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2014年11月25日 (火)

エリシュカ ブラームス 交響曲第2番 ほか 札響 定期 574th 11/14-15

【木を森へと育てたエリシュカ】

ラドミル・エリシュカは、札響に木を植えた。土をつくったのは、尾高忠明だろう。これは、間違いない。だが、大地はなにを育むべきか、エリシュカとの出会いによって、初めて気づいたのかもしれない。経営難、解散の危機を乗り越えて、札幌交響楽団は次世代に襷をつなぐのに精一杯だったはずだ。尾高が開拓使となり、木を植えるところから、すべてが始まった。遠くチェコから招いた名匠が訪れると、木はすくすくと育ち、森をつくった。木々は自らの逞しさに確信をもったが、いま、その森が尾高の耕した大地にどれほどしっかりと根づいたか、試されるときが来ている。心地よい大地から旅して、つまり、ドヴォルザークやヤナーチェク、スメタナといったレパートリーを胸に刻みながら、チャイコフスキー、ブラームスといった新しい出会いへと歩を進めた。そこではもちろん、これまでとは異なる演奏のスタイル、テクニック、経験が求められるはずである。

それにしても、一口に指揮者といっても、いろいろな人がいるものだ。大地をつくる人木を植える人大河を流そうとする人切り立った山脈を盛り上げる人近代的な街を築き上げる人宇宙への階段を開いてみようとする人。オーケストラはそれによって、個性を変えるものだ。例えば、エリシュカが今秋、札響との演奏会に先駆けて指揮した読響は、日本でいちばん美しい大河である。カンブルランはこの川を海につなげ、世界と結びつけようとしているのだ。エリシュカは1本1本の木がもつ力を最大限に膨らまして響きをつくるが、読響はグループとしての繊細なラインの美しさにこだわり、深い連動を追い求めてきた。彼らにとって、エリシュカのやり方は原点を思い出させるものではあれ、いま、立っている地点とは程遠いように思えたことだろう。

基本的な技術が格段に高いだけあって、これまでに披露しきれなかった細かいポイントにも対応し、随所に独特の輝きを示したことは素晴らしかった。ドヴォルザークの交響曲第9番はこれまで、日本でも複数のオーケストラで披露されてきており、エリシュカはもはや確固たるイメージと経験を身体のなかに宿していることから、その音楽づくりはある程度、予想の範囲内だ。読響は逆らわず、彼の音楽と自分たちの個性をスムーズにすり合わせることには成功したが、それは札響が既に達成しているものからみれば、二歩も三歩も及ばない成果であり、しかも、フォルムから内面へと達する音楽のメッセージを引き出すには至らなかった。いろいろ面白い響きやアーティキュレーションが聴こえる・・・それだけのことで、エリシュカの音楽を語るわけにはいかない。この演奏会の性質上、止むを得ないものか、アンコールを1曲つくるぐらいなら、この短い準備期間でやるべきことはたくさんあったはずだと思う。

エリシュカ&札響の公演が素晴らしい出来になるのは、多分、ほかの楽団には真似のできない、いくつかの理由があってのことだが、特にラインよりも、ポイントでの厚みを重視している点で、音楽面の顕著な特長が指摘できるように思われる。私の狭い経験のなかでは、このようなスタンスは東京では東響とN響、地方では九響や大フィルに合致していると思われるが、各楽団がそのように明言しているわけではなく、確たる根拠を指摘することができるような問題でもない。しかし、これらのオーケストラにエリシュカが呼ばれているのは偶然ではないのかもしれない。東響は在京オーケストラのなかで、エリシュカのめざす演奏スタイルがもっともピッタリとフィットしそうなオーケストラではあるが、都響、東フィル、そして、読響に遅れをとったいま、招聘も容易ではなさそうだ。札響には、これらのライバルに対して十分なマージンがあり、ブラームスの演奏、特に2日目のパフォーマンスを通じては、正に、この点で自分たちのポテンシャルを極限まで高めることに成功し、いま、この組み合わせで世界中のどこに出しても恥ずかしくないレヴェルを構築していることを証明することができた。

