽の言語機能というよりは、よりフレキシブルな歌の感覚に満ちており、その点ではすこぶるカトリック的である。だが、その音楽の運びには高貴な品があり、彼女の身につけるいかにも高価そうなドレスによく見合ってもいる。欧州の文化のなかに厳然として残るプレステージの音楽がそこにはあったが、彼女の個性はそうしたもののなかにある非現実性を、宗教における司祭のように噛み砕いて述べるだけの余裕に満ちていた。その一端は先のボウイングの点に表れており、シンプルで素朴な規則をときには踏み破り、音楽が謎めいたようになる部分では個性的な混乱を組み入れるという手法で示すことができる。

バッハだけではなく、クレメントはそのような表現をブラームスの音楽にも適用し、フランス人らしからぬ構築的な演奏できっちりと仕上げてみせた。だが、私の印象に残るのはむしろ、先に述べたような混乱が現れる個所であり、それをコントロールしている彼女の魔法についてである。

【クレメントとは対照的な原麻理子】

高貴なる凝縮のなかに、バッハの音楽を静かに閉じ込めたのがクレメントなら、それをさらに振り幅の大きな音楽によって宇宙的に拡大してみせたのが原麻理子である。原は前回からの再エントリー組。2009年次点ではまだ今井に師事していないと思っていたのだが、これは明らかに記憶の間違いだ。第2次審査に進出した前回からスケールの大きな音楽性を示していた原だが、その個性はやはり・・・というべきか、より鋭く磨かれていた。ボウイングの点では、クレメントほど明確なメッセージを感じさせるものではないが、それでも、小さなボウイングと大きなボウイングを使い分けることにより、作品の伸縮を象徴的に示して、そのダイナミズムを端的に示す手法は個性的である。

内省的で繊細な色づかいにこだわった前回の彼女とは変わり、その表現がパッと外側に示されるようになった点は進歩であるが、その分、表現に若干の粗さが表れたところに修正点が見出せる。だが、堂々として揺るぎない表現は前回の彼女のイメージと同じであり、メンタル面の揺らぎの少なさは特徴的であった。なお、原は2本のボウをもちこんだが、多分、ガット弓とスティール弓であろう。

【バーバラー・ギープナー Barbara Giepner】

午前中のセッションで、もっとも印象ぶかかったのがクレメントだとするなら、それに匹敵するような深い印象を残した人は2人いる。そのうちの1人は、ドイツのバーバラ・ギープナー Barbara Giepner だ。バッハとブラームスという課題曲はドイツ人にとって有利なようだが、きっちりしたドイツ音楽を奏でられる若いドイツ人は、ここのところ払底している。しかし、彼女は自らのルーツを有効に使うことのできる、数少ない音楽家のうちに入るようだ。例えば、バッハのプレリュードでは序曲とフガートの部分で、多くのコンテスタントがそれらを滑らかにつないでいくのに対して、明らかに、両方をきっちり分断して再構築するという手間をかけている。このひと手間で、音楽はより質素に、深い静けさのなかに落ち着き、ギープナーの音楽を他から分け隔てるものとした。

ブラームスにおいては、その厚みのつけ方にブレーク・スルーを起こす。まったく話にならないコンテスタントは、その厚みを大抵は力みによって克服しようとする。すこしアタマの切れるアーティストなら、それを避け、いかにして厚みをつけるかを工夫する。例えば、すこしためをつくってルバート気味にしたり、テンポをいじってみたりというように。それ以前に、工夫する必要がないほど、肉厚な音楽をつくれる人もいる。この日の演奏でいえば、フランスのアドリエン・ラ・マルカ Adrien La Marca がそれである。これに対して、ギープナーはもっとシンプルな工夫で、これを見事に解決した。

それは、先回りするということだ。つまり、伴奏のピアノと同じように昂揚していくと、どうしても弦は無理をしなくてはならない。そこで、先に弦のほうがポジションをとり、マックスを先に形成してピアノを待つようにしたのである。しかし、この工夫がすべての箇所において効果的であるとは限らない。ギープナーはそれをしっかりわかっていて、効果的でない部分では、上に書いたような他の方法で代用する。必要とあらば、力を込めることも辞さない。そのコントラスト、もしくは、選択の幅が音楽を面白くするのである。

【ヨン・ザンヒュン Yong sang-hyun】

もう1人は、韓国のヨン・ザンヒュン Sang-Hyun YONG だ。彼女の表現は、2日目の優れたコンテスタントたちのなかでも、とりわけシンプルで、直球勝負である。だが、その細部にわたる磨き込みは誰よりも深く、音楽の完成度は最右翼に位置しているように思う。飾り気は、すこしもない。体育会系のような、爽やかな音楽。しかし、その個性のなかに、音楽を犠牲にしないところが私の気を惹いた。それはプロテスタント=質素というステロータイプとは関係なく、音楽自体には、意外な甘みも感じられるほどだ。しかし、それを引き立たせる表現のカラッとした気風の良さが、なんともいえない。

