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2014年8月13日 (水)

ロレンツォ・ヴィオッティ チャイコフスキー 交響曲第4番 ほか 東京交響楽団 東京オペラシティ定期 7/21

【マルチェロ・ヴィオッティのちょっとした思い出】

2005年2月、指揮者のマルチェロ・ヴィオッティが亡くなった。スイス生まれのイタリア系で、そのインターナショナルな背景も手伝って、生前は6ヶ国語を自由に操ったという話である。同年にはイタリア(ヴェネツィア)のテアトロ・ラ・フェニーチェを率いての日本公演も予定され、私はこれを楽しみにしていた。生演奏に接したことこそなかったが、いくつかの録音に接するだけで、その高貴な実力に確信をもつことには十分であったからだ。ムーティにも、アッバードにもさほど関心を払わなかった私が、ヴィオッティだけにはつよい憧れを抱いていただけに、その訃報に接したときのショックは大きかった。いま、NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリー)のほか、投稿動画サイトでも多くの音源が耳にできるが、歿後9年、マルチェロの魅力をいまさら語りなおそうとするのも野暮なことだろう。

しかし、そこを敢えて言うなら、彼は歌手に翼をつけることのできる稀有な指揮者だったといえる。典型的な劇場指揮者だったが、彼の音楽は常に感情ゆたかで想起力に満ち、歌手を独りにせずに情景を雄弁に語った。あるいはピリオド主義を取り入れた成果ともみられるが、響きは清楚で、効果的なタイミングで用いられるヴィブラートの効果も印象的であり、大抵は一歩退いたところで静かに鳴らされる上品なツケで、その表現を自ずから聖別するのである。

息子のロレンツォはまだ20代の半ばというから、父親が50代で亡くなったときは、まだティーンズに属していたであろう。経歴をみると、指揮よりはパーカッションに傾倒していたフシが見受けられるが、この日、東京交響楽団の演奏会でみせたような際立った才能を周囲が見逃すはずはなかった。多くの人はまだ遠慮がちに褒めるのみだが、私は彼の傑出した才能にオブラートを被せる必要はまったく感じない。早くオペラが観たいものだが、彼の才能は神さまが自ら天に召した父親の代償として、申し分のないものであることを力づよく認める。この公演が楽団の首席客演指揮者で、クシシュトフ・ウルバンスキの代演だったことや、中プロのドヴォルザークで名手のダヴィド・ゲリンガスがチェロ協奏曲を弾いたこともあり、若干、話題が拡散している面もあるが、そのゲリンガス翁が演奏をおえると、ロレンツォに大喜びで抱きついたのだ。

【自伝的作品の組み合わせ】

もともとウルバンスキが組んだプログラムは、スメタナの連作交響詩『わが祖国』より「ヴルダヴァ」、中プロにドヴォルザークのチェロ協奏曲(ロ短調)、メインにチャイコフスキーの交響曲第4番というものであり、それぞれに自伝的内容が含まれているのが特徴だ。例えば、チャイコフスキーの4番は男しか愛せない彼が、無理に結婚させられたころ(社会的に風当たりの強い同性愛者ではないというアピールのためとも)の作品で、創作に先立ち、自殺未遂事件を起こしている事実や、フォン・メック夫人への手紙の内容からみて、チャイコフスキーの「運命」交響曲などと呼ばれている。ドヴォルザークの作品もアメリカ時代を締め括るもので、新大陸上陸から帰国までの事情を踏まえながら書かれた傑作とみられる。作品が完成に近づいたころ、作曲家が大事に思っていたご婦人が亡くなり、その想いは終楽章のコーダを大きく膨らませることで表現された。そして、スメタナの作品は周知のように、作曲家自身だけではなく、民族全体の運命を象徴している。

まず、ここまではウルバンスキの手柄であるが、このイメージを明確に彫り出したのはロレンツォの功績といって間違いない。その発想は既に、最初のプログラムでピンときたものであった。なお、これら3曲に対してはそれぞれラドミル・エリシュカ(スメタナは録音)と、ユーリ・テミルカーノフという格好の手本を耳にしているので、必要に応じてこれらを参考にし、比較なども交えながら論じていければと思う。

