2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
無料ブログはココログ

« クァルテット・エクセルシオ ブラームス 弦楽四重奏曲第3番 ほか 東京定期 11/23 | トップページ | 西澤健一 作品展2012 春は馬車に乗って ほか with 杣友惠子、小澤洋介 11/27 »

2012年11月27日 (火)

アポロン・ミューザゲート・クァルテット ハイドン 「皇帝」クァルテット ほか 藝大 ハイドン・シリーズ 最終回(室内楽) 11/25

【概要】

藝大のハイドン・シリーズは1999年以来、若いクァルテットによるハイドンの弦楽四重奏曲全曲録音と、ゲストを迎えての生コンサート(レクチャー付)を柱に続けられてきたが、このほど、セノーテ・クァルテットにより最後の2曲が録音され、プロジェクトを終える。それを記念するように、室内楽とオーケストラのコンサートでフィナーレを飾るが、この室内楽編では、ポーランドのアポロン・ミューザゲート・クァルテット(AMQ)がゲストであった。AMQはまだ日本では十分に知られていないが、欧米で活動する室内楽アンサンブルのなかでは、特に注目を集めている若手の一角である。

今回は、これら2つのクァルテットの演奏前に、本学の岡山潔名誉教授と、欧米におけるハイドン研究の第一人者、ハーラルド・ハースルマイア氏のプレトークがつき、ハイドンの弦楽四重奏曲=4曲、2時間40分のコンサートになった(休憩20分)。

【アポロン・ミューザゲートQとセノーテQ】

まず、AMQの演奏について触れるべきだと思うが、まず特徴的なのは、チェロを除く3人が立奏するということである。このタイプは初めてではないが、目線を合わせるためか、チェロもひな壇に乗っていた。演奏スタイルとしては第1ヴァイオリンがリードする正統派で、パヴェウ・ザレイスキのリードが際立っている。しかし、ほかの3人もそれを取り巻く木偶の坊というわけではなく、抑制的だが深いパッションをもったチェロをはじめとして、全体的なレヴェルが疑いなく高い。しかし、そのなかでも、ザレイスキは、ジュリアードSQに「採用」されたジョセフ・リンにも匹敵するような高い技能の持ち主に間違いないということだ。

最初の曲は弦楽四重奏曲の世界では、op.33 とともにエポック・メーキングな op.20 から第6曲。この作品はハースルマイア氏のおはなしによれば、モーツァルトがウィーンにやってきて、音楽の新しいストリームが生まれようとする、正にそのときに書かれた作品だということである。それを先生は、レトリックから音楽言語へというキーワードで説明された。彼の講話について、ここでまとめて書くとすれば、その本論はこの時代に始まる欧州における啓蒙思想が、あらゆるものに先駆けて、音楽によって始められたということであった。神さまの生み出した宇宙の原理の普遍性から、自然科学的な発想や、人々の目覚めに基づく新しいものの見方に、まず音楽が対応したという事実。それというのも、多民族国家のハプスブルク帝国においても、言語の壁に縛られない音楽なら、自由に語ることができたからだ。人々は教会で出会う音楽から、直接的に啓蒙を受けたというのである。

それを象徴するように、op.33-5 のクァルテットは終止形から始まり、いきなり作品をおわらせるところから、新しい創造が始まるというトリックをみせている。ハイドンがそのような理由にしたがって、作品を書いたのか、私には疑問も残るところだが、それはセノーテ・クァルテットの演奏があまりにも見事に、この終止形を乗り越えているからである。このクァルテットは現在の藝大生のなかから選抜された学生クァルテットであり、チェロの伊藤裕が音コンで優勝するなどした精鋭である。その演奏は絞りに絞ったマラソン・ランナーのような演奏であり、指導陣の厳しいレッスンを潜り抜けて、ここに到達したことがよくわかるパフォーマンスであった。むしろ、学術論文のような演奏というべきかもしれない。

いまの終止形の美しい解決をみても、この4人がひとつの極に辿り着いたのは疑いない。しかし、あとの4人が凄すぎたのだ。

AMQの演奏と、セノーテQの演奏を比べれば、その音色のゆたかさがあまりにもちがうというべきだ。それだけではない。セノーテQが基本的なルールをしっかり守って、堅実な型を守ることを心掛けていたのに対し、AMQの演奏は大上段から鋭く剣を振り下ろし、なおかつ、同じ意味でのスタイルが浮きあがってくるようにできていた。このようなリファレンスがなければ、セノーテも十分に透明で、均整のとれたアンサンブルだったと評価されたにちがいない。あの若さで、大したものだと。2つのクァルテットを比べれば、同じハイドンとは思えない解釈の開きがある。AMQの演奏が理想的なものなのか、あるいは、ロマン派的誇張といえるのか、私には俄かに判別がつかないのだ。しかし、演奏から受けるインスピレイションは、明らかに後者が勝っていた。