【伝説から真の伝説へ】

このことは初日の前プロ、ウェーバーの歌劇『魔弾の射手』序曲を聴くなかでは、とても信じられないものだったのだから、オーケストラのパフォーマンスというのも分からないものだ。冒頭の金管は序奏の場面の核となるにはふらつきが強く、エリシュカの求めるフォルムをつないでいく札響のテクニックは時折、必要な機動力を欠いて、例えば、A地点の p から B地点の f までトレモロを効かせながら、ほんの短い間に到達せねばならないとき、響きは擦り切れ、指揮者が望むような厚みに達する前に動かねばならないことがつづいた。こうした場合、エリシュカは決して待ってはくれないし、最高のフォルムを優先してイン・テンポで徹すのもいつものことだろう。反対に、休符も彼はハッキリと守る。魔弾がエンヒェンを捉えたと思われるところで、不穏な休符を2つ、死神が鎌を振るうかのように重々しく刻んで、エリシュカはパッと見には不自然なほどに、厳しいフォルムを築いたのだ。反転して、勝利の響きとなり、トゥッティの主要モティーフが優美に流される。エリシュカは劇場人としてのキャリアは欠いているものの、こうした構成は明らかに劇的なもので、素晴らしく、堅固なつくりを示している。

ところが、アイン・ザッツにも目立つ乱れがあり、こうした演目はやはり、まだ札響には難しいのかという思いなきにしもあらずの初日であった。音楽が盛り上がり、響きのドラマが動き出したときには、エリシュカらしいストーリー・テリングの巧さが光り、おまけに私はこの作品が大好きなので満足はしたが、いかにも勿体ないのである。この印象は演奏会全体にわたって、消えることがない印象だった。いつものように素晴らしいエリシュカの手腕に対して、札響も十分に応えてはいるものの、これが映像で流れるというなら、若干、残念な感じもなくはない。だが、2日目の演奏を耳にしていなかったら、これはこれで、私の語る「エリシュカ伝説」のなかに加えてもよい成功のひとつだった。

特に、モーツァルトの第3楽章で、このままの厚みで無難に流れ込んでいくと思われたとき、突如として第2のエンジンが焚かれ、この作品の新しさが遺憾なく印象づけられたとき。そして、ブラームスでは第1楽章と第2楽章でみせた清らかな信仰心や、第3楽章の「スケルッツォ」という言葉のイメージを越えた美しい響きの彫琢、そして、第4楽章のミステリアスな構造のつくり方などに十分な特徴を見出すことができた(後述)なかで、ウェーバーも長い序奏をおえてからの活き活きとした演奏を褒め上げることは簡単だった。以上のような事実は、すべて初日のツイートに示してある。しかし、それが水面下に沈んで見えなくなってしまうような、2日目の快挙については言葉がないほどだ。正に、これこそが真の「伝説」である。ブラームスをおえたとき、先のツイートを踏まえながら、札響は既に巨大な大木だと言わざるを得ないことに身震いを感じた。

初日の結果を前にして、ウェーバーの演奏から涙腺が緩むことは想像しにくかった。序奏部の冒頭はまだふらつきもあったが、前日のように硬直した感じはなく、自然な流れに徹している。前半の流れは、かなり良くなった。ここで描かれている森は、欧州人とっては海や山、川とともに、国境を越えて同じように共有できるイメージであるはずだ。チェコには海がなく、ブリテン島に高い山はないが、低地オランダにさえも森はあるだろう。エリシュカの根拠は実に、この森であり、彼を象徴するキャラクターは森の狐=ビストロウシュカが相応しい。彼女が活き活きと動き、また死んでしまうように、森は生死の源でもある。エリシュカがウェーバーの作品を用いて描きたかったのも、このようなものの美しい輝きである。既に述べたようなパウゼの厳しさに、エリシュカの音楽の良さは詰まっている。あれがもし、1/16 拍でもずれたとしたら、もう、彼の音楽ではない。それほどの繊細さが、あのように豪胆な音楽を生むのである。これを損なう小さなずれが、初日からは一挙に解決された結果として、私の好きなウェーバーの音楽にさらなる命が宿ったのだ。

エリシュカも早くも前プロで、ホルンを最初に各奏者を起立させ、オーケストラのインプルーヴをつよく印象づけようとした・・・というよりは、感謝の念を表したのだろう。

【第2のエンジン】

モーツァルトの交響曲第38番「プラハ」は、初日からしてよい演奏だったと思うが、2日目の演奏でさらに輪郭が固まった。エリシュカにとって、この作品はチェコ民族である自分と、モーツァルトとのリンクを感じさせる重要な作品として位置づけられている。なぜなら、モーツァルトはウィーンで人気が下火となったあと、プラハで再度、認められたという歴史的な経緯があるからである。モーツァルトがなぜ、ウィーンで支持を失ったかについては社会状勢などを含めて、諸説があるようだが、「エリシュカ説」は作品が新しすぎたというものに与するものではないかと思う。

