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2013年4月28日 (日)

エリシュカ ドヴォルザーク 交響曲第8番 ほか 札響 定期 4/20

【ドヴォルザークは日本的な作曲家】

2008年4月に、第6番の演奏でスタートした札響&エリシュカによる、ドヴォルザークの円熟期交響曲ツィクルス(5-9番)も、ついにこの日、待望の第8番でフィナーレを迎えた。第6番の前の初登場で一挙に札響の首席客演指揮者の地位を掴んだエリシュカだが、その後、危機に瀕していた大阪センチュリー響(危機はいまも継続中である)や都響との演奏で話題を振り撒きながら、2回目の札響定期で不動の名声を獲得し、北海道から東京、関西、九州へと飛び立った。それらのほとんどで再登場を要請され、少なくとも聴き手に対しては常に只ならぬインパクトを残して帰っていく。

札響から発信されたエリシュカの成功は、東京以外の都市からも文化的発信が可能であるとの意味で、全国で努力する実力あるオーケストラのめいめいに力を与えた。そのほか、札響が特別に用意した「首席客演指揮者」のポストも、これを境にして頻繁に利用されるようになり、楽団運営のための一種のツールとして全国に広まった。

地方オーケストラの運営は、札響を含め、どこも厳しい現状にあるのは事実だろうが、それに輪をかけてハンデとなっているのは、「所詮は地方オーケストラ」という都会人からの見下しである(それは地元民のこころにも影響を与える)。だが、札響のほか、名古屋フィル関西フィルのように、工夫に工夫を重ねて、その地位を堂々と守るオーケストラが日本中に存在し、それぞれに問題はあれども、しっかりとしたパフォーマンスをおこなっていること、そして、それによって、それぞれの地方の文化的欲求を力づよく支えている現状は見逃すことができない。

オーケストラとは、「洋モノ」とはとても言えない歴史を誇っている。例えば、そのことは和楽器の歴史をみればよくわかるだろう。確かに、和楽器は大昔からあったが、宮城道雄らのリバイバルによって、それらの楽器は明治以降、新たなるいのちを得たのだ。実は、西洋音楽の歴史と大して変わらないのである。歌舞伎や能楽はもっと古い歴史があるが、たとえ明治以降であったとしても、その歴史は既に1世紀半を経ようとしている。これは、ドイツ音楽におけるバッハを始点として考えれば、ウェーバーに至るような長さである。この間、クラシック音楽がどれほどドラスティックな変化を遂げたかは、言うに及ばないだろう。

発祥がどこであれ、優れた文化の訴求力は国境を超えるものだ。日本の浮世絵が西洋に重大なインパクトを与えたように、西洋音楽は、まだ幅の狭かった日本の音楽を根本的に基礎づけたのである。無論、その国の人たちが、どんなものを選ぶかには歴史的偶然性もあるだろう。例えば、日本の場合は黒船来航以来、西洋への引け目があり、「脱亜入欧」の思想の下、欧米の文化を学び取って自分たちのものにし、政治、外交の面でも役立てるという大きな精神的、実利的目標があった。それ自体が評価に値するものなのか、私にはわからない。しかし、この選択が驚くほど、日本人に合っていたのは間違いない事実のようにも思われる。実際、我々が日本的とおもう多くのものが、西洋の音楽律によっているのは確かなのだ。

ドヴォルザークは、日本的な作曲家といったら怒られるだろうか。しかし、愛国心がつよく、徹底的にスラヴ的特徴を示しながらも、争いは好まず、いろんなものをうまく吸収して、自分の音楽を新しいものにしてきた作曲家のことを、そのようにいうのは決して的外れではあるまい。もとを糾せば、地方の肉屋の息子。その彼が、ブラームスという巨星に引きつけられて、ついに、チェコという文化的小惑星を代表する存在になっていくまでの歴史は、私にとってきわめて興味ぶかく、痛快だ。交響曲第6番は、そうしたドヴォルザークが祖国とウィーンの友好を願って作り上げた名品である。そこから始まって、札響のツィクルスは8番でおわる。この作品こそは、ドヴォルザークが真に個性的な作曲家となっていく記念碑のような作品なのだ。

