2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ

« ヴィオラ・スペース2013 「ヒンデミット」 ~弦楽四重奏曲全曲演奏会を中心に 5/25-5/29 記事Ⅲ | トップページ | フェリックス・アーヨ ヴァイオリン・リサイタル ベートーベン ヴァイオリン・ソナタ第5番「春」 ほか with マルコ・グリサンディ(pf) 6/14 »

2013年6月14日 (金)

仙台国際音楽コンクール(ヴァイオリン部門) ~セミ・ファイナルを中心に

【震災後初のコンペティション】

仙台国際音楽コンクールのヴァイオリン部門が、5月25日から6月9日にかけておこなわれた。2011年の震災後、はじめてとなる大会だが、私が思うほど注目はされなかった。その原因のひとつは、西欧からの参加者がほとんどおらず、若干、華やかさに欠けたせいであろうと思われる。また、余計な予算はかけられないとはいえ、インターネットを通じてのリアルタイム配信がなかったことも原因のひとつであろう。ディレイで投稿動画サイトに掲載されたが、1日の遅れがあった。

さて、宮城県は主要な津波被災3県(宮城、岩手、茨城)のうちのひとつであり、仙台も沿岸部は大きな被害を受けた。地震によってはホールも損傷を受け、一時使用ができなくなり、物資や電力の不足、交通の不自由などにより、仙台フィルなどによる文化活動も、その本来の機能を発揮できない日々がつづいた。コンペティションについていえば、前回大会は2010年であったが、震災から2年後に予定されていた第5回大会が予定どおりにおこなわれるかについては、自信が持てなかった。結果的にみれば、立派に開催されたのである。12の国と地域から34人のコンテスタントが、ヴァイオリン部門に集まった。だが、原発事故の福島県とちかいように見える(実際には80kmの距離がある)こともあるのか、西欧からの参加者はごく僅かであったり、まだすべてが完全に元通りというわけにはいかない。

いずれにしても、震災後初の大会について、私なりに応援したい気持ちは前々から持っていた。そして、その想いは、セミ・ファイナルで初めて会場を訪れるという行為につながっていく。私は6月2~3日の間に仙台を訪れ、セミ・ファイナルの模様を鑑賞した。コンペティションは午後からなので、午前中は被災地のごく一部を訪問する予定を立てていた。仙台市若林区の荒浜地区と、塩竈を実際に訪れた。荒浜は現在、周辺の蒲生地区などとともに災害危険区域に指定されており、住民に対しては集団移転が勧奨されている。住宅の新築などが制限され、いまもって廃墟化したままだ。住民はそれでも居住を望み、防災対策を施したうえでの住民の復帰を看板等で訴えている。塩竈も被害は大きかったが、それよりはずっとマシな状況といえ、震災では1F部分が浸水した大型ショッピング施設のイオンモールが稼働し、観光拠点のマリンゲートがきれいに整備されるなどしている。

ここでは、コンペティションの模様について、実際に会場で耳にしたものを中心に、インターネット配信で聴いたものも加味して、感想をまとめてみたいと思う。

【予選ラウンドの映像から】

まず、予選ラウンドは1日のディレイで配信された投稿動画サイトの動画で確認した。演奏の全部を聴いたわけではないにしろ、一応、すべてのコンテスタントの演奏を耳にして、全体のレヴェルを格付けすると、一般的なこのレヴェルの世界大会を’B’としたとき、’B-’ぐらいであろうというところに落ち着いた。圧倒的に素晴らしい演奏をしたコンテスタントが1人もいなかったことと、レヴェルの低いコンテスタントがハッキリしていることで、そのような印象をもった。落選組では、ほとんど9割方が落ちた理由が誰にでもわかるほど酷い。途中から暴走し、フォルムがバラバラになった(クリスティン・バラナスなど)。レガートがキツすぎて、バッハやモーツァルトといった音楽に見合わない(イ・ソヒョンなど)。音楽がコマ切れ(ケリー・タリムなど)。テンポが意味もなく異常に遅く、それでもたせる技術もない(イーゴリ・ピカイゼンなど)。技術的に明らかに劣っている。

落選組で比較的、見どころがあると指摘できるような人もなかった。

一方、予選のパフォーマンスでは、実績のある成田達輝とキム・ボムソリに加え、リ・ゼユ・ヴィクターの3強がやや頭角を現しつつあった。しかし、成田はロン=ティボーやエリーザベト王妃コンで第2位という結果からみると、際立ったものを示していなかった。キムは前回の仙台国際で4位となっているが、その後のコンペティションの映像でスケールが小さくなっている感じを抱いていたが、その印象と比べれば、はるかにマシな印象を得る。リ・ゼユ・ヴィクターが、私のなかでは小さな驚きで、この2人と遜色ないパフォーマンスにも思えたものだ。予選における、ベスト・パフォーマンス賞といってもよい。

【総論】

セミ・ファイナルのセッションは、実際に会場へ足を運んだだけに、収穫も少なくなかった。初日は逃し、残りの2日間で8人のコンテスタントを聴いたことになる。4曲のなかから任意に選べる選択曲はバルトーク4、シマノフスキ3、ストラヴィンスキー1であり、特にシマノフスキは、東京にたくさんあるオーケストラのなかでも、滅多に聴くことはできないものだ。オーケストラは仙台フィルで、首席指揮者のパスカル・ヴェロが指揮を執る。私のこころを捉えたのは、この8人のうち3人だ。それ以外の演奏では、私はまったくと言っていいほど、何のインスピレイションも得なかった。