【トラウマからの解放】

3曲のうち、もっとも印象ぶかいのは、やはり、メインに据えられたチャイコフスキーの交響曲第4番である。私にとって、この作品は先に名前を挙げたテミルカーノフの2005年の来日公演(サンクトゥペテルブルク・フィル)がトラウマのような経験になっており、それ以来、この作品をなるべく避けるように行動してきた。5番や6番はまだ、辛いなかにも耐えられる光があるが、第4番は真っ暗な地獄の様相をしていた。重厚で、地の底から這うような響きでありながら、グルグルと手を回すテミルカーノフの指揮で渦を巻くハリケーンの推進力を同時に備え、死に向かい、淡々と近づいていくような雰囲気があったからである。しかも、それが長いアーティキュレーションでつづき、第1楽章から第2楽章へはアタッカで進む。着席しようとする前半のソリスト、マルタ・アルゲリッチを傍若無人に阻んだのであるから、衝撃が大きい。おつきの係員も思わず、その場に相応しくないボキャブラリーで囁いた、「マジかよ・・・」。強烈なトランペット・ファンファーレの轟音は厭でも戦場を思わせ、チャイコフスキーの後期交響曲を「戦争交響曲」とイメージさせるには十分だった。

しかし、ロレンツォがもういちど、正しいイメージに私を戻してくれたというべきである。オーケストラを煽りまくったテミルカーノフと比べて、ロレンツォの場合、はるかに仕事が丁寧だ。投げやりに感情をぶつけるような演奏ではなく、文学的な味わいをもった前半3曲の交響曲と同じようなクオリティを残しながらも、チャイコフスキーが新しい人生のフィールドに踏み出していくときの感動が凝縮されている。縦の突破力ではなく、楽器同士の関係を丁寧に拾いながら、ワイドにストーリーが展開していくオペラ的なロマンティックさが際立っている。密やかに明るい音色で悪事が進むような木管のストーリー・テリングなどは、ヴェルディそのものだ。今回、ロレンツォが描き出したチャイコフスキーは、イタリア・オペラのプラット・フォームに自らを載せて表現した作曲家の驚くべきアイディアである。

【チャイコフスキーとイタリア】

ロシアは欧州の後進国であり、クレメンティやロッシーニ、ベルリオーズの影響などをダイレクトに受け、後発ながらも爆発的な成長をみせた。チャイコフスキーの場合は、この作品でもベートーベンの「運命」交響曲と似たような素材が見られるように、初期は独墺系音楽の影響がつよく、また、実際にロシアを訪問したベルリオーズの影響なども濃厚に受けていた。既に Op.20 のバレエ音楽『白鳥の湖』で世界の音楽を器用に書き分けているように、教養ぶかい彼ならば、これらの音楽のいずれもが同時に、イタリアという「音楽の母」をもっていることに気づくのも容易だったはずであろう。ロレンツォの解釈は彼自身のルーツを考えたときには、やや手前味噌なものではあるが、この時期のチャイコフスキーを語るには確かにもってこいのものであった。例えば、やや下って、離婚後のことになるが、たったの数ヶ月とはいえ、無理のある結婚生活に傷ついたチャイコフスキーはイタリア旅行で英気を快復し、これが有名な『イタリア奇想曲』の作曲につながっているといわれる。

チャイコフスキーにとって、ヴェルディが格好の模範となるのは、常に2つの顔をもつような彼自身の生き方が、裏表の顔が見事に音楽の上で表現されているヴェルディの音楽とよく符合するからである。特に、後期交響曲の時期のチャイコフスキーは、この世ではとても充足し得ないような理想を音楽に託すロマンティシズムと、とてもこの世のものとは思えない戦争の悲劇を両端のモティーフに、人々がぎょっとするような音楽を書いていく凄絶期を迎える。しかし、ロレンツォはこうした作曲家の肖像を異常人のイメージとして扱うのではなく、むしろ、非常に率直な人物として描くような構想をもっている。ちょうどヴェルディや、政治哲学のマキャベリと同じような、冷徹な視点をもった作品として描いているように思われるのだ。確かに、強烈な場面では、テミルカーノフと同じような形相が表れることもあるが、パン、パン、パン・・・とカメラ・ワークを小気味よく切り替え、ワン・イメージでは捉えきれないようにする周到な配慮がある。