【第1楽章第1主題】

この第8番を抜きにして、9番での飛躍は考えられない。例えば、エリシュカのつくる第8番の終楽章コーダに注目したいと思うが、真に注目に値するのは、その前に響きを落ち着けるときのことだ。コーダ入口の休符までに、エリシュカは文字どおり、すべてを「空っぽ」にしてしまったのである。余韻を残し、印象を拾い上げてコーダにつなげていくのではなく、彼はひとつひとつ大事なものを消していくように響きをつくったのだ。私の知る限り、彼がこうした形で音楽をつくったことは、いままで、いちどもなかったはずである。そして、コーダはまるで、第1楽章の第1主題という感じで、新しく演奏された。無論、そこには交響曲のすべての要素が凝縮されており、その記憶はこの日のような演奏では特に、聴き手のなかに色濃く刻まれているものだ。

それにもかかわらず、コーダを新しい気持ちで受け取るべきなのだと気づくのは難しいことではない。

この作品はドヴォルザークにとって、多分、「交響曲」との訣別を示す特別な作品だった。しかし、それは音楽そのものとの訣別ではなく、新しい音楽的課題へと一歩を踏み出すことを意味していたであろう。それは何度も可能性を試しながら、本格的に実ることがなかった舞台芸術への夢だった。思いがけず、米国でのエキストラ・ラウンドを闘うことになったドヴォルザークだが、帰国後の歴史が示すように、ドヴォルザークの創作意欲は交響詩をステップにして、オペラへとつながっている。だから、交響曲第8番はおわりであり、始まりでもある。

このような曲を象徴するのが、終楽章コーダの前後の動きである。回想的な室内楽的ダイアローグから、深い休符、そして、爆発的なコーダ。これは死から復活へと至る宗教的テーマを連想させながら、ドヴォルザークが志す転回への意志を如実に示すものとなっている。そして、いまは、エリシュカと札響にとっても、同じように重要な意味をもっているのであった。

さて、このコーダが「第1楽章第1主題」(一丁目一番地)のように聴こえるためには、無論、それと対称的な関係にある第1楽章が重要になってくるのは言うまでもないことだ。作品の独創性のひとつは、最初の楽章に舞踊楽章が来ていることである。そういう意味で、この作品では「尻上がりに調子を上げる」というライヴ的展開は、あまり歓迎できるものではない。最初から、豊富に現れる展開がビシビシと決まっていかないと据わりが悪いのである。一方で、100%を出しながらも、あまり誇張的な表現になっても似つかわしくない。そのバランスが非常に難しく、歴代の巨匠たちをも苦労させてきた。また、響きの点においては、ドイツ的な堅固さは保ちながらも、その自由な収縮を制限してはならない。また、どこか長閑な、リラックスした響きも欠かせない要素だろう。このようなことをすべて自然な形で表現できる指揮者となると、なかなか好例がないのが現状である。

ターリヒ、クーベリックのような過去の巨匠たちを別にすれば、当代ではエリシュカが唯一かもしれない。

ただし、第1楽章に関しては、快活な強奏の部分で弦にやや粗さがみられ、その図太い一本木のような音楽の安定性はともかくとして、時折、感じられる粗雑な響きの「個性」に十分、共感を寄せることはできなかった。それでも、全体の構成の見事さは言うまでもなく、テンポの動きはありつつも、その中心にある根幹的なペースを常に押さえておき、いつでも必要なときに復帰していくといういつもの職人芸は、この日もすこしも揺らぐことがない。コーダのテンポなどは正にそれであり、「動的なモティーフで、響きがいちばん安定している」という特徴は、この日の演奏のあらゆる部分に共通するものとなった。