いつも言うように、私は演奏から得るインスピレイションを大切にし、そこから作品なり、作曲家について考えていくことで、演奏や楽曲そのもの、あるいは、演奏家への共感を育てていく聴き手だ。そうした共感を生ぜしめないアーティストについて、いかなる意味でも味方をするつもりはない。

なお、伴奏のヴェロ氏については珍しい曲目について準備不足との報がツイッター上で示唆があったが、ネタ元等は明かされておらず、審査員から出たとかいう苦情の内容も明らかではない。無論、その情報を疑うものではないが、いずれにしても、この8人について、その音楽性を確認することに何ら支障はなかったのだ。実際、会場でオケに不満をこぼす人は誰もおらず、その日の演奏の最後には満場の拍手を受けた。柔軟な音楽性と独創的な解釈に支えられた3人にとって、その程度の揺らぎは十分、対応可能なものだったであろう。一方、残りの5人は、オーケストラの動きとさほど関係なく、「リサイタル」ができる人だったということかもしれない。

3人のうち、ファイナルに残ったのはひとりだ。それ以外の5人のうちでは3人が残り、初日から2人がセレクトされた。この結果をみれば・・・否、見るまでもないが、私の感覚はそれほど卓越したものでないのは明らかだ。私はジュリーのジャッジに、どうこう言うつもりは毛頭ない。ただ、ジュリーが選んだのは、技術的にムラがないタイプが中心で、特に、場面によって響きの質に差がないことが重要だったように思える。これは成田達輝のほか、スリマン・テカッリがセレクトされていることで、特徴を指摘できることだ。これらのコンテスタントの強みは、ヴァイオリンの響きが安定していて、どの音域でも同じように弾けることだった。

【ポジションの凄さ】

私の選んだ3人はといえば、それぞれバルトーク、シマノフスキ、ストラヴィンスキーで、各々に新しい切り口を感じさせてくれたものだ。例えば、ストラヴィンスキーを弾いたキム・ボムソリは、前回につづいてのエントリーで、セミの曲目も同じだった。この演奏は映像配信で耳にしていて、当時も同様に素晴らしく、ファイナルがおわれば、彼女が上位に入ることを確信させたが、そのアタマで聴いたファイナルはいかにも準備不足なものだった。そして、今回も同じような展開になり、最終的な順位はひとつ落としたのである。しかし、このストラヴィンスキーの協奏曲に関していえば、彼女以上の演奏をするヴァイオリニストを見つけるのは簡単ではあるまい。

キム・ボムソリは決して、響きをたっぷりと鳴らすことのできる能力をもった人ではない。それにもかかわらず、このような複雑な構造をもつ作品で、居場所がわからなくなることはなく、十分なインパクトを放って、響きを生かすことができるのは驚きだった。彼女の表現は器楽的というよりは、声楽的であり、歌劇におけるコロラトゥーラの歌い方によく似ている。つまり、ポジションを伴奏よりも常に前にとり、玉乗りの要領で作品の構造をドライヴしていくのである。ドゥシュキンもかくやと思わせる、大胆なタイミングで響きがつくられていくのだ。

1931年、ストラヴィンスキーは、その卓越したポーランド系米国人のヴァイオリン奏者との邂逅を経て、その手厚いサポートを受けつつ、独創的な作品を組み上げることに成功した。作品はいかにも奇抜な、獣の叫びのような和声と、その後のユーモラスで動的なオーケストラと独奏ヴァイオリンとの対話で始まる。サーカスのようでもあり、街の喧騒を表現するような響きは、例えばリンクの録音などを聴くと、『ペトルーシュカ』の華やかな部分を想起させるだろう。『プルチネッラ』のなかにも、似たような発想がある。バランシンが踊りをつけたがるのも、無理はない。これほど多彩で、動的なイメージにもかかわらず、作品にはどこか蔭があり、悲歌の部分を併せ持っている。特に、第2楽章の2つのアリアの対比などに、そのコントラストが顕著に表れている。

思えば、今回、選ばれた曲目はやや知名度の薄い、難技巧のコンチェルトというだけではなく、「国破れて山河あり」的な寂しさと結びあう作品ばかりあるように思える。例えば、バルトークの1番は失恋の作品であるというわかりやすいフラグもあるが、バルトークはハプスブルク帝国のなかで、埋もれかけた祖国の民謡から深い着想を得つつあった。裕福なポーランド系貴族の流れを汲む地主の家庭に生まれたシマノフスキは、ロシア革命に翻弄され、生きる希望をメチャクチャにされたこともあったが、やはり民謡につよいインスピレイションを得て立ち直った。ストラヴィンスキーも同じくロシア革命に苦しめられ、国を出て活躍したが、こちらは古いバロック音楽などを手本に、斬新な作品世界を切り開いていった。演奏されなかったが、ベルクの作品はその副題が示すように、作曲家が可愛がっていたアルマ・マーラーの娘、マノンの死と関係する。ベルクは正に、シェーンベルクまでに死んだ音楽語法を埋葬して、まったく新たな音楽の甘みをつくることに挑んだ。

そして、全員がこれらに加えて、ベートーベンのロマンス(op.40)を必ず演奏するレギュレーションである。この作品はハプスブルク帝国=オーストリアから、プロイセン、そして、今日ではドイツ国家として通用しているハイドンのメロディをモティーフにした、一種の変奏曲だろう。ハイドンはヘンデルのように英国で、大陸よりも上品な音楽センスの持ち主たちに囲まれて生きる目もあったが、ナポレオンの侵略に曝される祖国のために帰国して、歌の力によって人民を鼓舞しようと決意した。その甲斐なくして、ハイドンが亡くなる直前に、フランス軍によってウィーンが陥落した。ベートーベンはそんな熱い師匠、ハイドンの想いを受け継ぐようにして、このロマンスを書いたのだろう。

