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2012年6月25日 (月)

アンサンブル・ノマド 結成15周年記念演奏会 エベルト・バスケス Bestiario / 藤倉大 ICE ほか ブリッジ・橋 vol.1 6/24 ②

【隠された寓意】

序盤2つのアンティパストをこなし、バスケスの作品を通奏して、さらに中規模の作品を2つもやるのだから、この演奏会のタフさがわかる。第3部の2曲も、まったく手抜きの許されるような作品ではない。

まずは、このなかでは客寄せパンダにも見えてしまうジョリヴェの1943年の作品、『デルフォイ』組曲の演奏である。ジョリヴェは作風が広い作曲家だと思うが、この作品はより古いタイプの交響詩的な作品であり、もともとはハウプトマンの書いた舞台に触発されてつくられた劇付随音楽だったという。8つの部分にわかれる作品は、トロイア戦争に向かう途上、アウリス島に足止めされるアガメムノン王の神話に基づき、描写的である。音楽が具体的に神話のどのような部分を描写するのかは詳らかでないが、アガメムノンに率いられた華やかなアルゴス軍が銅鑼を鳴らして、エーゲ海に船出し、アガメムノン王が狩りを楽しみ(戦意高揚の意味もあろう)、その代償に娘を犠牲に捧げることになるところ。最後に、怒り狂った王が呪いを破って、風が吹き始める場面まで、私たちはごく自然にイメージすることができる(ただし、そのイメージとジョリヴェの創作意図が一致しているのかどうかはわからない)。

音楽面では、この日、演奏された作品のなかでは、唯一、調性的な響きがする。オンド・マルトノが用いられ、これが音響的なアクセントを構成するのは間違いないが、多彩なパーカッションの響きなどもよく目立つ。オンド・マルトノ奏者の大矢素子女史はひとり、ギリシア風の衣装を仕立て、身も心もギリシア神話に入り込んでのパフォーマンスであった。ただし、バランスとしては、今回はオンド・マルトノばかりを目立つようにはしていない。ストーリー・テリングはなんといっても木管楽器の役割であり、パーカッションや、唯一の弦楽器であるハープの声部も、コンパクトに生かしきられている。その背景に、ふうわりとオンド・マルトノの響きが溶け込んでいく。

作品はとても古い素材を扱っているけれど、こうして実際に空間中で響きを耳にすると、ジョリヴェの想いというのが少しずつわかってくるようだった。1943年といえば、欧州は戦争の真っ只中である。作曲家の祖国、フランスは既に敗退し、ヴィシー政権の治めるところとなり、生温い平和に浸っていた。アガメムノンの陣営は、こうしたなかにあって、ジョリヴェの生きるフランスと同じような雰囲気を発しているように感じられたのであろう。作品は全般が政治的な寓意劇として構想されているわけではないが、アガメムノンは王としての絶対的権力のうえに、ペテンを働いてまで娘を呼びつけ、しかも、娘は自ら役割を任じて死を選ぶという筋書きには、なにかきな臭いものを感じさせるところがある。

だが、そうした寓意は表面上、ずっと隠されている。音楽がぐっと本性を現すのは、もう最後の部分まで来たときだ。そこではアガメムノンの怒りによって、ようやく風が吹き始め、嵐のようになる様子がオンド・マルトノを中心に描写されている。だが、その響きは同時に、不気味に空を通り過ぎる軍用機の響きとも通じているのであった。思えば、響きはずっと薄暗く、華やかな場面でさえ、いつも陰に満たされている。私は当初、投稿動画サイトで見つけた録音(1-34-67-8)のイメージから、1943年という制作年代にはあまり関心を抱いていなかった。しかし、作品を聴き進むごとに、私にはその数字が重く圧し掛かってきたものだ。

この作品に象徴されるように、今回の演奏会で演奏された作品は、どれも作曲家たちがなにを考え、聴き手に対してどういうことを訴えたかったのか、明確な作品が多い。このことは、先の記事で述べた「特に感じ入った要素」のもうひとつの点なのである。ジョリヴェの作品は、ノーノの作品のように剥き出しのメッセージを示しているわけではない。だが、私はそのような人のほうが、より直截に相手のこころを掴むことができるように思うのだ。例えば、私は反原発の立場なのに、それにもかかわらず、どうして、いまの「反原発派」につよい反感を抱くのであろうか。それは彼らの発するメッセージがあまりにも剥き出しのものであって、こころに響かず、しかも、彼らのやっていることがどれも下らないことばかりだからである。

