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2014年6月18日 (水)

パウル・バドゥラ・スコダ ラスト・コンサート シューベルト 即興曲 D899/モーツァルト ピアノ協奏曲第27番 ほか @すみだトリフォニーホール 6/5

【独特なピアニスト】

パウル・バドゥラ・スコダというのは、独特の価値観を追い続けたピアニストだったと思う。例えば、彼は様々な楽器を使い、単に「ピリオド楽器」の使用というに止まらない可能性のゆたかさを表現してみせた。優れたピアニストはしばしば、特定の楽器に対する強い愛着をもっていて、ヴァイオリニストが当然、その楽器にこだわるように、自分のタッチもペダリングもその楽器に憶えさせることで安定したパフォーマンスを発揮するnoda
。最近は経済性の問題から、そういう話も少なくなったが、かつては自分専用のピアノを世界じゅう、もっていけるところならどこへでも運ばせるというピアニストがいたものだ。内田光子もそうした人物のひとりだし、ほかにホロヴィッツやミケランジェリの例が有名である。

これらの人物は自分のなかに、ある一定の動じることない理想的な響きを宿しているのであって、楽器ひとつが変わるだけでも、厳格な理想をアジャストしていくのは大変なことなのである。その点、バドゥラ・スコダはスコアから読み取れるフォルムの美的感覚をひろく開放し、驚くほど多彩に捉えることができる才能をもっているということができそうだ。彼はピアニストをなにか偉大で、神聖な役割をもつ者としては捉えないで、あくまでも一個の人間として、あらゆる在り方があるべきだと感じている。

東京では正に最後のコンサート、日本で協奏曲を弾くのもこれが最後というすみだトリフォニーホールでの「ラスト・コンサート」も独特の雰囲気だった。フェアウェルといっても重苦しい雰囲気はなく、協奏曲の前のMCでは故大賀邸でのエピソードに絡めて、オチがみえみえのジョークを飛ばしたりもした。そして、なにをおいても演奏姿勢が独特なのである。彼が最後にみせたのは、このコンサートに集ったアマチュア・ピアニストたちにとって光り輝く見本ともいえそうなパフォーマンスであった。技術的にそれほど難しくない曲を、中庸の速さで、ゆったりと演奏したのだ。協奏曲などはオーケストラとポイントを確認しあいながら、GPのような雰囲気で慎重に進めた。だが、その段階で、バドゥラ・スコダは聴き手にとって十分、クスリになるパフォーマンスができることを示している。

【時代とともに】

ソロでの3曲は、モーツァルト、ハイドン、シューベルトと並び、すべて1台のスタインウェイで弾いたが、演奏スタイルは明らかに、その時代を象徴するものだった。モーツァルトの『幻想曲』 K397 では、ほとんどダイナミズムの変化は使わず、センシティヴな鍵盤を優しく使うようなパフォーマンスが見られた。特にずっこけたのがプレストからアダージョに戻る構造の暗いどん詰まりで、まったく響きの重みをかけなかったことである。このことによって劇的な効果は多少、薄れるものの、全体的な抑揚はむしろ自然なものとなり、モーツァルトらしい言語的なリズムが生じてくるところにも感銘を受ける。

2曲目のハイドンでは、まだモーツァルトの演奏スタイルからそれほど隔たってはいないものの、後半に行くほど鍵盤にかける負荷を重くして、特にアレグロの最終楽章ではあっと言わせた。幻想曲の二短調(しかも、一応、完結的に演奏されるものの実は未完)につづき、今度はハ短調で、なんとなく切ない雰囲気も漂いそうなものだが、バドゥラ・スコダの柔らかいパフォーマンスからは安らぎしか聴こえてこない。

前半のメインはベートーベンを敢えて飛ばし(あるいは、シューベルトの冒頭和音だけでベートーベンを表現したつもりかもしれないが)、シューベルトに突っ込んでいく。数々のソナタ作品もあるなかで、バドゥラ・スコダが選んだのは変則的なソナタ・・・ D899 の『即興曲』だった。suite 的に用いられることもある、それぞれに独立した創意と、愛らしい旋律、素朴なリズムに彩られた佳品だが、バドゥラ・スコダは4曲をほぼ切れ目なく演奏し、まるで多楽章のソナタ作品であるかのように演奏したのである。この曲ではダイナミズムはいよいよ活き活きとして、シューベルトの時代には、もう鍵盤楽器でかなり派手な表現が可能になり、同時に、そうしたものが音楽のテーマとして重視される時期が来ていたことをも示しているだろう。

