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2012年7月12日 (木)

NO NUKES 2012 2日目リポート 7/9 ① 【メッセージ】

【イベントの概要】

NO NUKES 2012 というイベントは、「脱原発」をテーマにして坂本龍一の呼びかけで開催された音楽イベントだ。YMOやその先駆者であるクラフトワークから、現在、人気のある斉藤和義や山崎まさよし、元ちとせなど、さらに若手・中堅のハードなロック・バンドなどを含むメンバーが、ほとんど手弁当で集まって1時間弱の枠で演奏を披露した。会場は、幕張メッセの展示ホール4&5。オーディエンスは、オール・スタンディングでの公演である。

ツイッターでも書いたが、このイベントの目的は「反原発、即時廃炉、再稼働反対」などのメッセージを、ゴリゴリとオーディエンスに押しつけるためのものではなかった。イベントは昨今の「反原発ブーム」に乗るのではなく、反対に、その動きがまだまだマイノリティに止まっているという視点から構想されているように感じる。漠然とした賛成や反発から、いま、なにが問題なのか、日本社会にとって原子力がどのような存在なのかを、音楽を通じて考えさせるためのイベントなのだ。実際、アーティストたちの考えにもばらつきがあり、それらは敢えて統一されていない。七尾旅人などは、単純に no ではないとさえ言っていたぐらいだ。

長期的には同じ「脱原発」の目標で共通してはいても、そのプロセスや時期、あり方については、まったくコンセンサスを得ない。それでいいんだ・・・というのが、この音楽祭の趣旨につながっている。どだい、短期間で結論などは出るはずがないのだ。この音楽祭は聴き手に答えを与えるためのイベントではなく、考えるヒントやきっかけを与えようとするものであった。そして、そのヒントを真摯に受け止めることさえできれば、オーディエンスも当然、正しい道に到るだろうという信念でつくられている。

【受動的→自主的】

受動的な姿勢から、自ら考え、選び取る姿勢へ。これが、フェスティヴァルの隠れたテーマである。そして、異なる姿勢を1つにまとめ、ちがいを乗り越えること。この2つの大テーマに沿って、イベントの全体を俯瞰してみると気づくことが多いだろう。アーティストのライン・アップをまとめてみると、BRAHMAN、KEN YOKOYAMA(横山健)、9mm Parabellum Bullet、七尾旅人+大友良英+坂本龍一+ユザーン、ACIDMAN、仲井戸麗市BAND+トータス松本+坂本龍一(忌野清志郎スペシャル・セッション)、山崎まさよし、斉藤和義、YMO+小山田圭吾+高田漣+権藤知彦、以上の9ステージから成る。一見、バラバラな構成であるが、実際、12:00からACIDMANの公演の一部を除き、ほぼ全体を貫徹した私の感想からすると、見事な構成であったと思う。

前半のバンドはハードコアで、単純だが、深彫りの音楽で聴き手をトランス状態に置いてしまう。ダイブしてきたアーティストを神輿のように支えたり、急速な前進でステージ側に走り寄ってみたり、群衆のなかで浮き上がった人が他のオーディエンスの手でリフトされて外側に運ばれていくような行動もあった。だが、それらは完全に意識的なものというよりは、一種の約束事であり、ダンスとはいえないような激しいフロアでのアクションも、ビートや音響の強さからくる過度な刺激を逃がしてやるための方便にすぎないように思われたものである。言うなれば、つくられた熱狂、プログラムされた熱狂だ。アーティストはこうした熱狂型のオーディエンスを満足させてやるために、音楽やダンスの錬磨のほかに、それぞれの個性に応じたパフォーマンスを追求して、既存のプログラムから人々をなるべく解放してやる工夫が必要というわけだ。そこで大抵は、バカをやっている。だが、真心込めた「バカ」のパフォーマンスというのは、実に楽しいものでもあるn7ようだ。

BRAHMAN、横山、キューミリのアーティストたちは、理屈や論理ではない音響とパフォーマンスの非日常的な高揚のなかに溶け込みたいオーディエンスにとっての等身大の「神」であり、その神性を支えるのは、音楽の完璧な美しさとその内面に秘められたこころの繊細さである。そして、その後者の部分が、このイベントでは際立っているように思われた。知的に洗練されたコメントではないとしても、彼らの言葉に、熱狂的なファンとはいえぬ私といえども動かされずにはいなかったのだ。