だから、例えば、主部がピッチカート主体による第3楽章のようなスケルッツォであっても、物語が途切れずに、丁寧に保持されているのがわかるだろう。第4楽章の強烈な主題はここから有機的に生じ、副主題への切り替えはいっそう印象的に聴こえる。副主題を継いでの音楽的構成は実に見事なものだが、ときに単純な印象を誘うこともあるフォルムでもある一方、ロレンツォの指揮ではいかにもふくよかに響いた。ただし、音型のシャープさと打楽器のインパクトを噛み合わせた象徴的な響きは、やや抑えめである。その成果ともいえようが、肉厚な印象から、第1楽章冒頭主題への転換に至るブリッジの部分は、きわめて印象が強い。この部分が、いわば屹立している。

テミルカーノフのときは、突撃喇叭のつよい響きばかりが耳に残った。しかし、その周囲で動き、多彩に響いているものがあって、はじめて戦闘チャリオットは死地に突っ込んでいくエネルギーをもつのである。結論は同じでも、ロレンツォのつくるフォルムでは、いわばチャリオットの立体性が丁寧に彫り込まれていて、それそのものが彫刻のような美しさを誇っている。そして、それが意識的に溶かされ、明るい響きで浮揚していくような響きになっていた。ロレンツォが表現したものは最終的には、チャイコフスキーの音がもつ「苦虫潰したような」明るさであり、絶望ではなかったのである。終極のロッシーニ・クレッシェンドをつくるアーティキュレーションの鮮やかさは見事であり、チャイコフスキーが実はヴェルディ的ではなく、ロッシーニ的な快活さをもっていたことも感じさせる。有名な眉間にしわを寄せたような肖像とはまたちがうところで、発想された論理的なイメージである。

ロレンツォ・ヴィオッティの響きのコントロールは、一口にいってダイナミックである。ダイナミック・レンジも広く使うが、過去の巨匠たちのように、その伸縮には丁寧な段階を踏んでいて、自然な呼吸が感じられる。いかなるドラマを描くとしても、このような自然さを逸したところでは音楽は輝かないものだ。無論、その自然さには自由なイメージを適用してかまわない。チャイコフスキーにおいては、ロレンツォはイタリア・オペラから作曲家が学んだ手法がいかに普遍的に、彼の音楽の血肉となっているかを示し、燃え上がるチャリオットを優しく包み込む「運命」の気高い響きを丁寧に紡いでいったのである。「運命」というキーワードは自殺未遂事件を起こしたことや、素材的なものからもベートーベンを思わせ、また、そのキーワードをしばしば作品の中核に置いたヴェルディからの影響を思わせる。しかし、彼はそれをロッシーニのこころと、テクニックによって克服しようとしたのである。

【信仰に導かれて】

欧州人の「こころ」のなかには、もちろん、信仰というものがある。ドヴォルザークという作曲家が尊敬される理由のひとつには、彼が典型的な田舎の信仰人だったこととも関係している。ドヴォルザークは人間らしい豊富な感情の持ち主で、乗り物に異常な関心を示す以外はエキセントリックではなく、素朴で、信仰心に篤く、友人を大事にするつきあいやすい巨匠だった。ときに楽譜屋相手に怒ることもあったが、それは彼らがドヴォルザークの作品に相応しい敬意を払わず、あまりにも不適当にしか報いなかったせいであり、法外な大金を要求したわけではない。ドヴォルザークのチェロ協奏曲(ロ短調)が人気なのも、このようなドヴォルザークの特質を象徴するものだからである。