【交響詩的な第2楽章】

さて、私が白眉とみるのは、第2楽章のアダージョである。いま、改めて聴きなおすとベートーベン的なモティーフがたくさん入っているが、そのことについては、この日はあまり気にならなかった。代わって、感じたのは、ボヘミアの草原の一日を描くような、そういう自由さのある表現だった。朝露に濡れ、鳥たちが囀りだす朝の風景から、音楽は粘りづよく構成されている。この日は前半に序曲と交響詩が置かれたが、この楽章も、ある意味では交響詩らしい味わいをもっていた。最初の小さなクライマックスが日の出。鳥たちが鬨をつくり、動物たちが目覚めの声を上げる。早朝、背伸びをするような伊藤亮太郎のソロは悪くないが、やや優等生的で「模範的」なのが良し悪しだろう。だが、その後の盛り上がりでのフォローが素晴らしい。特に、強奏からガクンと落ちて再び鳥たちの囀りに戻る部分のダイナミズムにはハッとした。

日中の喧騒が劇音楽のように描かれたあと、再び夕闇から夜の響きに静まっていく最後の部分がまた素晴らしいのだ。

【絶対に崩れない第3楽章】

第3楽章は、エリシュカの「教育者的配慮」が隅々まで及んだ演奏とみる。つまり、「ここさえ押さえておけば万全だ」というポイントに、ボンボンと釘を打ち、あとは自由にやってよいというような感覚である。そのため、若干、主部のフォルムに硬さはあるものの、それが必要なものなのは言うまでもない。細部では、主部の展開のなかで、まず第2ヴァイオリンのフレーズについた襞をうまく拾い、そのあと、しばらくしてヴィオラの刻みを濃厚に押し出すことで、驚くほど響きの立体性を増しているのが興味ぶかかった。このあたりをさぼっても、全体のイメージはすこしも傷つかない。だが、いかにもドヴォルザークらしい、このような響きのデザインをみると、作品の高貴さは言わずと高まってくるというものだ。このような歌謡曲的な長閑な楽章だからこそ、そこにみられるデザインの気品がなおさら得がたいものとしてみえる。

また、この楽章はドヴォルザークの他の交響作品とは異なり、典型的な舞踊楽章ではない。無論、舞曲のリズムが用いられており、舞踊的な印象がまったくないわけではないが、ほかの交響曲と比べれば、それに見合うだけの体重を感じず、声楽的な印象が深いのだ。その代わり、ドヴォルザークは典型的な舞踊性の表現を第1楽章にもっていった。このような作品を、私は最近、ほかの演奏会で耳にした記憶がある。モーツァルトのピアノ・ソナタ第15番だ。ドヴォルザークは多分、このような古典的表現をベースに、彼の新しい表現形式を構築したのであろう。舞踊楽章を最初の楽章に、そこから途切れることなく、多彩な表現をその後の楽章で織り成していく。これは、ブラームスの変奏的だ。第3楽章は独立した楽章というよりは、第4楽章のための序章、もしくは、二筋にわかれる道の一方としてイメージできる。

だが、念のために言っておくと、エリシュカはこの楽章を明確に「ひとつの楽章」として演奏した。これはややもすると見えにくい(あまりにも当たり前のことだから)が、独創的で、大胆な配慮といえる。

【ベートーベンに倣って】

それだからこそ、終楽章に出るあのファンファーレが、かくも印象的となるのである。このファンファーレはヤナーチェク『シンフォニエッタ』のアンダンテやモデラートに出てくる(それぞれ別の)金管のイメージとちょっと似通っているように(私には)思え、モラヴィアとボヘミアというちがいこそあれど、チェコでは、なにか象徴的な意味が隠されているのかもしれない。それはともかく、先にも書いたように、こうしたファンファーレにおいても、エリシュカはそれまでの楽章をスパッと切り捨てて、作曲家が新しいものを書き出したようなイメージを残している。