後半は、この流れが明らかに変わっていく。七尾旅人と仲間たちによる公演、忌野メモリアル、最後のYMOと仲間たちによる公演は、いわばオーディエンスの積極的なコミットを促すスタンスであり、音楽のハードさ云々とは関係なく、聴き手が自らの意思と判断により、作品を受け取り、ときに参加することなしに、パフォーマンスを十分に楽しむことはできないようになっている。

例えば、七尾は数分間の即興セッションで、オーディエンスを低音と高音の2つに分けて、声を伸ばし続けることで参加ができるようにした。舞台上の七尾、大友、坂本、ユザーンの音楽が抜群のフレキシビリティで、七尾のイメージを補っていく(そこには当然、オーディエンスとの協調が含まれている)。オーディエンスは少ない指示のなかで、周囲や舞台上の雰囲気を感じながら声を出す。伸ばし続けているので、いつか息は切れるが、それを周りと感じ合いながら、いま、どれぐらいの声が適切なのか、止めるべきなのか続けるべきなのか、オーディエンスにも判断が必要である。七尾のこの試みは、オーディエンスの予想外に素晴らしい歌声により、非常に幻想的な効果をもたらしたが、このホールは響きが多く、そのことも手伝っていたのは間違いない。

七尾はオーディエンスに対し、みんな、教授や大友さん、ユザーンと一緒に音楽をしたんだ・・・と言って、「音楽」ってそんなものかなとオーディエンスをその気にさせた。我々が音楽をできたのかどうかはともかく、七尾のステージは聴き手をその立場に置き去りにしないことで特筆に値するだろう。ハードなミュジシャンたちとはちがって、彼はそういう姿勢のなかで、オーディエンスのいちばん美しい部分を引き出していくことに長けていた。

【忌野清志郎スペシャル・セッション】

忌野清志郎スペシャル・セッションでは、トータス松本が『い・け・な・いルージュマジック』で、オーディエンスを歌わせてからペースに乗ったようである。演奏する曲目がカリスマ的ロッカー、忌野のものばかりであって、冒頭には生前のライヴ映像を流し、周りは彼と音楽を共有していたベテランばかりということで、はじめはトータス松本といえども、完全にはじけきるには至らなかった。しかし、後半のパフォーマンスは熱唱型の松本らしさが全開になり、忌野とはまたちがう個性で作品を輝かせたのだ。特筆すべきなのは、松本が忌野のコピーになろうとすることなく、また、反対に自分自身を誇張してみせることもなく、忌野の不在に嘆き、その大きさにひれ伏す私たちの代表として、ステージに立っていたことである。

そのため、松本はRCのオリジナルのイメージをすこしも崩すことなく、同時に、自分らしいパフォーマンスをも守りながら、オーディエンスとの懸け橋になり得たのだ。ルージュマジックで醸成した一体感を保持しての『サマータイム・ブルース』、そして、松本が思いきって枠を踏み破った『スローバラード』が感動的だ。特に後者は Ustreamの動画が録画で YouTube に掲載されており、その高い集中力に基づいたパフォーマンスを再体験できる。RCのメンバーたちも、渾身のパフォーマンスで松本を支えていた。『雨上がりの夜空に』がおわると、RCとYMOでいわばライバル同士であった坂本と仲井戸が抱擁しあう光景もみられた。

忌野の曲が、こういう奇跡を成し遂げたわけであろう。

【YMOの象徴性】

最後のYMOのステージこそは、オーディエンスがいかなるものを選び取るかで、印象がまったく異なる公演であろう。私は正直、YMOに対してさほど知識がない。そのイメージにあるのは斬新で、宇宙的なサウンドに対して、静穏なゆったりした響きに生じるギャップの面白さであったが、実際にはちがった。確かに、表面上の響きにはイメージ通りのものもなくはないが、その内部構造に注目すると、もっとハードでつよい音楽が滲み出てくるからである。前半のバンドと同じような熱狂がそれより半分以下の少ない音、より柔らかい音響のなかで実現されていたのだが、その秘密の一端は、その構造観に求められる。