【感動的な皇帝】

特に、「皇帝」の第2楽章については、古今東西のクァルテットのなかでも、とりわけ傑出した解釈とパフォーマンスをみせて感動的だったのである。現在のドイツ国歌に採られたことで有名な旋律だが、序盤は単に美麗な音楽でしかなかったメロディが、一枚一枚、ヴェールを脱ぐごとに、作品の本質である風土や自然の美しさ、それに対する無上の愛へと聴き手が誘われていくことになる。これは「皇帝讃歌」なのであるが、皇帝の偉大さをいくら讃えても、本気になったフランスとは到底、勝負にならぬ。ハイドンは人々がその出身地に関わらず、ともに愛せるもの、ともに美しいと讃えあうことができるものに注意を振り向け、混成的な配合による帝国の底力を呼び覚ますことを狙ったのだ。

そもそもハイドンの仕えるエステルハージー侯にしたところで、スラヴ系の軍事貴族である。そのような人たちがまとまることのできる象徴は、表向きには皇帝の権威であっても、実際には、彼らの愛するオーストリアの野山、否、正確には彼らそれぞれの故郷で接してきた野山の優しさなのである。スメタナは『わが祖国』のなかで、ヴィシェフラドやヴルダヴァといった山川に、まず注目を惹きつけたが、それと似たような発想が、既にハイドンのなかに見られるのだ。

演奏的な特徴は、テンポが少しずつ沈んでいくところに求められる。表面的な美しさの仮面から、少しずつ内面に浸透していく演奏がどのように調整された結果なのか、正直、ハッキリとはわからない。重要なのは、彼らが作品を一度として、上に述べたような政治的意図、あるいは、それにつながる発想では描いていないということである。カンタービレ溢れる活き活きとした旋律という感じでもないし、かといって、ただただ客観的な音の描写でもあり得なかった。つかず離れずというか、彼らは一定の距離感をいつも大事にして、私たちがそのヴィジョンを思い描く手助けしかしてくれない。それと同時に、彼らの響きが明確なヴィジョンを伴ってもいる。

いまのは矛盾を伴う言い方であるが、後半に行くにしたがって、私たちは彼らのつくる響きから直接的に、美しいヴィジョンを得ることができたのだが、それは彼らの演奏が少しずつ描写的になっていくからではなく、私たちのこころのなかに、鍵をかけてしまわれていたヴィジョンが少しずつ封印を解かれて、表に出てきた結果のように思われたのだ。多分、そのヴィジョンは私とあなたではちがうものであろうし、私たちとオーストリア人では、またさらに別のヴィジョンが思い描かれるはずだ。当時ならば、同じ帝国内でさえ、人々はきっと別々のヴィジョンを思い描いていたであろう。それは当然のことで、ハイドンはそうしたものすべてを包含するために、このような旋律と繰り返しの構造を準備したのだろう。

いささかくどいようにも思われる、この繰り返しのなかで、私はハイドンの想いすべてを受け取ってしまった。このような強い衝撃から、私は身を守る術を知らぬので、大粒の涙が溢れてきてしまったのである。それにしても、演奏者はポーランド人であり、この「皇帝」という作品にどのような想いを抱いているのであろうか。単に楽曲のひとつを弾くという意識しかないということもあり得るが、私はむしろ、この楽曲の背景にある戦争、もしくは、争いそのものに対して、優しさを対置するという主張があったのではないかと思う。彼らの演奏はどこも突っ張らず、最後には、秋の落ち葉が風に吹かれてゆらゆら地に落ちるような、そんなもの悲しい優しさとひとつになったのである。

【プログラム】 2012年11月25日

1、ハイドン 弦楽四重奏曲 Hob.Ⅲ:41 「ご機嫌いかが」
2、ハイドン 弦楽四重奏曲 Hob.Ⅲ:69 「アポニー」
 (セノーテ・クァルテット)

3、ハイドン 弦楽四重奏曲 Hob.Ⅲ:36
4、ハイドン 弦楽四重奏曲 Hob.Ⅲ:77 「皇帝」
 (アポロン・ミューザゲート・クァルテット)

講演:ハーラルド・ハースルマイア、岡山潔

於:東京芸術大学奏楽堂

« クァルテット・エクセルシオ ブラームス 弦楽四重奏曲第3番 ほか 東京定期 11/23 | トップページ | 西澤健一 作品展2012 春は馬車に乗って ほか with 杣友惠子、小澤洋介 11/27 »

室内楽」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/543421/56202603

この記事へのトラックバック一覧です: アポロン・ミューザゲート・クァルテット ハイドン 「皇帝」クァルテット ほか 藝大 ハイドン・シリーズ 最終回(室内楽) 11/25:

« クァルテット・エクセルシオ ブラームス 弦楽四重奏曲第3番 ほか 東京定期 11/23 | トップページ | 西澤健一 作品展2012 春は馬車に乗って ほか with 杣友惠子、小澤洋介 11/27 »

ツイッター

  • ツイッター

最近のコメント