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2014年7月 6日 (日)

チッコリーニ ピエディグロッタ 1924 ナポリ狂詩曲 ほか @東京芸術劇場 6/18

【ピエディグロッタ】

また今年も、アルド・チッコリーニの演奏に触れることができた喜びは隠せない。寄る年波には勝てず、氏も杖つき歩行となって、身体状況は年々、心配さを増してきている。氏と共有できる時間は年ごとに、大切にしなければならないのは明らかだ。人間は衰える。だが、チッコリーニの場合、ピアノを弾く能力だけはすこしも衰えていない。ピアノに向かい合ったとき、今までのスロー歩行も忘れるほど自然な、美しい姿勢をとり、聴き手はしばし、彼の年齢を忘れてしまう。88歳。その数字のなかには、いろいろな歴史が詰まっている。

今回はチッコリーニのなかにも脈々と流れるラテンの血が、メインのカステルヌーヴォ・テデスコの作品によって強烈に抉られた。それはアンコールのD.スカルラッティでも強烈に閃き、最後のファリャ(火祭りの踊り)で強烈に印象づけられた。これらのアンコール・ピースは、チッコリーニのファンには既にお馴染みのものだが、カステルヌーヴォ・テデスコを起点にして聴くと、また別の趣があった。『ピエディグロッタ』は、ナポリを代表するような土俗的な祝祭行事であり、今日、著名な「カンツォーネ・ナポリターナ」を多く生み出した音楽の祭典でもある。チッコリーニもナポリ出身で、カステルヌーヴォ・テデスコだけではなく、その師で、同郷の作曲家であるピツェッティの作品にも深く肩入れしている.事情があった。

ユダヤ系のマリオ・カステルヌ(オ)ーヴォ・テデスコは欧州に広がる反ユダヤ主義のなかで活躍の途を断たれ、1939年に、トスカニーニのサポートで渡米して戦禍を逃れるが、その後、1968年に亡くなるまでに十分、正当な評価を取り戻したとは言いがたい。思えばチッコリーニはイタリアやナポリに限らず、こうした埋もれた作曲家をすすんで復刻してきた実績があり、サティ、セーヴラック、ヤナーチェク、アルカンなどがその例となろうか。一方、氏の見識はもちろん、スタンダード・レパートリーにおいても力づよいものを示し、この日のブラームス op.10 のバラードの演奏にも見られるように、格別の趣を放つことができるのだが、この方面の評価は氏が十分、高齢となるまでは見逃されてきた印象が強い。

【罪のブラームス、爽やかなグリーグ】

近年は上半身のアクションが必要以上に激しいピアニストも少なくないが、チッコリーニの弾くブラームスを聴くと、そんな演奏を決して認めてはいけないと固くこころに命ずるものがある。やはり、彼がかけているのはたった1本の指の重みである。決して叩かない。それなのに、必要なところでは信じがたいほどに重い響きが、客席に届くのだ。そのようなテクニックからくる自然なメリハリが、ある意味では単純な、この作品を輝かせるのにはなによりも重要なのである。バラードは母親が息子を唆して夫を亡きものにする、皮肉な内容をもつスコットランドの民族詩を下地にして、文学的な背景を備えているが、チッコリーニはいったん、そうしたものを剥ぎ取った上で、もういちど染め上げるという手間を惜しんでいない。このことによって、テーマは素朴で、ありふれたものとなるが、一方では、聴き手にとって切実な意味を放ち始めるのである。

ニ短調の第1曲は罪とでもいうべきか。これが、演奏会全体のモティーフを象徴している。ニ長調の第2曲は無垢と、哀しみのない葬送。しつこい三連符はベートーベンへのオマージュかとも思われるが、チッコリーニのアーティキュレーションはそうしたものを柔らかく隠している。第3曲はロ短調ならではの、不思議なこころの平和。命じる者と、命じられる者のちがいから、ほのかに生じる薄皮一枚の悲しさ。こうした表現は、最近の演奏会で出てくる共通のキーワードになっている。ロ長調の終曲は若者の迷いと、それが正しいと信じながら歩みをつづけるまでの決意の途。このコンサートは全体的に、作曲家の初期作品に光を当てていることにも気づかなくてはならないだろう。若者は過ちを犯す。だが、迷っているうちに成長する。そのなかでは時折、耐えきれずに死んでしまうという悲劇があるとしても。