そもそもモーツァルトの素顔は、研究が進めば進むほどよくわからない。手紙の研究や、フリーメイソンとしての彼に対する言及などは確かに面白おかしくはあるものの、どちらかといえば有害である。モーツァルトの一生をみると、彼は35歳で亡くなったという寿命の短さも影響してか、宮廷楽長など、重い肩書きを得たことは人生のなかで一度もない。ただ、今日からみると若すぎる死とはいえ、例えば、ライバルのサリエリは24歳にしてウィーンで宮廷作曲家として認められ、38歳で宮廷楽長になっているところなどみると、モーツァルトが十分、時代の寵児とはいえなかった事情が明らかとなる。

ところで、モーツァルトとプラハの縁が深まったのは、ウィーンで不評だった歌劇『フィガロの結婚』がプラハでは認められたという機縁によっていたが、このような流れは母国で思うようには尊重されず、近年、日本で奇跡的な復活を遂げたエリシュカ自身の姿と似通ってはいないだろうか。それはともかく、ウェーバーと、その義理の従兄であるモーツァルトの作品に共通する背景も、『フィガロ』である。ほんの断片的な部分であるにせよ、『魔弾の射手』序曲にも、「プラハ」にも『フィガロ』と同じ素材が含まれているからである。この演奏会のプログラム上では、モーツァルトの交響曲第38番の作曲時期がプラハ旅行とはあまり関係がなさそうである旨が指摘されている。とはいえ、『フィガロ』で用いたモティーフがこの作品のなかで復活しているのは明らかで、この作品を介してプラハとの関係をみるのは、なおも的外れとはいえないであろう。作品は形式的には舞踊楽章のメヌエットを欠き、楽器法としては編成からクラリネットを欠いている。落ち目のモーツァルトがコンパクトなスタイルで、より汎用性の高い作品を書いたことは想像に難くない。実際、この作品がウィーンで書かれたにしても、その地で演奏された記録はないという。コンパクトではあるが、作品は最晩年の39-41番などと比べても、鋭い響きをもっている。例えば、序奏からしばらくの展開は、既に後世のベートーベンの登場を予言するものだ。同時にバロック時代の精華も、ふんだんに生かされているのは聴いてのとおりである。

エリシュカはそうした部分を、さらに華やかなバランスで彩り、その音楽の象徴的な特徴を如実に示している。だが、さらに重要なのはアダージョの序奏部分を厚めにとり、モーツァルトの自虐的なユーモアを真正面から捉えている点である。ウェーバーのパウゼから引き継ぎ、こうした部分が今回の演奏会のひとつのテーマである「復活」、もしくは、「再生」を表現しているのは間違いない。エリシュカの演奏スタイルについては過去のオールド・スタイルを引き継いでいる面が強調されやすいのだが、こうした作品ではピリオド的なアプローチにちかいスタイルも採っており、随所にバロック的な要素が表現として組み込まれていることも見逃せない。それは単に対位法的なフーガの美しい構築だけではなく、音楽的な表情のつくり方の全般にわたっている。

いま、私はやや矛盾した2つのことを同時に書いたような感じがしているが、どうだろうか。私が評価する指揮者は概ね、そんな風に過去と未来の両方を鋭く捉えることができるのだ。最近の記事では、特にメッツマッハーに関するものをご参照いただきたい。

モーツァルトの演奏に戻ると、第2楽章は当然だが、大変に穏やかなものになる。特にストリングスの後方に響く木管楽器のバランスは終始、素晴らしく、2日間を通して、優しく聴き手を労わってくれるものだった。この優しすぎるアンダンテの特徴が、終楽章とも無関係ではないところに面白さがある。プレストの前半はどちらかというと、ゆったりしている。このまま柔らかくフィナーレを迎えるだろうと多くの人は予想するにちがいない。マッケラスの録音のようにところどころ、『ドン・ジョヴァンニ』の地獄落ちよろしく激しい起伏をつけ、油断ならない雰囲気で進むのではなく、エリシュカの場合はペースも均等にダイナミクスだって穏やかに、丁寧な歌いくちがつづくのだ。だが、半ばを過ぎたころ、おもむろに、響きに重みが加わって、既述のように第2のエンジンが点火される。このときの衝撃は、ちょっと言いようがない驚きを伴っている。それまでの静かな調子が、もう完璧に崩れてバランスを失う。ロンドー・ソナタ形式の単純さ、あるいは、バレエ音楽のような安定感がすべて吹っ飛んでしまうような、恐ろしさを伴っている。

