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2014年8月29日 (金)

マックス・ポンマー ブラームス 交響曲第2番 ほか 日フィル フェスタサマーミューザ参加公演 8/7

【予想外のリハーサル】

マックス・ポンマーは、来季より札幌交響楽団の首席指揮者に就任することが決まっている。1936年、ドイツのライプツィヒで生まれた彼は、カラヤンの下でコーラス・マスターなどを務めたほか、旧東側にあって、室内アンサンブルを率いてバッハなどの演目に傾注するなどして、地味ながら注目に値する活動を行ってきた。ディスコグラフィを確認すると、バロックから近・現代に至る幅広いレパートリーをカヴァーしており、NMLなどで視聴すると、どれも品位の高い録音に仕上がっている。日本のオーケストラには近年、次々に客演がつづいたが、そのなかでポンマーのことをとりわけ高く評価したのが札響だったというのは興味ぶかいことだろう。2013年11月のシリーズだけで、2014-2015シーズン限りをもって退任する功労者、尾高忠明/現音楽監督の後任に相応しいと決断したのである。

この日は「フェスタサマーミューザ」の企画で、日本フィルを指揮するためにやってきた。楽団のHPに記載のない公演で、コンマスも客演の田野倉雅秋氏ということらしく、練習回数も限られるうえに公開があるなど制限が多いなかであったが、それでもハッキリと存在感を示したのはさすがである。そのGPの内容も含めて、リポートしたいと思う。

予想もしないことだったが、GPの冒頭は小山実稚恵独奏によるコンチェルトの練習から始まった。プログラムをみてみると、最初に今年がメモリアル・イヤーに当たるC.P.E.バッハの演目が置かれていて、中プロに小山をピアノ独奏に立ててのベートーベンのコンチェルト第4番、メインにブラームスの交響曲第2番と並んでいる。このことから、最初のエマニュエル・バッハで示した古典的特徴を、時代が下ったベートーベン、ブラームスに適用していく発想はわかりやすいが、私の場合、それ以前にまず、ベートーベンで強烈な古典的発想とサウンドから出発したという事実はとても大きかった。

本番では当然、プログラム順に演奏がおこなわれたが、いま述べたような当たり前の配慮が意外に効果的ではなかった印象を受ける。ベートーベン→エマニュエル・バッハ→ブラームスのほうが、この演奏会の表現意図はより正確に、はっきりと伝わったはずだ。それはエマニュエル・バッハという人が、きわめて独創的な発想をもった人だったせいでもあろうし、ポンマーの思い描くベートーベンのイメージがあまりにも古典的に熟成した美しさを放っているからである。

【C.P.E.バッハ】

リハーサルのときから明確に読み取れたことだが、エマニュエル・バッハの作品には仕掛けが多い。彼の前にはなんといっても、古典音楽の総まとめをした父親の存在があったが、それも単に情報を整理しただけではなく、ヨハン・セバスチャンは自ら手にした経験と情報のすべてを投資して、新しい時代の音楽がもつ可能性を何十倍にもして広げた人物だといえるだろう。エマニュエル・バッハは、その財産を相続し、活用した最初の子どもたちのひとりであり、もっとも柔軟な発想で、これに向かい合った精悍な若者であったと思われる。彼の作品はまだモーツァルトやハイドンのような個性を確立し得なかったが、同時に、彼らが用いるためのすべての可能性を用意した偉大な人物であったことだけは記憶に留めておくべきだ。彼の音楽にはハイドンの疾風怒濤(シュトルム・ウント・ドランク)と、モーツァルトの転調のエレガントさがともに実験的に用いられており、これらがやがては十分に、モノになるものだと感じさせるに十分な印象を与えてくれる。

こうしたエマニュエル・バッハの作品を中プロに組むことで、シェーンベルクにも多大な影響を与えたブラームスの新しさを読み解くための鍵になるのではないかと思う。だが、ココではその前に、ベートーベンにいったん筆を戻しておこう。

【独特のドラマを語るベートーベン】

ポンマーは多分、エマニュエル・バッハの作品を背景に、ベートーベンの新しさの特徴を描こうとしたのだ。ただ、亡くなったブリュッヘンが言っていたように、ベートーベンには交響曲奇数番号系の新しさと、偶数番号系の退いた新しさの2種類がある。これはピアノ協奏曲の世界にもいえることで、協奏曲第4番は、3番や5番のブリリアントで、エネルギッシュな新奇さと比べると、より内面的で、シックな美しさを誇っている。ポンマーはそのエレガントな特徴にベートーベン最大の特徴を見出したのだ。この日のリハーサルは、この作品を愛する私にとっても意外すぎるものだった。

