2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ

« Trina vol.1 メンサー華子 ほか 歌曲のコンサート 3/10 | トップページ | プレトニョフ グラズノフ バレエ音楽『四季』 ほか 東京フィル オーチャード定期 3/17 »

2013年3月19日 (火)

プレトニョフ ラフマニノフ 交響曲第2番/ピアノ協奏曲第2番 with 小川典子 東京フィル オペラシティ定期 3/14

【ラフマニノフは浅い作曲家なのか?】

ラフマニノフの音楽は、なぜか、中身がないような気がする。形式的にもなんだかテキトーな感じがし、作品には人間的な、あるいは、芸術的な重みがまったくないような気がする。通俗的で、そこから生きるヒントなんて何も得られないし、普遍的な物事など、なにひとつ語ってはくれないような気がする。彼の語る宗教も、人間ドラマも、すべて底が浅いような気がする。そして、ただ派手なのがお好きな、低能な音響マニアだけが親しむもののような気がする。

このような見方は、決して、マイノリティではないはずだ。「ラフマニノフ」という具体的な名前の代わりに、「ロシア音楽」という言葉を挿入してもよい。仮に良くいう場合であっても、いま言ったことを、すこし角度を変えて言ってみるだけのことにすぎないだろう。本質的には、なにも変わりはないのだ。

でも、本当に、そうなのだろうか?

ミハイル・プレトニョフは、そうしたラフマニノフのイメージに強烈な疑問を投げかけた。彼によれば、ラフマニノフはもっと尖鋭な精神の持ち主であり、ロシア音楽におけるバッハ的な存在(直前までの音楽的潮流を大成する者)でもあった。徹底的なモダーニストということだ。このことは追々、述べていく。

【大震災/津波とこの日のプログラム】

それともうひとつ、プレトニョフにとって大事だったことは、今回の来日が震災後、はじめてになるということである(ロシア・ナショナル管での来日はあったが)。2003年の初共演以来、関係を温めてきた東京フィルへの久しぶりの客演、しかも、それが震災発生の日から遠くない3月13日からのシリーズであるということは、彼のインスピレーションを大きく掻き立てたであろう。今回の演目は、ラフマニノフの名曲二題、「2番つながり」などという馬鹿げたものではない。例えば、ピアノ協奏曲第2番が、ラフマニノフにとってどのような意味をもったのか、考えてみるとよいのだ。この作品によって、ラフマニノフは彼の繊細なこころを打ち砕いた先輩たちの痛烈な批判による、初期のスランプから脱出し、作曲家としての地歩を確立した。いわば、「復活」のテーマをもっている。

交響曲第2番は、ボリシェヴィキ革命の混乱から避難した先のドレスデンで書き上げられた作品のひとつだ。家族とともに祖国を去って、祖国を想いながら描いた作品・・・。この作品はまだ、ラフマニノフが革命後、本格的に祖国をあとにする前に書かれたものである。

これら2つの要素から、プレトニョフがどのような想いで2曲を選んだかを推測するに、私はどうしても、あの震災と無関係ではないように思うのだ。


【プログラミングにみるプレトニョフのアイディア】

しかも、ここからリンクするページをみてもらいたい。これは先日、亡くなったジェイムズ・デプリーストがオレゴン響とともに録音した、ラフマニノフの交響曲第2番を中心とするディスクである(NML掲載)。ジャケットに、海とカモメが描かれている。この『海とカモメ』は、ラフマニノフの鍵盤作品『音の絵』の一片につけられた愛称である。このディスクのメインが交響曲第2番であることは疑いもないが、デプリーストは敢えて、この「海とカモメ」で音盤を象徴しようとした。それは、交響曲第2番に「海」の印象を感じたせいであろうが、正しい感覚だと思う。

ここで、ラフマニノフが「海」をテーマとしたのは、2人の優れた先達を念頭に置いたものであることを見抜くのは容易いだろう。すなわち、そのひとりはドビュッシーであり、もうひとりはリムスキー・コルサコフである。前者の代表作に『海』があるのは誰でも思いつくことだろうし、同じロシアの偉人は海軍士官としてのキャリアがあり、代表作の『シェーラザード』をはじめ、海の描写に長けていたことが有名である。