実際、その後につづく音楽は、ベートーベンがピアノ・ソナタや弦楽四重奏曲の最後に書いたようなフーガの形式を模しており、それが形を変えつつ、執拗につづくのである。このような部分は、ドヴォルザークがベートーベンの流儀を取り入れて、神さまに感謝しているところなのであろうと思う。しかも、この感謝はいまの第8番の1曲だけに限らず、これまでものにしてきたすべての交響曲に対する感謝を込めた祈りのようでもあり、それだけに長く壮大だ。例えば、この楽章のいちばん静かな部分では、エリシュカはその響きをオルガンのような音色で染め上げて、そのこころを端的に示している。しかも、これはパイプ・オルガンではなく、足踏みオルガン(ハルモニウム)の素朴さであった。

この素朴さは、実はテンポの作用によるところが大きく、終楽章はやや緩めのテンポ設定である。この速さはあらゆる面で合理的であり、舞踊的な強奏の場面では厚みのある響きを自然に引き出し、室内楽的な部分では温かみのある雰囲気を丁寧に醸しだすことにつながる。ドヴォルザークの作品におけるエリシュカのテンポ設定や、その適度な揺らぎ、そして、そこからの見事な回復について、私は繰り返しリポートしてきたが、この日も、それが同じように効果的だった。

【ドヴォルザークと自然】

さて、交響曲の演奏もさることながら、この日、私のこころを捉えたのは、前半の2曲である。最初の序曲『自然の王国にて』は、正に、演奏会全体のテーマを文字どおりに代表していた。近代以降、チェコといえば、工業国のイメージもあるが、ドヴォルザークが鉄道マニアであったように、産業革命の影響は早くからチェコに表れていた。だが、そのような歴史的事実とは別に、作曲家が愛したチェコはあくまで、チェコがそのようになる前の農村の風景に根差していた。そういう面でいえば、ドヴォルザークもまた、失われていく時代に親密なタイプの音楽家だったのかもしれないが、それならそれで、どうして機関車などに人並ならぬ関心を示したのかがわからなくなる。彼が4歳のころ、自宅の前を通り抜けるように敷かれた鉄道への熱狂は、生涯、失われることがなかったのだ。

人はアタマの先から足の爪先まで一貫していないということだが、鉄道にしても、自然にしても、ドヴォルザークにかかれば、その見事な描写的、かつ、印象派的な独特の表現には溜息が出る。『自然の王国にて』の演奏では、ひとつひとつの音符が生きもののように動いていた。このような音楽は、ドヴォルザーク以外のいかなる音楽にもみられないが、エリシュカほど、その息吹きを明瞭に示した人もいない。

この作品でひとつ注目すべきことは、ドヴォルザークが自然を描く際、直接的な描写の要素以外では、バロック音楽の響きに立ち戻って、その雰囲気を出しているという事実である。これは作品中盤で顕著に表れ、また、その影響なのか、この日の演奏でも全体の響きがやや刈り込まれて、ノン・ヴィブラート・ベースの爽やかな音響が採用されている。もうひとつ、ドヴォルザークの自然につきものなのは、舞曲である。自然=農村なのであり、そこで踊られる快活な踊りのなかに、作曲家は自然の息吹きを感じている。人間がなく、自然だけが美しいという表現は、少なくともドヴォルザークの発想にはない。

そうした人間好きこそが、ドヴォルザークの本質であるように思われるのだ。例えば、鉄道マニアという文脈のなかでも、彼は機関車だけではなく、機関士とも仲良くなったりしているし、のちに蒸気船に興味をもったときには、今度は船長とも知り合ったというほどである。この度を越した人間好きの特質は、自然、不戦と平和の思想につながっていく。交響詩『水の精』(ヴォドニク)のテーマも、これなのだ。