グリーグも、そんな若者の一偶像ではあった。ブラームスの作品にしてもそうだが、最近は、あまりピアニストが取り上げなくなった演目でもあり、チッコリーニはこうした未熟な作品のなかにも、優れたピアニストなら、いのちを吹き込むことができると教えてくれている。見事な一筆書きで、作品を一息に表現する豪快な表現。響きが自然に焚き上がり、北欧独特の燃えるような温かさが生じるクライマックスの表現はさすがだった。先の1曲で示された「罪」の意識とはまた異なる、北欧的な爽やかな快活さ。

【ボロディンの夢】

そして、4曲のなかで、もっとも深い感銘を受けたのはボロディンの作品であった。『小組曲』は、ボロディンの天才的な才能をもっとも端的に物語る傑作のひとつである。化学者としても歴史的な事績を残している彼は結局、実入りのよいこの分野を本業とし、リムスキー・コルサコフやグラズノフを中心とする音楽の巨匠たちからみれば歯がゆい存在だった。そのありあまる才能を羨まれながらも、彼はそれを積極的に使うことは避けていたようにも見える。ボロディンにとって、音楽とはあまりにも広大な宇宙であり、その可能性をもっともよく知る彼にとっては、かえって容易に飛び込めない空間であったのだろう。

ともあれ、『小組曲』は7つの小さな宇宙を構成している傑作だ。今回のプログラムでは唯一、作曲家の後期作品に入っているだけに、深みもちがっている。ロマン派的な標題性をもつが、チッコリーニはまたも、それを剥ぎ取ってもういちど魂を入れなおすという作業を忘れない。このひと手間によって作品はいわば象徴派的な斬新さを称え、50歳を超えて書いた作品ながら、瑞々しい感性にも満ちているように受け取られた。同じ年には、例えばブラームスは交響曲第4番を書いていた。このナイーヴな青年にとって絶望的なロマン派の黄昏が、ボロディンにとっては明るい未来を示しているようだ。チッコリーニはだらだらと黄昏を描くよりは、積極的なポジショニングとアーティキュレーションで、作品のもつ確固とした個性を大分しっかりと際立たせて演奏した。

特に感心したのは、第3-4曲で2つ続いたマズルカだ。ボロディンはここで、マズルカというポピュラーな形式を2曲のコントラストによって鮮やかに刷新しているのだが、チッコリーにほど鮮やかに、この刷新を物語ったピアニストはいない。この2曲を中心に、前半の2曲と後半の3曲が構造をつくっているようにさえ見えるほどだ。

それぞれの曲は脈絡なく作曲され、それらが集められて組曲になったという背景があるようだが、それにもかかわらず、全体の印象から読み取れるキーワードは「夢」である。これはズバリ第5曲に置かれているが、私にとっては、それよりも第4曲のマズルカがその印象に相応しいように思われた。その前のマズルカは、我々がよく知るもので、ショパンのものが特に有名だが、なにも彼の専売特許というわけではなく、多くの作曲家が作品をつくっている舞踊的な(娯楽的な)ジャンルである。だが、その次のマズルカはリズムも旋律性も、ちょうど手袋の指をひっくり返したような皮肉な感覚でできている。これが、「夢」のキーワードと結びついてくるのである。肝心の第5曲はさっと通り過ぎる感じであり、これを支える終わりの2曲「セレナード」と「ノクターン」がしっかりと全体を締め括ってくれる。といっても、宇宙的な幅をもって!

【人生が詰まっている1曲】

最後のカステルヌーヴォ・テデスコには、正にチッコリーニの人生が詰まっているように思えてならないのだ。彼の冴え渡る技巧のせいか、作品はそのポテンシャルを大きく広げ、彼一人の世界を飛び越えて、近代イタリア史にまで及ぶ壮大なドラマを想起させる。作品は1924年のもので、またも戦間期のヴィーダーマイヤー的な時代である。イタリアでは既に、ファシストが勢力を増していた。そのような時代的なものは、作品のメイン・テーマとはなっていない。ただ、チッコリーニの演奏をみていると、「明るい夏のバカンスの記憶」といったような甘酢っぱい印象になるところもあれば、片方の手を飛び越えて執拗にクロスするところなどをみると、なんとなく爆撃機が国境を越えて飛び立っていくような風景も思わせるのだ。ピエディグロッタ、1924年、ナポリ狂詩曲。このタイトルが、チッコリーニの腕によって多様な想像力を引き出してくれる。

