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2012年4月29日 - 2012年5月5日

2012年5月 3日 (木)

エリシュカ ドヴォルザーク 交響曲第9番「新世界より」 ほか 札響 548th 定期演奏会 4/28 ②

【回りくどさと寄り添うために】

今回の「新世界」交響曲の演奏は、4つの楽章すべてに印象的な部分があった。エリシュカの指揮する同曲の演奏は既に2度体験しているのに、そこから逆算した予測が次々と裏切られていくのには驚いた。そのなかでも、私の記憶は、とりわけ中間の2楽章に凝縮している。

今回の演奏でエリシュカが特にこだわったのが、響きの精確な保持である。吐き捨てるような表現や、気紛れな響きの伸縮というのは極力排し、スコアで与えられた拍をきっちりとること。一見、教科書的なこの配慮が、ドヴォルザークの作品に思わぬ味わいを生むことに、私は目を丸くしたものだ。その効果のなかで最大のものは、前の記事で述べたように、第2楽章の後半、再現するイングリッシュ・ホルンの旋律が室内楽の響きを導く部分であった。そのことについて改めて繰り返すつもりはないが、この楽章は全体的に保持が深く、テンポ感はこれまでの(エリシュカの)演奏と比べてもひときわ遅かった。

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2012年4月30日 (月)

エリシュカ ドヴォルザーク 交響曲第9番「新世界より」 ほか 札響 548th 定期演奏会 4/28 ①

【芸術における癖】

人間なくて七癖というが、誰にでも思い当たる節があろう。だが、芸術における「癖」を単に「個性」と呼ぶべきなのかどうかについては、よく考えなければならない。そもそも癖とは人々が無意識に、習慣的にやっていることであり、そのほとんどは一般的にも褒められたこととは見做されていないことが多い。癖すらも愛おしく思える場合というのは、相手とごく親しい間柄にあり、その欠点までを含めて好きになれるような関係があるときだけである。あるいは、親や祖父母が自分の子どもや孫に対するときのように、ほぼ無条件の愛情が保証されているような場合だけではなかろうか。

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