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2013年6月 9日 (日)

ヴィオラ・スペース2013 「ヒンデミット」 ~弦楽四重奏曲全曲演奏会を中心に 5/25-5/29 記事Ⅱ

【ヒンデミットの革新】

ヒンデミットの弦楽四重奏曲第6番と第7番は、最初の5つの作品とは異なり、かなり後になって書かれた。特に第6番は、もっともアクティヴな方向に進んだ作品のなかに入れられることだろう。こうした傾向の作品は、ヒンデミットがドナウエッシンゲンなどで作品を発表し始めた時期に多く書かれ、今回のシリーズでは、(op.25-1)の無伴奏ソナタが演奏された。篠崎友美の演奏は実に格調高いもので、作品の語る高貴な志を明瞭に示唆してくれる。また、ゆっくりな部分でも、青年期の前向きなエネルギーにハッキリと注目しており、「ゼール・ラングサム」な楽章でも、一定の推進的なエネルギーを感じさせたが、これが解釈の点で賛否を呼ぶ可能性がある。そうはいっても、別に情熱的なばかりの熱奏に徹したわけではなく、いかにも彼女らしい落ち着き払ったパフォーマンスであることは変わらない。

この作品が書かれたのは戦間期であるが、それはわりと落ち着いた時代であり、やがて結婚に至るヒンデミットの充実期のひとつにもなっている。ヒンデミットは、ショスタコーヴィチと共通点が多いが、中でも、特に大きな特徴は政治(歴史)との関係によって、作風が大きく変化していく点だ。彼らの本質はショスタコーヴィチなら、交響曲第1番のような作品に、そして、ヒンデミットなら、この(op.25-1)のような作品のなかに凝縮している。だが、その可能性を突き詰めることよりも、もっと重要な課題、あるいは、止むに止まれぬ精神的な必要性が、彼らをよりアイロニカルで、大衆的な作風に引き寄せた。

ショスタコーヴィチについて、本質的に政治的で、ネクラの底意地わるい作曲家と誤解される向きもあるが、実際には、友人や支持者が多く、明るい性格でオープンな人柄をもち、ちょうどノーノのような、生粋の政治的アクティヴィストだったわけではない。彼は音楽をやっているだけで、コンミュニストたちが自分たちに多大な迫害をかけてくるなど、すこしも思わないようなノウテンキな人物だったと思う。それに対して、実際に起こったことはショスタコーヴィチにとって、あまりにも怖ろしいことだったのだ。彼の音楽には、まず、そのような社会に対する重大な恐れが聴こえてくる。やがて、彼は惧れを克服して、「風刺」という便利な武器を手に入れるが、その言葉によって、彼の音楽が代表されてしまうのはいかにも惜しいことである。

ヒンデミットにとっては、ショスタコーヴィチよりも直截にWWⅠでの体験があり、その後、特に歌劇の分野でつよく発揮されるプロテストの精神は、死ぬまでつづいたというべきである。彼はドイツという恐れと過ちの極致に立っていて、二度とこんなことを起こすものかという決意から、音楽であろうと、社会であろうと、信仰であろうと、すべては新しく生まれ変わらねばならぬと発想した。だが、シェーンベルクとちがったのは、そのために、まったく別の新しいシステムではなく、いままで、自分たちが使ってきたシステムを生まれ変わらせることにこだわったことだ。この差がドナウエッシンゲンとダルムシュタットのちがいとして差別化され、やがて、ヒンデミットを守旧派に色分けさせることにつながるものだ。実際には、彼はシステムの総合的な革新に向けて、演奏という現場から次の世代への教育まで幅広く、強い関心を示していたのである。

さて、弦楽四重奏曲第6番に聴かれるのは、そんな自分がいま、政治的迫害からとはいえ外国におり、自分があれほど強く誓った何事も、実際には実現できなかったという強い後悔の念だ。ただし、第3番や第4番のころと比べれば、ヒンデミットはセルフ・コントロールが巧みになっており、このようなマイナスの波動を、いかに切り替えて表現につなげるかということを考えることができるようになった。若いクァルテット・レオニスにとって、そのあたりの表現はとても難しかったと思うが、すべての表現の根もとにある決意の本質と、それを実現できない悔しさについては十分に表現できており、その知性的で落ち着いた演奏には驚嘆させられた。

