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2013年10月23日 (水)

沼尻竜典 ウェーバー 魔弾の射手(台詞なし) トウキョウ・モーツァルトプレーヤーズ(TMPオペラ・プロジェクト第5弾) 65th定期演奏会 10/6

【ウェーバーとロッシーニの存在感】

ウェーバーのジングシュピール『魔弾の射手』が、ドイツ・オペラの幕開けであると論じる書物は多い。周知のように、ウェーバーは従姉の縁戚によりモーツァルトの従弟に当たるが、モーツァルトは彼が5歳のときに亡くなっている。ウェーバーの同時代人には、ほんの6年ほど後輩のロッシーニがおり、しかし、オペラの創作において、ロッシーニは、より現場にちかい音楽家(指揮者、声楽家、鍵盤奏者)の道を経由したウェーバーよりも早く、スムーズに頭角を現した天才である。ウェーバーの初期作品のいくつかは今日、録音で耳にすることもできるが、『魔弾の射手』以降の名品たちと比べれば、正直、焦点が定まらない印象を抱く。そして、『魔弾の射手』は明らかにロッシーニの影響をつよく受けていて、その作用によって、過去の仕事を乗り越えられたように思うのだ。

ロッシーニは、オペラの世界におけるバッハ的な存在であろう。『フィガロ』の前段を描く『セヴィリャの理髪師』を描いたことからもわかるように、モーツァルトのことは濃厚に意識していたが、それだけではなく、当時に至るまでのオペラのエッセンスを凝縮し、一気に融合した。コンティヌオや伝統的なレチタティーボが残るなどして、基本的に古典派的発想をもつ音楽家ではあろうが、反面、進取の気性も豊富に備えていた。例えば、序曲シンフォニアを排して、いきなり劇が動き出すシステムはヴェルディではなく、ロッシーニが生み出したと知ったのは、アルベルト・ゼッダがロッシーニ・オペラ・フェスティヴァル(ROF)の日本公演で、歌劇『マオメットⅡ』を紹介したときのことだ。のちの稿では約束どおりのシンフォニアが置かれたが、少なくとも初演稿では、そのようになっていたようである。初演稿の迫力は、ひとえに物凄かったし、ゼッダは当然、そのことを主張したかったにちがいない。

無論のこと、オペラにおける「バッハ」の音楽は皆に参照されたが、モーツァルトの作品を蘇演するなど、研究熱心なウェーバーにとっても衝撃的なものだったろう。『魔弾の射手』以降の作品の成功は、これを範にとることで得られたという主張は、学のない私だからできるシロモノだろう。しかし、『魔弾の射手』の序曲などは、ベートーベンとモーツァルト、ロッシーニのハイブリッドのように思えるのだ。ただ、指揮の沼尻竜典には、そういう発想はなかったかもしれない。彼のつくる音楽は、もっと率直なものだったから。

【伊藤達也と立川清子】

この公演の価値を大きく押し上げたのは、紛れもなく歌手たちの存在だ。ほとんど穴なく、マックス役の伊藤達人とアガーテ役の立川清子を中心に、高レヴェルな歌唱が繰り広げられた。この公演は新国立劇場の研修所と提携的な関係にあり、現役の研修生や、修了生が多く起用されている。悪魔役とナレーションで登場のヨズア・バールチュも研修所の指導要員のひとりで、ディクションを担当しているという。公演はすべての台詞をカットし、歌う部分だけを抜粋したので、ガラ的な雰囲気にもなっていく。そのなかで、声の魅力だけを頼りに、客席の関心を牽引していくのはさほど簡単ではない。

第1幕のアリアで、まず伊藤が気を吐いた。彼の歌声はまだ、ヘルデン的な重みには達していないが、それも将来的には視野に入れられる強さを含みつつ、現時点では、きわめて甘みの強いリリコ・スピントだと言えるだろう。まだ人格も実力も未完成なマックスには相応しい声質であるが、このスピントのベースがいまのところ、まだツルツル滑っている感じで、土を踏みしめるような力づよさに至っていないことが彼の課題となる。言語は生真面目なほど丁寧に発音するが、外国人的な硬さはない。第1幕のアリアではベルカント的に先走りせず、ぐっと引きつけたポジションをとるのが特徴的である。それでも、ルドルフ・ショックなど、往年の名優と比べれば、まだイタリア的な輝き(ブリランテ)で押している印象を受けるのは仕方がない。