なお、もうひとつのプログラム(オーチャード定期)をみてみると、こちらにも意味深な名前が並ぶ。指揮者として、ラフマニノフの交響曲第1番を轟沈させたグラズノフや、ソヴィエト時代に通俗的な作品で名声を獲得したカバレフスキー。そして、ショスタコーヴィチだ。これらの人たちは、良くも悪くもソヴィエト・ロシアで名声を博して、人気があった。ここに並べて自身の作品をも据え、「ワタクシもまた歴代指導者(ゴルバチョフ、エリツィン、プーチン)の庇護をうける売れっ子である」という自虐的アイロニーまで仕込んで、一体、何をやろうというのだろうか。

政治向きのはなしはともかく、ラフマニノフをモダーニズム路線の申し子としてみるなら、グラズノフ中心のプログラムは、その反対の潮流を示すものである。ここでショスタコーヴィチは微妙な立場になるが、『祝典序曲』を取り上げるだけなら、表向きの彼の姿勢だけを問題にすればよいであろう。

こうしたプレトニョフのプログラミングをみるだけでも、彼が相当の策士であるということがわかろうというものだ。

【物事の本質を見抜く音楽家、プレトニョフ】

しかし、演奏をみると、もっともっと「策士」だという印象を強めることになった。しかも、「策士、策に溺れる」というところは、ほとんどないように見受けられる。よっぽど、私はラフマニノフの交響曲第2番について、従来、あまり関心がなく、この作曲家による交響曲では1番のみをかつて愛好していたにすぎないから、作品を愛する多くの方にとって、プレトニョフの演奏はかなり恣意的なものと映った可能性は否定できない。だが、少なくとも私の感覚では、すべて自然な流れのなかで起こったこと以外には、何もないという演奏であった。推測であるが、プレトニョフは、目にしたスコアからすぐに、それを書いた人がなにを求めて書いていたのか、たちどころに掴んでしまうような力のある人なのだ。しかも、それを簡潔に提示して、聴き手に伝えることも巧い。

プレトニョフによるプレゼンテーションを聴けば、その作曲家が映像的なイメージを求めていたのか、より内省的な場面なのか。あるいは、そこは模写のようなものなのか。室内楽的な味わいを求めているのか。よりダイナミックな表現に親しいのか。すべてが、すぐに、わかる。誰にでも明解なイメージを端的に見抜き、かつ、実際の響きとして実現することができる才能は、ピアニストとしても、指揮者としても、いずれ変わらぬ音楽家=プレトニョフの特質といえるだろう。

例えば、交響曲の第1楽章などは、映像的なイメージが多いわけである。それだけが理由ではないが、私はこの作品から、ドビュッシーからの影響を読み取ることになる。ラフマニノフの作品のなかでは、とりわけ音色も豊富である。そして、序奏部分では早速、海のイメージが私を捉えた。それにしても、静かな海である。先に書いたようなプレトニョフの演奏意図を、私はここで既に確信するに至ったものである。ときに、表現するものの大きさに比べれば、序奏が長くとられているのは形式的にはいびつでも、自然なことであろう。船の汽笛のように響く、くぐもった木管楽器の音がそれを象徴する。ヴァイオリンの第1主題がはっきりと姿を現して、形式が始まっても、描写そのものが途切れるわけではない。むしろ、映画音楽のようなクリアな音像が、段々に場面を拡張していく。アンゲロプーロスの「360°パーン」を思わせる筆致。我々はすなわち、海の只中にいる。一体、何が起こったのか?

それは、自明である。

参照はなにも、ドビュッシーだけというわけではない。音響的なところではチャイコフスキーからの影響がしばしば顕著であり、ほかにも、先達の模写がたくさん入っていることに、私たちは次々と気づいていくことだろう。第2楽章のスケルッツォならば、ドヴォルザークの快活さで始まり、ベルリオーズの鮮烈なアイロニーに抜けていく。そこに見たこともない、ラフマニノフ独特の甘く重々しい旋律美が重なっていく。形式的にも、私たちは深く眩惑される。複合三部形式は単純なABACAにおわらず、お得意の偽終止をかませながら、ハッキリした起伏に満ちたいびつさと不思議な均衡で魅せる。プレトニョフはあるところ・・・ABAぐらいまでは、形式をしっかり追っていくが、そのあとはもう、即興的な流れがそれに置き換わっていく様子を、ものの見事に写し取っていくだけだ。

