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2014年12月12日 (金)

ワディム・レーピン vn チャイコフスキー ピアノ三重奏曲 ほか with A.クニャーゼフ&A.コロベイニコフ ジ・アート・オブ・ワディム・レーピン(第1夜) 11/27

【概要とプログラム構成】

すみだトリフォニーホールの「ジ・アート・オブ・・・」シリーズは、ほかの主催者では実現できない独特な企画力で、世界のトップ・アーティストの素顔に迫ってきた。今回のターゲットは、ヴァイオリニストのワディム・レーピン。神童的な扱いから脱皮し、真の音楽家へと成長を遂げた40代半ばの世界的なアーティストである。その年齢にもかかわらず、今回のパフォーマンスはいずれ劣らぬ名人芸ばかりで、時折、その腕前には似つかわしくない目立った失敗はあったものの、そうした点を割り引いたとしても、なお驚きばかりが印象に残る演奏会であった。今回はしかし、ソロ中心ではなく、同国人の若手ピアニスト、アンドレイ・コロベイニコフと、同じくチェリストのアレクサンドル・クニャーゼフを伴ってのトリオ作品をメインに持ってきていた。

周知のように、クニャーゼフと、コロベイニコフは日本でおこなわれるフォル・ジュルネでも常連のメンバーであり、人気アーティストの一角を占めている。ただし、クニャーゼフはまだ、イベント外での日本での活躍は限定的で、ロストロポーヴィチ亡きいま、ロシアを代表するチェリストである彼の存在はまだ、我が国で十分に認識されてはいないというのが実感である。レーピンからみれば、1世代ほど先輩。かつてはロシアの名ピアノ教師、ミハイル・ヴォスクレンスキーの娘を娶っていた選り抜きのサラブレッドだが、交通事故に巻き込まれて妻子を喪ったという悲しいエピソードをもっていたり、苦労話も多い人物のようだ。事故からは今年で10年ということで、今回のプログラムには彼としても、多少の思い入れがあるのかもしれない。

数あるトリオの名品のなかで、レーピンが選んだ2つの作品はラフマニノフの「悲しみの三重奏曲」第1番と、チャイコフスキーの「ある偉大な芸術家の思い出のために」だった。いずれも死者を悼み、弔うような内容をもっているのは自明だが、ラフマニノフの作品はなにか特定の作曲動機に基づいていたかどうかはわからず、若書きで、生前はほとんど披露もされなかったらしいことから、尊敬するチャイコフスキーの作品を模倣して試作したものだったかもしれない・・・とされる。これらの作品を両端に置き、あとはピアノ伴奏を伴ったチェロおよびヴァイオリンの技巧的な作品が挟まれるというプログラムだった。スラヴ社会では葬儀の折、ポルカやフリアントなど、明るい音楽を演奏したり踊ったりした古い伝統があったそうで、そのことを考えると、両端の作品も含めて、そうしたスラヴ人気質を語るには不可欠の「悲しみ」の意味を表現するコンサートであったといえなくもない。また、そうした内容の演奏会を日本で組んだということになれば、2011年の東日本大震災と津波の被害を思ってのパフォーマンスであったと推察するのも無理ではないだろう。

しかし、仮定に仮定を重ねるのは止しにして、音楽表現について具体的にみてみたい。

【ラフマニノフの新しさ】

1曲目は、ラフマニノフの「悲しみの三重奏曲」第1番である。チェロ→ヴァイオリンの神秘的な出だしから、ピアノが入ってくるときの姿勢で音楽的な哲学はまるで異なったものになる作品だ。クニャーゼフ、そして、レーピンの弾く序奏は、その後の演奏をすべて予告する厳しい響きであり、静寂に満ち、これを打ち破らねばならないピアニストも難儀なことだが、コロベイニコフはこれしかないという適切なダイナミズムで、もちろん、この位置に座っていたであろう作曲家の味わい深い個性を滲み出させた。3人による表現はまず、「厳格」という言葉に尽きる。あとで述べるようなコロベイニコフの打鍵の生真面目さまで、表現意図に含まれていたようにさえ思えるほどだ。

