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2013年9月 5日 (木)

西澤健一 交響曲第1番 委嘱初演 クライネス・コンツェルトハウス op.31(第31回公演) 8/26

【新しさが生まれるまで】

音楽の新しさということについては、多様な考え方があって然るべきだと思うが、ダルムシュタットの講習会IRCAMのつくった流れは、システムや音響面での根本的な刷新ということがなければ、新しくはないというグローバル・ルールを作り上げてしまった。次に問題になるのは、何のために新しくなくてはならないか、ということになるはずだが、そんなことよりも、とにかく新しくなくては意味がない、後世にも残らないという発想で、作曲家、学者、ジャーナリストたちは、まず、いままでに聴いたことがないような響き、あるいは、それを成さしめる新奇なシステムの開発に躍起になり、その開発者に最大級の賛辞を送るようにしたのは正しいことだったのであろうか。

確かに、私も新しいことを追い求めること・・・あるいは、ノーノ流にいえば、「進むべき道はない、だが、進まねばならない」という考え方自体には賛成だ。しかし、その前進を可能にするために消費されるエネルギーはもっと多様で、ゆたかなものでなくてはならないと考える。なにもないところから、いきなり新奇なものが生まれる可能性は低い。いまや、著しく低い。どんな天才的な小説家も、映画監督も、そして、作曲家も、傑作ばかりを残すわけではなく、彼らの傑作からすれば、ほとんど遊びか、走り書きのような作品がいくつもあって、そのなかから、ある日、偶然に思いがけない傑作が現れてくるものなのである。

音楽の歴史を紐解いてみれば、モーツァルトでさえ、決して、孤高の天才というわけではなかった。師匠のハイドンはまだ活動中だったし、その弟のミヒャエル・ハイドンも才能ゆたかだった。しばしば悪役扱いされるサリエリもいた。バッハの一族で、J.Cバッハなどというのもいた。モーツァルトは批判したが、特にピアニストにとっては特別な歴史的象徴でもあるクレメンティもいた。コジェルフドゥシェックという才人もいた。これらのなかで、モーツァルトが傑出して凄いのは言うまでもなく、彼の音楽が新しいと言われる理由もたくさんあるが、彼だけに価値を認め、それ以外は新しくないという社会だったら、その後の音楽の高貴な発展の歴史があっただろうか?

歴史に残る作品は惑星のようなもので、その他無数の惑星のもとが結集して偶然に生まれたものであった。そのなかでも、恒星から適切な距離を保って、しかも、都合の良い元素を含んでおり、地球のようにゆたかな惑星になったものは、ほとんどないのだ。宇宙のなかに無数の星があるといっても、地球ほど美しい星は、きっと、数えるほどでしかないだろう。あるいは、ほかにひとつもないかもしれない。こういった美しい星のような存在を、人間が決めうちでつくれると思うほうが異常である。私は、平凡であることを恐れない。私たちがそうして膨らましていった平凡さのネットワークがなければ、多少、新しいものさえも生まれる余地はないのである。芸術家としてありたいと思う者は結局、自分のなかで、なにか特別と見出されたものを音や写真、絵画、文章などによって表現していくだけでよい。それらはみな、価値あるもので、しかし、そのなかで傑出したものだけが惑星のような揺るがぬ価値をもつようになるだろう。

確かに、そのなかで真に美しいものだけを選別して、さらに長いあいだ研磨して、ようやく世に出してくるような倫理観の高い作曲家もいた。例えば、松村禎三がそうだったという。氏の寡作ぶりは、よく知られている。オペラ『沈黙』を世に出すまでにも、長い歳月がかかったという。しかし、今日、そのようなことをしていては、彼が作曲家であることさえ、世に認めてもらえないかもしれないから、私は、そこまで高度な倫理観や厳しいプライドは求めない。

【昔の文士のような作曲家】

さて、果ては惑星になるかもしれない岩石の一粒として、私は昨年、西澤健一氏を知ったのだ。私とほとんど同世代でありながら、自分が出会ったとき、彼はもう、何か新しいものを生み出そうとか、それによって高い評価を得ようという世界からは離れていて、ずっと遠い先を歩いているように見えた。だからといって、どちらかといえば、芸術よりもカネや名声に興味がありそうな現実主義の人ともちがい、譬えれば、昔の文士のような活動をしている人のように見えたものである。自分には書かなきゃならないものがあって、それを書くのは精神上の義務のようなもんだが、結果として、売れなくても、それはしようがないというようなところで仕事をしている。そのなかでも、自分をイエスのような運命の人としてみたり、また、最近、ある著名なアニメのおかげで話題になった堀辰雄のように、それを書いていくと、つまりは滅びていくというなものの見方をするのではなくて、谷崎潤一郎のように、折角なら、楽しんでナンボだというものの見方も透けてみえるのだ。つまり、彼は自分に嘘のない作品を書きたいだけなのである。