第1楽章は、なにかオペラの一場面のようである。豪華なパレスにいる主人公の背景では、荒涼とした広い庭に稲妻が閃いている。この時代にはなかったはずだが、もしもラジオがあったとしたら、ベートーベンの操るラジオのジュークボックスから聴こえてきそうな音が、しみじみと流れてきた。つまり、この音楽は当時とすれば、なにか流行りの音楽で、ベートーベンとすれば冷笑の対象になるようなものだ。背景が悲劇、前景は喜劇で構成されている。このスリリングな対置に、私はゾクゾクするものを感じた。

音楽的なことをいえば、ポンマーの協奏曲づくりは一風変わっている。基本的な発想としては、ソリストがもっているアイディアをすべて遺憾なく使い尽くすこと、そして、どのような予想外の展開にも対応できるフレキシビリティをもつことが主眼に置かれ、これもオペラ的な手法である。これでポンマーが根っからの劇場指揮者であることは明らかだが、質のよいカペル型マイスターは全体のフォルムを歌手アンサンブルに丸投げするのではなく、いわばショパンの左手の役割を担っていく。小山はこの頑強で、信頼の置けるベースを手に入れたことで、いままで見たこともないほど自由に振る舞った。彼女のベートーベンを聴くのは初めてだと思うが、得意としているのだろうか。ポンマーは第1楽章の演奏がおわると、「アンタ、凄いねえ」という感じでソリストに視線を送り、小山もはにかみがちに微笑み返すという一場面があった。

第1楽章の繊細なイメージは、残念ながら、本番でその多くが失われてしまう。

日フィルは今回だけかもしれないが、本番とリハーサルで2割ぐらいは出力がちがっている。そのために、リハーサルでは完璧に引き出されていたフォルムの美しさが、本番ではときに、音量と勢いに隠れて十分に表出されないという憾みがあった。ブラームスの場合は特に、ベースがあがるとアンサンブルの軋みが酷くなり、狙った効果が十分に出ない部分も多く、こうなってしまうのなら、練習時から十分にベースを上げ、その演奏を指揮者にチェックしてもらった上で、本番のパフォーマンスを考えたほうがよかったのではないか。無論、本番独特の集中から来る燃焼度を練習時に要求することは困難だが、リハを終えてから数時間、先刻とまったく異なるベースが来たのには驚いたし、しかも、それが大抵、ネガティヴな方向に出ているのは残念というほかなかった。ただ、ベートーベンの場合には、その弊はまだ比較的、小さい。

演奏の緊張感を絶えず保ってくれるのは、小山のピアノの素晴らしさによるところも大きかった。特に練習では省略されていたカデンツァの出来は見事なもので、これでまた、作品の印象が変わってくるのである。彼女の表現では第2楽章に力点があり、それはアンコールの『エリーゼのために』とも共通するテーマだった。そこでは第1楽章の背景が、むしろ前面に押し出してきて内面化する。伝統的なフーガのミルフィーユ構造を一枚ずつ、ピンセットでつかんではがし、ちょっとずつずらしてできた音楽だという仕掛けはよくわかった。その結果、音楽はフーガの安定や幸福感から、不信や疑念へと姿を変える。さて、悲劇的なブリッジから生じる終楽章はアタッカによって開かれるが、快活で喜びのあるロンドー形式のエネルギーは、前楽章のずれが修正されたことから来ているようにも思われた。

【タイムマシーンに乗って】

休憩後のブラームスは練習の段階でも、1-3楽章にはほとんど特徴らしいものはなかった。ポンマーのみるブラームスは種も仕掛けもなく、堂々と演奏されるべき直球勝負の演目なのである。しかし、本番で聴く第4楽章の演奏には衝撃を受けた。タイムマシーンに乗って、だんだんと時代を遡っていくような演奏なのだ。それまで彼らがいた1877年(冒頭)から、徐々に音楽的キーワードを集めながら、時代をゆっくりと遡っていくオリエンテーリングの如き味わいである。それにあわせて、テンポもこころなし緩んでいくと、音楽は古典派、バロック、グレゴリオ聖歌をも飛び越えて、どんどん素朴なものへと回帰していく。これはほとんどコーダの直前までつづいていたが、今度はテンポ・アップとともに一気に逆回転を始め、過去から「現代」へと戻り、さらに未来へと飛躍していくことになる。この振り幅が、なんとも衝撃的なのである。