この作品は習作的なものであるにしても、例えば、序奏部分はバロック音楽と未来の音楽の両方にまたがっていて、新味がありそうだ。ラフマニノフが(形式的に)特に「新しい作曲家」といわれることはないけれども、現代に名を轟かせるような作曲家ならば、何も新しい要素をもたないということはあり得ないものだ。ラフマニノフはさしずめ、人々に偉大な過去を知らせ、未来へつづく道を教える役割を果たしたということになろうか。巨大な男だが、怪物となるには繊細すぎた。宗教や古い遺産をいつも大事にしまい込んでいるような人物で、結局のところ、それが彼の音楽の源になっていく。例えばのはなし、チャイコフスキーの終演後、クニャーゼフがアンコールの椅子に座ったときには、私はバッハに8割、グヴァイドゥーリナ2割ぐらいで予想を立てた(実際は、バッハ)。今回のコンサートはおよそ、そんな内容であったと思うし、その象徴がラフマニノフであっても不思議ではない。たった2割の新しさが、こんなに熱く、胸に響くものであろうとは!

【統制】

奇跡的な入りを決めたものの、最初の2曲ほどでみせたコロベイニコフのパフォーマンスには多少の注文がつくかもしれない。例えば、ラフマニノフではすべての音を均一に弾きすぎて、あまりにも几帳面に演奏していたのが作品の味わいを若干、損なうことになっていたようだ。クニャーゼフとレーピンのパフォーマンスは、それをプラスに変えるほど深いインスピレイションを与える。ここでキーワードとなるのは、「我慢」だろう。この作品でどうしても気持ちよく、力づよい表現を求めがちになりそうな部分で、2人はいずれも必死に自らの感情に抗っていたのである。我慢くらべ。どこで爆発するかもしれない静かな情熱が、最後まで何事もなく静かなままだったのは、ほとんど奇跡のような出来事だ。そのことによって、若きラフマニノフのメランコリックな情熱がどれほど透明に輝くことだろうか。

最後、もとのテーマに戻ってくるとき、シューベルトのピアノ作品の響きが聴こえてきたようにも思えたのだが、その際立った明るさは終盤の味わいぶかい結び方をもろに惹き立てるものであった。ラフマニノフの作品は、シューベルトやメンデルスゾーンを下地に、ショパンやシューマンの組み立てたストリームをエンジンにして、羽ばたいている・・・そんな印象をもった。レーピンたちは、シューベルトのベースを上品に感じさせる品のよい演奏をみせたのだ。

なお、リンクは私が推奨するピアニスト、濱倫子を中心とするトリオが演奏する同曲の録音である。この作品の内面的なモティーフを立体的に捉えている名盤であると思う。ヴァイオリンはレーピンと同門で、ブロンの懐刀であるミハイル・オヴルツキという人で、チェロのグレゴリー・アルミャンは濱の学生時代からのパートナーである。オヴルツキとアルミャンは、ボンのオーケストラで互いに主力として活躍する仲間だ。濱はスクリャービンのスペシャリストで、世界的にみても独特のピアニズムを誇るアナトール・ウゴルスキの弟子ときている。若々しい3人の演奏と比べると、レーピンらの演奏がいかにキツく統制されたものであったかがわかるだろう。

2曲目はクニャーゼフがコロベイニコフと組み、チャイコフスキーの『アンダンテ・カンタービレ』を弾いたのだが、これは元来、弦楽四重奏曲第1番からの編曲である。かの文豪トルストイが作曲者の隣で涙したとかいうエピソードが伝えられ、単独で様々な楽器で演奏されるし、録音も多いが、クニャーゼフは現代の巨匠らしい分厚い演奏をみせて、聴き手の感嘆を誘った。特に、その味わいぶかい呼吸の自然さには、作品のもつ価値以上のものが宿っていた。コロベイニコフはここでも若干、生真面目であり、クニャーゼフは最後、若い奏者に向かって唸ることで、もうすこし響きを膨らませろと指示するような感じをみせたが、ピアニストの本領はまだ十分に発揮されないで、必要な厚みに達しなかった。しかし、アジャストをおえた3曲目からは、彼がついにその真価を示し始める・・・。