もしも彼らが、日曜日の議事堂を包囲して(誰も困らない!)大成功だと喜ぶ代わりに、会期中での「一体改革法案」成立をぶっ潰すために(それによって野田政権を退陣させ、原発再稼働の判断ができないようにするために)、与野党協議の場に踏み入るなどして、逮捕も辞さずに行動に出ていたとしたら、私はとても黙ってはいられなかったろう。私はそのことで逮捕されるなら、別に「過激派」と呼ばれても構わなかったと思う。残念ながら、その期は通り過ぎた。

閑話休題。

剥き出しのメッセージほど、私にとって反発を感じさせるものはない。それでも、私がノーノの音楽を愛するのは、彼の思想があまりにも純粋だからだ。これに比べると、ジョリヴェの表現はもっとオトナのものであり、犯罪者となっても原発再稼働を阻止するという道よりは、私の共感にずっとちかいのである。

【微小なものへの共感】

藤倉大の作品はその意味では、まったく何の意味もないような作品だろう。しかし、それだけに、この作品の重々しいエネルギーがどこに発するものなのかを突き止めることは、私にとって大きな課題である。作品を委嘱したグループのひとつ、The International Contemporary Ensenble、略称 ’ICE’ があることから、”ICE” と名付けられたという作品は、とても謎めいた音響の独創性に満ちている。特に、私の印象に残ったのは、本来、微小な響きしか発することができない素材を、電気増幅によって拾い上げた発想だ。2つの楽器が一体、何なのか、私にはよくわからないが、特に2つ目に取り出された楽器は、オルゴールのようなものである。正に、その響きが私の感性を完全に支配してしまった。

この微小な響きに対する藤倉の感性は、私たちを否応なく感動させずにはおかない。それは、空想上の「マックスウェルの悪魔」に無限の可能性を感じたバスケスの発想とも共通する。だが、それと比べても、藤倉のそれは日本人らしく、きわめて謙虚である。彼は確かに、凄い才能をもっているけれども、彼にとって、それはすこしも揺るぎないものではなく、あの微小な響きと同じように、いつ消えても不思議ではないものなのだ。彼ほどの優れた作曲家がそのように思うのだから、私たちがそのような微小な響きのなかに無限の共感を感じるのだとしても、それはまったく不思議ではないはずだ。私たちの人生は、正に溶けていく氷のようなものだ。

このイメージに対して、前半の無窮動的な動きではギターの響きがアクセントになっており、佐藤の弟子である山田岳がソツのないパフォーマンスで、これを魅せた。全体の響きは、藤倉大のオフィシャル・サイトで聴けるサウンドと比べて、ずっと控えめで、佐藤とノマドのつくる音楽のさりげない魅力が私にはずっと好ましく感じられる。後半、微小音の魅力に対抗する何かがなければならないと感じていたが、残念ながら、それに匹敵するほどの鋭いアイディアは浮かび上がらない。しかし、最後のパートで正に ice が溶けるような響きがピキピキと、ねちっこくつづく場面はようやく私の期待に応えるものであった。

藤倉自身の言葉として、この作品のアタマのほうはノルウェーで書いていたということだが、それにしても、私はどちらかといえば、このおわりのほうに、ice のイメージが相応しいように感じたものだ。もちろん、考えようによっては、ice が溶けて、そこからいろいろな響きのアイディアが溶け込んでいくというモティーフでも考えられるし、同じ ice といっても、聴き手によって、そのイメージは微妙に揺らぐことが初めから計算に入っているのかもしれない。いずれにしても、この ice から感じられる多彩なイメージは、未聴感とか、新しさとかいうレヴェルを越えた圧倒的な印象である。

私は藤倉大の作品はやはり、2000年代(1ケタの)中葉から知っていて、当初はその才能につよく惚れ込んでいたが、一時期、他の凡庸な作曲家と変わらないほど迷いが多くなり、批判を強めたこともあった。もちろん、私の考えなど、社会的にまったく無価値ではあるのだが。それがどうだろうか、いま、こうして彼が彼らしい作品をモノにしているのを聴いて、私はもう、なんとも頼もしく思った・・・なんて書くと、まったくエラソーなものなのであるが、今後、藤倉は本当に充実した仕事をつづけていけるのであろうという実感を得たことは、1ファンとしても嬉しいところである。

さて、グラスに注いだウィスキーに浮かぶ氷もスッカリ溶けた。一休止としよう。ノマドの素晴らしい演奏会に、乾杯だ!

【プログラム】 2012年6月24日

1、望月京 パサージュ・アン・ファイユ
2、スコット・ジョンソン 変換負債
3、エベルト・ヴァスケス 動物寓話集
4、ジョリヴェ 『デルフォイ』組曲
5、藤倉大 ICE

 於:東京オペラシティ(リサイタルホール)

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