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2012年6月10日 (日)

ヴィオラスペース 2012 ガラ・コンサート 6/1

【テーマ性高いアンティパストの饗宴】

コンペティションの合間に、ことしもヴィオラスペースのガラ・コンサートがおこなわれた。審査員の諸兄にとっては、3次にわたるコンペティションの審査以外にマスタークラス・ワークショップも入ってくる過密日程のなかで、ここでのパフォーマンスも組み入れなければならないわけだ。そういう意味では例年ほど凝った趣向というわけではなく、本格的なディナーというよりは、アンティパストを並べ、ワインを片手に楽しむ立食パーティという感じのするコンサートであった。

そうはいっても、今回の「パーティ」にはいくつかの重要なテーマがあった。そのひとつはもちろん、3.11 といかに向き合うかということである。そして、そこから派生的に生じる絆・・・これは音楽芸術における継承性(師弟関係)やリスペクトの問題と絡んでくる。そして、それらのテーマを覆うように、おとぎばなしの要素が配されているというわけだ。また、演奏の曲目はコンペティションの課題と一致はしないものの、何らかの関係をもつことが前提となっている。

演奏会は、エミール・ルドマーニ編曲による『浜辺の歌』から始まる。ルドマーニはハンガリーの作曲家で、コンペティション本選で演奏されるバルトークとルーツが同じだ。編曲はヴィオラ4本とピアノ伴奏のために書かれている。プログラムでは、この作品を震災によって犠牲になられた多くの方々への追悼、そして、いまなお困難な状況にある方々(先日も原発の避難区域で、一時帰宅者に自殺者が出たばかりだ)へのエールの意味を込めて演奏するということであった。しかし、「ヴィオラスペース」はこれを単に悲劇的に扱うのではなく、音楽本来の明るさ、もしくは、それが発する希望の力によって支えようとしたようだ。

今井、川崎のほか、篠崎友美、鈴木学に、コンペティションの公式伴奏ピアニストを務めた関谷由美というメンバーで演奏された同曲は、すこぶる光に満ちた演奏で、音楽家のもつある種の楽天的なエネルギーが、こうした局面で非常に有効であることを感じさせた。

【悲劇の表現法】

悲劇を、明るさや光、希望、あるいは、メルヒェンティックな感覚、ユーモアなどにおいて多角的に捉えるという発想は、このコンサートの根幹を成している。

例えば、ガース・ノックス作曲の ”Wild Animals” は、彼の祖国に伝わるケルティック神話のなかでよく登場するという牡牛 bull が、陶磁器店に闖入して暴れまわる筋書き。牡牛は犬に変身して眠ってしまい、今度は像に変身して再び暴れまわり、最後はひどく疲れて止まるというストーリーを内包しており、それに翻弄される4つのパートが人間の無力を象徴しているかのようだ。このテーマだけを聞くと、どこか震災や津波の問題とも響きあうところがありそうである。しかし、実際にはこの作品はユニークで、笑いに満ちた寓話的な要素が正直に表出されているにすぎない。

ノックス本人が弾くヴィオラには、非常にフレキシブルな役割が与えられており、その奔放さが動物たちの活力をリアルなものにする。その周囲で立ちまわる4本の楽器は、フルートをリーダーに、クラリネット、ヴァイオリン、チェロで構成される。印象的なのは、動物の変身シーンだ。ピキピキパッパという操り人形めいたものばかりでなく、もっと現代的なSFのロボット(映画にもなったトランスフォーマーとか)のような雰囲気、あるいは、プログラムにも書かれているような映画の狼男のイメージ。複層的なイメージが、自由なアンサンブルのなかに隠されている。

響きはただアイロニカルな動物の迷走と、立ち回りのユーモアを示すだけではなく、POPs&ROCKs などでも広められているケルティックな響き(ノックスはアイルランド人)もさりげなく混ぜられ、楽しみ方も一様ではない。ノックスの作品はそのように、演奏者や聴き手のイメージによって千変万化するのが特徴であり、それは前回コンペティションの課題曲として委嘱された ”Fuga Libre” にもみられた特徴であった。

モティーフとしては具体的で、わかりやすいが、そのような発想の柔らかさが求められ、技術的にも単純ではない各パートを弾いたのは、桐朋音大の学生たちである。ヴィオラ五重奏で、オケのようなごまかしは利かないが、全員が水準以上の演奏でノックスと立派にアンサンブルしている。特に、名前はわからないがチェリストの健闘に拍手を送りたい(この人かな?/ツィートみると、ひどく下らない人間に思えるが・・・)。

【喰いつきの良い桐朋オケが示した細川の才能】 

今年の桐朋のオケは弦楽器群が非常に優秀で、近年、接してきた学生たちのなかでは飛び抜けて、音楽への喰いつきがよかった。その良さがハッキリと生かされたのは、細川俊夫の旧作『ヴィオラと弦楽のための「旅Ⅵ」』である。独奏は篠崎友美で、指揮は本学教授の原田幸一郎氏。この作品、ヴィオラがどう目立つかという問題よりも、そして、人生の旅を俯瞰したテーマ性よりも、弦楽合奏だけでこれほどゆたかな響きの質を取り出せるのかという点に大きな驚きを感じる。この作品は2002年のヴィオラスペースによる委嘱作品で、その後、細川は海外で頻繁にオペラが上演されるなど国際的評価を高めているが、その才能のゆたかさをハッキリと示すものだ。

