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2012年8月 7日 (火)

クァルテット・ローエ with 小川典子 pf. ショスタコーヴィチ ピアノ・クィンテット ほか 都響メンバーによる室内楽トークコンサート Vol.12 《ショスタコーヴィチの叙情》 8/5

【出会い】

ショスタコーヴィチにとって、伝説的なベートーベン・クァルテット(以下、ベートーベンQ)との出会いは青春そのものだった。弦楽四重奏曲のフォームで書かれた作品の多くが彼らのために献呈され、その初代の第2ヴァイオリン奏者、ワシリー・シリンスキーが亡くなったときには弦楽四重奏曲第11番を追悼に捧げたほか、その後、第12番から第14番までは、クァルテットのメンバー各々への献呈としているほどである。現在に残る僅かな録音からは、音質その他の問題で、その凄さを十分、実感するには物足りないが、例えば、ボリソフスキーの後を継いでヴィオラ奏者となり、作曲家としてもショスタコーヴィチに倣ったドルジーニンのつくった作品をみるだけでも、往時のクァルテットの実力は、大体、推し量ることができるであろう。

ショスタコーヴィチのピアノ・クィンテットは、そうした両者の出会いと友情の始まりの証として作曲された力作だ。その厚い信頼は前半はヴィオラ、後半はヴァイオリンのメッセージで代表され、さらに終盤に現れる無伴奏での対話シーンで明らかとなる。

【なりきる!】

この作品に挑むクァルテットは、常に、この伝説的なグループとの対話のなかで演奏を構築していかなくてはならず、これほどの辛いプレッシャーはない。幸いなのは、その良好な録音が存在しないことぐらいだ。伝説に近づくために、一体、どのような方法があるのだろうか。そのひとつの方法は、正に「なりきる」というやり方に他ならないであろう。この日の小林明子(ヴィオラ)のパフォーマンスなどが、それであった。前半のトークでは、演奏の中身についてすこし喋りすぎかという印象があったが(これで言うほどできていないと、聴き手からの印象が拙くなるからだ)、それは杞憂であった。自分で喋っただけのこと・・・否、それ以上のことが表現できていたし、その自信として、あのような発言が出てきたことは間違いない。

プレリュードの最初の劇的な全奏を経たあと、スピリテュアルなピアノの低音を伴って出現するヴィオラの旋律の自信に満ちた展開に、私は最初の感動を味わった。前半楽章では明らかにこのヴィオラの響きが、ショスタコーヴィチの内面を「音色」という色彩で象徴づけるであろう。では、小林はこの表現をどのように構成したのであろうか。それは非常にシンプルな音色へのこだわり、また、その展開の滑らかさのなかで語ることができる。歌うように、朗らかに。然れども、厳粛に。このバランスが難しいのであろうと思うが、小林は漂々とリラックスした音楽でこれを引き立てることに成功していた。政治的なメッセージはあるのだろうが、そこに拘泥せず、伸びやかな表現を凝縮させているのはよい。

【各楽章についての印象】

この仕掛けはプレリュードの終盤で、単純な音階が組み入れられることで、かえって響きの苦みが際立ってくる部分で顕著に効いていた。例えば、メンデルスゾーンによる管弦樂作品『静かな海と幸ある航海』の最後で、単純な全音階の上下行が正に「幸ある航海」への祝福を印象づけるのとは、まったく対照的である。クィンテットはこの響きの緊張感を保持しながら、この楽章を締め括る。

第2楽章の丁寧なフーガの構成は、前半の古典的作品からみると見違えるほどの繊細さである。映画音楽のような心地よい旋律の甘さが、その崩壊を告げる厳しさと連絡している。ローエと小川典子の演奏は、その甘みにおいて特に、私たちを深刻な想いにさせる。バロック的な構成美はすこし抑え、その分、響きの構造をたおやかに追っていくのが、こうした効果に拍車をかけるのであろうか。

スケルッツォは、ショスタコーヴィチにおいては肝となる要素であろう。私はベートーベン、ドヴォルザーク、ブラームス、そして、ショスタコーヴィチのスケルツォは特に大事にしたいと思うのだが、それは一見、舞踊楽章の甘みから発するこうした楽章に、作曲家の真実のメッセージが端的に浮かび上がっているからだ。古典以降の音楽におけるスケルツォの「位置」を作り出したベートーベンに始まり、その楽章に命を賭けたかのようなドヴォルザークの醸す馥郁たる生命感の素晴らしさ、そして、それと対応するブラームスの圧倒的な機能美と力感、そして、そこに政治のリアリティを加えるショスタコーヴィチの凄み。

