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2014年10月13日 (月)

メッツマッハー B.A.ツィンマーマン/ベートーベン 交響曲第7番 新日本フィル 多摩定期 9/28

【音楽はいつも人々のこころと共に】

クラシック音楽がなぜ面白いのかといえば、それは何世紀も前から現在まで、脈々とつづく天才たちの歴史に他ならないからである。正直、20代中盤までは、この分野にさほど深い関心を示してこなかった私が、このようにどっぷりとこの音楽にのめり込んでしまっていることは過去の私には想像もつかないことだったろう。しかし、私は歴史が好きで、文学が好きで、考えることが好きで、分析し、それを表出することが好きで、そういえば、歌うことがとっても好きだった。音楽は時代と人間というテーマを実にバランスよく、印象的に表出してくれる人類的な資産である。天才たちはその可能性を最大限に引き出して、自らを語るために、あるいは、自らを成り立たせるもののために音楽にメッセージを詰め込んだ。

ときに音楽は、単に娯楽でもあったろう。中世の教会では、これといって楽しいこともない下層民のために、教会のオルガニストが鳥の声を真似したりして楽しませたものだという。面白いオルガンの響きを楽しませることで、教会はいわば、信徒獲得のための宣伝装置を稼動させていたのである。その伝統は例えば、後世のメシアンまでそのまま引き継がれていったといえるだろう。また、G.トルナトーレ監督の映画『ニュー・シネマ・パラダイス』で、かつてのオルガンに代わる映画館を運営しているのは町の司祭だったが、私は要するに、映画なんてまだない時代には、音楽がこれに代わる役割を果たしていたんだろうと逆に想像したものだった。サロン文化では互いに嗜みとして身につけた手ごろなピアノ作品や室内楽を弾いたりして、人々は交流を深めたようだ。西原稔氏の著書をみると、そういうなかで流行した多くの作品がにべもなく忘れ去られてしまったようで、確かに氏の言うように、この時代(古典派後期からロマン派のあたり)の作品について、私たちはなにも知らないに等しいのである。いずれにしても、聖俗の世界で、音楽はいつも人々のこころと共にあった。

【自由と抑圧】

天才のなかには、成功者もいれば、そうでない人もいる。ベートーベンは稀にみる成功者のひとりであったろうが、それでも有名な「遺書」があるように、決してなだらかな人生ではなかった。結婚はせず、子どももいないし、養子のようにした甥っ子とも折り合いが悪かった。また、このコンサートのもう一方の主役、ベルント・アロイス・ツィンマーマンは1970年8月10日にピストル自殺している。天才作曲家はしばしば、自殺に追い込まれるものかもしれない。同じくピストル自殺を図ったハンス・ロットのほか、投身自殺の末に衰弱死したロベルト・シューマン。死にはしなかったが、入水自殺を図ったチャイコフスキー。精神を病んだ人としてはフーゴー・ヴォルフや、カルロ・ジェズアルドなどがいる。そして、自らの活動にいたたまれずにいたのか、その盛りで筆を折った人として、ロッシーニやシベリウスがいた。

ベートーベンの交響曲第7番は一見して、何不自由のない表現に徹することのできたカリスマ作曲家畢生の快作という風にみえるだろう。だが、第2楽章には葬送行進曲が置かれ、古い要素もたくさん取り入れた作品だった。いわば、それらが埋葬され、具体的にはあとで述べるように、プチ「第九」ともいうべき新奇な発想で取り囲まれた作品であることを、メッツマッハーは示したかったにちがいない。ベートーベンの時代は、まだ古すぎた。その時代ゆえに美しかった部分を出すことがこの演奏会のひとつのヤマだが、反面、抑圧された表現に秘められた精神の抵抗を確かめるのも、この演奏会のひとつの趣旨になっている。

【アルカリ性の音楽】

まず、前半のB.A.ツィンマーマンのプログラムが、そういうものになっていた。最初の『フォトプトシス』は、まだ良いほうだろう。演奏会の冒頭には重すぎるプログラムと展望していたが、長谷川孝治のシニカルなオリジナル・テキストを付け加えた『ユビュ王の晩餐のための音楽』と比べれば、まだ、それはなにか重大なことを言い出す前の準備のように聴こえたものだ。ワイルドで破滅的なサウンドは先日、耳にしたカレル・フーサの音楽と同じ道筋を辿っているようにみえるが、手堅いメッツマッハーの統制もあり、ツインマーマンのつくる響きには、まだ何らかの安らぎが秘められている。

