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2012年7月 3日 (火)

大飯原発封鎖デモから考える ① 【状況】

【デモを知るまで】

7月1日、大飯原発3号機の原子炉から制御棒が引き抜かれ、定期点検からの再稼働がおこなわれた。その正門前では、数百人の市民から成るデモ隊がパーカッションを支えとしたサウンド・デモを展開。「再稼働反対」などのシュプレヒコールを挙げ、発電所につながる道路を占拠して警官隊と向きあっていた。この模様はフリー・ジャーナリストである岩上安身氏の率いる "Independent Web Journal"(IWJ)によって、Ustream 上で公開されていた。

情報をまとめると、デモ隊の行動は6月30日に始まる。メンバーは特定の団体のものや、地元住民のグループではなく、全国から反原発の運動でつながった数百名の市民たちということだ。原発正門前に車で乗り入れた市民らは、再稼働に必要な機材や人員の入所を阻止ずべく、発電所につながる一本道の正門前に車を置き、封鎖。再稼働反対の文書を手渡したあとも、その場に居残りつづけた。東京の時限デモとはちがい、これといった主催者があるわけでもなく、いつまで続くのか、続けられるのかもわからなかったろう。道路からはみ出すことさえ注意しているという行儀のよいデモとは異なり、こちらは公道を封鎖しており、関電の私有地を圧迫しているのであって、いつ「道路交通法違反」「不法占拠」「不法侵入」などの容疑で逮捕されるかもわからない。

私がデモの様子を知ったのは、1日の朝、11:00前のことだった。ツイッターのタイムラインに飛び込んだ情報によってデモについて情報を得た私は、直ちに Ustream の映像を見にいった。はじめは、奇異の目で眺めるよりほかなかった。そこに映っているのは、東京のデモと比べればはるかに少数の人々でしかない。しかも、パーカッションの響きがサンバのようなリズムで流れ、妙な形をした神輿のようなものが踊っていた。そのなかで、市民たちが「再稼働反対」「子どもを守れ」「いのちを守れ」といったメッセージを歌にのせて発していたのだ。その市民たちもみたところ、私と同じか、あるいは、それよりも多少、前後する若い世代を中心としているようで、着ているものもカラフルで若々しい。高度成長期のヒッピー集団、あるいは、エスニック趣味の人たちのように思えた。

【それでも劇場へ、そして、帰ってきてから】

私が注目したのは、そうだ、こんなときでさえ、なんといっても、そのサウンドの美しさであった・・・というと、お叱りを受けるかもしれぬが、事実、そうであったのだから止むを得ない。「再稼働反対」のシュプレヒコールに寄り添う太鼓のリズムと抑揚が、完全に市民の声とシンクロしていた。その同調性の高さに、私はデモ隊の団結の強さを瞬時に感じ取ったのである。あとで述べるように、私の意見は彼らの主張と完全に一致するものではない。しかも、疑りぶかい私が、彼らの行動にまず一抹の疑問を抱いたのは当然である。しかし、その整然としたリズムは、私をどうしても捉えて放さなかった。

「やられた!」

次に私が思ったことは、ここにいくべきかどうかであった。これは意外に、悩ましい問題であったものだ。しかしながら、私は明らかに出遅れ感を抱いたし、いまさら、福井の山奥まで赴く用意も方法もなかった。なにより、その意欲が十分に見出せなかったのも事実である。結局、私は予定どおり、新国立劇場へバレエ『マノン』の公演を見に出かけた。音楽バカである。その代わりというのもおこがましいのだが、Ustream は留守中もつけはなしにして、彼らへの敬意をすこしだけ表するような態度をとっておいた。私はまさか、警察がそんなに早く動くとは思っていなかった(まったく動かない可能性もあるとみていた)ので、劇場から帰ってくるまでに、市民たちはそれほど変わらない状況で睨み合っているだろうと想像していた。