セミ・ファイナルの2つの課題曲は、いずれも、地震と津波で傷ついた日本への想いを競うものでもあった。そのことが段々とわかってきたのは、仙台に行って、初日(2日目)の演奏を聴いてからのことである。無論、コンテスタントたちに、そんなことを考える暇があったかどうかは疑問である。彼らにとっては、あまりにも難しい課題であった。これらの曲目を当たり前のように習得しているヴァイオリニストといったら、審査員席のなかにさえ、まともにいたかどうか、わからないほどだ。

そのなかで、ストラヴィンスキーは、まだ形になりやすいほうかもしれない。キム・ボムソリは既に述べたように、見事なポジションのコントロールだけで、この作品に十分な立体感を与えた。特に豊富なイメージは、第2楽章の2つのアリアで示された。いずれも官能的な妖艶さがあるのは同じだが、後半はしつこく粘りつくような感覚があり、これが終楽章の快活なリズムと複雑に、かつ、美しく連結する。次々と相関してくるオーケストラの響きとのコミュニケーションを深め、駆け抜けていく無窮動の高貴さ。内面的なものは、特にこだわって表現されているわけではないが、なによりも楽曲のエレガントで、抒情的なコントロールが堪らなかった。

最後、金管のバスが強められ、宗教的な感じとジャズのイメージが混ぜられるあたりは、前のマリア・シャムシナとの合わせ技であったろうか。今回のセミ・ファイナルでは、ジャズの表現も重要なファクターを占めていたかもしれない。ヨーロッパにおけるジャズの受容が、どのような形で起こり、また、どのように広まっていったのかについてはあまり詳細を知らない。しかし、ラヴェルやプーランク、ストラヴィンスキー、ショスタコーヴィチなど、その影響下に作品を書いた欧州の作曲家は決して少なくないのは周知のとおりである。

【シマノフスキとジャズ?】

だが、シマノフスキについては、ジャズとの関係で語られることは少ない。マリヤ・シャムシナの音楽を認めるかどうか、それは、シマノフスキのこの時期の音楽に、ジャズと欧州伝統音楽のなかにあるルバートの融合があることを認めるかどうかにかかっている。時期としては、いささか早すぎるかもしれない。ヴァイオリン協奏曲第1番は1916年の作品で、この頃は一般的にはより古いイディオムやオリエント東洋趣味に傾いていたという風に思われているようだ。1920年にはロンドンから米国へ楽旅を果たしているが、協奏曲の作曲時期よりはあとである。ただ、シマノフスキは戦争の動乱も近づく1914年に欧州を横断的に旅行し、ストラヴィンスキーにも出会ったという。それは若い作曲家にしてピアニストだった彼が、自らの道を定めるために彷徨う姿を想像させるのだ。

優れたクラシックの作曲家はみな、そうであるにしても、シマノフスキは特に、音楽的なキュリオシティの旺盛な人物だったように思われる。その彼が、かなり早い時期に、ジャズのイディオムを自作品のなかで試していたとしても、それほど突拍子もない印象は抱かないのである。WWⅠの結果として、伝統的な強国であったが、その末期には領土が切り裂かれ、ついには世界地図からその存在が消えていたポーランドは復活した。しかし、1916年時点では、ドイツ帝国の傀儡政権として復活したにすぎなかった。そのような社会状況が、伝統音楽よりも自由な発想に基づくジャズの精神と結びついたとするのは合理的であり、若干、後世からの見方に傾く感じもあるが、シマノフスキの、常に一歩先を行くような音楽の特徴からみても相応しいように思われるのだ。

シマノフスキについては、確かに、映像配信で聴くような初日の演奏からすれば、オケの側には顕著なレヴェル・アップがみられる。多くのコンテスタントが選択し、弾いているうちに巧くなったというのは皮肉なことであり、コンペティションという機会においては若干、公平性を欠く(だが、初日のコンテスタントも2人がセレクトされ、結局、割は食わなかった)。そういう面では、このシャムシナがいちばん最後のコンテスタントで、作品演奏の総まとめ的な雰囲気もあったのである。シャムシナも、表情のゆたかさでは、キム・ボムソリのストラヴィンスキーに引けを取らない。というよりは、それよりも抽斗の数は多いだろう。むしろ、それをどこで、どのように使うかという点に、彼女の課題があるように思えてならない。その個性的な表現は、少なくともコンペティションという場では有利ではないかもしれなかった。

彼女の演奏には、明らかに、この作品をフェアリーテイルのように捉え、いくつものキャラクターが登場するという独特な視点がある。そして、シャムシナはそのなかのもっとも主要な登場人物と一体になって、自由に振る舞うことさえできたのだ。彼女はあとで述べる山田、そして、先のキムと同じように、どんな状態であろうが、オケとのコミュニケーションを第一に考える奏者である。こうしたいという確固たる信念をもちながらも、バックから出てくる響きを受け取って、新しい発想で作品を一回的に伸ばしていくこともできる奏者なのだ。彼女はこの作品のなかに閉じ込められた「民話」に含まれるエネルギーを積極的に解放し、オーケストラを動力源にしながら、作品世界を活き活きと生ききったのだといえる。

そして、物議を醸すジャズ的なルバートが、最終盤にどんと存在感を示すのだ。これはなにも唐突なものではなく、それまで伝統語法に接ぎ木されたようにして、堂々と出ていたサウンドからインスピレイションを得たものにほかならない。独奏にもグリッサンドが多く登場し、ルバートが鍵を握る。それが終盤に向けて、徐々に露骨になっていく構造を見抜いたものと思われた。そうして、アリス・イン・ワンダーランドの少女のようだった独奏ヴァイオリンは、いまや、妖艶なサロメ的プリンセスへと姿を変えたのである。これは、社会的動乱のなかで、音楽のイディオムを容赦ない変容のなかに曝そうとする、若きシマノフスキの野望にも見合っているのではないか。これまで何度も疑問に思い、納得のいかないままに終わったシマノフスキのイメージが、音楽の高揚とともに、はっきりと展開されていくようなエクスタシーを味わったのだ。