例えば、引用という面でみれば、『ユビュ王』ではワーグナーの『ワルキューレ』や、ベルリオーズの『幻想交響曲』、そして、シュトックハウゼンの作品などが攻撃的な風刺として用いられ、ほとんど手がつけられないほど痛めつけられた精神の裸体が姿を曝す。これと比べれば、『フォトプトシス』の引用はバッハをベースにしており、『第九』や、スクリャービンの『法悦の詩』、そして、ワーグナーの『パルジファル』などが登場するなかで、古いものから新しいものを生成するという新古典派的な、前向きの姿勢がまったく見られないというわけではない。録音で聴いても、前半の取り付く島もない激しい曲想と比較すれば、引用を含む終盤はいささか微笑ましいほどではなかろうか。むしろ、これらの要素は殺伐とした時代音楽が必然的に有する雰囲気を相殺する、アルカリ性の特徴を備えている。

なお、今回の演奏では引用部分の美しさは無類であり、どれも素晴らしく磨き込まれている。これらの演奏のために、作品全体までも練習したのではないかと疑うほどである。直近、シェレンベルガーの指揮で、『幻想交響曲』のプログラムが組まれているのも偶然ではないのかもしれない。あらゆる引用のなかでも、特にワーグナーのそれは透明度が高く、引用としても丁寧に聴こえたし、ツィンマーマン自身がコラージュの哲学を物語るうえで必要不可欠なものであることも明白に示している。メッツマッハーの就任披露では『ワルキューレ』の第1幕を取り上げているので、ある種の積み上げはあったが、もちろん、この幕に「騎行」の音楽は登場しないので、また新しい要素がすこしだけ語られたことにもなる。趣味の雑誌「デアゴスティーニ」をシリーズで集めるような気分で、メッツマッハーの冒険につきあうのも楽しい。

【作品と時代】

さて、『フォトプトシス』は引用の透明さと、すこし素っ気ない終結がメッセージ的にきわめて重要であるが、これと比べると、『ユビュ王』のほうは音楽的にはずっと複雑である。長谷川の独自テキストも演奏が始まる前、ざっと目を通して、ユビュ王とあまりにも関係がないのは何のつもりだろうと訝っていたのであるが、実際、本番で響きを聴きながら、内容を再度、慎重に辿っていくと、長谷川が大分、丁寧に音楽を聴き込みながら、イメージを膨らませていったことは疑いもなく感じられた。平易で、ありふれた左寄りのメッセージも、ユビュ王とまるで無関係とは言いきれない。彼はそうした文句が多分、冷笑的な見方に曝されるであろうことは計算に入れてやっているはずで、実際、長谷川のテキストは鈍重でもあり、お世辞にも評判がよいとは言い難いようだ。それにもかかわらず、時折、パッと閃くポエジーの鋭さには胸を打たれるところがある。

例1:
港に出て海を見はるかす/水が時間のようにたゆたっている/わたしとは、その水の隙間に挟まっているようなもの

例2:
鳥が一羽/青空に吸い込まれるように飛んでいく/鳥は空のさみしさとなって/やがて見えなくなった。

私は戯曲を書いたことはなく、それに対する知識もまったく足りないが、長谷川のテキストに接していて、例えば最後の数行を書くために、ほかの何十行、何百行をつまらぬものにするという選択もありそうだと思った。面白いのは、長谷川が最後の数行のほうではなく、捨てられた何十行、何百行のほうから構想していることだろう。確かに、ツィンマーマンの音楽はそうしたものだ。長谷川のテキストには故意に、いくつかの政治的なトピックスが組み込まれている。そして、それらの問題に我々が容易に反論できないシステムが醸成されつつあるのは、周知のところであろう。そして、それがツィンマーマンやベートーベンの時代にも、当然あったというのがこの演奏会のコンセプトのひとつになっている。

ツィンマーマンの場合は、最初のときは幼かったにせよ、2つの大戦を経験している。それらの経験の上に、今度は音楽表現をめぐる厳しい闘いが待っていた。特に後者は、時代背景とも多かれ少なかれ結びついた、前衛的な進歩主義との泥まみれの苦闘であり、彼の自殺もそれを根拠として語られることが多い。前衛音楽のもっとも大きな矛盾は、よく言われるような理由(難解すぎる、聴き手に理解しがたい、サウンドが美しくない、etc...)ではなく、新しさのないものや平凡なものを無価値と断じるような、あまりにも強硬な姿勢のなかにあった。まだ聴いたこともないようなサウンドを生み出すこと、新奇なものへの柔らかな洞察は決して絶やしてならなかったが、そういうものは滅多に生まれるものではなく、特に現代では、よほどのことでもなければ生まれるはずがないので、このような態度は結局、音楽を死に向かわせるか、過去の音楽的伝統とはもう完全に縁のない変なものを生み出すか、そのどちらかでしかなかった。どちらでも同じことだ。例えば、ヘリコプター4機が空に飛び立つ。僕は音楽の素人なのでハッキリいうが、こんなバカバカしい発想は音楽の死以外のなにものでもない。