今回のローエの演奏には、その凄味がハッキリ滲んでいた。だが、彼らがテーマとしたのは、こうした楽章に、いかにして、時代を楽しむショスタコーヴィチの姿を思い描くかであった。たとえ空騒ぎであろうと、そこにある命の輝きに、作曲家がどのように向き合ったのか。それは、アンコールで取り上げたシェーンベルクの『鉄の旅団』と共通するテーマである。だから、ローエのメンバーと小川が追求したのは、凄みといっても、死や悲劇を想起させるそれというよりは、生や前向きな闘いを思わせるものであった。

連結する第4-5楽章は、既に述べたようにヴァイオリンのリードが明らかである。特にファルセットを中心に独奏するレントの最初は、前半2楽章とスケルッツォを受ける重要な役割を果たす。第1ヴァイオリンの田口美里は、その重責を立派に担った。これと直結し、第2スケルッツォとも見做されるアレグレットで作品は幕を閉じる。気張らずリラックスした演奏で、まだ見ぬ希望を歌うクィンテットの姿から、この作品を通じて、当時の聴き手がなにを思ったのかと想像するのは興味ぶかい。クァルテットの頑張りも際立つが、最後は小川典子のダイナモがどこまでも輝かしく光るようだ。

しかし、それだけに、この光りを失って「独奏」する無伴奏による「カデンツァ」も印象に残った。その印象を敢えて一言で表現するなら、「きっちり、踏み外さず」。この表現は誤解を生みやすいが、クィンテットの小ぶりな優等生的表現を揶揄するわけではなく、むしろ、それを踏み破るために敢えて、彼らがそのような要素を選んでいることに注目したいという想いから、そのように言ってみたところである。

【まとめ】

とにかく、作品はまだ先があるような響きでフィナーレを迎えるが、ショスタコーヴィチにとって、作品はほんの端緒にすぎなかったであろう。作曲家は彼のイメージを激しく刺激する、ベートーベンQに出会った。その関係はまだ始まったばかりであるという意識と、彼らの抱く政治的理想からすれば、まだ恐ろしく幼稚な段階にしかないという政治的な未成熟の意識があわさって、こうした作品を産み落とすきっかけになったのかもしれない。その理由はどうあれ、この作品はカッコよく、完成しておわってはならないはずだ。その点でも、この日のクィンテットは考えがしっかりしていた。

ショスタコーヴィチばかりについて触れたが、前半のプログラムについては、正直、論評に値しないというのが私の見解である。メンバーはとても関係がよいが、古典的作品においては、まだまだ数えきれないほどの錬磨が必要だ。例えば、モーツァルトのフーガの部分についてはアーティキュレーションが明確でなく、バラバラに聴こえ、編曲の欠点が明らかであるような演奏となっている。また、シューベルトの『死と乙女』については、ウィーン風の柔らかいアーティキュレーションを志向するものの、その狙いはダイナミズム、アーティキュレーション、構造観のいずれをとっても不徹底で、満足なレヴェルにはない。

そのクァルテットにして、ショスタコーヴィチであれほどの成功を収め得たのは、やはり、ピアノに小川典子のような傑出したアーティストを迎えられたこととともに、この月のメイン企画で、都響がショスタコーヴィチを取り上げている点も重要なのではなかろうか。

【この企画について】

なお、この企画は都響の主催公演であり、曲間にトークを交えながら進むスタイルである。都響の本拠地である東京文化会館の小ホールが会場、大友直人前監督の縁からこのホールと親密に連携し、都響とも共演を重ねる小川典子がピアノということで、都響の備えるリソースを上手に使った公演であった。もうひとついえば、4人の努力は努力として、首席もコンマスもいないクァルテットの演奏会で、これだけオーディエンスが動員できたのもオーケストラとしてのバックがあってのことだろう。ただし、都響主催ということで、「クァルテット・ローエ」という記載はどこにもないが、そういうフォーム活動している以上、これは不自然であろう。

批判的に書いた前半部分を含め、全体としては楽しめるコンサートであった。

【プログラム】 2012年8月5日

1、モーツァルト アダージョとフーガ K546
2、シューベルト 弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」
3、ショスタコーヴィチ ピアノ五重奏曲

 クァルテット・ローエ
 (vn:田口 美里、小林久美 va:小林 明子 vc:江口 心一)

 pf:小川 典子

 於:東京文化会館(小ホール)

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