この苦悩に満ちながらも、情熱的な歌のなかで、マックスは、成功した自分が来るものと期待しているアガーテが(外の)木々の葉がサワサワいうのに反応して、愛の挨拶を投げると木々の葉だけがそれを受け取ることになる、というものがなしい情景をうたう。これに対して、アガーテが力づよく反論する場面がある。立川清子のうたう第2幕のアリアだ。立川は伊藤に比べて、ときどき経験のなさが大きく滲むものの、全体的には力づよく、情感にあふれた歌を披露した。彼女も既にレッジェーロの域を脱し、スピント系のつよい声を獲得しつつあるが、歌曲的な柔らかい表情があり、時折、ちょろっと飛び出してしまうような小さなミスをなくした上で、いま申し述べた点を伸ばしていくと素晴らしい歌手になるはずだ。

彼女は信仰の力を借りて、恋人としては驚くべき明晰さで森の情景、鳥や虫の声をうたったあとに、ほんの小さな足音から、恋人の到来を見分けるのである。’Er ist's! Er ist's!’。そして、つよく成功を確信する歌に変わり、序曲で出現する英雄的な旋律を辿ると、会場の興奮は「マックス」に達した。

【狼谷の場面】

この2つの歌の対応関係こそが、歌劇の柱になっているのは間違いない。だが、狼谷の場面で起こる出来事で、運命は変わろうとしている。大塚博章とバールチュを中心とする第2幕フィナーレの場面も、今回の上演を彩るハイライトのひとつになった。「Ein!」ふてぶてしく、久しぶりに腹の底から歌った大塚の演唱と、バールチュのつくる見事なエコーの効果だ。演出家をつけず、それほどいじることもできない舞台だが、スクリーンと照明を使ったこの場面のあやしさはリアリティがつよい。序曲前半に出てくる音楽が、もういちど劇的に響くのも印象的だろう。

【フィナーレの複雑な響き】

欲をいえばということだが、第3幕は予定調和的なものにおわった印象もあり、いますこし手の込んだ工夫が必要であったかもしれない。音楽的には何の問題もないが、台詞をカットしていることで、あらゆる唐突感が拭いがたいのは止むを得ないところだろうか。作品にとって重要なモティーフのいくつかは、台詞のなかで語られているからである。これらをカットした場合、悪魔ザミエルの存在は薄くなり、領主、隠者らの存在が示すものはよくわからない。例えば、歌劇の最後で、人々は領主の英断を讃え、隠者の徳を褒め称えるが、ウェーバーはこれらに対して何の批判もなく、垂れ流すようなアイロニーのない芸術家だったのであろうか。時代柄、表向きには権力者の徳を讃えておくのは必要なことだったであろうが、血縁はなくとも、『ドン・ジョヴァンニ』や『フィガロの結婚』の作者であった男の縁戚に当たる彼の音楽には、隠された裏の意図があったように思えてならない。

マックスはここで、いわば「1年の執行猶予」を得るわけだが、その間、彼が無事に暮らすことができるか、私は大いに疑うところがある。というのは、領主というものに、それほど重い信頼を置くことはできないからだ。隠者も、いつまで彼らを守ってくれるのだろうか。これらの存在が牙を剥けば、あるいは、不当な無関心を示せば、容易に、マックスは狼谷の使者となるであろう。大団円で生まれる美しい均衡は、容易に崩れてしまう性質のものである。

例えば、フルトヴェングラーの録音で、最後の場面を確認してみよう。先にアガーテが歌った旋律を、最後に歌い手がトゥッティする場面は、それまでの統一的な雰囲気を打ち破り、意図的にクラウドな響きになっている。あらゆる思惑が、そこに浮かび上がっているのだ。エーリヒ・クライバーの録音も一見、単純ながら、内に恐るべき複雑さを秘めているが、ここではベートーベン的な民主精神が堂々と謳歌しており、それゆえに不揃いなのであろうと思う。アーノンクールも、これらの巨匠とは方向性が異なるものの、それでも、彼なりにクラウドな特徴を示している。いま、3つの例を示した(幕切れの数分に注目してほしい)が、沼尻の解釈はこれらに比べて、良くも悪くも素直なものである。これが、上演をやや単純なものにしたのは事実であろう。しかし、私はそれに対して批判めいたことを言うつもりはない。