なぜ、このようなことが起こり、ときに賞賛されさえもするのかといえば、もはや、クラシック音楽がもつ何百年の歴史に対して、作曲家や演奏家、評論家、アカデミシャン、ジャーナリストらがまったく満足できない状況ができてしまったからだ。それは彼らがあまりにも積極的な前衛だからというのではなくて、私に言わせれば、ただの怠慢である。我々がよく知るような「巨匠」たちの歴史が、彼らの行く道を暗く閉ざしてしまったのかもしれない。また、あるいは音楽が多様化していくなかで、クラシック音楽のもつアピール力は徐々に規模の小さなものになってしまったのであろうか。チェンバロやヴィオラ・ダ・ガンバのような楽器が滅び、ピアノやチェロに主役の座を譲ったような時代が、クラシック全体にまで及んでしまったのであろうか。国家の歴史と誇りを賭けた伝統芸術として、欧米各国はそうした状況のなかにあっても、クラシック音楽の保護に勤しんできたものの、その意地も剥がれてきた昨今では、目を覆う事態が次々に生じつつある。ローマ歌劇場や、アムステルダムのロイヤル・コンセルトヘボウ管のように、その地域で掛け替えのないオーケストラや歌劇場がまるで無価値なもののように捨てられるのも、当たり前の時代がやってきた。

だが、それ以前に人々がつくってきた雰囲気は、本当に妥当なものだったのであろうか。

ツィンマーマンの音楽は今回、コラージュをモティーフとした作品ということもあり、現在と過去、そして未来がハッキリつながっていることを実感することができるプログラムだった。前衛、そして、その名残りとして残った価値観が捨象していたのは、過去の眩い栄光に、新しい音楽をどのように対置させるかという問題だった。無から有を生み出すのは凄いことだが、その覚悟のなかで、眩い光に蓋をして見ないようにしたのはある種の滑稽劇であろう。有名な狂言のはなしで、毒(附子)と称した水飴を主人が秘蔵し、留守中、大胆な使用人たちがそれを食ってしまうというのを思い出す。第2次大戦後、このような主人たちが音楽の世界を支配してしまった。メッツマッハーの凄さはこうした発想の面白さだけではなく、演奏面で2つの時代を見事に結びつける発想のユニークさにある。これらの時代の音楽はある意味では当然だが、まったく同じテクニックで表現できるというのは驚きであった。そうしたパフォーマンスのなかで、特に重要な鍵を握っていたのが、古典の時代に相応しい演奏法(故ブリュッヘン氏の言っていたルール)を新日本フィルがごく自然に身につけていたという事実である。

【得がたい古典的なベース】

この点では、ブリュッヘンを中心に、ハーディング、スピノージなどの指揮者に重ねて指導を仰いだ成果が出ている。いま日本で、ベートーベンやモーツァルトをもっとも現代的に、蓋然性の高いルールに基づいた美しい書法で演奏できるのは新日本フィルと東響のふたつだけであり、このことは近年、楽団が獲得した個性として大事に守ってもらいたいと願っている。ことしブリュッヘン氏が亡くなったことで不安がよぎるものの、メッツマッハーは自らの楽団がもつ個性を的確に把握して、そこに自分の音楽を自然に注ぎ足すようにしたので一安心である。例えば、ベートーベンでは力を抜いて演奏できる部分の柔らかさがなんとも言えず、そういう場面では、まだ遠くには行っていないブリュッヘン氏の霊魂を感じながら聴くことができた。現代の指揮者は響きのインパクトを重視する傾向が大きく、メッツマッハーにもそのような面はあるが、オーケストラが既に備えていた美しいベースを感じ、積極的に守ろうとしたことで、音楽に引き締まった美感が出ている。良い指揮者というのは世界になお少なくないものの、いまの楽壇で、このような清澄なベースを整えられる人材がほとんどおらず、それを壊してもインパクトを採ろうという指揮者が多いので、古典的な演奏法など研究面の爛熟にもかかわらず、欧州で保持されていた貴重な演奏伝統は各オーケストラから急速に失われていっている。

ベートーベンの交響曲第7番は、ツィンマーマンの演奏のなかにも出現した古い時代のアーティキュレーションや演奏法を積極的に利用しており、これまで我々が考えてきたようなキビキビした舞踊的な表現とは一線を画している。いくつかのポイントは故意に円滑化され、自然な響きのふくらみが利用されている。また、レガート奏法が取り入れられ、全体的なサウンドはきわめて素朴で、力づよい農民の歌という感じになっていた。この雰囲気がもっとも有効に生かされたのは、あるいは第2楽章であったかもしれない。その意味は、この楽章に込められた静かなメッセージがマスのレヴェルに逃げていくことなく、優雅すぎる舞曲の雰囲気もなくて、丁寧に扱われているということである。