この演奏会は、時代とともに進んでいく。

【シューベルトのアヴァンギャルド】

ハ短調の「第1楽章」冒頭の哀切な旋律がふかく印象づけられ、展開的な変イ長調で明るい思い出が想起されるものの、再びマイナーに転じて葬列に復帰する。このブログの記事は基本的に、リアルタイムで思ったことだけを書いているのだが、次の括弧内の一文で書くことはいま、執筆中に思い当たったことだ。「シューベルトはこうした音楽によって、ウィーン古典派を埋葬しているつもりかもしれない」。対照的に中間2「楽章」は明るさに転じ、終曲後半における逆転への伏線となっているが、その前に、終曲冒頭では再び悲劇的な響きが戻るのでショパンの変ロ短調ソナタ、いわゆる「葬送」ソナタのイメージを思い出させるのである。第2曲冒頭部分もいわゆる「子犬のワルツ」に似通っており、その後の起伏もショパンの作品とはよく通じるところがあり、あまり指摘されないものの、ショパンがシューベルトの研究から多くのものを得ていたことが想像されようか。そういえば、先日のペヌティエのリサイタルでも、前半にショパンのプレリュードが多く演奏され、後半にシューベルトという構成だったことを思い出す。「雨だれ」と D960 ソナタの左手のベースが共通していることは、そのときに述べたが、また同じような符合をみつけることができた。

もっとも、バドゥラ・スコダ自身がとりたててショパンとシューベルトを重ね合わせたような形跡はなく、若干、期待したアンコールでもショパンが演奏されることはなかったことは付記しておくべきだ。

ピアノの機能拡張。拡大したダイナミズム。ロマン主義的な傾向と、のちのショパンを思わせるようなフォルムの目新しさなど、前2曲を踏まえたシューベルトの演奏は、当時における彼のアヴァンギャルドな性質をよく物語っている。モーツァルトからハイドンを経て、シューベルトに引き継がれたマイナーとメジャーの間の「トンネル効果」は、この作品を読み解くキーワードになっている。テンポ等は独特なものではなく、やや速めで、その点ではまだ古い時代の演奏法が色濃く保存されていることが窺える。シューベルトの書法は素朴で、バロックのような尖鋭なイメージには欠けるが、例えば、変ホ長調の第2曲では細かいアルペッジオがレガート気味に演奏され、それだけで、宝石を磨いたような響きに変わるのだから不思議である。面白いことに、このことにより、決然としたトリオと主部の間がずっと親密になり、トリオに示される若干、スラヴ的な舞曲的特徴が主部の音階状モティーフと同様に優雅な印象を示すようになった。

単純明快なはずの D899 の『即興曲』が、終曲を中心に、まったく別のイメージで聴こえたのは、さすがにバドゥラ・スコダの個性である。

【子どもの音楽】

後半は、モーツァルトの協奏曲第27番だが、演奏前にバドゥラ・スコダは通訳(ピアニストの今井顕氏/氏の高弟のひとりで、ウィーン国立音大の教授を長年務めた)を伴って登場し、MCを挟んだ。この作品はモーツァルト最後の協奏曲であり、この年を彼は全うできなかった。全体的には明るい曲だが、薄いヴェールを被せたような悲しさが感じられる。ウィーン古典派のような音楽は、国境を越えて誰にでもよくわかるものだ。たとえ、動物であっても。大賀邸のワンちゃんだって、このコンサートの最初に弾いたファンタジーがお気に入りだった。終楽章の主要モティーフは子どもをあやすような響きであり、よく知られているように歌曲『春の憧れ』に転用されている。氏は鍵盤を叩き、その一節を歌って聴かせた。

まさか、そのとおりの子どもじみた響きで、作品が語られるとは思いも寄らなかったのである。

協奏曲のパートナーは、ニキティン・グレブをコンマスに据えた「東京交響楽団」が務めたが、メンバーは同団の楽団員を中心にしながらも寄せ集めで、トリフォニーホール主催の似たようなシリーズとは異なり、相当な制限があったことは想像に難くない。演奏中もポイントごとにタイミングを確認しあいながら、GPのような演奏になっていたのだが、不思議なことに、そのことがかえって、氏のめざしている音楽を端的に物語る結果にもなった。彼が何を望んでいるか、既にお化粧をおえた演奏よりもよくわかるのである。縦の響きを丹念にすりあわせ、オーケストラとピアノが室内楽のように寄り添いながら進んでいく。先のMCを前置きに、本番は言葉抜きのレクチャー・コンサートとなったので、これもまた、最後のコンサートとしては興味ぶかい試みだろう。

本来はモーツァルトのオペラを想像させる劇的な動きのある構造と、アイロニカルな響きが楽しめる作品で、ピリオド・アンサンブルが尖鋭化を極める現代では尚更のことだが、バドゥラ・スコダは、そうしたものとはまったく正反対のイメージをもっている。オーケストラは混成度が高いとはいえ、このような価値観をスダーンによって叩き込まれた東響がベースとなっているのは幸いだった。木管や金管はアンサンブルの寄りつきが悪く、なかなか凝縮力が高まらないが、弦は比較的、スムーズにバドゥラ・スコダの音楽に従い始めた。あとで第2楽章の一部をリピートしたのは予定外のことだったと思うが、先刻よりも明らかに引き締まった響きがして、それによって生じるモーツァルトの繊細なメッセージは、確かに涙を誘うものだったと思う。オーケストラも内心、GP的な演奏にはプロの音楽家として忸怩たるものを感じていて、この短いが、貴重な機会に、せめてもの誠実さを示したかった心意気には理解が及ぶ。