【レーピンを語るに絶対不可欠な作品】

作品はショーソンの『詩曲』から差し替えられて、ドビュッシーのソナタになった。作曲家が晩年に構想した、あらゆる楽器による6つのソナタ作品の一角であり、完成した4つの作品のなかで最後に書かれた作品としても知られている。だが、レーピンは晩年の特別な作品として、これを演奏するというよりは、スラヴ人気質にとって相性のよい悲しみ・・・活き活きとした舞踊性とアンニュイな陰翳の象徴的な作品として入れたように思われるのだ。フランスものは、ロシア音楽のゆりかご。例えば、ベルリオーズのモスクワ訪問の際には、チャイコフスキーらによる熱烈な歓迎を受けたという。理由はわからないが、この作品は多分、レーピンにとって特別なものであり、『詩曲』と入れ替えたことに不満なファンも少なくはないようだが、私は「ジ・アート・オブ・ワディム・レーピン」には絶対不可欠な演目だったと思って憚らない。いずれにしても、レーピンはフランス音楽の複雑な内面性と、情感的なスラヴ気質を対比的にみながら、自分にとって大事なその2つの分野をトンネルでつなげてみたかったにちがいない。

レーピンがこの曲を弾くと、作品は正にバレエ音楽のような運動性と弾力性をもって響いた。ドビュッシーの作品リストにバレエ作品が殊更に多いわけではなく、バレエ・リュスのために書いた『遊戯』がほぼ唯一の重要な作品となるが、ほかに子どものための『おもちゃ箱』という愛らしい舞踊作品もある。また、そのために作曲されたわけではないものの、バレエ・リュスの興行主=セルゲイ・ディアギレフはドビュッシーの管弦楽曲『牧神の午後への前奏曲』に目をつけてフォーキンに振り付けさせ、これも今日まで標準的なレパートリーとして伝わっている。当時のバレエ・リュスの欧州における文化的プレゼンスはきわめて大きかったと思われるが、フランス人の舞踊への愛着はなにも、それに始まったわけではなく、バロック期からつづく伝統的なものであった。レーピンのいまの奥様がとびきり著名なバレリーナだから言うわけではないが、ドビュッシーの作品をきっちりと演奏すると、バレエ音楽らしい優雅な動き、あるいは、活き活きとして、変化に富んだ舞踊的なアーティキュレーションが生まれるし、それはドビュッシーが理想とした、いかにもフランス的な音楽的ベースのフォルムを示してくれるのだ。

やや影を帯びながらも、トリッキーな動きに満ちた作品は、先に述べたスラヴ的葬送のイメージからいっても、また一味を添えるだろう。第1楽章の終盤、大事な場面でみせたレーピンの技術的な綻びは、それまでのほぼ完璧な名人芸からするとあまりにも意外で、演奏に与えるダメージも大きいが、ココは精確性が優先するコンペティションの場ではなかった。それを補って余りある意味のある響き、ひとつひとつのパーツがメッセージをもった演奏というと、まことに得難いのである。また、ピアニストの巧みな模倣と、ヴァイオリンの重音がピン・ポイントで響きあい、整然と広がったときの絵も言われぬ神秘といえば、第1楽章と第3楽章で大きな見せ場となっていたものだ。

【スラヴ気質と響きあうフランスもの】

しかし、あまりに明るくなりすぎず、仄暗いまま移行したラヴェル『ツィガーヌ』の演奏も息を呑んだ。いちど脇に戻っただけで、聴き手の拍手がおわらないうちに弾き始めたレーピンの動作には多分、それなりの意味があり、普通は水と油のように扱われるドビュッシーとラヴェルを敢えて背中合わせにしたパフォーマンスだということがわかると、まことに興味ぶかい。浜松国際ピアノコンペティションに際して、PTNAのインタヴューを受けた当時の審査員、ドミニク・メルレ氏の発言によれば、彼がドビュッシーとラヴェルを同じプログラム上で弾くことは決してないということだった。実際には、多くの音楽家たちはメルレほど繊細な感覚はもちわせていないものだけれど、レーピンの選択には確かに意味があったはずなのだ。

例えば、この作品の序盤にみられる闇は、ドビュッシー晩年の世界観と明らかに共通している。その雰囲気が、いわば「色好み」である多彩な技巧的名品をまったく別の表情で描くことに役立っているのだ。例えば、五嶋みどり女史のHPにある解説によれば、作品の前半はロマが自らの境遇を独白するような描写になっているということだが、その味わいが先に述べたようなストリームのなかで重要な役割を果たすのは言うまでもない。後半はロマの楽士が示すような、巧みでワイルドな音楽的才能を讃える超絶技巧的な作品となるが、レーピンがもっとも活き活きと弾いたのは、やはり、こうした部分だった。ピアノとのパートナー・シップはここでも輝き、時折、ぐうの音も言わせぬ美しい響きがワッと広がる。スラヴ人気質と響きあうフランスもの2曲は、演奏会全体の流れとしっかり向き合いながらも、芳しい色合いを添えた。