公演は、素晴らしかった。幸福感とすこしの苦々しさに満ちて劇場から戻り、私は早速、動画配信の映像に舞い戻ったが、そこで私の目に飛び込んできたのは、警官隊がデモ隊をじりじりと押し出して、敷地から追い出そうとしている風景であった。私は、息を呑む。市民は両手を掲げて、非暴力をアピールしていた。しかし、警官隊の圧力は弱まるどころか、次第に強まっていくように見える。情報によれば、警官隊はデモ隊の右側を確保、徐々にデモ隊の側背にまわり込み、前後にわかれるデモ隊のうち前方の一隊を先に排除したという。デモ隊は警官隊に半包囲される形になり、占拠エリアはみるみる狭まっていった。

【警察による暴挙】

小康状態を挟みながらも、デモ隊の声は決して止むことがない。私はすべての行動を止めて、いつしか映像に見入っていた。小競り合いを経るうちに、初夏の福井にも宵のとばりが下り始める。そのとき、問題が生じた。映像配信のための電源(バッテリー)の問題と、暗くなってからの撮影に必要な照明の欠如である。警官隊は、それを待っている。暗くなって、映像が真っ暗になってしまうのを待って、一斉に排除しようとしているのだという観測も流れた。警官隊は何度か押し出してきて、何らかの行動をとった。私には数人のデモ参加者を連行し、逮捕、もしくは、裏で脅しをつけているのだろうと思えた。また、ある観測によれば、技術者を通そうとして道を確保していたという見方もあるが、よくわからない。

20:00すぎからであったろうか、IWJでは、プレス・センターでみられる中央監視室の映像を大写しにして、別のチャンネルで放送するようになった。私は緊迫する正門前の様子を気にかけながら、20:45からは、主に中央監視室の映像をメインにし、音声は正門前のを流すようにした。このギャップは、なかなかに面白かった。こうして私は21:00、予定どおりに制御棒引き抜きの作業が開始されるのを目にする。歴史的な瞬間を、目にしているような気がしたものだ。

そのとき、正門前で大きな動きがあった。デモ隊の一部が警官隊の押し出しにあい、もみくちゃにされる騒ぎが起きたからだ。突進する警官隊はデモ隊を一挙に呑み込み、画面の片端にみえる小屋の側に向かって、デモ隊の一部を連れ去るようにもみえた。何が起こったのか、未だによくわからない。しばらくして、混乱は収まり、警官隊は元の配置に戻る。激昂したデモ隊は、しかし、非暴力は貫き通し、より大きな声で団結した。このような押し出しを、私は2度ほど目撃した。そのうちの1回では、警官隊のひとりが隊列に戻る際、デモ隊のひとりに掴みかかり、周囲のデモ隊に大声で抗議されると慌てて放すという風景も見られた。

私はこの様子を、ざっと23:00くらいまでは見ていた。『マノン』の記事も書きたかったが、どうしても、そういう気分になれなかったのだ。ところが、集中力はいきなり切れてしまう。前週の疲れがどっと溜まっている私には、いきなり強烈な睡魔が襲ってきたからだ。私よりも明らかに辛い戦いを強いられているデモ隊には済まなかったが、
もう、目を開いていることができなかった。

【眠ってしまったあと】

翌朝、デモの顛末を知る。未明になって、警官隊はおもむろに包囲を解除。多分、逮捕は断念し、退き口を与えたのではないかと思う。デモ隊の歌はそれでも長くつづいたが、やがて、収束が宣言され、徐々にデモ隊は撤退したということである。デモ隊は数百人単位。交代制で、100人程度が警官隊と常に向き合ったというが、30日から24時間を超える長大なデモとなった。その間、雨が降りしきる時間帯もあり、非常にタイトな環境であったはずだ。しかも、サウンド・デモのリズムは常に激しく、シュプレヒコールのテンポも速かった。あの状態で、交代しながらとはいえ、24時間以上も声を上げつづけ、警官隊の圧力に耐え、ときには、突進によって転んだり、怪我をしたり、公安の連中に暴言を吐かれたりしながらも、まったく怯むことがなかった数百人の壮挙に、私のこころは押し潰されそうだった。