とはいえ、ピアノ・パートが入ると、音楽はぐっと引き締まる。単純さのなかにも、精妙な動きが繊細に仕組まれ、そういう部分はもちろん、GPレヴェルではない。オーケストラとタイミングを計りながら、音楽の特徴を際立たせる抜群の優しさを示しながらも、常に妥協なく、自らの音楽に必要なものを瞬間ごとに選びつづけた氏の演奏にふかく感銘を受けなかった人はいないだろう。その表現意図は、終楽章でますます顕著だった。先に鍵盤を叩いたときよりは洒落たアーティキュレーションだが、それ以上のものではない。音楽は旋律に対して、常に自然な風合いで響き、皮肉など微塵も感じさせない。正に、子どもの音楽だろう。モーツァルトは長じても、子どもの音楽を書き続けた天才なのだ。

【自分にあった表現こそがすべて】

もしも、彼が自分に似合わない複雑な表情をもつ音楽を書いたとしたら、これほどの深い印象を聴き手に残すことは難しかっただろう。そうしたものは、後世のベートーベンが得意としたものだ。優れた作曲家のほとんどは自分に合う音楽で勝負して、決して背伸びはしなかったが、モーツァルトほど、それが徹底されている作曲家も珍しい。彼は自分の子どもらしい特性をよく知っていたし、これを愛してもいた。子どもは誰に遠慮なく、自分の思うとおりをやろうとするし、それはときには愛らしく、またあるときには残酷だ。これを制圧し、押さえ込むことで人は社会性を獲得していくが、いつも「自分」が取り残された感覚とともにあることも排除できない。芸術家たちはそうした困難のなかで自らを回収するのに苦労して、しばしば酒に溺れ、女の胸に頭をうずめたり、ときには堪えきれなくて自殺したりするだろう。

しかし、音楽におけるウィーン古典派からロマン派の初期にかけては、そうした葛藤もわりに穏やかであった。その秘密のひとつは、彼らが神の言葉と論理に従って音楽を書いたからであるが、それよりもなによりも、彼らは自分のありのままに従って書けばよかったというシンプルな事実がある。やがて、それだけでは独創的な音楽が書けなくなり、人々は対位法や確立した管弦楽法などの技術や、小説や詩、演劇など文物との関係、あるいは、民謡や舞踊など民族的遺産(フォークロア)に頼らねばならなくなってくる。それも使えぬとなると、人々はいよいよ破壊を考え始める。多くの場合、その破壊がおわる前に、芸術家自身が身を滅ぼす。絵画でいえば、モディリアーニやユトリロ、スーチンの「時代」である。

結局、バドゥラ・スコダが訴えたかったのも、そこなのだ。ピアニストは、自分自身にあった曲、スタイルで演奏しなくてはならない。伝統的な、クラシックな正統性は確かに存在するだろう。だが、それだけが唯一無二の音楽の真実ではない。行き過ぎた伝統の尊重は、音楽の死を意味するのみで、ピアニストはそれを乗り越える何らかのアクション、個性とともになくてはならない。彼自身はいま、アンドラーシュ・シフのように颯爽と演奏することはできないし、人前で演奏を披露するのも厳しい状態にはなってきたのだろう。ここ何年かのうちに、2度ほど聴いた彼自身の姿と比較しても、故吉田秀和氏が老ホロヴィッツのある演奏会を評して、「骨董品だ、しかもヒビが入っている」といった状態に近づいていることは否定のしようもない。最後のパフォーマンスは、それでも彼がピアニストとして、いまなお、超一流のユーモアを示すことができることを物語っている。

多くの人たちは、それで満足だった。技術的に妥協があるわけではなく、筋はしっかりと通した上での柔軟なパフォーマンスだったから。これが最後だなんて嘘のように、悲痛なところはなく、先生にまた来週、会えるんではないかというような雰囲気で演奏会がはねたのも驚きである。リサイタルという形ではなくとも、バドゥラ・スコダには日本で、もっとたくさんのことを語ってもらいたい。そんなことも、望み薄なのであろうか?

なお、会場はすみだトリフォニーホールの大ホールだった。音響的には悪くはないのだが、やはり、以前に感じたような響きの感覚は、このホールではあまり感じ取ることができない。フェアウェルの貴重な機会で、多くの聴き手が演奏に接することができるのも重要だとは思うし、おかげで協奏曲もできたのだから、まあ、仕方ないというところだろうか。鍵盤を叩かない彼の演奏からみれば、この広さでは音は小さく、その独特な響きの工夫にも十分には気づけない。そんな環境が多少、心残りではあるが、演奏会自体はすこぶる楽しいものだった。マイスター、ダンケ・シェーン!ビス・バルト!

【プログラム】 2014年6月5日
1、モーツァルト 幻想曲 K.397
2、ハイドン ピアノ・ソナタ Hob.XⅥ-20
3、シューベルト 即興曲 D899
4、モーツァルト ピアノ協奏曲第27番
 (orch:東京交響楽団,コンサートマスター:ニキティン・グレブ)

 於:すみだトリフォニーホール

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