2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ

« 東京シンフォニエッタ ベンジャミン 曙光/クセナキス ジャロン ほか 音楽・演奏の変遷~20年の時を経て 7/3 | トップページ | 山田和樹 メンデルスゾーン 交響曲第2番「讃歌」 ほか 武蔵野合唱団 主催 with スイス・ロマンド管 7/9 »

2014年7月21日 (月)

飯守泰次郎 ブルックナー 交響曲第6番 ほか 新交響楽団 226th 演奏会 7/6

【新響との集大成?】

飯守泰次郎氏はこの9月、新国立劇場芸術監督の要職を尾高忠明の後任として受け継ぐことになっている。今季の主要な公演はほぼ終わっており、来季最初の公演は10月の『パルジファル』となるが、その間の貴重な時期に新交響楽団(新響)の指揮を執った。周知のように、新響との関係は以前から継続的なものだが、公表されている今後の予定をみると、しばらく飯守氏の名前はなく、今後のスケジュールの多忙が窺われる。得意とするワーグナーと、ブルックナーの個性的な交響曲第6番の組み合わせは、新響との活動において集大成となる重大な共同作業だった。そして、それに相応しい堂々たる公演になったことを報告したい。

【キーワードはイン・テンポ】

前半は、ワーグナーの歌劇『ニーベルングの指環』からの抜粋である。最初の「ワルキューレの騎行」冒頭の響きを聴いて、私はもう歓喜に包まれた。いっぺんに、景色が変わったというべきだ。確かに、時として強度不足は否めないが、そんなことを感じる瞬間は僅かであって、それをいうのは正に重箱の隅だろう。響きからはワルキューレの勇ましさ、英雄たちが空を行き交い、馬が活き活きとホップする姿がリアルに描き出された。リンクのマルケヴィッチフルトヴェングラーのように、上をみればとんでもないことになるが、今回の演奏も紛れもなくホンモノであることは変わらない。飯守の演奏はマルケヴィッチの天衣無縫なバレエのような仕上げや、1画ごとに魂を込めたフルトヴェングラーと比べれば、絵巻物のように静謐な美しさがあり、あとは粘りづよく訓練して、立体性を増していく方式になっている。

それがさらに効果的に輝いたのは、2曲目の「夜明けとジークフリートのラインへの旅」で、今回は最後、ハーゲン邸到着の直前から、第1幕のエンディングに飛んで完結するスペシャル・エディションによる演奏になった。ところで、この「夜明け」は単に時間的なものばかりではなく、劇そのものの筋書きや、作品そのものが立脚する時代を象徴するような響きをもっている。序盤、金管の奏者がさぞかし好きそうなところを、素直につよく吹きすぎてしまったかのような、いかにもアマチュアらしアンサンブルの「趣向」もみられたが、飯守はそうしたものも柔軟に赦して、全体のフォルムのなかに組み込んで演奏した。そこでは大甘に負けてくれた飯守だが、その後のフォルムは徹底して鍛え上げており、歌が聴こえてこないのが不思議なほどに立体的なドラマを物語っている。特にライン川を駆け下っていく勇者ジークフリートの姿は、馬のギャロップの様子まで細かく想像させるもので、具体的、かつ、精細な表現であった。

2曲の演奏を通じて、アンサンブルはよく鍛えられており、無理にタフな方向をめざすというよりは、合理的なボウイングやフォルムを守って、自然な表現に徹しているのがよくわかる。後半のブルックナーと共通するのは、これらの音楽が非現実的な神話の世界というよりは、そのなかにも身近に感じられる自然の美しさと響きが調和していることであり、その味わいを柔らかく引き出すためにも、表現が不自然な強度を攻めているようでは覚束ないのだ。また、驚くべきことには、飯守はワーグナーの音楽的特徴として、イン・テンポの表現を重視しており、この点ではひとつの譲歩も許さないのだが、これに新響がぴったりとつけきっていたことだ。

ここでルバートすれば、作品の印象にも広がりが出るのだが・・・と思わせる部分も皆無ではないが、それをやると、きっとリヒャルト・シュトラウスのような甘さをもってしまう。このイン・テンポにこそ、ワーグナーらしい音楽をつくる鍵があるのかもしれない。