その中心が定まれば、再び作曲家の原像に戻り、そのゆたかな宗教性などにも気づくことができる。それに基づいた官能的な美はベルクと共通し、この大会の課題曲がいつも、どこかでつながっていることを示しているだろう。こうしてシマノフスキは1916年、彼の魂のなかに生きる、ほぼすべての要素を作品のなかに詰め込んだのである。これは、この日のトップで成田達輝が、単に美しい響きと精確な音程で示したものだけでは、とても表現することが叶わない青年の夢想のようなものだった。彼女が最後に弾くのは、それはもう、相応しいことだったのだ。単に派手な動きばかりで、誇張的な演奏だったのではなく、場面ごとのキャラクターに忠実な、生きた演奏だったと評価する。

【山田麻実の室内楽】

その点で、さらに高度な演奏に思えたのは、2日目の山田麻実である。彼女はどんなときでも、室内楽の奏者であった。同日に登場のアンナ・サフキナは、良くも悪くも自分一人で音楽するということを前提に、自分を育ててきた典型的なソリスト・タイプなのであるが、山田は対照的に、いつも他者という「鏡」を必要とする音楽家だといえようか。その彼女がこうして、コンペティションに挑んできたというのは、室内楽奏者としても、もうすこし一歩を踏み出したという強い意欲によるものであろうと思われ、前向きに評価しなければならないと思う。

このような演奏家としてのタイプのはなしを別にすれば、山田の音楽にやや汎用性がないのは、あまりにも独墺系音楽、なかでも、ウィーン音楽の語法と親密だからである。バルトークはもっと野性的なところのある作曲家と目されているが、日本人でありながら、優雅なウィーンの視点に馴れた山田の視点からすれば、もっと爽やかで、気品に満ちたところもあるのである。彼女の演奏は、この風変わりなハンガリー人が保っていた、オーストリア=ハンガリー二重帝国の記憶を呼び覚ます。それはオーストリア人にとっては弱々しい衰退の歴史でも、ハンガリー人にとっては誇りだかい時期ともいえた。だが、それも黄昏時に達した。こうしたキーワードによって、ブラームスやリヒャルト・シュトラウスがゲスト出演し、バルトークについて、なんとも上品な言葉で語るというような、そんな演奏が展開された。

序盤の丁寧な歌いだしから、山田は完璧に私のこころを捉えてしまう。だが、その驚きは、このあとに彼女が語るものからすれば、ごく僅かな衝撃でしかなかった。とはいえ、その音楽の丁寧な作りこみは、この音楽家の特徴すべてを語り尽くしていると言えないこともないようだ。音色の選択も、アーティキュレーション、ダイナミズム、テンポの選択、細かなオケとのすり合わせに至るまで、山田はすべて几帳面につくりあげている。そうしたアーティストはむしろ、自分の世界に閉じこもりがちで、外からの刺激に耳を傾けないものだが、山田は対照的に、そのためにこそ、しっかりと自分の音楽をつくっておくという感じでいる。外部との対話なしに、彼女は音楽の息吹きがないと信じているのだ。

彼女の音楽が、もし、ヴァイオリンのいちばんの持ち味である高音部分で、もうすこしだけ柔らかい表現を獲得していたら、その高貴な音楽性はもっと鮮明に引き立ったことであろう(そして、ジュリーにもさらに高いインパクトを与えられたはずだ)。だが、私はいまの彼女においても、バルトークの新しい持ち味を引き出すには十分だったと思う。なによりも、僕は、彼女の音楽家としてのこころが好きだ。

作品について、すこし背景を添えておくとすれば、作曲は1907年。ヴァイオリン奏者で、作曲家がこころを寄せていたシュティフィ・ガイエルのためにつくったものであるが、この恋は実らず、プライヴェートな意味合いをもったヴァイオリン協奏曲「第1番」は、長らく封印されていた。時代は帝国主義が伸張し、それによる軍事的な衝突がひと段落した時期という感じで、同年、万国平和会議が開かれて殺傷力の高い残虐兵器の一部が規制されるなど、多少は安定が志向された時期でもある。バルトークの音楽はいま述べたような個人的な事情を反映して官能的であるが、同時に、彼が愛していたのは生のガイエル嬢というよりは、その崇高な幻影だったようにも思えてならないのだ。バルトークもまた、この幻影を通して、新しいハンガリー音楽の理想を体現しようと試みたのである。

山田が注目したのも、そのような二重性だ。官能的な部分は正直、もっと露骨であってもよいが、場面ごとの表情ゆたかさによって十分に補ってもいる。ヴィオラスペースのマスタークラスでは、最初に受講生が弾いたものが多少、魅力的であっても、まだまだ表情をゆたかにすることができることを学ぶには十分すぎるほど十分だった。その点で、山田がほとんど段落ごとに表情を変えるのを目にして、私が深い感心を抱いたのは理の当然であったといえる。