【音楽家の役割について】

ピアニストにとって、音楽家にとって、「腕」とはどういうものなのか。何のためのものなのか。それは作品を精確に、美しく奏でることによって、単なる音符や響きから作品そのものを解放し、聴き手のもつ想像力と対決させることにほかならず、そのためのアイディアをいかに高いレヴェルで示すことができるかで、音楽家の質は決まってくる。所詮、人によって音楽の聴き方は異なっており、それによって、理想とする音楽の質も一定ではないのだから、音楽家は彼のもつ理想を真摯に追うよりほかにできることもないのだ。私が特別に尊敬する演奏家たちは、実のところ、私が好みとし、理想とするような音楽とは別のものを提示してくれることが多く、それにもかかわらず、抗えないほど徹底した表現の強度で私を魅了してしまうのである。

チッコリーニはフェルッチョ・ブゾーニの弟子であることからもわかるように、本来、非常に技巧的なアーティストで、ショパンの音楽のように、詩的な表現を好む私とは対極の位置から出発してきたピアニストだ。正直にいえば、私はいつも、彼の音楽に警戒的に近づいていく。だが、やがて、その圧倒的な魅力に惹きつけられ、つよい感銘を受けるということを毎回、繰り返しているような気がする。エリシュカにしても、同じなのだ。彼らの音楽は多分、現代的なトレンドや正統からは若干、外れているかもしれない。先のグリーグにしても、カステルヌーヴォ・テデスコにしても、いま、ピアニストたちが積極的に取り上げるようなことはきわめて珍しい。このような直接的な表現性から、より大きなものを感じさせる技量も内面も、彼らには備わっていないからだ。

チッコリーニの場合は、ブラームスではまず、打鍵ということに対する強烈なこだわりと、独特な物語の語りくちを端的に示し、グリーグでは楽曲のフォルムに対する優れた認識と、一気に表現を鷲づかみにするテクニックを、ボロディンでは音楽の瑞々しさということを敢えて、作曲家後期の作品から活き活きと捉えれば、最後のカステルヌーヴォ・テデスコでは音楽家そのものを成り立たしめる歴史や地域、人間の奥深さを如実に示してきた。このような見事なリサイタル構成は、狙ってもなかなか出るものではないだろう。

【まとめ】

それにしても、チッコリーニがあのような身体的状況にもかかわらず、日本行きを拒むことなく、こうしてはるばる極東に来てくれるというのもひとつの絆である。ようやく近年は、この音楽家の真価が正当に評価されるようになってきて、芸劇のような大きな会場でリサイタルを催すような状況にもなり、いよいよ絆も深まってきていることが確認された。惜しむらくは、彼が既に男性の平均的な寿命を超え、88歳という高齢に達していることである。医師や家族によって、いつ、日本行きを禁じられたとしても、私は驚かない。そうなるまでは、私は彼のために最大限、時間をとれるように頑張るのみだ。

フランスで長く教鞭をとり、国籍もとったチッコリーニであるが、今回の演奏会では「メルシー」ではなく、「グラッツィエ」という言葉を選ぶべきだと思った。バドゥラ・スコダのリサイタルのように、「最後」とは銘打ってないが、いつ、来られなくなっても不思議ではない、いま、このときに組まれた、今回のプログラムは正に彼の故郷を思わせ、結局、彼が何者であるかを如実に示す内容となった。ところが、アンコール・ステージでは、ドビュッシーの「ミンストレル」で、またとんでもないものを聴かせてくれるのだから面白い(アルペンを越えて、フランスに逆戻りだ)。アンコール・ステージでは最後、正に精密時計のように完璧に構築されたファリャの演奏を聴いたあと、会場の盛り上がりは異常ともいえるほどの盛況になった。氏に対しても、ほぼ総立ちの日本の聴衆の示す親愛の情はハッキリ伝わったであろう。どうか、これが最後とはなりませんように!

【プログラム】 2014年6月18日

1、ブラームス 4つのバラード op.10
2、グリーグ ピアノ・ソナタ op.7
3、ボロディン 小組曲
4、カステルヌーヴォ・テデスコ ピエディグロッタ 1924 ナポリ狂詩曲

 於:東京芸術劇場

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