【予測】

休憩を挟み、後半はブルックナーの交響曲第6番である。この6番はブルックナーのなかでも際立って独特の作品であって、なかなか良い演奏に当たることも少ない。例えば、アラン・ギルバートがロイヤル・ストックホルム・フィルを率いて来日した際(2004年)にも耳にしたが、直後の地元シーズン・オープニングにも予定される演目とあって期待をしていたにもかかわらず、演奏は正に意味の分からないものに終始した。それ以来、ギルバートに対しては良いイメージをもっておらず、その印象はN響(2007年)で振ったベートーベンの酷かったことで増幅された。その後、記憶が曖昧だが、スクロヴァチェフスキあたり(だとすると読響だろう)が演奏したのを聴いて、すこしは合点がいったが、相変わらず、ヘンな曲だという印象は捨てがたかった。

今回はプログラムをみて、ひとつの予想を立てていた。それは確かに、演奏時間や作品の規模からみて、メインは当然、ブルックナーのほうだろうが、表現意図としては、ワーグナーのほうが主体になるのではないかということであった。ブルックナーは周知のように、熱心なワグネリアンのひとりであり、そのせいもあって、ウィーンでは必要以上の悪態に曝され、その名声は死ぬまで確立しなかった。若い作曲家のヴォルフやマーラー、指揮者のニキシュやレヴィのような理解者はいたものの、ハンスリックらブラームス派が支配するウィーンでは主流とはなり得なかったのである。

ワーグナーへの崇敬は見られるものの、ブルックナーは50代に入ってからようやく活躍した作曲家であり、インディペンデントな作風は誰にも似つかないで発展したとみるほうが自然である。「ワーグナー」と副題のついた交響曲第3番や、ワーグナー自身にみせた初期の交響曲について、彼らの「関係」はよく指摘される。自分以外の作品にあまり興味を示さず、ニーチェに対しても音楽的には辛辣だったワーグナーからすれば、後輩のブルックナーの音楽を積極的に支持することはなかったろうが、ウィーンにおける貴重な支持者の存在には感謝し、表向き慇懃には接していたようである。我慢づよく、バカ正直なブルックナーはバイロイトを訪れた際、アポなしだったとはいえ、いくらでもワーグナーが出てくるのを待ちつづけ、呆れた相手に第3番の献呈を受けてもらうこともできた。

2、3番のあと、第4番を経て、第5番までには自分なりの作風をほぼ完成させた感のあるブルックナーだが、第7番のころ、ワーグナーが逝去し、それを悼む意味で付け足された部分があるのもよく知られている。生涯にわたってブルックナーの、ワーグナーから受けた影響は抜きがたいものもあるが、既に述べたように、ブルックナーの作品はそれにもかかわらず、すこしもワーグナーの作品には依拠していないのが面白いところであろう。第6番では『トリスタンとイゾルデ』のモティーフが導入され、またぞろ影響が指摘できそうなものだが、それは以前ほど素朴なものではない。飯守は敢えて、この時期のブルックナーをワーグナーと組み合わせたわけであるが、前半の演奏が何らかの意味で後半の演目と深く関係するのではないかという予測をするのは容易だった。

【キーワードから導かれる深い物語】

ただ、実際、そのとおりになったときには驚いたものである。イン・テンポということをキーワードにすれば、2つの作品は深い、深い物語をもつことになる。『トリスタン』のモティーフは、作品の全体に僅かずつ、しかし、効果的に散りばめられている。特に第4楽章の引用は顕著だが、それまでにも、ブルックナーは面白い工夫を重ねている。例えば、第2楽章では金管&弦楽器のうたうコラールが何気なく、トリスタンのモティーフでできている部分があり、このように、もはやワーグナーが特別な現象というよりは、日常的で、宗教儀礼のように常用される旋律と化して街なかに溶け込んでいる様子をアイロニカルに描いているのだ。音楽の進め方は、ワーグナーのときと同じく、相変わらずのイン・テンポで通している。このための方便として、ブルックナーはほとんど異常ともいえるほど、長調(メジャー・コード)をべったりと貼りつけて、作品をブリオ(光)で彩るという決断をしなければならなかった。

その象徴となるのは、第1主題が変ホ長調→イ長調で華々しく奏でられる部分である。あとで様々な録音を調べてみると、暗から明(いくぶん影を帯びて)に転ずる場合が多いが、飯守の場合は、明からさらに颯爽とした明に堂々と転ずる。特に変ホ長調は強い光に包まれるように、圧倒的な印象を残した。