特に、緩徐的な性質をもつアンダンテ・トランクィロの部分において、彼女の発見したバルトークという作曲家の高貴さは、もう、彼の私的事情など忘れさせるほどに透明で、純粋なものにみえ、それはリヒャルト・シュトラウスが歌劇『ばらの騎士』の最後で、マルシャリンに歌わせたものとよく似ている。よく言うように、シュトラウスはここで、潔く去っていくオンナの格好よさなど描いてはおらず、かえって、涙目で未練たっぷりに去っていく貴賓女性の醜さを、彼岸的な美しさとして捉えたにすぎない。オックスとマルシャリンは同類なのだ。そうであるからこそ、我々はこの高貴な女性に共感することができる。それと同じことが、このヴァイオリン協奏曲のなかでも起こっているようだ。最後のソット・ヴォーチェ(これは会場以外では味わえないものだろう)には思わず息が詰まり、ハンカチを探す必要に見舞われた。

その後の音楽で、なにが起こったかについて、私は十分に冷静に聴いていなかったようにも思われる。しかし、特に彼女が室内楽のスペシャリストとしての能力を存分に発揮したのは、この最後のアレグロ・モルトであったのも確かである。このパートをヴェロの指揮する仙台フィルはかなり肉厚にとったが、山田もそれに相応しい濃厚さで弾いた。予選ラウンドの演奏からすれば、山田はもっと繊細一途の音楽家と思われたが、このラウンドでは十分に、必要なところでは肉厚な響きも使うことができていた。それを活かす基礎的な部分も成熟がしっかりあり、成田のような盤石なテクニシャンではないとしても、オケとの対話のなかで、それを自在に引き出す表現の自由はある程度、手にしていた。そして、ときにはジェスチャーを使って、オケを正しい方向へと導くことも忘れていない。

同時に、彼女はいつも、自分のもっている最高のものを引き出すことでしか、音楽に適わないと考えているようだ。このことは、ヴェロの音楽的指針と非常に近しい。彼のつくる音楽はときどき、ジョン・ウィリアムズと変わらないものになる欠点があるが、つまり、バルトークの民話的な旋律からすれば、甚だ逸脱的な誇張を伴っており、独奏者があわせるのも簡単ではないが、そのなかでも、山田は随所に的確なコラボレートの感覚を見せつけ、聴き手を惹きつけた。

山田の特徴は、ベートーベンの『ロマンス』でもハッキリと表れている。ハイドン、モーツァルト、ベートーベンが混在するこのような作品でこそ、山田の真価は輝くといっても過言ではない。いま、録音で聴きなおしてみると、この作品でも、バルトークでも、山田はしばしばゆっくりなペースを好んでいた。そして、そうした部分において、彼女はとても気品のある、優しい表現をみせることができる。リアルタイムにおいては、その遅さはさほど気にならない。この『ロマンス』は主題と変奏が交互に現れ、それらのキャラクターのちがいをいかに、ゆたかに弾くかということもポイントになる。山田の場合は、旋律の歌い方に、常に一回性がある。これは、際立った特徴だ。無論、テンポや音色、アーティキュレーション、ヴィブラートの切り替えはあるが、それ以上に、たとえこれらすべての要素をそのまま維持したとしても、彼女の表現は十分にキャラクターゆたかに聴こえるであろう、と言わせるに十分な要素があったのだ。

【ベートーベン『ロマンス』の意味】

多くのコンテスタントにとって、この『ロマンス』は捨て駒だった。審査において、それほど大きなウェイトは賭けられないはずだと読み、実際、そうだったであろう。古典への対応は予選ラウンドまでで十分に確かめられており、いま、この作品で新たに評価される要素は少ない。成田達輝の演奏などは特に、作品そのものが、彼の目指す高度な表現には見合わないほど意味のないものだ、とでも言いたげに、無関心なものだった。だが、コンペティションの企画者からみれば、コンテスタントが協力して、こうして「国歌」を「斉唱」するということは十分に意味のあることだったはずだ。『君が代』を弾かせることはできないけれど、これは震災の恐怖を味わい、いまなお、その爪あとに苦しむ仙台の聴き手に対する、せめてものプレゼントになっている。

そうした場所で、成田がとった行動について、私はつよく糾弾せざるを得ない。今後、彼が良いパフォーマンスを披露することもあるだろうが、少なくとも私は、仙台で、彼が手抜きのパフォーマンスをみせたことを忘れない。もしも彼の技術力が、そこらの人たちと変わらないほど拙いものなら、それは目立たなかったかもしれないとは思う。だが、幸か不幸か、技巧的に卓越しているのは明らかなので、その彼があれぐらいの演奏しかできないわけはないと誰でもわかる。いかなる場面においても、手を抜くアーティストを私は信用せず、例えば、2007年のことだったか、八王子でそんな演奏をした菊地祐介(pf)について、私はいまでも厳しい見方をしている。こうしたアーティストはコンペティション・レヴェルである程度の成功を掴んでも、音楽家としては、決して大成はしないものだろう。

【テカッリ、サフキナ、牛草】

スリマン・テカッリは、バルトークを弾いた。彼の演奏はダイナミズムが小さい代わりに、どの音域でも響きが潰れず、等質に弾けるのが特徴的となる。演奏解釈については、なにひとつ際立ったものがなく、退屈きわまりないので、これ以上、書くことはない。ファイナルの演奏は、映像でみる限りはそんなに悪くないが、結果は最下位。あまりにも独創性のない弾き手であった。

アンナ・サフキナは、シマノフスキを選択。この日のオーディエンス賞を獲得。本選でも第4位。ツイッターでも書いたが、彼女の音楽は基本的に生きていない。ショーケースのなかで厳重に保管され、こちらに出てくることはない。私は音楽を通じて、アーティストとコミュニケーションをとるのが好きなので、こうした音楽家に高い評価を下すことはないのだ。技術的なものはよく磨かれ、洗練されているという意味ではなく、気もちわるいほど設計図どおりだ。最近、芸能人らがカラオケを歌い、採点マシーンが音程やヴィブラートの強さや質、ダイナミクスなどを評価するテレビ番組が流行っているが、彼女の音楽はそうしたプログラムに従う音楽だ。彼女の音楽は常にひとりきりでつくられたような印象を与え、それはソリスト・タイプには必要な資質であろうが、外部からはなにも受け取らないコミュニケーションの硬さは問題となる。