【まとめ】

ウェルナー・ヒンクを客演コンサートマスターに迎え、引き締まったサウンドで上演を盛り上げたのは、言うまでもなく、彼らである。2000年代の中盤には、私はこのアンサンブルの演奏会に足繁く通い、特に、モーツァルトの弾き振りには強い賛辞を示していたことがあるが、この上演はそれらのどれと比べても、明らかにグレードの高い成功だったといえる。ヴィオラの馬淵昌子やチェロの丸山泰雄など、一部の主力を残してメンバーも大きく入れ替わっているが、アンサンブルはより分厚く、緊密に成長しているようだ。見事な序曲に始まって、このアンサンブルが高い集中力を保って、フィナーレまで辿り着いたことは誰も疑わない。

そのなかでも、若い歌手たちのもつ可能性を遺憾なく生かす意味で、ヒンクの助言は沼尻を大いに助けたことだろう。この会場ではピットが掘れないため、当然、オーケストラは剥き出しで客席の前にいる。シンフォニー・コンサートであれば、そのボウイングのタイトさなどにも注目が集まるところだが、歌劇の場合は、すこしばかりコツが異なっているようだ。つまり、歌手のパフォーマンスを十分に生かすためには、オーケストラはいつも、少しずつ余裕を保っていなければならない。特に、歌手の経験が浅い場合、オーケストラはよりフレキシブルな動きをとらなければならないことがあるので、例えば、ボウを常にフルで使いきるようなドライヴは全体のパフォーマンスを裏切る可能性がある。一方、その響きが余裕残しで聴こえてはならず、特にドイツ・オペラでは、その燃焼度が明らかに公演の印象を左右する。ヒンクの押し引きの巧さは、こうしたバランスを常にポジティヴなものに保つのに貢献した。

三鷹市芸術文化センターの「風のホール」は、キャパシティとしては、劇場としては狭いゆえにアドヴァンテージもあるが、その押し引きの巧さのために、その小ささがかえって、悪印象となることはなく、全体的にちょうどよい厚みで聴こえた。これはもちろん、ホールと長いパートナシップをとってきた沼尻の匙加減にもよるものであろうし、異なる背景をもちながらも、この拠点で定期的に活動するオーケストラ自身の功績ともいえる。

会場の雰囲気としてはドイツの中都市、例えば、沼尻の今度の任地であるリュベックあたりのものとちょうどあっており(人口でみてもリュベック21万人に対し、三鷹市が18万人で同レヴェル)、海がなく、古都市であるリュベックとは街並みも異なるだろうが、客層はよく似ているかもしれない。こうした空間であっても、東京という人材の宝庫に近接し、リュベックでは望み得ないかもしれない高度なアンサンブルが組めるのは、やはり、旧ハンザ同盟の中核都市よりも恵まれている。例えば、第1ヴァイオリンだけをみると、客演コンマスのヒンクのほか、トップ・サイドには三上亮、仙台国際(5位)などのコンペティションで実績もある千葉清加や、同様に実績のある奏者で、ハイドン・シンフォニエッタのリーダーも務める松井利世子、都響メンバーで室内楽にも熱心な田口美里など、豪華な顔ぶれが揃う。

知名度はともかく、全体に凝縮し、連動性の高いアンサンブルがTMPの伝統的な特徴であり、メンバーが変わっても、それは受け継がれており、いま、劇的に成長しているようにも思われる。在京オーケストラ奏者、吹奏楽団員、ソリスト、室内楽奏者、音大講師など、様々な背景をもつメンバーだが、ここに集まるときは、ひとつのヴィジョンを共有して演奏ができているのだろう。

なお、今回の歌手たちには、新国立劇場研修所公演『カルディヤック』のときに、少なからず接していた。それらの評価の序列については、そのときとほぼ変わりないが、特に取り上げた伊藤と立川の成長は著しい。今回、ヒンデミットの場合とは異なり、2人が主役となったので、素直に評価ができたので嬉しい。出ていなかったメンバーでは最新の16期生で、1年次にある松中哲平(クーノー役)が楽しみだ。エンヒェン役の今野沙知恵は技巧的に優れているが、ギア・チェンジの効かない歌手で一本調子。オットカール役の村中恒矢はあのとき題名役だったが、主役としては薄い印象から成長がなかった。

いずれにしても、新国研修所とのタイアップも含め、沼尻竜典がこの場所でその可能性を遺憾なく試すことができる条件が整っているのは幸運なことだろう。私は久しぶりに聴いたが、沼尻&TMPは特にオペラ上演で評価が高く、今回も、そのことを証明することになった。合唱は、栗友会。

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