【ヴォドニクの三連音】

ヴォドニクについて、日本の河童との比較を通じて端的に解説した、リンクのページは参考になる。子どもが水難事故に遭うのを防ぐため、親たちがこのような怪物の存在を言い触らして、子どもたちを危険な川から遠ざけようとしたのは洋の東西を問わない発想だろう。だが、エルベン『花束』に収録された原詩を(邦訳で)みると、ヴォドニク、さらわれる娘、その母親の関係はきわめて複雑で、寓意を越えたアイロニーを秘めている。ドヴォルザークの音楽は、ここから再度、単純化の手順を経て、ヴォドニクのテーマを中心にした喜怒哀楽のハッキリした物語に仕立てなおされたものだ。ヴォドニクのテーマはそのぴょんぴょんと跳躍するイメージから、私にはカエルを連想させた。ドヴォルザークの描く音楽物語は、この三連音によるテーマが転調や強弱、テンポなどによって変容し、それに応じたヴォドニクのこころの動きが描写されることで展開する。

サブ・テーマとして娘のモティーフなどもあり、これらは多分、密接に関係しているのだが、ドヴォルザークは敢えて、ヴォドニクのテーマを優先的に描くことで、単純化を深めているようである。結局、我々はヴォドニクに同情的になるはずだ。彼は力と支配の象徴であり、これを政治的にみれば、チェコ(スラヴ民族)に対するウィーン(ドイツ)の支配を窺わせる面もある。ところが、彼の支配権は水中とその周縁に限られており、また、水の精のモティーフは十分にスラヴ的で、愛嬌があるのだ。その優しさは序盤、チェロのピッチカートによって端的に表現され、全体的には暖色系の音色で補われている。

後半、ヴォドニクは里帰りして戻らない妻をめぐって、初めの信頼から徐々に疑念を深め、絶望から怒りへと感情を変えていくのは、音楽的にも非常にわかりやすい。カンカンに怒ったヴォドニクは娘とその母親が籠る家を訪ねて、ドン、ドン、ドンと戸を叩く。恐れおののいて、戸を開けない母娘。エリシュカは力をこめて拳をふりながらも、夢中で遊ぶ子どものように無邪気な笑顔で、アンサンブルを鼓舞する。三連音とこのような状況から連想したのは、ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲第8番に出てくるノックの音。次に、スメタナが『わが祖国』に導入したようなフス派のコラールの一部分。そして、最後にベートーベンの「運命」である。この組み合わせからみても、彼の思い描く音楽が見かけ上の単純さに比べて、きわめて深みのあるものであることがわかる。

だが、一言でいえば、恐ろしかった。この恐ろしさは、無論、オカルト的なものではなく、本質的な優しさを伴うものでもある。扉の向こうにいる者と、こちらにいる者、つまり、ヴォドニクと娘の間では、独特なものだが、愛情による結びつきがあった。その美しさは、序盤のシーケンスで大変ゆたかに暗示されている。だが、母親からみれば、このような愛情に真実を見出すことは難しい。彼女はまた、親としての愛情で娘を守る義務があった。愛情と愛情の強烈なぶつかり合いが、ヴォドニク、娘、母親の三者の間で火花(水しぶき)が散るような響きになっており、その結果として、子どもの死という悲劇が生じるのである。

この悲劇と対応するように、ヴォドニクのテーマは明るくとも、常に不安定なテクスチャーで構成されている。それを象徴するのは、冒頭部分のフルートだ。この楽曲は、知名度のわりに録音はあるほうだ。しかし、ドヴォルザークは冒頭のフルートの旋律をひとつの音ではなく、細かい分散音の結晶(あるいは波動音)として書いており、これがほとんどの録音で無視されている(稀少な例外としてアーノンクール盤がある)。正しく守れば演奏は至難となるものの、その後、全体が分散的な波動から構成されていることと一致し、楽曲の内面性はとてつもなく細かいものとなる。エリシュカの手にかかれば、私のような者にさえ読み解ける、このような構造が、プロフェッショナルな指揮者たちによって、なかなか読み取られないという事実は奇怪なことだ。