私のイメージと比較すると、ブラームスの演奏は特別、古典的特徴は帯びず、全体的にはモダンであった。テンポも、響きも、いま、主流をつくっている傾向と何ら変わりはない。だが、そのために、いま述べたような特徴がなおさら輝いてくるのは興味深いことだろう。こうして、非常に長い目でみた「近代」を開くC.P.E.バッハから、その終点のひとつであるブラームスまでの歴史が象徴的に描かれた。「交響曲の父」ハイドンや、音楽史上最大の天才であるモーツァルトを欠いてはいるが、それらをエマニュル・バッハで代替させる発想は独創的である。

日フィルに対しては、ヴィブラートを響きのベースからなるべく削り、時代にあわせて、適切な「レッジェーロ」を要求しながら、ポンマーは全体のフォルムを構築した。この手法が特に当たったのは、ベートーベンである。日フィルがリハーサルの段階で、このスタイルに素早く適応しているのは驚きであったが、しかし、彼らのアタマのなかでは、その繊細なベースをいかに生かすかということよりは、本番でどれだけ活き活きした演奏をみせられるかという発想のほうが勝っていた。実際、客席が埋まり、音響が吸収される状態ではベースを上げることも必要だろう。それにしても、先刻の練習どおりではないというポイントも目立ったが、私は彼らを殊更に批判するつもりはないのだ。その演奏を通しても、ポンマーの音楽的発想の素晴らしさについては十分に感じることができたからである。

もしも私がこの日、リハーサルを聴いていなかったら、すべてを感じとれたのかどうか、そのことについては自信がない。エマニュエル・バッハの作品にしても、リハーサルではもっと豊富に、作品の精巧な仕掛けの面白さが自然に引き出されていたのだ。それなのに、ほんのちょっとしたタイミングで味わいが潰れてしまう。それほど、難しい作品ということでもある。ひとつ、確実にいえることは、ポンマーはその秘密を誰よりもよく知っている賢人のひとりであるということだ。難しいといっても、技術的な問題ではない。大事なのはブリュッヘンがハイドンについて語ったような、ちょっとしたルールの存在である。

【まとめ】

今回は時間に制限もあったせいか、ほとんど途中で止めたりはせず、終始、穏やかな表情で、しばしばコンマスに意見を求めたりしながら、練習は進んでいた。当日15:30からの最終GPまでにどのような練習が行われたのかはわからないが、この日、公開された状況をみる限りでは、ポンマーという指揮者のスキルや経験を生かすためには、アンサンブルのほうが自分たちの音楽を、どう良くするかということを絶えず考えている必要がありそうだ。低い要求では、彼の良さは決して出ることがない。しかし、アンサンブルが常に妥協なく、ココをこうしたい、もっと行きたいのにうまくいかないという状態になれば、ポンマーは貴重な助言を与えてくれるだろう。ほんのわずかな機会だが、私はそのような印象をもった。

ポンマーは次期首席指揮者といっても、札響への登場は来年7月を待たねばならず、その前に、今度は大阪センチュリー響への客演がある(2015年3月)。ブラームスとベートーベンということだ。さらに、同月末には新日本フィルにバッハの管弦楽組曲第1-4番というプログラムで出演する。札響ではその要求に応えるべく、音楽の真実をより効率的に引き出すために、少ないヴィブラートでの演奏と、自らアンサンブルの課題を見つけ、高めていくことのできる力を予め養っておく必要があるだろう。首席客演で留まるエリシュカとはまたちがう個性ではあるが、実際、これは彼らのレヴェル・アップにとっては重要な課題だったかもしれないと思われるのである。そう、「巨匠」というよりは、「賢人」と言いたい。そして、世の中には、「賢人」を生かせなかった例もたくさんある。しかし、札響ならば、期待ができるのではなかろうか。然り、いまの札響ならば!

なお、この日のステージングで気になったことがあった。というのも、最初のエマニュエル・バッハの段階で、次のコンチェルトで用いるピアノがステージ中央に据えたままになっていたのである。時短およびコスト・ダウンのためにおこなわれたことと思うが、これは酷いというほかない。先日も、下手にチェンバロ、上手にピアノというステージがあったが、私の常識では、基本、使わない楽器はその場にあるべきでない。ハープやチェンバロ、ピアノなどを端に寄せておくのはまだ良いが、使いもしないピアノを真ん中に置きっぱなしで、1曲演奏するなどというのはあり得ない怠慢だ。細かいことだが、苦言を呈したい。実際、ピアノを動かすのは、そんなに時間がかかるわけではない。あとで、1曲リピートがあったことも考えれば、何のための時短だったのか、訳がわからないのである。

【プログラム】 2014年8月7日

1、C.P.E.バッハ シンフォニア Wq.193
2、ベートーベン ピアノ協奏曲第4番
 (pf:小山 実稚恵)
3、ブラームス 交響曲第2番

 於:ミューザ川崎

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