しかし、弦や金管の響きだけに囚われていると、演奏の全体像を見逃すことになる。飯守はそれらの強度に気を配ると同時に、常にその心臓部に輝く木管のスクウェアにはいつも柔らかい響きを要求し、どんな強奏の場面でもこれを守って演奏しているのである。弦や金管がこれに合ってきたとき、作品は思いも寄らない深みに包まれ、作品本来の味わいが目を覚ますのだ。新響の木管奏者たちは力及ばぬながら、誠実に飯守の要求にせっせと応えているのがわかった。確かに、付点のリズムなどは弦・管を通じて、ウィーンのオーケストラなどに比べれば、かなり甘いということは指摘できるだろうが、それだけで全体の素晴らしさを否定し尽くすことなどできないのは自明である。

緩徐楽章でも、スケルッツォでも変わらなかったイン・テンポが、ついに崩れるのが終楽章でのことである。舞曲調の流れるような旋律が出ると、ついにルバートを伴い、ウィーン音楽の特徴が際立ってくるのだ。その最中、死者を弔う歌のようにワーグナーの旋律が鮮やかに復活したときの衝撃ときたらどうだろう!この2つの現象から、ブルックナーがついにワーグナーのイン・テンポを捨てて、ウィーンに音楽の伝統により直截に立脚した自分なりの作風で生まれ変わったことを宣言したのがわかるのだ。

第6番はいわば失敗作で、ブルックナー作品のなかでも特に世間の耳目を集めなかったことから、例外的に複雑な改訂稿が存在しない。作品はウィーン大学同僚で哲学教授、ブルックナーにとって「親切な家主」でもあったアントン・エンツェルト夫妻に献呈されているように、ちょっとしたものだにすぎないが、そんな作品のなかにも彼は重要なメッセージを託すことを躊躇わなかった。それはつづく第7番で、ワーグナーの逝去という契機にちなんで再び応用されたが、第6番ほど沈痛な決意とは結びついていない。彼はワーグナーに対して、「愛の死」を宣告したのだ。ヘンな交響曲などではあり得ない。ブルックナーにとって、この作品はもはや自分がどこにも引き返せないことを自己認識し、一歩を踏み出すための鍵を握るものだった。そして、その鍵はディオニュソス的な変容を経ているとはいえ、あくまでウィーン音楽の伝統に立脚していたのである。

【まとめ】

ブルックナーの6番で、これだけのものを語ることができる指揮者とオーケストラが世界中にどれだけいるのか、先のギルバート&ロイヤル・ストックホルム・フィルの例を引くまでもなく、心許ない。ネット上の感想をみる限りでは批判的言辞も少なくないが、私に言わせれば、それらの意見はブルックナーの7番や8番には相応しいものであっても、第6番の特殊性にまったくアイディアを得ないものであり、あまり真剣にとりあうべき性質のものではなかった。飯守による今回のパフォーマンスは、ブルックナー作品を通して、彼を含む後世の音楽にワーグナーが「普遍的に」与えた影響の大きさを示すためのものである。

飯守は結局のところ、バイロイトに出発して、こうした目的を常に追ってきたのかもしれない。ジークフリートの旅も、いよいよクライマックスだ。新響が、幕を開ける!

【プログラム】 2014年7月6日

1、ワーグナー ワルキューレの騎行~歌劇『ワルキューレ』
2、ワーグナー 夜明けとジークフリートのラインへの旅~歌劇『神々の黄昏』
3、ブルックナー 交響曲第6番

 於:東京芸術劇場

« 東京シンフォニエッタ ベンジャミン 曙光/クセナキス ジャロン ほか 音楽・演奏の変遷~20年の時を経て 7/3 | トップページ | 山田和樹 メンデルスゾーン 交響曲第2番「讃歌」 ほか 武蔵野合唱団 主催 with スイス・ロマンド管 7/9 »

オーケストラ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/543421/59996409

この記事へのトラックバック一覧です: 飯守泰次郎 ブルックナー 交響曲第6番 ほか 新交響楽団 226th 演奏会 7/6:

« 東京シンフォニエッタ ベンジャミン 曙光/クセナキス ジャロン ほか 音楽・演奏の変遷~20年の時を経て 7/3 | トップページ | 山田和樹 メンデルスゾーン 交響曲第2番「讃歌」 ほか 武蔵野合唱団 主催 with スイス・ロマンド管 7/9 »

ツイッター

  • ツイッター

最近のコメント