【ある偉大な芸術家の思い出に】

後半は、チャイコフスキーのトリオであるが、その序盤は、やはり、レーピンの演奏のベースが十分、美しいものではなかった。しかし、早いうちにアジャストが済むと、あとは良い演奏になったと思う。特に、第1楽章のおわりのほうで深いパウゼを打ち、そこから音楽が劇的に沈んでいく場面などは圧巻だ。それまでの部分は、故人の趣向を反映するように、様々な音楽的要素が在りし日のように、自然な調和で用いられている。その故人=ニコライ・ルビンシテインは兄アントンと比べると、保守的な傾向があったとされているが、作品を聴くかぎり、ニコライもまた、過去ばかりを振り向いていたわけではないようだ。ラフマニノフと同じように、ニコライの視野もやはり過去から未来へと一直線につながっている。

第2楽章のヴァリエーションに入ると、全体的にアンサンブルは柔らかくなり、特にレーピンの動きにキレが増してくる。ラフマニノフにおける我慢比べほどではないが、彼はこうした音楽で、もはやほとんど力まず、ひとつひとつのパーツに磨きをかけることでフォルムが効果的に印象づけられることを悟っていた。ダイナモとなるコロベイニコフのパフォーマンスは前の2曲ほどではないが、活き活きとしており、もはや、このメンバー相手でも遠慮がちではない。クニャーゼフは相変わらず、どっしりとして動じなかった。演奏は最終変奏とコーダに入り、いよいよ流れがよい。次々と決まる3つの楽器のアクティヴな交歓に、人々は息を呑んだ。このフェスティーヴォな盛り上がりの最後に、もっとも単純な音階的な旋律から第1楽章の主要主題が回帰し、ブラック・アウトするまでの展開はあまりにも重すぎる。

演奏がおわっても、展開が読みにくいヴァリエーション形式のせいもあろうが、会場はしんと静まり返った。そのとき、演奏会全体のデザインがいよいよハッキリと浮かび上がったのだ。

【アンコール・ステージ】

レーピンが素晴らしい技術とアイディアをもったヴァイオリニストであることは、もちろん、間違いのない事実だろう。しかし、アンコール・ステージで、クニャーゼフがバッハを弾いたときの、あまりに充実した完璧さによって、主役は交代したかもしれない。楽器を大木のように据えて、腹の底から響きを絞り出し、ゆたかなバリトンを響かせるチェリストの「声」の良さばかりではなく、そこから伝わってくる深い内面性にはもはや、逆らうことができない魅力を感じたものだ。これと比べれば、最後のクライスラーによって、レーピンが示し得たものは弱い。だが、それはドビュッシーのときに噛みしめたメッセージを再現するものではあった。つまり、レーピンがまず、舞踊的な音楽を活き活きと奏でることでは、この上もなく豊かな感性をもっており、そうして欧州クラシック音楽のもつひとつの生命線を浮かび上がらせたことだけでも、彼のもつ特別な価値を証明するには十分なほどだった。

例えば、現代音楽でも、「舞踊性」と「響きの美しさ」「機動性」、そして、「人間の声」が、人々と音楽をつなぐ最後のインターフェイスとして残っている。レーピンはその中心部のひとつを、誰よりもつよく印象づけられるのである。若干、精度の問題はあったものの、誠実なパフォーマンスであることは間違いなく、演奏会は有意義なものだった。レーピンについてはこれまで、私としては食わず嫌いな感じもあったが、多士済々のブロン門下にあっても独特なタイプへと成長したようである。こうしたキャラクターが、いつまでも欧州の中心部分を占めてくれることを願って止まない。

【プログラム】 2014年11月27日

1、ラフマノノフ 「悲しみの三重奏曲」第1番
2、チャイコフスキー アンダンテ・カンタービレ~弦楽四重奏曲第1番 op.11
3、ドビュッシー ヴァイオリン・ソナタ
4、ラヴェル ツィガーヌ
5、チャイコフスキー ピアノ三重奏曲「ある偉大な芸術家の思い出に」

 於:すみだトリフォニーホール

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