バックの弦楽器は、管楽器や、ときには打楽器のような多彩な表情で、これも相当のフレキシビリティを感じさせつつ、実際には、きっちり整然とした響きのオーガナイズによって、濃厚な人生のカタチを形成しなくてはならない。初演はもちろん、今井信子だが、この日は委員長として忙しい彼女に代わり、篠崎友美が彼女らしい落ち着き払ったパフォーマンスで、作品を丁寧に織り上げた。今井の場合とはちがい、作品の放つメッセージはより穏やかに、調和的となっている。今井の演奏が苦悩やそれに基づく遍歴の荒々しさに焦点を置くとするならば、篠崎の演奏はもっと深い諦念、人生の晩期からみた発想が主流である。

ただ、誤解を避けるために敢えて言うならば、それは単に老齢期の諦めや、ある種、悲劇的な人生のおわりの様相から発想されたというよりは、かえって、そこに究極の安定をみるような視点から構成されているというべきだ。諦念といっても、それは仏教における悟りのようなものではなくて、もっと、ずっと生の感情であり、例えば、もう誰も訪ねてこなくなった家で老夫婦が静かに、しかし、マイペースで暮らしているような雰囲気からみた、ひとつのイメージなのではなかろうか。だから、私はここにリンクするような初演のイメージと、今回のイメージとでは、随分とちがうように思っているところだ。ちなみに、当時はカザルス・ホールでやっていたので、そのあたりのアコースティックのちがいというのも無関係ではないように思う。

【審査員全員参加によるシューマン】

そのほかで印象ぶかい演目といえば、5人の審査員全員が出演した、バロ・キム編によるシューマン『おとぎの絵本』である。演奏は審査員5人によるヴィオラと、辻本玲によるチェロ、さらにゲストの佐渡谷綾子のコントラバスによる魅力的な編曲でおこなわれた。チェロ・バスの控えめな支えのなかで、正に個性的な5人のヴィオリストたちが味わいを競う。川崎雅夫の平明で、シンプルな歌いくち。今井の高貴で、完全に着飾った響きの質のゆたかさ。シュレムの素朴で、忌憚のない表現の簡潔さ。リーヴルは作品をきっちりと、内側から捉まえる。そのなかで、難解な変奏的部分をかくも見事な響きで織り上げるノックスのパフォーマンスには、思わず笑いがこぼれてしまう。

正に、このような味わいを備えたアーティストたちをコンペティションは作り上げたかったわけである。

【ユングヴィルトとエロード】

ルドルフ・ユングヴィルトの作品では、トーマス・リーヴル特製の5弦のヴィオラが登場した。新たに張られたF線は、ほかの線よりも若干、緩く、しなやかな響きを発するような感じがして、その味わいを生かした作品の性格は明らかである。同じくリーヴルによるバッハは、正に宗教的ナチュラリズムを体現した演奏。ジャン・シュレムによるシューベルトの変奏曲は、いささか準備不足の感あり。選曲としては、とても陰鬱な最初のテーマから変奏を通じてすこし持ち上げられるような楽想が、震災からの復興をイメージさせるという意図であったのだろうか。

最後に演奏されたエロードのヴィオラ協奏曲は、終盤、メルヒェンティックに変容する部分の面白さはあるが、全体の響きに新奇さはなく、発想の面白さや、響きのオーガナイズにも特筆すべき点はなかった。正直、この作品がメインに据えられたのには疑問を感じる。しかし、イヴァン・エロードはバルトークと同じハンガリーの作曲家。ここで、プログラム構成の「アーチ構造」ができあがっているのはよくわかる。また、作品はトーマス・リーヴルによって初演され、その師匠からこの日の奏者、鈴木学に対して、みっちり叩き込まれた思い出の音楽だということであった。確かに、オケを含めて演奏自体は素晴らしいものであったことを付記しておく。

このエロードも苦労人で、ソヴィエトによる共産主義支配から逃れてハンガリーから亡命、のちの民主化のあと、赦免されて祖国と、亡命先のオーストリアで名声を確立し、両国から褒章を得たという。祖国を失い、しかし、音楽をつづけることによって、それを取り戻すという過程が私たちの困難な道と重なるので、そのような発想から選ばれた曲目かもしれない。エロードが国に戻るまで何十年もかかったが、私たちは正に、その何十年の闘いのための端緒に立ったばかりだ。もちろん、これは原発問題のことを言っているのである。

【プログラム】 2012年6月1日

1、成田為三 浜辺の歌(E.ルドマーニ編)
 (va:川崎雅夫、今井信子、鈴木学、篠崎友美 pf:関谷由美)
2、バッハ アルマンド、ジーグ~無伴奏チェロ組曲第6番
 (va:トーマス・リーヴル) 
3、シューベルト 序奏と変奏(1、3、5、6、7)
   ~シューベルト:「しぼめる花」の主題による序奏と変奏曲
 (va:ジャン・シュレム pf:フランソワ・キリアン)
4、シューマン おとぎの絵本(バロ・キム編)
 (va:川崎雅夫、今井信子、ガース・ノックス、T.リーヴル、J.シュレム
  vc:辻本玲 cb:佐渡谷綾子)
5、ユングヴィルト エレジー
 (va【5弦】:T.リーヴル)
6、ノックス Wild Animals
 (va:G.ノックス fl、cl、vn、vc:桐朋学園学生)
7、細川俊夫 ヴィオラと弦楽のための「旅Ⅵ」
 (va:篠崎友美 orch:桐朋学園オーケストラ/cond:原田幸一郎)
8、エロード ヴィオラ協奏曲
 (va:鈴木学 orch:桐朋学園オーケストラ/cond:原田幸一郎)

 於:紀尾井ホール

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