だが、作品はあくまでも、もとの優しい表情でおわるのだ。こうした印象は、やはり2日目の演奏で顕著である。その2日目はあまりに一生懸命になって振りすぎていたせいか、一時、指揮者が迷子になってしまったかのようにもみえる瞬間も観察されたが、コンマスを中心に奏者たちがカヴァーして、音楽はひとつも動じなかった。

【大木へと育った演奏】

メインのブラームスも初日から完成度が高い演目ではあったが、2日目に至って、もっともよかった楽章が第3楽章から第4楽章に移った。端的にいえば、第4楽章の表現意図がさらに明確になり、抜き差しならないものになったというべきだろう。初日の演奏では単に神秘的であったものが、オーソドックスなフォルムの充実とともに、明瞭なメッセージとして成長し、大きな感動を与えたというべきだろう。エリシュカのブラームスは信仰心に満ち溢れたもので、作曲家の友人であり、エリシュカ自身がふかく敬うドヴォルザークとは見方が異なっている。ドヴォルザークは、あれほどの偉大な人物でありながら、ブラームスに信仰心がないのは不思議だと言っていたそうだが、もしも、そう思えたとしたら、ブラームスが信仰に対して素直ではないということを、かなり単純に評価してしまった結果といえる。ブラームスは、モーツァルトと同様に、その実像が掴みにくい人物のひとりなのである。

ドヴォルザークと比べると、ブラームスは同じようにそれほど裕福ではない家庭に生まれたにもかかわらず、父親がコントラバスを弾いたりしたせいか、自らの才能を早くから開花させ、その分、良い経験をして、鋭い知性を身につけていった。恐らく、彼は同時代の熱心なリベラリストのひとりで、それが結婚や信仰、もちろん、音楽の面にも影響していたであろう。当時の近代ドイツはあらゆるものを相対化し、自由な見方で物事を評価する新しい段階に達していた。宗教も批判的な聖書解釈が進み、長らく、カトリックとプロテスタントに分かれたあとは、なにが正しいことなのか、もうわからなくなっていた。司祭の言葉に、ただ「アーメン」と頷けばよい時期は過ぎていた。田舎者のドヴォルザークはまだ、カトリック司祭の教えに対して素直に「アーメン」と言っていたろうが、ハンブルクという都市出身のブラームスでは事情が異なっていて、正しい宗教的な観念は司祭から教わるものではなく、自ら探究していくものであると考えていたにちがいない。ブラームスにとって、そのための大きな武器は古典的な音楽であった。ブラームスにとって、古典音楽はこころと音楽の両方を律するものであったのだ。

4つの交響曲の作曲に先んじて、ブラームスは1868年に『ドイツ・レクイエム』を書いているのが大切である。この作品はプロテスタントの信仰に基づき、通常のミサ曲とは異なり、言葉もルッター訳聖書のドイツ語翻訳を用いたが、テクストの選択や、音楽的な内容も含めて考えると、作曲家が自ら見つめなおした信仰の新しいあり方を世に問うものだったと思われる。その解釈について、ここではさらに詳しくは触れないが、4つの交響曲はすべて、レクイエムの響きと何らかの形で照応する要素を踏まえて書かれていることに間違いはない。例えば、クルト・マズーアはNYPとのブラームス交響曲全集の録音に際して、ディスク5で謎解きのように、わざわざ『ドイツ・レクイエム』全曲を入れているが、これは作品が交響曲の源流になっていることを端的に示そうとした好例であると思う。

交響曲第2番はそれら4つの交響曲のなかでも、もっとも『ドイツ・レクイエム』とちかしい作品だということができそうだ。無論、交響曲は第1番が作曲年の20年以上も前から構想されていたというように、ブラームスのすべてであり、その内容は単純に論じられるシロモノではない。だが、1番がゲーテの『ファウスト』的な特別な作品で、ほかの3つが『ドイツ・レクイエム』を起源とするなら、それはそれで面白い三位一体の構造である。交響曲第2番の前半楽章なども、それぞれ結尾を飾る響きは明らかにスピリテュアルなものであり、私はここで、いつも十字を切りたくなるものだ。エリシュカの場合、正に彼らしい特徴でこの結尾をふかく印象づけている。というのは、管楽器のロング・トーンがつづくなかで、適切な場所で浮揚力を増す役割を果たす弦の響きについて、この上もなく「慎重」なタイミングで打たせていることである。もしこれが一瞬でもずれてしまえば、彼の思うような深い印象は生じないはずだが、幸いにも、その好例を札響が示すことはなかった。