対峙する警官隊のなかにも、涙ぐむものがあったというほどだ。私はこういう人たちの生態をすこしは知っているが、涙を流したりなんて、ほとんどすることのない人たちだし、相手は悪者という前提で職務についている。公安は、特にそうだ。彼らは「権力を与えられたヤクザ」と言ってよく、市民を守ることなど屁とも追っていない。彼らが守りたいのは、単に警察の権威やメンツであって、それは常に小市民の上に立つものであると信じているかのようだ。このデモでも機動隊は暴言を吐いたりはしなかったが、制帽の警官たちの罵声は聴くに堪えなかったという。恐らくは、公安の連中ではなかろうか。映像にも明らかに目つきのわるい奴が映っており、市民に対して目を剥いて怒声を発しているのがわかる。

翌朝、いくつかの情報番組では、デモの情報がある程度、正確に伝えられたようだ。私の母がとる讀賣新聞はといえば、2段組のコンパクトなスペースで12行、3面記事に毛が生えたほどの枠で、400人の市民が警官隊と向きあったという記事が載っている。それも載るだけいいともいえようが、警官隊と鍔迫り合いがあった事実は書いていなかった。

 (②につづく)

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コメント

この問題については色々考えや立場があるでしょうが、大飯のデモは暴走族の集会のようなもので傍迷惑としか思えませんでした。日本は法治国家ですから一部の者が実力で阻止しようとするのは問題です。同じデモでも赤坂のデモとは全く性格が異なるもので、不法行為に情緒的な共感は禁物と思います。またこの種の過激なデモには中核派など過激派も関わっているとの情報もありますから注意が必要です。

ご助言、ありがとうございます。この件に関して意見はちがいますが、お言葉には感謝します。

不法行為には間違いありませんが、デモ隊が逮捕されなかったことからみても、行動には法治国家として許される規範が保たれていたとみます。抑圧下においては、完全な合法行為だけでは闘えない場合があり、極端な場合、インティファーダやカダフィ要塞にクルマで突っ込むような行為までも、止むを得ないものとして認められます。

日本ではそのレヴェルではなく、当面、まだ粘りづよくやる余地があると思いますし、大飯の封鎖はフライングでしょう。しかし、一連の運動のフロンティアに立つものであり、再稼働初日ということもあり、このような動きが生まれたことには理解を示します。国民的な議論とは関係なく、事故の終息や対策の完成をみないまま再稼働が進んでいく事態がつづけば、このような運動はむしろ壮んになっていくと思われます。

丁寧なレスありがとうございます。意見の相違はあれど、「電力不足」という現実認識が共有できていることに安堵しました。現実的な議論は、まずその前提がなければ不可能でしょうから。私はこの問題が技術論ではなく政治論、世間の「空気」や一部の有力者の声の大きさで決まってしまうことに危惧を覚えています。

私の住む北海道も電力不足で計画停電の可能性もあります。今はまだいいが、真冬に停電したら暖房も使用できませんから生死に関わります。昨日の地方紙には、冬の電力不足でホワイトイルミネーションが消えると懸念する記事が出ていました。心配するところがかなり違うように思えますが(笑)。

それから、電力不足の産業への影響は大きく、経済の悪化は、今後、不要不急の文化にしわ寄せされるでしょう。「文化人」の多くが、何故かそうした現実に鈍感で、ロマンチックな「清貧」を唱えたりすることに少々苛立ちを感じてもいます。

電力の充足状況についてはもちろん、Plisner さんを通じて知り得た情報も参考にしております。

聞くところによれば、道庁前でも、反原発デモが行われているようですね。NO NUKES 2012 に出演したアーティスト、Ken Yokoyama の友人であるバンドマンで、コウさんというのが指導的役割をはたしているそうで、レターの読み上げがありましたが、とても誠実に問題をお考えのようです。かといって、Plisner さんの想いにも誠実さはあると思います。

この2つの誠実さが、どのように噛み合うかが問題なのではないでしょうか。そのためのキーワードのひとつは、やはり透明性だと感じます。企業体として当たり前のレヴェルではなく、度を越したほどの透明さで国民と向かい合うことが、各電力会社に課せられた義務だと考えます。

ここまで信頼関係がこじれてしまった以上、電力会社がいかに真面目に情報を出しているのだとしても、国民はなかなか信じようとはしないでしょう。その想いを前提に、電力会社や政府は思いきったことをしなければならないと思います。

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