ロレンツォ・ヴィオッティとダヴィド・ゲリンガスの演奏で特に感じたのは、ドヴォルザークの作品に秘められた自伝的な意味と、それを支える信仰の美しさにほかならない。この作品を仕上げようとするとき、ドヴォルザークは憧れにも似た感情を抱いていたヨゼフィーナ・カウニッツ伯爵夫人の訃報を受け取り、周囲の反対を押しきって、終楽章コーダを大きく引き伸ばして弔意を示したのだが、そういうことが可能だったのも、そもそもこの作品が巨大なミサ曲のような雰囲気を示していたからである。名技性を高めようとする歴史的な名チェリスト、ウィハンの提案に応じなかったのも、そのことでよく理解ができるだろう。私は従来、ドヴォルザークのあまりにも美しい郷愁の美学や、実際には新大陸にいながら、こころの上では一歩もチェコを出ない彼のもつ頑固な田舎の精神に敬服してきたものだが、いま、新たに重要な要素が添えられたことに気づいた。

ゲリンガスがあのように特別な仕種でロレンツォを評価したのも、彼がお腹のなかにいる頃から知っていたような若さそのものに対する親近感や、この若さで見事に自らの表現につけきった苦労をねぎらう感情に基づくのではなく、この作品では従来、それほど省みられることのなかった作曲家の信仰心を真っ直ぐ抉ったロレンツォの、独創的な表現を讃える気持ちがあったせいだと確信する。この共演の成功は単に音楽的なものというよりは、精神的、信仰的、そして、運命的な意図に導かれていたのだ。

昨秋、私は札幌で、エリシュカの演奏する素晴らしいドヴォルザークのチェロ協奏曲によって、ある種のピリオードを打たれた想いがした。この先に書くことのできる言葉は、もうしばらくないだろう・・・。しかし、ロレンツォはまた別の物語を描き出すことのできる若者だったし、独奏者にはいま、考え得る限りでは最高の人を迎えることもできた。まず第1楽章は、チャイコフスキー同様に自伝的な要素がつよい。序盤は全体が容易に溶け合わず、新大陸で生じる摩擦のなか、なんとか居を定める巨匠が送った苦難の歴史と重なっている。この楽章は比較的、チェロ独奏部は「スタンド・プレイ」が豊富で、その素晴らしさによって、軋轢がなだらかになっていくのがわかるだろう。

ただ、最終盤にはテンポ・アップを激しくし、その日々が一瞬で駆け去っていくような印象も残している。このテンポ設定は相手がゲリンガスだから通用するようなもので、普遍的なものではない。このあたりに経験のなさを感じるが、全体からみれば、重箱の隅である。

一応、落ち着きを得た巨匠は第2楽章で、いよいよ、作品の真価を構成する信仰の物語へと聴き手を導いていく。チェロは旋律を印象的に奏でるよりは、優雅にオーケストラの演奏を聴きながら、それを気前よく装飾していく側にまわることが多い。後半に出るカデンツァ風の主題は、郷愁と信仰の両方にまたがって表現されている。フルートのオブリガートがつき、ロレンツォはこれをこの上もなく明晰にして、人々を一気に神の国に迷い込ませてしまうのだ。

ゲリンガスは第1楽章から既にそのような傾向を示しているが、普通のチェリストならば、喜んで悠々と旋律を奏でて前進する場所で、大抵、程よく引っ込んで出てこないことがあった。ここを埋めるのはもちろん、オーケストラの響きであるが、そのほとんどは額面を越えた情念と結びついており、東響のメンバーがいかに大事に、この作品と向き合っていたかがわかる演奏になっていた。彼らの好きなウルバンスキは何らかの都合で来なかったが(足の怪我と公式には発表されている)、代わりの若いマエストロに対しても彼らは最高級の敬意を払ったのである。エリシュカがソリストの石川祐史を含めて構成した室内楽的フレキシビリティとはまたちがった意味だが、ロレンツォもまた、ゆたかな室内楽的表情を繊細に描き出すことを得たのである。そして、コーダの前では、祈りにも似た気持ちを感じることができた。それがなければ、ゲリンガスによる見事なコーダも輝かない。