第1楽章では、前半で対位法的フーガが盛り上がるところは、大抵、誰でもそれらしく演奏することができるが、エリシュカは後半、非常に緩やかな形でもうひとつのフーガが存在することを見抜き、これが先に述べた終結の美しい音楽と結びついていることを明確に示した。

2日目の幕間では、この楽章の第2主題の前触れを告げる金管弱奏の象徴的な部分を練習する奏者たちの響きが裏から聴こえてきたが、そこが実際に本番で決まると、私の周りの聴き手からも感嘆の溜め息が聴こえた。こういう場面に立ち会うと、札響とその聴き手がいかに深く結びついているのがよくわかるのではなかろうか。その点、東京の聴き手だって熱心ではあるものの、いささか物見遊山の雰囲気が強すぎる。海外のアーティストはしばしば、日本の聴き手が音楽家を素直に尊敬してくれる点に感謝の念を述べることも多いが、その傾向は東京より札幌でより顕著だし、プロ楽団が9つもある東京のように、ここの人たちは他のものを選ぶことができない分、音楽家に求めるものが切実なのである。初日だって、そこが決まっていなかったわけではなかったが、札響はもっと完璧にエリシュカの音楽を捉えたいと熱意を燃やし、実際にそれを実現した。金管からチェロ、低音弦への移行は美しく、その後の流れは数段、素晴らしく進化した。

第2楽章は、前楽章の最後の雰囲気を受け継ぎ、膨らませていく。それが第3楽章の名演につながっている。この楽章はスケルッツォとして、やや強調気味のおどけた響きで奏でられることが多いが、エリシュカはそうしない。主部のすこし翳を帯びた優美な響きに焦点を絞り、得意の舞踊的要素は上品にしまって、最後まで優しく、爽やかな響きで徹していたのだ。ブラームスの交響曲第2番は後半、ダブル・スケルッツォのような印象をもたらすものだが、エリシュカの手法では第3楽章がキリリと締まり、強烈な皮肉を含んだ第4楽章とは明らかな対比をなしていた。歴代の名指揮者たちの録音を聴いても、こうしたアイディアは稀にしか見られず、その効果は思った以上に大きかったようだ。

第4楽章は、2日間で聴いた印象の差が激しい部分のひとつである。初日の演奏ではスケルッツォ的な印象が強く、ベルリオーズ『幻想交響曲』のサバトの部分を思わせるような厭味があって、驚いた。自分がヴィオラのすぐ前に陣取っていたこともあり、普通はマスクされているような細かいパッセージがハッキリと聴こえ、それに対応して、遠くのほうでヒヒヒと笑う金管楽器の響きがする。私は瞬時にベルリオーズ以外に、ヤナーチェクの歌劇『利口な女狐の物語』で森番がハ、ハ、ハ、ハとやるところを思い出す。「なんだこれは?」と思っているうちに、最初のシーケンスがおわり、繰り返しにいくが、これならば、作品に繰り返しがあるのも当然というものだろう。そういえば、若い楽章のなかでも、ヴィオラが引っくり返るような高音を弾く部分があって、ミスか、意図的なものかわからないトコロがあったが、その部分がいま、フラッシュ・バックして、見事につながってくるのがわかった。

テンポは決して速すぎないものの、終始、イン・テンポで通しており、キビキビとして、印象的にはスピード感があったのではなかろうか。ただし、初日は若干、ルバート的な要素もあり、見知らぬ世界のディオニュソス的カーニヴァルのように聴こえる部分があって、これはリハーサルを見学した会員の方から聞いた指揮者の解釈とは若干、ずれるものであった。案の定、2日目の演奏ではそうした要素が整理され、美しいフォルムがより見事に整った。ディオニュソス祭的な反動のエネルギーを秘めながらも、全体の響きは前日よりも厳しく律されて、音楽の立体性はいよいよ増していたのである。表現の厚み、そして、機動力も、初日と同じオーケストラとは思えない。正に、大木だ。これまで、本州では見たこともないほどの!

