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2014年2月10日 (月)

長尾洋史のベートーヴェン 内容: ピアノ・ソナタ第29番 ほか @東京文化会館(小ホール) 1/30

【粗忽な第1楽章】

ベートーベンの作品のなかでも、ピアノ・ソナタ第29番は特に実験的な作品である。最後期の30-32番が比較的、わかりやすい、整然とした、知的フォルムで構成されているのに対して、この変ロ長調のソナタは複雑で、時折、思いがけない飛躍をみせることがある。この道の正統的な権威と見做されていたヴィルヘルム・ケンプのように、正しいテンポとリズムで、コツコツと作品を構築していけば、確かに間違いはなさそうだが、多くのピニストたちは、それに飽き足らないようだ。この日、リサイタルのメインで弾いた長尾洋史も例外ではない。

だが、第1楽章の表現は、私にとっては粗忽な印象を与える。何故に、そんなに力んで弾かねばならないのか。私には、理解ができなかった。

実際、前半の(op.77)の『幻想曲』では、彼自身がもっと洗練された表現を試みていたのである。階段状のモティーフをかくも豊潤に、まあるく表現して、全体の核となるこの構造をニュアンスゆたかに彩った長尾の演奏は、いちいち手が込んでいた。プログラムにも書かれている「即興性」をキーワードに、精確なルバートを節々で几帳面に刻みながら、そこから魔法のように入れ替わっていく自由な発想が、目も眩むような迫力で表現されたのだから堪らない。ベートーベンのピアノ・リサイタルでは、32のソナタのほか、様々な規模と内容の変奏曲群、著名な交響曲などの編曲もの、それに、名品の『6つバガテル』(op.116)などが豊富にあって、こうした小品が意味あるものとして演奏される機会は少ないのだが、長尾は10分足らずの作品のなかに、あとあとズンズンと効いてくるベートーベンの特徴を、見事に『幻想曲』の演奏によって示していたのである。

ところで、変ロ長調ソナタ冒頭楽章の不穏については、前半のいわゆる「エロイカ」変奏曲の演奏状況が伏線になっていた。これもプログラムにヒントが示されているように、長尾は第14変奏のマイナー・コードに焦点を合わせ、その直前に集められる強い音の凝縮に決定的な印象を与えようとしていた。これらはいかに上手に弾いても、激しい不協和となり、本来の姿からして耳に生えるようなものではないのに、これを強調するのはリスクが大きい。その構想自体に力みがありすぎて、演奏全体が作品に相応しいバランスを欠いていたのではないかと思われる。そのせいか、短調から最終変奏ぐらいまでに小康を得たとしても、その後のフーガにまで至って、悪いバランスが持ち込まれてしまったのが残念でならないのだ。

後半はいきなり、ピアノ・ソナタ第29番を置く構成だが、ピアニストは「間に合わなかった」。私は、間違ったところに来たような気がしたものだ。だが、長尾がより簡単に済むような道を選ぶような人だったとしたら、本当に、この演奏会は無用なものだったといえる。彼は自分なりに、表現に自身も持っていたはずだし、いつもどおりなら、もっと適切なバランスで鳴り響いていたかもしれない。

【限界をつく演奏】

実際、第2楽章になると、彼は一気に我々の信頼を取り戻すのだから、早合点はすべきではない。「弦楽四重奏曲にもこんなリズムの作品があったなあ」と思いながら、聴いていると、私は不意に長尾のピアノから、豊富な楽器の響きを聴き込めるようになった。ここには、あの前半の『幻想曲』で示された自由な即興性の一端が、凝縮的に臨めるのではないだろうか。

だが、決定的なのは、プログラム上でも自ら「最大の聴きどころ」と書いている緩徐楽章であった。前半の聴きどころのひとつであったルバートが再び姿を現し、新たに宗教的な味わいが付け足されて、表現には深みが増した。懇切丁寧なプレゼンテーションは作品を冷静に、穏やかに印象づけ、せせこましい現代社会のなかで急速に失われた、ゆったりしたベートーベンの表現が戻ってきたのだ。後半、ややエモーショナルな表情を増して、上昇音型を打つとき、ピアノのなかから天使が飛び立つような響きが、私を一気に幸福へと導いた。後期のソナタということもあり、バックハウスの演奏などを聴くと、一部に湿っぽい雰囲気も聴かれるなかでは、長尾の演奏はきわめて健康的なものである。