【ヴルダヴァにみる見事な感性】

しかし、最初の「ヴルダヴァ」から、既に見事な演奏ではあった。この勢いで、当日のプログラムが『わが祖国』全曲であっても、聴き手は同じような感動を味わうことができたにちがいないと思う。ただ、ドヴォルザークと比べると、スメタナの演奏はオーソドックスだったかもしれない。パーカッショニストという横顔もあり、打楽器、特にトライアングルの響きには独特のイメージもあったが、それをアクセントにしながらも、全体の構成は堂々としていた。エリシュカという鏡を参考にしても、さほど揺らぎはなく、すべてのパートで若さに馴染まない喚起力の馥郁たる演奏だ。今年のイベントでピアノ連弾でこの曲を聴いた際には、序盤の旋律動機が単純な音階的構造でできていることがよくわかり、スメタナ作品のピアニスティックな特徴について指摘したことがあるが、ロレンツォはまた、異なったシステムのなかで作品の特徴を浮かび上がらせることに成功した。

この「ヴルダヴァ」もしくは「モルダウ」という作品冒頭の演奏には、面白い傾向がある。ワルター、ツェムリンスキー、シューリヒトのような独墺系「モルダウ」側の指揮者たちはテンポを上げ、長めのアーティキュレーションで早めにベースを上げるのを好むのに対して、ターリヒをはじめ、ノイマン、クーベリック、そして、エリシュカのようなチェコ系「ヴルダヴァ」側の指揮者たちは、ほぼ例外なく、ゆったりしたテンポで麗しく始め、適度にアーティキュレーションを伸ばしながら、徐々に荘重なスタイルに育てていくのである。前者のなかで特に面白いのは、作曲家としても著名なツェムリンスキーの指揮による演奏であり、ルバートや楽器の響かせ方に独特のイメージを示し、スメタナの作品はウィーンからみた田舎の風景に取って代わられていて、そこにはシェークスピア的な妖精などのファンタジックな要素さえも加味されている。

これらのうちでは、ロレンツォは明らかに「ヴルダヴァ」系の部類に入っているのがわかった。トライアングルの使い方には独特の味わいがあったと述べたが、ホルンの活躍する部分ではスイス人らしいアルペンの響きが伸びやかに響き、中間の舞曲も華やかだったが、全体として、自然なフォルムはすこしも損なわれていない。いま見たようなツェムリンスキー的なアレンジ性もなく、チェコ系の巨匠たちが守ってきたような響きを、あたかも、HAMU か JAMU ででも習ってきたかのごとくに、丁寧に表出しており、スケール感も十分だ。テンポやダイナミズムの柔軟な変化はあっても、それらは楽曲のもつ自然な流れのなかに溶け込んでおり、基本的には雄大な流れで、ベースがしっかりして揺るがない。

若々しく様々な要素をぶち込んではくるものの、そのなかで明らかに不自然なものはドヴォルザーク第1楽章の最後の部分など、数えるほどでしかなかった。むしろ、そうした部分をがっちりと固める全体のフォルムの驚くべき美しさに注目しなければならないのである。これが、ロレンツォ・ヴィオッティであった。ウルバンスキも傑出した才能をもっているが、ロレンツォはそれに勝るとも劣らない逸材だ。神さまが送り出した、父・マルチェロに代わる至高の存在なのである。彼の存在自体が、神秘的ではないのか。僕はとても、普通の言葉でこの演奏会を評する気にはなれない。そんなときはしばしば、シューマンの真似をして、気取ったようにして言ってみる。

脱帽したまえ、天才だ!

この才能が、時代のなかに埋没しないことだけを願う・・・。

【プログラム】 2014年7月21日

1、スメタナ ヴルダヴァ~連作交響詩『わが祖国』
2、ドヴォルザーク チェロ協奏曲 ロ短調
 (vc:ダヴィド・ゲリンガス)
3、チャイコフスキー 交響曲第4番

 コンサートマスター:水谷 晃

 於:東京オペラシティ

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