ヴェロは、サフキナが音符を細々ときれぎれに弾く特徴をよく捉え、オーケストラにも、なるべく同じようにやらせるようにした。この共謀は、私に深い違和感をもたらした理由のひとつとなる。既に書いたものとあわせ、サフキナの特徴はサウンドのきわめて怜悧なコントロールにあるといえる。それはシマノフスキでは、驚くほどあっていた。とはいえ、それがシマノフスキの真意であろうか。シャフキナの演奏では、あれほど多彩に、感情ゆたかに響いたものが、西欧的な決まりきったモダーニズムの精神に絡めとられていく印象を私はもつ。彼女の弱点は、オケとの関係をよく見ることでも、明らかだ。特にヴェロが肉厚な響きをつくる箇所では、彼女はひとり居残ることを決める。それ以外の部分でも、オーケストラとの「不仲」は明らかだ。

これをオーケストラの不備とみることも可能ではあるが、既に述べたように、そのなかでしっかり表現できた人も存在することを考えれば、彼女がバレエダンサーのザハロワのような地位を要求するのは、あまりにも傲慢だというほかない。無論、彼女は、そんな特別なことを要求しようとしたわけではなく、単に、柔軟性がないだけであろう。

牛草春がセミ・ファイナル・ラウンドに進むほど、このコンペティションは低レヴェルだった。彼女の技術的な低さは、押し隠すこともできないほど明らかだ。だが、そうであるにもかかわらず、私は、彼女の演奏を聴いたことによるストレスをまったく感じなかった。恐らく、彼女の技術的なレヴェルは、このオーケストラのトゥッティにも及ばないほどであるが、反面、たとえ首席奏者であっても、彼女のような深い表現への意思をもっているかと言われれば、それはまた、疑問なのである。牛草もまた、山田と同じように、常に身体全体でぶつかっていくタイプだ。そして、誰にも負けないほど、多彩な表情を出そうと努めている。

もしも、僕が高名なヴァイオリンの先生なら、彼女をつかまえて、彼女がぶち当たっている様々な難問をクリアするために、引き取りたいという念に駆られるだろう。いま、その役割は英国王立音楽院の名誉称号さえもつ、宗倫匡先生(このコンペティションの審査員長)に委ねられている。もう若いといえる人ではないが、もうすこし時間がかかりそうだ。また駄目だった、でも、もう1回・・・と聴きたくなるアーティスト。そして、実際にもう1回聴くと、また裏切られる。それが、このラウンドだった。でも、また、いつか、聴いてみたいのは確かである。

【成田、ヴィクター】

既に何度も批判的に書いているように、成田達輝について、私は予選ラウンドからなにも際立ったものがないと感じていた。確かに、既に複数のコンペティションで証明されているように、彼の技術的な安定感、音色のふくよかさや柔軟性は、誰にも劣るものではないはずだ。しかし、彼が示すことのできるものは、せいぜい、そこままでである。楽器を習ったことのある人ならば、彼の驚異的なレヴェルの高さに驚嘆することもあろうが、私のような見識の浅い者にとっては、「それがどうした?」というところでしかない。所詮、彼の凄さは、ショーケースのなかから出てくるものではない。感動的によくできた、食品サンプルのようなものなのだ。

リ・ゼユ・ヴィクターは予選ラウンドで、もっとも気に入ったアーティストあった。まだ16歳の中国人はファイナル進出の栄光を掴めなかったが、そのゆたかな可能性を評価されて審査員特別賞を授与された。セミ・ファイナルの演奏は、明らかに失敗の部類に入るだろう。彼がこうしたいと思うものがことごとく、うまく嵌まらなかったのだ。これも牛草と同じような技術不足によるのだが、年齢的にいっても、彼女よりはブレイク・スルーが早いだろう。

ベートーベンでは、彼は2つのキャラクターを明確に使い分けようとした。主題の演奏は清楚な響きで、ヴィブラートを削り、しっとりと女性的に。そして、変奏的な派手な展開では力づよく男性的に、弦をつよく抑えて加工された響きを用いようとした。そして、これらが最後に融合されることで、はじめ別々だった2人のヴァイオリニストが1人に合成されるような、そういう面白い構想を抱いていたはずだ。だが、問題はその強いほうの表現が首を絞められたような響きになり、こうした構想のファッショナブルな特徴が台無しになってしまったことである。

バルトークにおいても、非常に明晰で、特徴的なヴィジョンを彼はもっている。音色もよく、技術も低いわけではないのだ。ただ、場面場面で自分が思い描いた表現にピッタリ見合った適切な表現法を知らないだけである。いま、カーティス音楽院でアーロン・ロザンドの指導を受けており、程なく、スケールの大きな優秀なアーティストが登場するかもしれない。面白いことに、このコンペでは同門で、同じくアジア系のリチャード・リンが活躍。ついに、優勝までもぎとった。優勝者の演奏は実際に耳にすることはできず、帰りの新幹線のなかで聴いて、初日の人のなかでは特に魅力的だと思った。こちらもファイナルのブラームスなどは荒削りで、よく優勝できたものだと思うが、ロザンド門下のこの2人は私も好きである。しかし、どちらかといえば、リ・ゼユ・ヴィクターのほうにより幅広い未来を感じた。