とにかく、彼の音楽には断絶がない。ピアニスト・プレトニョフに引っ掛けていえば、彼が鍵盤の上でジャズ的に、思いついた発想をさっさと弾いていく・・・そんなような味わいがあるのだ。その分、偽終止がひどく効果的でもあった。この偽終止は交響曲第2番の場合、何度も出現しており、プレトニョフはこれを境に音楽がキリッと引き締まっていく形式が、お気に入りのようである。通常、偽終止として扱われない感じの場面でも、プレトニョフはそれと判断して演奏する部分がいくつかあった。

【プレトニョフの指揮スタイル】

それにしても、プレトニョフのオーケストラ・コントロールの巧みさは、彼がいまのキャリアをはじめるまでは、一匹狼のピアニストであったことを忘れさせる。彼は弦からも、木管からも金管からも、そして、パーカッションからさえも、自由自在に欲しい響きを取り出している。それだけオケのメンバーにポテンシャルがあるということでもあり、例えば、須田首席の率いるヴィオラ隊などは象徴的である。彼女たちは得意の低音をふかく軋ませて、厚みのある響きを随所に響かせて見せ場としたので、そのことは、この演奏を聴いた人たちを通じて、あちこちで話題になっているところだ。だが、そればかりではない。

プレトニョフの指揮ぶりは、見たところ、きわめてオーソドックスなものであり、例えば、ロジェストヴェンスキーにみられるような、振り方自体が殊更にエレガントであるような、そういう特徴は、無論、指摘できない。だが、その的確で、最小限の手の動きだけですべてを語る雄弁な動きには、ある種の悟りのようなものを感じる。本来なら、彼のことをよく知る身近な音楽家だけが、その動きを正しく理解することができる。それなのに、東京フィルは神の手に動かされたように、プレトニョフの動きを丁寧に拾い上げて、具体的な響きにすることができたのだ。しかも、そのアクションには余裕があり、決して、イッパイイッパイという感じではなかった。無論、それが演奏に求められたレヴェルの甘さを物語るものではないのは自明なことであろう。だから、東京フィルのメンバーはある程度、プレトニョフがどういう音楽を望むのか、先を読んで演奏していたということになるはずである

また、逆にいえば、プレトニョフ自身が相手に表現する余裕を与えながら、ギリギリのフォルムを整えているということでもある。それは前半の、協奏曲の場合にも言えたことであり、女性としては十分に力づよいとはいえ、その響きの中心に優美さとたおやかな表情を湛えるピアニスト、小川典子の真の味わいを引き出すために、プレトニョフは要所でテンポを落とすことを選んだのである。小川はこの作品を単に弾きこなすだけではなく、それ以上に工夫できる余地がたくさんあった。そこで彼女が選んだのは、フレーズを美しく際立たせるという配慮であった。

プレトニョフは天才的なピアニストであり、それもラフマニノフのコンチェルトなら、隅から隅まで知り尽くしていることだろうが、小川に対して何らかのアドヴァイスをするということは、一切、なかったであろう。その代わり、彼が指揮者としてしたことは、ピアニストに対して最大限のデリカシーを示すということであった。これはなにも、ピアノに限ったことではなくて、すべての楽器に対して、彼が心掛けていることなのである。

目立ったミスは、ほとんどない。先日の『グレの歌』のときでさえ、あの高い集中力にして、完全に排除することはできなかったエラーが、この日の演奏では、ほとんど指摘できない。それもまた、このようなデリカシーの賜物なのである。適切な距離感、バランス、テンポ感、アーティキュレーションを工夫し、それぞれの楽器がベストの立場で、いちばん力を出しやすいように考えて・・・否、ときには、それを瞬時に感じて、プレトニョフが難しい調節を担っているというわけだ。だから、傍からみれば、あたかも彼がすべての楽器の秘密に通じていて、それを教えることによって、オケが活き活きした演奏を繰り広げられているように見えるかもしれない。

だが、実際には、プレトニョフがオケに教えたことなど何もなく、ただ、彼らのもっているものを自然に引き出すだけなのである。

【プレトニョフと私たちの絆】

交響曲のなかでもっとも面白かったのは、アダージョの演奏である。それは、水中の宴のように儚く、また、華やかである。アダージョといっても、また、震災で犠牲になった人たちを悼むといっても、あの日から、もう数年の歳月が経っており、新しい段階にある(実際、そこまでは行っていないとしても)ことをプレトニョフは見越している。彼が交響曲でやりたかったメッセージは、なんといっても力づよい未来への讃歌である。第1楽章だったか、アップのボウイングにこだわる一場面があったが、これが象徴的なものであった。荒井英治が主導権を握るボウイングは、全体的に合理的なものが選ばれているものの、緩徐楽章では彼らしく、身体をひねったりして絞り出すような響きで、音楽を上向させる働きをした。これはもっとも静かな部分では、祈りを天上へと運ぶ役割になる。