クライネス・コンツェルトハウスの委嘱で初演された交響曲第1番も、そんな作品だった。

【アンサンブルについて】

それについて言うまえに、演奏する団体について紹介しておきたい。このアンサンブルはヴァイオリニストの三戸素子と、そのパートナーでチェリストである小澤洋介の下に結成された。2人はザルツブルクのモーツァルテウム音楽院を卒業し、そこで学んだ音楽の息吹きを日本に伝えようという志をもって、活動をつづけているようだ。レパートリーの中心はモーツァルトやハイドンを中心に、ウィーン古典派のものが主流であるが、西澤の作品は2001年にメキシコの音楽祭向けのプロジェクトで委嘱を出してから、度々、取り上げている因縁がある。また、西澤「個展」の記事をみればわかるように、その機会にも、小澤は独特なチェロ・ソナタを演奏していた。懇意のようである。

演奏は、モーツァルトの『行進曲』(KV408/2)で幕を開けた。さらに、ハイドンの交響曲第88番「V字」を演奏して、前半のメインである西澤作品につづく。演奏風景は、一風かわっていた。というのも、指揮台に小澤がチェロを携えてあがり(座り)、ときどきアンサンブルに加わりながら、チェロを分身のように使ったりもしながら弾き振りするのだ。ソロ・チェロがあったりすると、彼はそれを弾き、代わりにコンマスの三戸が腕を振ったりしている。演奏自体は非常に快活で、マルク・ミンコフスキ率いるレ・ミュジシャン・ドゥ・ルーヴル・グルノーブル(ルーヴル宮音楽隊)に範にとったように、音楽の活き活きとした表情にこだわっているのは紛れもない。なるほど、プログラムをあとで見返してみると、表紙に「いきいきと語り、歌う音楽」と書いてあり、正しくそのとおりであった。

ただ明るく、いきいきとしていればそれでよいというのではなく、ボウイングなどにも繊細な工夫を施し、それが音楽の生命感に結びついているのはよくわかる。この点で、イニシアティヴを握っているのは、指揮している小澤というよりは、三戸のほうだろう。この名前には見覚えがあり、あとで調べてみると、ジャパン・シンフォニアの演奏で接したことがあったが、そちらでみたときよりも、より積極的で派手なアクションが目立った。ガット弦は用いていないと思うし、古楽器でもないだろうが、ヴィブラートは少なくし、古楽器アンサンブル風の速いテンポを基調としている。

【スラヴ系音楽に関連するハイドンとモーツァルト】

この日の演奏内容は西澤作品を除けば、前半にハイドンの交響曲第88番「V字」、後半にモーツァルトの交響曲第38番「プラハ」を置き、それぞれに、露払いとしてモーツァルトの小品を配しているので、モーツァルトとハイドンの比較というところに目がいくようになっている。なお、このハイドンの「V字」という愛称はそれなりによく知られているが、ハイドン個人がつけたものではなく、作品の内容とも無関係であるため、プログラム上にまったく表記はない。また、解説中に「愛称はない」とさえ書かれているが、多少、誤解を生む表現だ。それはともかく、このシンフォニーは、ハイドンのエステルハージー時代では傑出して新味のある作品としてみられる。

作品に含まれるメッセージを読み込んでいくと、この日のプログラムがうっすらと理解できそうだ。この作品はエステルハージー家を去って、パリに出ていく同僚の楽士、J.P.トストへの餞別代りに書かれたという背景をもつ。パリに行っても、このスラヴ系の軍事貴族で、アタマの柔らかい善き主君の下で過ごした時代を忘れないようにと戒める、そんな親心(あるいは友情)が窺われないだろうか。私は前々から、このエステルハージーという人物には、ふかい興味を抱いているが、そこらを徹底的に掘り起こした書物には、まだ出会っていない。都の喧騒やご婦人方とのこうるさい関係からは離れ、田舎の豪奢な館でハイドンらの優れた楽士を相手に、文化的生活を送った優雅な貴族。だが、スラヴ系の貴族に課せられた使命といえば、有事に夷狄と矛を交えることであったにちがいない。