順位云々を別として、この日の演奏で誰がもっとも気に入ったかと問われれば、私はヨンのことを挙げたいと思う。開始から数秒でノック・アウトされたブラームスの高貴な音色は、原によってバッハの気高さが宇宙的に提示された部分と同様、思わず私の涙を誘った。思いきった響きの絞り方や、細部にわたる響きの丁寧な処理など、私の尊敬を勝ち取るには十分なレヴェルだった。

【五藤舞央 Gotoh Mario】

五藤舞央(ごとうまりお)については日本語で検索してもまったくヒットがなかったが、英語でオフィシャル・ページを見つけることができた。日本生まれだが、現在はニューヨーク在住だから、そういうことになっているわけだ。ヴァイオリンとヴィオラの両方で学位を得て、アスペン音楽祭などで活躍、いまは指導にも当たっているという。ここでは「コンテスタント」であるが、立派なプロとしてのキャリアが開かれている。どうりで、お召しモノがいかにも高級なはずだ。だが、そんなことは知る由もなく、初めて演奏に接した私はびっくり仰天した。この名前も知らないアーティストが、すこし楽天的で明るいが、十分に抑えが利き、奥深いバッハの音楽を形成していくのだから。ミーハーさがあまりない私でも、「知名度」にはときどき惑わされるものだ。

ブラームスも伸縮が柔らかく、カチッとした表現で音色も深い。原以上のダイナミックな音楽づくりで聴かせ、実質的な米国代表であるが、一応、日本国籍となっている人のなかでは総大将格に位置すると言ってもよい。

【その他の多彩なアーティストたち】

結果的にみると、これらのアーティストがみな、2次に進むことができた。このメンバーのなかでは、再エントリーとなるアドリエン・ボアソー Adrien Boissau が面白い音楽を奏でた。いかにもフランス人らしい個性を示していた。例えば、バッハでは止まりそうなほど、ゆっくりな時間をつくり、そこをソット・ヴォーチェで弾いてみたりする。弱奏は彼の得意とするところで、ブラームスの最後も聴いているほうが応援したくなるほど、薄い声をギリギリの響きでつなぐ。粗いところも多くあるが、それにも増して、こうしたハッとさせる工夫が目立つアーティストだ。

中国のカン・ウェンティン Wen-Ting Kang は、私の好きなタイプではないが、確かにスキルの高いアーティストであった。いずれの作品でも甘みが強すぎ、そこに中国人のもつメンタリティの通俗性をみる感じがしたが、音色の多彩さやその変容、響きの安定感など、非常にレヴェルが高いのは私でも理解できる。先にすこし取り上げたラ・マルカと、アンドレア・バーガー Andrea Burger は、バッハよりもブラームスに力を入れていたように思う。なお、バーガーも、今井とノックスの弟子に当たる。

落選のなかでも、米国のエルズビエタ・ウェイマン Elzbieta Weyman、韓国のキム・ジウォン Ji-Won Kim、米国のモリー・カー Molly Carr などは、少しずつ修正を加えていけば、その大きな才能を生かすことができるようになるだろう。特に、キムのフィンガーリングは出場者全員のなかでもっともしなやかで、鋭さを感じるものだ。彼女の場合はむしろ、このフィンガーリングがピアノの左手のように複雑な機能を担い、右手のボウイングを支配する。しかし、その器用な動きにもかかわらず、時折、信じられないほど大きな外しがあるのは不思議なこと。丈が腿までしかないワンピースを着ているわりに、音楽はどっしりして静謐だった。最大の弱点は、厚みのある表現をなかなか構築できないこと。そのため折角の良い響きが死んで、上ずった響きになってしまう。

【結果】

これを書く直前に発表された第2次審査進出者は、リンクのとおりで12名。フランス4を筆頭に、日本3、ドイツ2、スイス、韓国、中国が各1である。5人がエントリーした米国勢は1人も通らなかったが、五藤を実質的な米国代表とすれば、日本2、米国1となる。再エントリーでは、前回第2次審査進出の深澤麻里は、意外な落選であった。また、昨年のプリムローズ国際で第3位入賞の実績をもつ米国のヴィキ・パウエルも落選した。パウエルの演奏はユーストリーム上に残るアーカイヴで聴いてみたが、結果は妥当と思われる。深澤も映像で見るかぎりは悪くないが、すこし硬くなっているようで、バッハのフォルムに味わいがない。ブラームスにも前回のような思いきったところがなかったが、才能のある人だけに残ってほしかった。

全体を見渡してみると比較的、今井・ノックスの門下が多いようだが、私の聴いた感覚とはずれておらず、女史の人柄を考えても、特に意図的な誘導があったとは考えにくいところだ。そのほか、ジャン・シュレムやジトーマス・リーヴルの弟子も多い。こうした結果はなによりも、今井のほか、シュレムやリーヴルが自分のところの見込みある生徒をかき集めて、東京に送り込んできたことを示す。同じようなことをした川崎の門下生たちは後ろ盾があっても、実力が薄いために、きっちり落とされている。このコンペティションには、やはり、ポリティクス(政治)はないようだ。