実は、このような細かい構造が悲劇の謎解きとなっていることは、もはや言うまでもないだろう。

【音楽を通じてのメッセージ】

かくも寓話的な筋書きが、平和を願うドヴォルザークの政治的なメッセージと結びついているのを知るのは、この場合、さほど難しいことでもないだろう。さて、言葉にすれば、ざっとこんな感じに読み解けるはずの問題を、一挙に、音楽によって伝えてしまう技術はエリシュカだけがもっていると言っても過言ではないわけだ。チェコの巨匠たちはそうしたメッセージを常に大事にしてきたはずだが、いまの世代の音楽家まで上手に伝わったとは、残念ながら、言い難いように思われる。ドヴォルザーク、ヤナーチェクからバカラへ、そして、エリシュカへと伝えられた筋道は、チェコ国内ではどのように守られているのであろうか。何人かの若い指揮者たちが、それを頑固に守り通しているとは聞くが、少なくともインターナショナルに活躍する著名な指揮者たちの仕事からは、私たちに伝わってくるものはあまりない。

ドヴォルザークの政治的意見が優れたものなのか、今日的な見地からみれば・・・特に右翼的な強硬論の流行る現在の日本では、異論が頻出するであろう。ドヴォルザークの思想の半ばは田舎くさい宗教的倫理に支えられた素朴なヒューマニズムであり、また、対立して白黒つけるよりは、融和や並立を好む傾向についていえば、それは音楽的にも色濃く反映され、様々なモデリング(ヤドカリ)や伝統的な対位法に基づくフーガの偏愛、そして、比較的、平易なハーモニーの構築として、良くも悪くもはっきりと表れているのである。これらはドヴォルザークを通俗作曲家としてイメージさせることにつながるものだが、その音楽をふかく理解しようとすればするほど、それだけでは済まなくなってくるようだ。

エリシュカが札響を中心とする、日本の舞台で熱心に伝えようとしているものは、正に、その点であるような気がしてならない。ドヴォルザークの発した真のメッセージは、その作品をよほどキッチリと、作曲家のイメージどおりに弾くことでしか、私たちに伝わらない。世界中のどこにおいても、ドヴォルザークは人気の作曲家だ。プラハのほか、ウィーンやベルリンをはじめ、パリやニューヨーク、極東や中南米、オセアニアでも、その人気はさほど変わらないだろう。とはいえ、その膨大な演奏回数に比して、その音楽の正しいイメージがどれだけの人たちに意識されているのか、私には心許ない気がするのだ。

この演奏会のあと、ある人が私たちに語ってくれたことは、ドヴォルザークの音楽が世界中のどこでも通用する共通のメッセージであるということだ。しかし、そうであるからこそ、そのメッセージが正しく伝達されなければならない。先に書いたようなエリシュカの姿は、正にヴォドニクそのものであった。だが、多くの音楽家は、ヴォドニクをありのままに描くということができないのである。彼らは大抵、その音楽をより英雄的に、愛国心に満ち、美しく、力づよいものにしようとして、かえって、弱々しく、こぎれいな、あるいは、誇張のひどい、醜いマッチョな音楽へと仕立て上げてしまうのだ。その結果として、世界中でもっとも多く演奏されるがゆえに、ドヴォルザークほど、誤解の多い作曲家も珍しいということになっている。

また、別の人は私たちに向かって、このように問いかけた。現在、世界に通じる言語とは何か。答えは「英語」ではなく、「文化」だという。いまの2人の言い分は共通しているのではなかろうか。だが、文化ほど、誤解して伝わるものも少ない。その力を本当に、意味のある形で行使できる人を本当の「プロ」と呼ぶべきだ。エリシュカと札響の組み合わせは、そのプロである。いまの社会、このプロがあってもなくてもいいものだという論調がつよいのは嘆かわしいことだが、彼らを生存競争に晒して、劣化させるようなことは避けなければならない。例えば、大阪の知事H氏は、自分のやっていることが結果的に、バーミヤンの大仏を壊すタリバーン兵と同じだということに気づいてはいないのだろう。