【まとめ】

金曜日はテレビ収録などもあり、やや萎縮した面があったのも事実だろう。そのことを歯がゆく思う面はあっても、批判的に述べるつもりは毛頭ない。そうではなく、初日、そうは言ってもあれほどの出来でおえながら、なお満足しなかった楽団の姿勢に尊敬を禁じ得なかったからである。彼らの演奏は確かに、聴き手の信頼に応えるものであった。

それにしても、この日の演奏会の隠れたテーマは「復活」、もしくは、「再生」である。ウェーバー、そして、モーツァルトについては既に述べたとおりだが、ブラームスときたら、「死」と「復活」「再生」がいつも交互に来ているような音楽を書いている。この作品でも、第1楽章に現れる強烈なファンファーレが、第4楽章のクライマックスと折り重なって再生する。過去に聴いた演奏で、これらダブルの特徴を敢えてずらして表現した演奏も面白かったが、その点、エリシュカは素直である。無論、このファンファーレは宗教的なモティーフとも無関係ではなさそうだし、それが最終的には風刺的に扱われている点も見逃せない。ブラームスは、そうしたアイロニーが跋扈する世界に生きていたのである。

ブラームス派/ワーグナー派といって、一方の旗頭に担がれて尊敬されてはいたが、それは同時に、反対派の強い批判に曝されることも意味していた。実際、ブラームスは同時代人の一部からは保守的と非難され、それは後世の評価にも影響しなかったとは言えない。シェーンベルクが彼の作品を研究したりしたこと(リンクはPDF)が再評価され、その音楽が実のところ、とても新しいものだった事実が再度、認められたのも近年のことではなかろうか。エリシュカにとっては、そうした歴史的な経緯にも同情があるかもしれない。ブラームスとエリシュカの共通点はいろいろあるが、そのなかでも、伝統的で古くさい要素に新鮮な息吹きを与え、結果として、とても爽やかで、新味のあるものに仕立てることができる点は重要だ。私はエリシュカのことを、「オールド・スタイルを保持した最後の巨匠」とは言わない。しかし、彼は時代と音楽をよく見ていた。その証人として、当たり前だったことを当たり前にこなしているだけのことであろう。

いまや、それが当たり前ではないのだ。エリシュカは、刷新する。だが、なにを以て?

結局のところ、エリシュカが頼りにするのはスコアのもつ神秘性である。丹念なスコア・リーディングによって得たイメージを、彼ほど自然に、また直接的に聴き手に届けられる音楽家といったら、ほとんど数えるほどしか思いつかない。エリシュカはこれまで披露してきたほとんどの演目で音楽的な抑揚、山谷のつけ方やアーティキュレーション、息づかいやバランスに特別なセンスを示し、それが筆者の好みに必ずしも合致しない場合であっても、エリシュカはやっぱり凄いと思わせる威力があった。今回もまた、その妙技を堪能することになった。

大地をつくった尾高はちかく楽団を去るが、木を植えたエリシュカは今後も、常に札響の期初を飾り、新しい森番としてやってくるポンマー氏にも期待がかかる。今季の演奏会がおわると、札響の本拠である KITARA は改修に入るそうで、4月が恒例だったエリシュカの来日&札響の新季開幕も6月にずれることになったようだ。それはそれで、私には面白い。なぜなら、また新しい北海道の表情をみることができるからだ。今回は、忘れがたい「第九」のときと同じように吹雪く天候になり、紅葉の残る樹木の上に白雪が積み重なる珍しい風景が見られた。もっとも、これは札幌だけのことで、空港のほうは朝方、積雪も降雪もなかった。不思議な天候であるが、札幌は私の滞在する2日間とも雪が舞った。観光にはやや不便であるが、エリシュカの音楽には雪が似合う。

なお、この程、パスティエル・レーベルからリリースされたチャイコフスキーの録音も素晴らしい出来で、私の有するなかでベスト盤であるフィリップスのマルケヴィチ盤を上回るパフォーマンスとなっている。私は別段に耳がよいわけでもないので、会場で良いと思っても、録音されたものを聴くと陳腐に聴こえることも決して珍しくはない。このディスクはそうしたところがなく、録音もかなりうまくいったように聴こえる。札響のコンディションの良さ、そして、エリシュカとの組み合わせの凄さがはっきりと聴き取れるディスクであり、これについても、文末に情報を付け加えておくことをご寛恕いただきたい(リンクはそのときのレヴュー)。

【プログラム】 2014年11月14-15日

1、ウェーバー 歌劇『魔弾の射手』序曲
2、モーツァルト 交響曲第38番「プラハ」
3、ブラームス 交響曲第2番

 コンサートマスター:伊藤 亮太郎

 於:札幌コンサートホールKITARA

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力作ですね。勉強になりました。札響まだ聴いたことないのでご縁があったら聴きたいです。

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