アーカイヴは、リンクのページでみられる。コンペティションはこの後、28/29の両日で第2次審査、6月1/2日の両日で本選がおこなわれる。これらのラウンドでも映像配信がおこなわれるのかどうか、あるいは、現在みられる映像がいつまで見られるのかはどこにも書いていないので、定かではない。

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コメント

はじめまして。第1回東京国際ヴィオラコンクールからヴィオラの魅力にはまった一人です。今回も気合を入れて通い詰める予定が、初日に一日聞きとおし、腰を痛めてしまい二日目を聞き逃してしまいました。二日目のほうが二次に進んだ方が多いようですね、返す返すも無念です。
自分の聴きかたに自信がないので、アリスさんの記事を読み、勉強させていただいております。
腰が少しよくなりましたので、明日は朝から聴きに行きたいと思っています。本当に素晴らしいコンクールですのに、あんなに閑散としていて・・・もったいないですね。
一人でも多くの方に、コンクールと、ヴィオラのよさが伝わることを願って止みません。

5月27日、無料なので午前中だけで失敬する積りで聴いていたら、やめられなくなり、最後まで聴きました。 バッハとブラームスを立て続けに16人聴くので、飽きるかと思いきや、同じ曲であるが故に個性の差が浮き出て、大変興味深かったです。

私はアリスさんのような評はできませんが、特に印象に残ったのは、トップバッターの牧野葵美さんと、終わりから2人目の、韓国の Sang Hyun Yong。 牧野葵美さんは、歌い上げるタイプが多い中で、時々そっと音量を落として控えめにささやきかけるよう風情がなんとも優しい。 Sang Hyun Yong については、背の低い女性が普段着のような格好して出てきてどうなることかと思いきや、バッハの6番のプレリュードを何事もないようにあっさりと弾いたのには驚きました。 

拝読いたしました、が、前回出場は、原裕子さん、今回は原麻理子さんです。
間違えられていますので、お知らせまで。

そして前回2次にすすんだのは、深澤麻里さんです。

Hashiさん、ご返信が遅れましたが、コメントありがとうございます。映像で見るかぎり、1次審査は初日も十分、楽しめるものだったのではないでしょうか。無理はなさらず、マイペースでお過ごしください。お大事に。

スナフキンさん、コメントありがとうございます。Sang Hyun Yong さんについては、まったく同じようなことを考えていました。人は見かけにはよらないということですね。ヴァイオリンで16人も聴いたら、すこしく拷問にちかいと思います。味わいぶかく聴きとおせるのも、ヴィオラだからということではないでしょうか?

いずれの方かわからぬお方、ご指摘に感謝します。なんかおかしいと思ってましたので、時間のあるときに訂正して書きなおしておきます。今後はできれば、記名(ハンドルで結構です)のうえでご指摘ください。また、折角ですが、2番目のご指摘については、意図がわかりかねます。原裕子さんも2次に進まれています。なるほど、麻理子さんは出てなかったと思いますが。

アリスさん、返信ありがとうございます。おかげさまで腰の痛みが和らぎ、二次審査を半分ほど聴きに行くことが出来ました。とても感動いたしました。
さて、私の記憶に間違いがなければ・・・前回は日本勢は深澤麻里さんだけが二次に進んだのではなかったでしょうか。参加されていたのは原裕子さん、牧野葵美さんで、原麻里子さんは不参加でした。
日記をつけていましたので多分このような状況であったかと把握しております。

前回の牧野さんの一次での演奏、よく覚えております。今回は本当に素晴らしい演奏で、結果が楽しみですね。今、まさに本選の審査中かと思いますが、でも、結果は私からしてみたらどうでもいいことで・・・コンテスタントの皆様には申し訳ないと思うのですが・・ミスがあっても、緊張で音程が上ずっても、その人の音楽で私の心は十分に満たされ、この期間中は本当に幸せです。ヴィオラを知らずして人生は語れませんね、ええ(笑)。

Hashiさん、ご指摘ありがとうございます。3年前ということで、私の記憶に混乱が生じていたようです。結果は結果として、原裕子さんはそれに値する演奏をしたという記憶が、この間違いを引き起こしたものと思われます。そのくせ、名前もはっきり憶えてなかったわけですが・・・。

私もこうして書いておりますとコンクール好きの人間のように思われそうですが、実は、競争にはあまり興味をもたないほうです。結果はどうあれ、これほど素晴らしいヴィオリストがたくさんおり、その演奏にしっかりと接することができたことこそ、私の財産です。この大会を競争とは見ておらず、毎年、おこなわれているヴィオラスペースの一環として楽しんでおります。そして、そのイベントのスローガンは「ヴィオラ、それは人間をかなでる楽器だ」というものです。

草冬香さんもブログのなかで言っていますが、この標語がすべてを言い表していると思います。つまり、私はこの楽器を通じて、音楽だけではなく、人間を楽しんでいるのだということです。お互い、このイベントにつよく共感する仲間として、このようにおはなしできたことを嬉しく思い、感謝の念を表します。

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