いつも入念に牙を磨きながらも、都の生活にはいつまでも慣れず、独特な孤独のなかで、音楽のなかに癒しを求めたエステルハージー殿。豪放磊落な人物で、ハイドンが交響曲第45番「告別」で皮肉に休暇を求めても、その意味を適切に理解して、多分、笑って許してやったというような洒落っ気もある。そのような尊敬できる上司を勇壮に彩った作品は、ハイドンの「英雄」シンフォニーであったといえる。私はこの作品が、弟子のベートーベンから逆にインスピレイションを得たものではないかと思ったが、作曲年をみると、むしろ、こちらの作品がオリジナルである。その舞曲のイメージやリズム、野生的なアレグロの響きには、スラヴ的な味わいが多分に取り入れられている。

私はほぼ、西澤氏の作品が目当てで来たので、プログラム全体がアタマに入っていなかったが、あとで、最後に「プラハ」がプログラムされているのを知って、全部がつながった気がした。

私の尊敬するチェコの指揮者、ラドミル・エリシュカ氏は、彼の尊敬するモーツァルトがウィーンで成功せず、プラハに来て成功したことになぞらえて、日本で成功できたことを喜んでいたという(チェコではその傑出した能力にもかかわらず、十分に厚遇ではないということだ)。モーツァルト「プラハ」交響曲の第1楽章には、確かに、この土地が大好きだ、ここに生きる人たちも好きだというメッセージ、そして、そういう人たちによって、自分の作品が認められて素直にうれしいという気持ちが詰まっている。日本で、エリシュカ氏のドヴォルザークやスメタナ、ヤナーチェク演奏が本格的に評価され始めたころ、彼はモーツァルトの「ジュピタ」交響曲とともに、ハイドンの交響曲第88番を演奏したこともあるが、これは意味のあることだったのであろう。

ハイドンの作品にみえる工夫は、それこそ微に入り、細を穿つ多様なテクニックに満ちている。ウィーン風の音楽との合成もみられるが、そこにスラヴ風の味わいを付け加えるために、ここでいちいち述べるのは難しいほど、たくさんの苦労を払って、全体的に、ほかのウィーン音楽の伝統とはちがう味わいを出すために汗をかいている。宮廷風のものとはちがって泥臭いところもあり、後世のロンドン・セットとちかい手法も用いながら、それと比べれば、すこしシンプルで、わざと引っ掛かるような音楽をつくっているのだ。

【モーツァルトとハイドン】

ところで、私がいちばん注目したのは、そこがたまたま、ちょうどよく視野が開けていたという偶然もあって、コントラバスの弾く低音であった。この2人の奏者が弾くバスは、私たちがイメージする古典的な音楽のバスの働きよりも、ずっとアクティヴで、メッセージに溢れている。テクニカルでもあった。この前日、私は小森輝彦と服部容子のデュオ・リサイタルを聴き、それに対するレヴューのなかで、小森がいくら旅をしても、ピアノの服部はそこを動かず、作品が行き着く先を示している、というような趣旨のことを書いたが、今度はコントラバスが、その服部と同じような働きをしているのである。

前後に演奏されたモーツァルトの作品と比べれば、そのゆたかな響きと緻密な動きのデザインは明らかだ。大曲といえる「プラハ」でさえ、モーツァルトの書き方は変わらない。多分、彼はこのような複雑さを犠牲にして、別のものを得たいと考えたのだろう。バスの動きは単純化し、弓の動きもきわめて簡潔である。モーツァルトはこうした器楽的な豊富さよりも、全体のメッセージに照準を合わせた。そして、アンサンブルが全体としてまとまって表現をすることで、彼が父親から叩き込まれたような音楽修辞学のメッセージに人々を、自然と向きあわせようとしたのである。この方針は後続のベートーベンも受け継いだし、その後、大抵の作曲家が引き継いでいったが、それはフランス革命後の音楽の単純化を嘆くニコラウス・アーノンクール氏の言説と考えあわせると、まことに興味ぶかい。時代はより簡素化、単純化へと向かい、音楽そのもののもつメッセージよりは、なにか別のもののエネルギーをじかに取り込んでいくことで、徐々にロマン派の流れを形成していったのである。