【まとめ】

ファイナルについても触れようと思ったが、既に相当の長文に及んだので割愛する。全体的な感想のみ述べれば、ブラームスを完璧に弾きこなした人はひとりもいなかった。優勝のリンの演奏は、2位、3位と比べれば、かなり粗雑な響きがすることもある。だが、これらのソツのない表現者と比べれば、はるかにゆたかな可能性を示している。今回は現時点での完成度というよりは、将来に開かれた可能性の大きさを重視したように思われる。そうでなければ、リンという可能性はなかったはずだし、その観点からみたときには、リ・ゼユ・ヴィクターを切ったことは失敗だったのであろう。だから、特別賞で評価基準のバランスをとったのだと思われる。

成田はこれまでのコンペティションと同様に、またも2位。高く評価されながら、1位に選ばれないのは理由があるはずだ。これに次いで、宗次ホールのコンペティションで優勝した富井ちえりが3位。ランク付けするわけではないが、これまで宗次レヴェルでは、海外から来る個性的なアーティストに通用しなかったことを思うと、この結果もコンペティションの性格を物語っているように思える。

これにて、ヴァイオリン部門の記事はおわり。16日から、今度はピアノ部門が始まる。プログラムを眺める限り、これまでの実績や、習っている先生、それに、予定される演目のリストをみると、今回はピアノ部門のほうがレヴェルが揃っていそうである。そういっている間に、ヴァン・クライバーン・コンペティションが終了し、前回の仙台コンペティションの覇者、ヴァディム・ホロデンコが優勝を飾ったということだ。仙台では不人気な優勝者だったが、このコンペティション期間中は好評が伝えられた。

いずれにしても、こうして5回大会が開けたこと自体が奇跡だ。関係者の手厚い努力に敬意を表し、感謝の念を述べたいと思う。そして、集まってくれたコンテスタントにも謝意を表する。たとえ、それらのパフォーマンスがどうであろうとも、彼らは、このイベントを支えた功労者であることに変わりはない。

« ヴィオラ・スペース2013 「ヒンデミット」 ~弦楽四重奏曲全曲演奏会を中心に 5/25-5/29 記事Ⅲ | トップページ | フェリックス・アーヨ ヴァイオリン・リサイタル ベートーベン ヴァイオリン・ソナタ第5番「春」 ほか with マルコ・グリサンディ(pf) 6/14 »

オーケストラ」カテゴリの記事

コメント

はじめまして。クラシックやヴァイオリンには、あまり詳しくないのですが、興味深く読ませて頂きました。ロマンスを成田達輝さんが手抜き演奏したとの御指摘ですが、確かにYouTubeでの演奏を視聴すると、あまり熱の入ってない演奏のように素人ながらに感じました。

でも、素人ながら感じた事を書かせて頂くと、予選でのバッハを演奏中の成田さんは、あまりに曲に入り込んだ熱い演奏をするあまりに、弓を落としかけるようなアクシデントを起こしてますよね? なので、セミファイナルでの1曲目のロマンスは、前回の反省を踏まえて淡々と抑え目に弾かれたのかな?と、私は感じました。

また、技術を持たれている成田さんでも、やはり普通の人間であって、コンクールの全ての曲、しかも珍しい難曲を含む全ての曲を、限られた時間内で暗譜練習して、どの曲も均一に熱の入った素晴らしい出来に仕上げるのは、とてつもなく困難な事ではないでしょうか?

人の感じ方は人それぞれであり、それを発表する事も自由だと思います。でも、まだまだ成田さんは、演奏や音楽、それ以外の様々な事を勉強中で成長段階にある学生さんなのです。今の段階で全てを決めつけて否定してしまわず、海外にまで飛び出して精進している若者を、どうか温かく見守って頂きたいと、他人事ながら口を挟ませて頂きました。ご無礼をお許し下さい。

ご意見、ありがとうございます。

お言葉ではございますが、私はコンペティションのコンテスタントを「学生さん」と見做したことはありません。かえって、そのほうが失礼な見方だと思います。

彼らのなかには多く、既にプロとしての公演をおこなっている人も含まれております。成田さんも既にプロフェッショナルとしての活動を始め、プロオケの独奏者としても呼ばれたりしています。本当の意味での「学生さん」なら、私もそれなりのことしか言いません。

なにも決めつけるつもりはなく、ただ、既にプロとしての責任を自覚するはずの演奏家がオーディエンスの前で、1曲たりといえども、ベストを尽くさなかったという事実を報告しただけのことです。どのような演奏をするかはもちろん、その方の勝手なのですが、それによって生じる責任はどのような機会でも一定に生じます。

コンクール戦略として、どこにウェイトを賭けるべきか、多くの人たちが迷うことでしょう。その選択の内容があまりにも、私の気に入らなかったということです。無論、それは私の勘ちがいで、彼もベストは尽くしたという見方もあると思いますが、私にはそう感じられたということです。

こんばんわ。

記事および匿名さんとのやりとり、興味深く拝読しました。

ただ、成田さんのベートーヴェンのロマンスを手抜きだと仰り、
それを糾弾し、忘れないと憤られるアリスさんの根拠が今一つよく理解
できません。優れた演奏家なのだからもっと上手く弾けたはずだという
理由でお怒りなのでしょうか? であるとするならば、少々言いがかり
にすぎる気がしなくもありませんが・・・。