【タメスティの技に範を得た第7番の演奏】

こうした作品を裏において、戦争のおわったあとの1945年に開かれた弦楽四重奏曲第7番は、フランクフルトのヒンデミット協会会長も寄稿するように、世の中に有名なバルトークのクァルテットにも匹敵する傑作である。シンプルで奇を衒わない構造美と、ゲルマン民族の古い習俗を感じさせる適度にワイルドな響きの特質、モダーニズムへのつよい意志が、この作品のなかには結晶している。エール弦楽四重奏団は、こうした作品を(op.11-4)のような初期作品の魂で描いたといえるだろう。身体的な表現を使った第2ヴァイオリン、山根一仁を中心に印象づけられる演奏は、あるいは、5月26日のアントワン・タメスティの演奏に範を得たものであろうか。

今年のヴィオラスペースではディレクターも務めたタメスティの演奏は、ネット上でも大きく話題になった。中でも、この(op.11-4)の演奏は明らかに異次元のものであり、聴き手を驚かせる。彼は若書きのヒンデミットの特徴を思いきって誇張し、デュオの共謀による破壊的=創造的エネルギーの発露として、作品を演奏した。マスタークラスでは、自分のパートしか譜面をみず、ピアノの音を感じないヴィオリストに、知的なクイズを仕掛けて気づきを与えようとした。

第1楽章で繰り返されるテーマを数小節ごとに弾かせ、そのキャラクターを個別に尋ねていくのだ。2番目のテーマはヴィオラ・パートではなく、ピアノ・パートに現れていた。私もそこだと思った部分を受講生が弾くと、そこではないと言われて戸惑ったが、その間に、ピアノにテーマが出現しているわけだ。問題自体はちょっと意地の悪い引っかけだが、なにが言いたいかはよくわかるのだ。さらにタメスティは、冒頭部分のピアノ・パートだけを弾かせて、受講生になにを感じるかを尋ねてみる。私は、「宗教曲のようだ」と感じた。ヴィオリストからは、さほど明確な返答はない。相手がキリスト教徒ではないことを踏まえて、決して「宗教的」だということはないが、タメスティはなんとか、相手に通じるイメージで作品のこころを伝えようとしている。

このクラスは非常に参考になり、第1楽章がいかに宗教的なテーマで満ちているか、よくわかった。弾きだしのピアノ・パート、雰囲気が変わり、ヴァイオリンの細かいトレモロが出る部分は、天使か女神(あるいはマリア様)が降りてきたような雰囲気。そして、まったく同じ音に回帰して、最強奏になるところでは、ついに「彼」が現れるのである。そのような儀式を経て、アタッカでつづく楽章が切り開かれる。このベースがあればこそ、あれほど羽目を外しても問題がないというわけである。人間は、過ちを犯す。しかし、神さまの御許では、それは赦されるであろう・・・。

タメスティが担当したマスタークラスにおいては、この時期のヒンデミットはまだ独自の作風を確立しておらず、ドビュッシーなど、フランス音楽の影響を強く受けていることが指摘された。その言葉を重くみるなら、若いクァルテットの表現は、既に相応のオリジナリティを獲得したあとの、1945年の作品には適応すべきではない。その違和感がなかったといえば嘘になるが、最初のと最後でスパークする弦のワイルドな響きでサンドウィッチされ、最後にすっと抜かれるファッショナブルなアーチ構造で終結する作品の面白さは、十二分に伝えることができたと思う。

5番を除く6曲を聴いたが、最終日ガラの前座を飾るだけあり、2つとも優れたクァルテットの演奏であったが、あとの7番の弾きおわりが開演時間の19:00を過ぎていたこともあり、クァルテット・ツィクルス最終回の余韻は、着席する多くのオーディエンスによってかき消されておわってしまった。だからといって、無論、すべてが台無しになったわけではない。ヴィオラスペースのサポートを受け、指導者と一緒になってつくりあげてきた学生クァルテットの演奏は、どれも一定のインスピレイションに満ち、面白い演奏になっていた。ヒンデミットのクァルテットは、日本でほとんど取り上げられる機会がなく、世界的にみても、十分な声望を獲得しているとは言い難いが、その魅力は確かにショスタコーヴィチやバルトークに匹敵するものなのである。

(記事Ⅲへつづく)

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