一般的なバンドではヴォーカルと、バックのベース、ギター、ドラムスといったところに関係が生まれ、例えば、BRAHMANの場合などは、ヴォーカルがほとんど聴き取れないほどバックに溶け込んでしまい、それでも、爆音や強烈なビートのなかに溶け込んだ歌の味わいがハッキリわかるというところに、そのスピリットが秘められているわけである。しかし、YMOにおいては、その関係性はずっと複雑だ。まず、ヴォーカルは必ずしも想定されておらず、全体の中心に置かれるのは特定の楽器というよりは、全体の雰囲気でしかない。曲によっては明らかな浮遊的メロディがあっても、それは一種の目くらましだ。その中心は大抵、バックにあり、これを聴き手が掴み取らないことには、YMOほど煮えきらないバンドもないのである。

ある意味、もっともわかりにくいバンドであり、クラシカル・ミュージックの現代音楽的な味わいがあった。その多層構造をハッキリ認識するまでに、私は数曲を聴き込むことが必要だったものである。この日のセット・リストは、最初の曲がクラフトワークの曲で、完全なユーロ・テクノの先進者へのオマージュであり、次の曲も「イエローマジック」というよりは、英国あたりのロック・グループにありそうなサウンドの味わいを感じる。しかし、”Ongaku” からは音響のデザインがYMO独自のものとなり、複層構造が効果的に前面に押し出された。この曲におけるアクセントは、なんといっても細野が叩くガラス瓶(終盤はグロッケン)の音のもつ質感である。これを中心に、ヴォーカルを含む全体の豊富なビートが、いわば対位法的に聴き手の身体を動かすようになる。

つづく『中国女』で感じたのは、夏祭りで神輿を担ぐときと同じようなリズムとビートであった。ドラムスを中心に、バックとの繊細なハーモニーによって生まれる立体的な質感を、掴み取らなければらない。前面に出てくるメロディの曖昧な印象とは、まるで正反対である。このようなトリックは、ナンバーを重ねるごとにオーディエンスと少しずつ共有され、深められつつ、メイン的なポジションに置かれた『東風』と、ディスコ・シーンの著名曲『ライディーン』に向かって昂揚していった。そして、その種明かしのように、アンコール・ステージで演奏された ”Solid State Suvivor” は、これらの作品のなかではもっとも平明な、構造的ワイルドさが印象的である。

YMOのパフォーマンスは、決して一方向だけにフリーという性質のものではない。自由な音響空間は、音楽家と聴き手の solid な結びつきを拡散し、その代わりとなる発想力の交感に重点を置いている。実際、会場の反応はその響きから身体的な反応を示す者たちと、単に響きを真剣に受け取ろうとする者とに二分されていたように思う。もちろん、それらのどちらかが「正しい」態度だったというわけではなく、むしろ、そのような divide こそが音楽の本質であるという考え方に基づく表現なのであろう。自ら考え、受け取る姿勢が決められるということ。それらのいずれにも答えがなく、互いを尊重していくしかないところに、このイベント全体を囲むテーマとの連関性が見て取れる。

【ずっとつづく闘い】

アーティストたちはしばしば、これからずっと長い闘いになるということを口にした。この問題は、自分たちの世代だけでは解決しないかもしれないし、残念だけど、次の世代に引き継いでいかなければならない問題だ・・・という現実を無視していなかった。でも、そんな状況のなかでも、アーティストが綺麗ごとを言わないで誰がいうのかと、ACIDMANのヴォーカルは疑問を投げかけた。その想いを大切にしながらも、すべての人は問題が現在進行形で、かつ、今後も長くつづくという事実に向き合っていたのである。私はそこに、大きな共感を覚えた。世代を越える問題として、YMOやクラフトワークといったベテランが、山崎まさよしなどの中堅どころ、さらに、キューミリのような若手と同じステージに立ち、メッセージを交わしあう。忌野メモリアルも、清志郎という唯一無二の個性が築き上げたものを博物館のショー・ケースに入れてしまう代わりに、トータス松本のような次の世代へ、大事に引き継いでいくための儀式のようなものだった。

イベントへの観客動員数が、目標からみてどうだったのかはよくわからない。しかし、そこに立ち会った人々と、アーティストのレヴェルからみたときに、イベントは明らかに成功であった。アーティストは単に有名曲を並べるだけでなく、新曲を携えてステージに立つことで、その本気度を示している。ほぼすべてのアーティストが、自分の新しい曲をぶつけてきたことに、私はこのイベントの凄さを感じるのだ。この祭典のなかで、私にとっては、2つのステージが特に印象ぶかいものとなった。そのことについては、次のエントリーで書く。

 (②につづく)

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