【頭でっかちの第1楽章の意味】

さて、西澤氏の音楽であるが、彼の音楽はどう考えても、モーツァルトよりは、ハイドンに近しいものであるし、それは、彼が委嘱作品の創作に当たってハイドンの後期交響曲を勉強したというプログラムの記載とも一致する。彼はクライネス・コンツェルトハウスによる委嘱ということで、3つのオマージュ(あるいは条件)を前提して書いた。ひとつは編成を単純なものにし、モーツァルトやハイドンとそう変わらないようにすること。ふたつは、中間楽章にヴァイオリンとチェロの二重協奏を入れて、リーダーの2人に敬意を表すること。最後に、この演奏会全体のテーマであり、アンサンブルの基本コンセプトである「いきいきと語り、歌う音楽」をこの作品によっても体現することであった。

作品は3楽章構成であるが、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番のように、第1楽章が大規模であり、頭でっかちの作品である。第1楽章がもっとも構造的には見やすく、第2楽章と第3楽章は奔放で、構造の切れ目はつかみにくい。第2楽章には既述のように、ヴァイオリンとチェロによる独奏が入り、リヒャルト・シュトラウスの『英雄の生涯』を髣髴とさせる。この二重協奏部が数少ない構造的なヒントになっているが、真ん中の構造と展開はいちど聴いただけでは、しかとは把握できなかった。第3楽章はもっとも自由な形式で書かれ、どこか交響詩風である。そのあまりにも奔放なサウンドの特徴から、私は暴れまわる子どもの姿を想像した。マーラーの歌曲『子どもの不思議な角笛』のほうが、ずっと大人しいと思えるほどだ。

第1楽章は私の聴くところ、4つか5つのモティーフが交代交代で現れては、部分的に結合したり、離れたりを繰り返しながら、終盤、「五族協和」というように凝結的で、堂々たる結論が導かれ、その後、これがまた別の形で結晶をつくり、再度、結ばれるという驚きの構造をしている。ご存じのように、炭素は結合の仕方(手のつなぎ方)によって、別々の物質を構成するが、こうした事情をよく知る大昔の科学者たちは、やりようによってはまったく別の元素を金にかえる錬金術も可能と考えたわけだ。西澤がやっていたのは、音楽の錬金術であろうか?

そもそも、この音楽は一瞬、私たちが思うような「新しい」音楽の響きで始まる。しかし、それは1秒以下で放棄され、ドビュッシーの『牧神の午後への前奏曲』をイメージさせるような大欠伸の響きとなって、いきなりのアイロニーが炸裂する。この欠伸を象徴としたフランス(・バロック)的なモティーフがひとつ。第3楽章とふかく関係する悪戯っぽく、豪奢で手の込んだモティーフが出てきて、その音楽からはベルリオーズの歌劇『ベンヴェヌート・チェッリーニ』リヒャルト・シュトラウスの交響詩『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』がイメージできた。そして、「英雄」交響曲をはじめとして、ベートーベンの作品を思せる素材も随所に顔をみせて骨組みとなっている。さらに、中盤以降、オリエンタルなアラヴ風のモティーフが繰り返し出現し、これは古典派の時代によく出てくるトルコのイメージと重ね合わせてみることができるものだろう。

それ以外に1つか2つかぐらい、私の気づかないモティーフがあったかもしれない。とにかく、それらのものは、彼の尊敬するあらゆる先行世代の知恵を上手に取り入れたもので、西澤の古典的教養がきわめて豊富、かつ、自由であることを示している。だからといって、露骨に引用という感じはなく、もう既に、胃や腸のなかで、かなり分解の進んだ状態で垣間見られるにすぎない。しかも、これらの組み合わせはきわめて奇抜で、適当に組み合わせてみようとしても、まず、うまくいくようなものではない。西澤がこれらの素材を自分のなかで厳しく選抜し、自らの語法として用いることができるようになるまで、どれだけ苦労したかを私は思う。しかも、普通なら、それによって何も得るものはない。音楽インテリゲンチャはそうした音楽に対して、「既視感がある」と言って片付けたがるからだ。

実際には、この第1楽章はそれだけ取り出して演奏しても価値があるほど充実している。交響曲のもつ構造を逆用し、西澤は彼が尊敬するあらゆる英雄を登場させて、見事なキメラをつくって見せたのであろう。そのおもちゃ箱をひっくり返したような楽しさは、プロコフィエフの交響曲第7番「青春」を思わせる。プロコフィエフはその作品を人生の最後に書いたのだが、西澤にはまだ使いきらない青春が残っているはずだ!