この解釈は、私を完全に虜にした。愛らしくも、格調高い第3楽章の演奏によって、長尾はようやく、私の信頼に応えてくれた・・・などというと、あまりに傲慢な書き方に思えるが、要するに、モトはとったということになるだろう。あとは、終楽章を端整にまとめるだけのことにすぎない。だが、アレグロ・リゾルートは明快で、力づよい表現であり、この楽章を聴きながら、私がこの日の演奏について振り返るきっかけになった。確かに、この日は完璧ではなかったが、長尾のめざす表現は常にギリギリ一杯をつくものである。積極的なミスは是非とも、プラスの方向で捉えられるべきだ。そして、この姿勢はベートーベンそのものを表すものにもなり得るのではなかろうか。

【ロック・ミュージシャンとしての長尾洋史】

ベートーベンはいつも、何か自分自身と時代を乗り越えるものを生み出そうとして、異常ともいえる情熱を燃やしつづけた人物だ。私はいつも、彼はこの時代のロック・ミュージシャンだったと言っている。一時でも、自分を縛るような安息に堪えがたいのだ。もしも、そういう時があるとしたら、ただ神さまに向かい合うようなときだけだろう。この日のリサイタルでは変奏曲、即興、ソナタのような形式的な音楽の3つの分野で、絶えず一歩前へと踏み出すアクティヴな作曲家の姿勢が明らかになった。その新しさとは単に、響きや形式、学術的な新しさに止まらず、精神やこころの在り処(つまり、この場合は宗教)と関係する全人間的な革命である。ベートーベンの偉大さとは、そのような革命を規模の差こそあれ、頻繁に引き起こして、押し寄せる荒波を労働によって堰き止めつづけるゲーテの精神を、激しくも実践したことにあった。長尾洋史の演奏は表面的な譜面の実現だけではなく、正に、こうした全的なものの表現をめざしたものであったのは想像に難くない。

長尾洋史は、いわゆるヴィルトゥオーゾ・ピアニストの一角を占めている。多分、日本では岡田博美(古典的なものでは内田光子もトップを占める)に次いで、もっとも精確で、緻密な表現性をもった人物である。だが、彼はそうしたものに安住せず、また別の表現をいつも探しているような人物だろう。美しい音楽には、いつも棘がある。そして、それとは反対に、こころ洗われる清らかさもしばしば見られるベートーベン作品において、長尾がもっとも強く表現したかったこととは何だろうか。それは多分、今日よりも明日、明日よりも明後日が素晴らしくあってほしいという、人間として当然の欲求だ。多くの人たちはそうした欲求を抑え、時代や状況に調和して生きていく。だが、ベートーベンだけが、いつも、それと向かい合っていることができた。

長尾はしばしば、現代音楽の演奏でもその才能を必要とされるピアニストであるが、ベートーベンにおける表現姿勢は時代を問わず、彼が究極的にはまったく同じものを求めて弾いていることを端的に示している。長尾もまた、ロック・ミュージシャンの精神でピアノを弾いている。実際、そういう音楽家は多くない。これほどのピアニストが、ほんの僅かな知人たちや、限られた教え子たちだけによって聴かれており、私のような、ごく一般的な聴き手を十分に集めることができないというのは、これもまた大きな矛盾というべきであろう。

ベートーベンの鍵盤独奏作品のなかでも、編曲ものを除けば、ソナタ第29番、ディアベッリ変奏曲、そして、エロイカ変奏曲は、規模からみても、難易度からみても、バランスの難しさからみても、演奏が困難な作品の3傑ということになりそうだが、そのうち2つを組み込んだ演奏会で、しかも、大学教員にとっては多忙な季節であろうから、その大変さは推して知るべしである。しかし、贅沢を言わせてもらえるならば、彼ほどの演奏家なら、さらに強烈な成功・・・ちょうど、グレーゴリー・ソコロフのような成功だってめざせるはずだし、その点で僕はこの演奏会については辛めに評価しなくてはならないと思うのだ。

言っておくが、私はそれだけ、この演奏家が凄い人だ信じているのである。

【プログラム】 2014年1月30日

オール・ベートーベン・プログラム

1、ロンドー op.51-2
2、幻想曲 op.77
3、15の変奏曲とフーガ 「エロイカ変奏曲」 op.35
4、ピアノ・ソナタ第29番「ハンマー・クラヴィーア」 op.106

 於:東京文化会館(小ホール)

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