ベートーベンでさえも、この時代、まだすべてのことを自由に話すことはできなかった・・・と感じたのはこのような部分である。ベートーベンは貴族とうまくやって、同時代的な名声もそれなりに勝ち得たが、それは双方がちょっとずつ妥協することによって成立したバランスでしかなかった。そういう面では、貴族のほうにも見上げた面はあったというべきだが、彼らはベートーベン以上に、時代に逆らうことができない立場にある。ベートーベンがようやく、本当に言いたいことを遺憾なく発揮したのが最後の交響曲だったこと、そして、それ以後はよりプライヴェートな形式だけに閉じこもってしまったことは理由のあることだった。

【現在において過去を感じる】

世間では非常に単純なリズミカルな特徴がいわれるものの、この交響曲第7番は、ベートーベンの作品のなかで「第九」に次ぐような新しさをもっている。それは同時代、あるいは、それ以降で、ほとんど同じタイプの作品がないことを見ても明らかである。メッツマッハーはファゴットなど、木管の響きの解像度を上げることで、その構造の複雑さを徹底的に印象づけた。また、「第九」の特徴のひとつに、第4楽章で従来の要素をすべて否定し、新しい「歓喜の歌」に変容させていくトリックがあるが、交響曲第7番にもその萌芽が示されている。この7番の実験を経ながら、将来の「第九」につながる構想を読み取るのもまた乙な鑑賞法である。この作品が特に「コラージュ」と呼ばれることはないが、自作品からいくつかのモティーフが導入されているような感じも抱き、ベートーベンの交響曲は確かに9つと数えられるけれども、それらはひとつひとつが独立しているというよりは、実はすべてがアタッカの複縦線で結ばれていて、前の成果は確実に後のものに生かすという方法で書かれているのがわかった。

ツィンマーマンが理想としたのは、正にこういうことだったのだろう。ベートーベンの時代では、まだ自分自身ですべてをコンプリートすることができたが、ツィンマーマンの時代にはもう、それは滅多に望み得ないことだった。それゆえに、彼は過去の優れた音楽と、どのように向き合うかを真剣に考えた。確かに、ベートーベンは音楽的には自らすべてを切り開いていくことができる喜びの時代に生まれたと思われるが、同時に、初めから妥協を強いられるような時代でもあったし、自ずから限界があった。それはこのあとの演奏会で披露された『ミサ・ソレムニス』によって、より顕著に示されることにもなったが、ベートーベンはそれならそれで、沈黙する嘆きの壁に向かって、大声で吼えてみたいという衝動も抑えきれなかった。これが、ベートーベンの交響曲第7番だ。2つの作品は、正反対の性格をもった兄弟のようである。2人は結局、同じことをする。

声は、未来に響きわたった。例えばベートーベンの鍵盤作品では、その時代のクラヴィーアでは演奏できず、将来の楽器の発展を見越していたようなものがあるそうだが、そのように彼は常に現状に満足せず、未来に期待することが多かった。ヴァイオリンの「クロイツェル」ソナタも、クロイツェル本人というよりは、ずっと未来の誰か別の人に向けた音楽であるような気がする。『ミサ・ソレムニス』もまた、当世の事情とは関係なく、実際の宗教的儀礼を取り仕切る必要のないベートーベンらしい未来へ向けたアイディアが詰まっている作品である。メッツマッハーはこの演奏会にたった2人の作曲家、3つの作品だけを取り上げて、そこに無数の時代を詰め込んだようにみえるが、結局、過去の声を現在において、いかにリアルに感じるかということがどれほど大事なのかということを教えてくれたようである。そして、過去の声を聴くためには、過去の語法を知らなければならない。新日本フィルは素晴らしいことに、その語法を自然にマスターしている数少ないオーケストラのひとつである。

この演奏会の最中、だからこそ、ブリュッヘン氏の顔が何度も目に浮かんだ。もちろん、メッツマッハーはブリュッヘンとは異なり、ブリュッヘンの真似など誰にもできるわけがない。メッツマッハーは国境にちかい西側に生まれ、止み難き好奇心から東側を覗きみていたような音楽性を持っているので、根本的にシニカルで、辛口の表現を好んでいる。しかし、一枚はがすと、すぐに柔らかい響きがちょうどよいリズムを打って、これを温めているのがわかるはずだ。こうした二重性を指揮者がよく理解し、心地よく、あらゆる面で効果的に作用させたことを賞賛すべきだろうが、その理解レヴェルは今回、いよいよ高まったという感じがする。

新日本フィルが、動き出したのだ!

【プログラム】 2014年9月28日

1、B.A.ツィンマーマン フォトプトシス
2、B.A.ツィンマーマン ユビュ王の晩餐のための音楽
3、ベートーベン 交響曲第7番

 コンサートマスター:西江 辰郎

 於:パルテノン多摩

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