【幸福感】

第2楽章は舞踊楽章的な味わいもあり、多義的であるように思われ、二重協奏部が印象的ではあるが、基本的には、独奏部分とその周囲の部分はある意味、交換可能なように書かれているのではなかろうか。つまり、全体の構造のなかから、たまたま浮き上がった部分が協奏風に書かれているだけで、その波の自然さがなんと言っても面白いのである。

いずれにしても、2つの楽章からあがってくるのは、言いようのない充足した幸福感である。事前には、何かの機会で感想を求められることがあれば、「幸福感がありますね!」とでもいえば無難かと思っていたが、実際に、これほど幸福感に満ちている作品であるとは想像もしなかった。ところで、人々は、何をみたときに幸福と思うのだろうか。女の裸か、気の置けない友達の笑顔か。あるいは、両の手にもちきれないほどの札束や宝石だろうか。あるいは、出世を示す辞令であろうか。私は結婚もしていないのに言うのだが、「子どものやること」ではないかと思うのだ。あるいは、老人のすることと言っても同じことだ。これらの行為にはあらゆる打算がなく、それだけに、真実しかない。第1楽章のモティーフのひとつを頼りに、ヴァリュエーション風に伸縮され、変容され、引き千切られ、またつなぎ合わされたバラバラなようで、つながっている音楽。子どもの無邪気な大暴れと、彼らが時々みせる、思いがけない高貴な輝き。

作品はこれらのイメージを少しずつ手縫いしていくのだが、慣れないオトコの針仕事ゆえか、音楽はおわりそうでおわらない。

驚きはやがて倦怠へ入り、それもすぎると可笑しさにつながっていく。このループに入ったとき、私はかつての「個展」のことを思い出した。「この人の音楽は、なかなかおわらない」と思ったものだ。野平一郎氏が『ベートーヴェンの記憶』という作品を書いたとき、自作品について軽いレクチャーを入れたことがあった。ベートーベンのピアノ・ソナタに出てくる終止音形をしつこく叩く部分があって、「ベートーベンもそう。おわりそうでおわらない」と言いながら弾いていたのを思い出す。これは確かに、ベートーベン的な特徴でもあるわけだ。変容のなかにはややダークなものもあったと思うが、最終的に西澤は笑いを誘うように書いていたのであろうか。そして、あの奇妙な終止である!

【まとめ】

西澤氏について、私はほんのちょっとのことしか知らないが、この作品は彼自身のように思える。特に、第3楽章の子どもこそが、いまの自分だとでも言いたげである。英雄はまだ、天の上(第1楽章)にいるのであろうか。また別の言い方をすれば、彼はこの作品を通じて神輿を担いだのだ。本尊には、ハイドンが祀られている。神輿の担ぎ手は確かにいなせで、活き活きとしているが、神々の世界からみれば、ちっぽけなものにすぎないだろう。そうはいっても、担ぎ手は自分がそこに加わっていることが幸せだと思っている。浅草の三社祭の場合、氏子になりたくて越してきたという人もあるぐらいだ。このイメージは前のものよりも、西澤健一にずっと相応しいもののように思える。

彼が将来、立派な惑星として成長していくのかどうかはわからない。誰にもわからない。でも、私は彼の作品を聴くと、なぜか、とても落ち着いた心持ちになる。私は、この落ち着いた気持ちを頼りにしたいと思うのだ。この週末に欧州での評価が上がっている酒井健治氏の作品が当たり前のように、芥川作曲賞を受けたが、いつまで経っても、西澤氏の作品にそのような正当なる評価が来ることはないであろう。賞を選ぶようなインテリゲンチャやジャーナリスト、同業者たちから、彼は評価されにくい道を選んだからである。だからこそ、彼のために、私たちがなにかをしたいと願うものだ。私には、このようなレヴューを書くことしかできないが!

とにかく、彼がどこまでいけるか見てみよう。多分、彼と私では、大分、ちがう人間だと思うし、音楽なしに、いかなる機会でも出会う可能性はあまりなかったと思う。しかし、いまは、このように出会っているわけだ。そして、向こうがどうかは知らぬが、こちらのほうでは十分に、彼のことが関心事たり得ると思っている。音楽とは、面白い芸術ではなかろうか。そして、いまや、私は彼の成功をつよく祈ってさえいるのである。

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