本文のリンクで紹介したように、ドヴォルザークの作品に関して、アーノンクール氏の知見は非常に優れているが、恐らく、その成果たる音盤は廃盤になっていて入手が困難だ(そんなものもNMLでは聴ける)。彼はフランス革命以後の音楽を批判して、音楽と言葉(背景)が切り離され、誰にでも音楽が理解できるようになった反面、音楽について人々がよく考えることを止め、それ以上、音楽と人間の関係が深くならないことを指摘した。それが今日の絶望的な音楽享受の状況・・・つまり、音楽はただの娯楽にすぎず、人々の暮らしにいかなる影響も及ぼさないという状況につながっていることを喝破した。その彼が敢えて、ドヴォルザークに注目していることは興味ぶかいことだ。

ドヴォルザークの音楽には、彼が大事にしてきたものとまったく同じではないにせよ、意味のあるメッセージがあるということだろう。

【最後に】

そんなドヴォルザークの声を徹底的に敵に拾い上げるエリシュカから、習ったチェコ音楽のメッセージを総括して、私はいつか、まとめてみたいと夢みている(つまり、夢のように難しい課題である)。本当なら、そういうことを専門の研究者や、評論家という立場の人にやってもらいたいのだ。でも、それらの人たちの多くは、エリシュカの音楽でさえ、高度な娯楽としか考えていないようにも見受けられる。その点、一般の聴き手のほうが、まだ熱心に、巨匠のはなつメッセージを敏感に受け取っているようだ。彼らはそれを適切に表現する方法を知らないし、私もその一人にすぎないが、多少、文学をやったおかげですこしは書いて残す能力に恵まれている。ただ、すこぶる長く、音楽的な表現も稚拙にしか書けないのは残念だ。あまりにも才能が乏しい。

そのエリシュカのドヴォルザーク交響曲ツィクルスは、いったん完結したとしても、それで札響や日本との関係がおわるわけではない。幸い、ブリュッヘンと比べてエリシュカは元気で、初めて聴いたときより若返っている感じもあった。今後はエキストラ・ラウンドとなるが、札響との関係をさらに深めてほしいと願っているし、それは願うまでもなく、実現するだろう。オーケストラで指揮を振るのも素晴らしいことなのだが、エリシュカがこれだけ日本に肩入れしてくれて、高齢にもかかわらず、毎年、日本を数回は訪れてくれるのだから、その間に日本はもっと彼から積極的にチェコ音楽のエッセンスを吸収したいところでもある。

例えば、公開リハーサル、アカデミーにおける特別レッスンや公開講義、シンポジウムなど、指揮者であると同時に、アカデミシャンとしても膨大な知識をもつエリシュカの頭脳を、日本のために、もっと引き出す工夫をしたいと願う人たちが出てこないのは不思議なことだ。私の知る限り、エリシュカ氏は「ヤナーチェク友の会」のために、非常に限定的な機会ながら、講話をおこなったらしいことを知っている(私の入会前のことだ)。氏は喜んで、日本のために知恵を貸してくれるだろう。同会で事務を司る友人のひとりは、英文でFBの記事をつくり、エリシュカの素晴らしさを世界に広めたいと願っているようだが、私はむしろ、彼が日本で、次の世代に彼の知るチェコ音楽のメッセージを伝えることができる機会を増やすことが重要だと考える。