成田さんのロマンスは、良くも悪くも彼らしい演奏になっていて、
そこに手抜きがあるとは、私には感じられませんでした。

以下は私見ですが、成田さんのヴァイオリンのひとつの傾向として、
とても旋律的でありながら、あまり和声的ではないという印象を
個人的に抱いています。

ですから和声的な緊張と解決が明確にならず、たっぷり歌っている
にもかかわらず、メリハリが効かなかったり、立体的な響きが生まれにくい
弱点を抱えているように存じます。例えばロマンスの冒頭、重音部の下の音は、
とてもきれいに鳴ってはいるものの、和声的な意味を帯びない添え物に終わって
います。こういう傾向は、何も彼のロマンスだけでなく、一次のバッハや
モーツァルト、ファイナルのブラームスにも共通して見られるものであり、
成田さんがより素晴らしい演奏家として活躍されていく上で、ぜひ何とかして
ほしい点です! ご本人には、大きなお世話でしょうが・・・。
(シマノフスキについては、曲の性格上、あまり気になりません。)

もうひとつは、リズム表現の点でも、成田さんにはひとつの特徴が見られます。
リズムや音型の変化や反復について、リジッドに際立たせたりエッジを立てて
カッチリ表現することをあまりなさいません。

大変小回りの利く、器用なボウイング・テクニックを持っておられますが、
むしろ弓をなるべく弦に這わせ、ややレガート気味に撫でつけて演奏しつつ、
その中で音の粒立ちをクリアにすることが、きっと彼の好みのスタイルなの
でしょう。そこに(ややナルシスティックな?)快感を感じているようなフシが、
演奏からも伝わってきます(笑)。

以上の観点からすると、成田さんのロマンスがあのようになるのは、
むしろ当然の帰結であり、彼の演奏スタイル(および彼のアナリーゼ?)
からすれば、自然なことのように思われます。言ってみれば、
現在の成田さんからすれば、ごく等身大の誠実なロマンスだったと思いますよ。
好きか嫌いかは別として・・・・。

よって私には、成田さんのロマンスがあのようになるのは、
ストンと理解できることでして、それが手抜き云々という評価になることに、
正直驚きました。それぞれ人によって聴き方が違うものなんですね。
ただやっぱり、手抜きと断言し、糾弾までしちゃうのはどうでしょうか・・・。

長々と、悪文失礼いたしました。


ご指摘に感謝します。成田のスタイルからみた客観的な分析は、私の視点にはなく、そこからみればごく誠実であるというのは、僕からみれば、面白い発想です。

彼の演奏が手抜きなものに思えるのは、主に他との比較から来るものでした。私の気に入った数人のアーティストは、たった7分程度のこの作品に、驚くべき多くの表情づけをおこなっていました。そうした演奏を聴けば、彼らがこの作品に対しても貴重な時間を十分に割き、正面から真摯に向き合って、演奏を組み立てた姿勢が窺われます。いかなる作品であるにしても、私はそうして、時間をかけて音楽をつくることだけが、人々に幸福を与えると信じます。

それに対して、成田の演奏には美しい響きだけがあり、それの構築が十分に考えこまれていないように見受けられました。腕があるということは、表現の自由がきくということを意味します。彼がその点で明らかな優位をもっているなら、より多彩な表現が出てきて当然です。それがなく、より狭められた自由しかもたない人にも劣るとすれば、彼がこの作品に対して必要最小限しか向き合わなかったことを想像させます。

私の想像どおりなら批判はある程度、当たっていることになりますし、貴兄の仰るようなスタイルの問題だとしても、僕はそんなスタイルに音楽が存在するとは思いません。「手抜き」という言葉づかいが正しいかどうかはともかくとして、この作品に対して成田がとった姿勢には、いかなる共感もありません。

なお、このサイトでは具体的なハンドル名の表記をお願いしており、「匿名」「通りすがり」のようなコミュニケーションを拒否し、言いっぱなしにするような名前による投稿は歓迎していません。投稿の内容が真面目なものでしたので、お応えしましたが、今後は同じような名前による投稿は非表示とします。

アリスさん、おつかれさまです。
仙台国際音コンの詳細な解説、勉強になりました。

いろいろな見方はあろうかと思いますが、私はこのイベントを支えた功労者であり、
この仙台の地に来てくださった参加者全員のこれからのご活躍を切にお祈り
したいと思います。

私も、否定的に言ってるのは1人に対してだけですし、大体において、同じ気持ちではあります。

ただ、ひとつ気になったのは、意外と仙台のオーディエンスが少ないことでした。まだ、セミ・ファイナル・ラウンドだったからというのもありますが、もうすこし根づいていると思ってました。駅にポスターが貼ってあったり、地下鉄でクラシックを流していたりする光景はよかったですが、常盤木とかもあるのに、もうすこし期間中の旭ヶ丘は賑やかになってほしいと思います。

審査員を集めているわりに、彼らが有望なのを連れてくる感じでもなく、もうすこし少なくして、審査基準や傾向を明確にするのもアリかなと思いました。

震災で腰を折られましたが、まだ5回目で、コンペティションは発展過程にあります。仙台の特徴は協奏曲が早いラウンドから弾けることと、賞金の高さ、それにジュリーの質が良いことにあります。また、会場は森に囲まれ、市街地にも近く、仙台は食も安くていいものがたくさんあるし、周辺の観光地や温泉地にも近いなどのメリットがたくさんあります。その特徴を、もっと直截に、ハッキリ生かしていけるような工夫がまだまだできると思いました。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/543421/57566717

この記事へのトラックバック一覧です: 仙台国際音楽コンクール(ヴァイオリン部門) ~セミ・ファイナルを中心に:

« ヴィオラ・スペース2013 「ヒンデミット」 ~弦楽四重奏曲全曲演奏会を中心に 5/25-5/29 記事Ⅲ | トップページ | フェリックス・アーヨ ヴァイオリン・リサイタル ベートーベン ヴァイオリン・ソナタ第5番「春」 ほか with マルコ・グリサンディ(pf) 6/14 »

ツイッター

  • ツイッター

最近のコメント