終楽章では、やることなすこと、すべてがうまく嵌まったという感じである。自作とボロディンが融合したような感じで、凄まじい機動力を引き出している。回想場面では、私たちが保持すべき悲しみの要素も微かにちらつかせながら、全体的には祝祭的なムードを持続させ、そのオプティミスティックなイメージにもかかわらず、ハリウッド映画的な、すべてを押し流す浅薄な盛り上がりは微塵もなかった。非常に厳しいアンサンブルの衝き合わせが、この極度の緊迫した迫力を生んでいるにちがいないのだ。最後のほうで、スメタナの『わが祖国』に似た旋律が現れるが、これこそが正に、プレトニョフ(ロシア音楽)と私たち(日本)をつなぐ絆の象徴であったろう。

終結はピアノ協奏曲第2番と酷似しているが、これはラフマニノフも承知の上でやったのだろう。このような旋律のアイディアや、偽終止の多用など、ワン・パターンなところがあるのはラフマニノフの欠点だ。ラフマニノフをモダーニストとしてみるなら、言葉は悪いが、「バカのひとつおぼえ」という印象は拭いがたい。しかし、音響的にはきわめて効果的で、最後の音が切れると、すぐさま会場からはやんやの喝采が沸き上がった。

終楽章の演奏に限らず、この日のパフォーマンスにひとつだけ問題があるとすれば、句の継ぎ方がしばしば唐突になっていたことである。鋭い曲の推移を意識したのであろうが、この点で急ぎすぎなければ、より調和のとれたフォルムが実現しそうな場所がいくつかあったことは惜しいように思う。

【まとめ】

演奏がまったく素晴らしい印象だったので、週末に、私は再び、この組み合わせで演奏会を聴くことにした。グラズノフ『四季』を中心としたプログラムで、当初は、プレトニョフで聴くなら、こちらだと思っていたほうである。そのため、この記事はいったん閉じることにしたいが、このラフマニノフのコンサートは、作曲家に対する私のイメージを180°転換せしめるものとなったことで印象に残るということは言っておきたい。「モダーニスト、ラフマニノフ」というイメージの誕生である。そして、彼はよく勉強していた。ロシアはどんな作曲家の影響を受けて、その音楽を育んできたのか。プレトニョフの演奏は、ラフマニノフの音楽を通じて、そのことに対する深いインスピレーションを与えた。

ベルリオーズを中心とするフランス音楽の系譜、そして、ベートーベンやバッハを含めたドイツ系の記憶、そして、チェコを中心とするスラヴ民族楽派の潮流、これらがロシア音楽にふかい味わいをもたらしている。例えば、今回の演奏で、ひとつ重要な要素となるのは音色のゆたかさだろう。一般的なイメージでは、ロシア音楽は重く、大地に根差した響きが良いと思われている。それはこの日の演奏でも、既に述べたようなヴィオラ・パートの唸りなどによって、ステロータイプどおりに実現された。だが、それ以上に、プレトニョフの演奏には多彩な響きがあったのではなかろうか。ロシア音楽に含まれる、ブリリアントな明るい色彩感をも、彼は同時に要求したのだ。

だから、私は、プレトニョフのベルリオーズが聴きたくなった。『イタリアのハロルド』とかやってくれたら、こんな嬉しいことはないのに!

【プログラム】 2013年3月14日

1、ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番
 (pf:小川 典子)
2、ラフマニノフ 交響曲第2番

 コンサートマスター:荒井 英治

 於:東京オペラシティ

« Trina vol.1 メンサー華子 ほか 歌曲のコンサート 3/10 | トップページ | プレトニョフ グラズノフ バレエ音楽『四季』 ほか 東京フィル オーチャード定期 3/17 »

オーケストラ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/543421/56969622

この記事へのトラックバック一覧です: プレトニョフ ラフマニノフ 交響曲第2番/ピアノ協奏曲第2番 with 小川典子 東京フィル オペラシティ定期 3/14:

« Trina vol.1 メンサー華子 ほか 歌曲のコンサート 3/10 | トップページ | プレトニョフ グラズノフ バレエ音楽『四季』 ほか 東京フィル オーチャード定期 3/17 »

ツイッター

  • ツイッター

最近のコメント