いずれにしても、私たちはいま、非常に貴重なものを耳にしているわけだ。どんな人間の寿命にも限りがあり、エリシュカがもう来られないと思う日まで、来日ごとに札幌を訪れるくらいはお安い御用ではなかろうか。私ができるのは、せいぜい下手な報告を残すことぐらいでしかないので、そのことはいかにも歯がゆい。札響の人たちは、エリシュカの音楽を後世に伝える役割をしてくれるだろう。その輪がチェコ音楽を愛するあらゆる層に、より深く染み入っていくことを期待するばかりだ。ブリュッヘンの語彙を借りれば、チェコで忘れられた「ルール」が日本で生きている・・・そんなおかしな事態になっても面白いのではないかと思う。我々には、そのチャンスがある。

4月27日に佼成ウインド・オーケストラを指揮したあと、次回、エリシュカの来日は10月となる。札響で名曲シリーズと定期公演、関西では大フィルの定期も指揮する。札響の定期が特にオススメで、ドヴォルザークのチェロ協奏曲は、ツィクルスのアンコール的位置づけとなろう。そして、私がかねがね熱望していたブラームス(交響曲第3番)がダブル・メインである。参考までに書けば、今回の私の旅費は1泊2日、フライト+宿泊費で25,000円であった。LCCを片道だけでも使えば、1万円台も可能だった。いまや、北海道はちかい。

【プログラム】 2013年4月20日

1、ドヴォルザーク 序曲『自然の王国にて』
2、ドヴォルザーク 交響詩『水の精』
3、ドヴォルザーク 交響曲第8番

 コンサートマスター:伊藤 亮太郎

 於:札幌コンサートホールKITARA

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コメント

 札響のことをいつも取り上げて下さり嬉しく思います。
 このコンサートは私も昼の方を聴きました。昨年の「新世界」ほどのインパクトは感じませんでしたが、真摯に音楽に迫っていく姿勢と堅実な表現力が私たちを引きつけるのだと思います。演奏終了後、拍手を受けるマエストロの姿もほほえましいものでした。秋の「田園」「ドヴォコン」「ブラームス3」も聞き逃せません。特にブラームスは、エリシュカの内声部を彫刻する演奏スタイルが生きてくると思われます。
  昨夜は札響定期で尾高忠明指揮のブルックナー7番を聴いて来ました。エリシュカもいいのですが、尾高札響のブルックナーもすばらしいと思います。今まで4,5,8,9番をこのコンビで聴きましたが、いずれもどっしりと地に足のついた演奏でブルックナーの魅力を堪能することが出来ました。昨夜の演奏も期待に違わぬものでした。札響も分厚い響きで豊かな表現力を聴かせ、オケとしての成長を実感できました。ただ、ブルックナーは一般受けしないせいか、会場の共感度、集中度は今ひとつであると感じました。まあ、吉田秀和も若い頃欧州でブルックナー7を初めて聴いて、3楽章途中で寝てしまったというのを読んだことがあるので、仕方がないのかなとも思いますが。
  アリスさんにもぜひ尾高札響のブルックナーを聴いていただきたく思います。また、ブルックナーは女性にはわかりにくい、あまり好まれない音楽なのでしょうか?アリスさんの見解をうかがいたく思います。 

お答えが遅くなりましたことをお詫びします。まず、アリスは男性なので、女性の見解を忖度することはできませんので、悪しからず。

さて、尾高さんと札響のブルックナーについては、まことに大きな興味があります。氏のレパートリーは広く、英国音楽はそりゃ、素晴らしいのですが、ブラームスとブルックナーが本当の本丸でしょう。ただ、それを聴きたいなら、N響でもいいじゃないかという気はします。

エリシュカ&札響の演奏を私が楽しみにしているのは、そこにいかないと聴けない音楽が確かにあるからです。そして、氏の年齢を考えれば、この先、いくらでも聴けるというものではありません。だから、僕は春ごとに札幌まで北上することも厭いません。限りがあるから。

尾高&札響で、ブルックナー弾いても、それはやっぱり、独特なものなんでしょうけどね。そう所得が高いわけでもなく、否、むしろ、低いほうで、いまはエリシュカさんを優先しております。しかしながら、ご親切な推薦に感謝いたします。

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