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2015年1月26日 (月)

マルティン・フレスト クラリネット・リサイタル with ローランド・ペンティネン pf バルトーク ルーマニア民俗舞曲 + ブラームス ハンガリー舞曲集 ほか @浜離宮朝日ホール 1/14

【プログラム構成】

オーボエのオリヴィエ・スタンキエーヴィチのリサイタルについて、先日、レヴューを書いたが、この演奏会は1年のなかでも特に印象ぶかいもののうちに入る。年が明けて、室内楽のちょっとした公演(プロジェクトQの試演会)を別にすれば、今度はクラリネットの名奏者、マルティン・フレスト(フロースト)の演奏で1年が始まるのは悪くない趣向である。日本にはオーケストラ公演のソリストとして2回ほど来日して、いずれも評判がよく、録音も多い。そのなかでもよくコンビを組むローランド・ペンティネンが共演者ということもあり、舞曲ばかりが並ぶ変わった感じのリサイタル構成だったが、思いきって足を運んでみる。

会場で席についてプログラムを開くと、シューマン『幻想小曲集』(op.73)のあとに、ピアノ・ソロを挟んで、バルトークの『ルーマニア民俗舞曲』とブラームスの『ハンガリー舞曲集』からめいめい3曲ずつ、計6曲が交互に演奏されるシーケンスになっているのに気がついた。また、フレストのリサイタルという風になっているが、ピアノ・ソロでショパンのマズルカ3曲シーケンスと、アルベニスの難曲ひとつがそれぞれ前後半に仕込まれていて、演奏時間でみると、むしろ、ピアノのペンティネンのほうが多いような構成になっていることから、正確には2人のデュオ・リサイタルという性格が色濃い。こういうところからみても、若干、飛躍はあるかもしれないが、フレスト氏は完璧に磨き上げたパフォーマンスしかしない人なんだというイメージを抱くのは自然なことではないかと思う。

【ペンティネンのピアニズム】

最初のシューマン『幻想小曲集』は、スタンキエーヴィチの演奏会ではオーボエ・ダモーレで吹かれたが、当たり前のことだが、クラリネット原曲版のほうが表現は自然である。ただし、リサイタル全体の完成度からみると、この作品については、フレストらしからぬ刃こぼれもあった。

これを埋め合わせるように、ペンティネンが堂々たるパフォーマンスで、聴き手の集中力を引き締めたのは重要なことだった。ショパンのマズルカ3曲は、時代の主流を占めるポーランド派(リンクはPDF *やや重い)の教えるものとは趣を異にするものの、その主張にも目配せしつつ、彼なりの独創的なルバートを用いた味わいぶかい表現になっている。著名な op.17-4 の冒頭からして、聴いたこともない刺激的なアーティキュレーションに度肝を抜かれた。ただ、アクの強い独りよがりの表現ではなく、最初のインパクトから抜けると、その表現の構成には歴とした落ち着きがあるように感じられた。ここから、op.33-3、op.63-3 へとつづくシーケンス、すなわち、急緩急のリズムがついた「3楽章」の間に、ペンティネンは自らのすべてを証明してみせる。

その長所のひとつは、美しい演奏姿勢にある。私の蔵書のひとつにフランスのピアノ教師、ジャン・ファシナによる『若いピアニストへの手紙』があり、そこで教えられている合理的な姿勢にちかいのだが、つまり、そのポイントは椅子を低くし、上から重みをかけて鍵盤を叩きすぎることを戒め、演奏に必要なダイナミズムだけを効率的に引き出せるように、手首や腕を柔らかく使った演奏をすることであった。今日、多くのピアニストはこうした音楽姿勢よりは、打鍵の重みや機動性、精確さに焦点を絞っている場合が多く、例えば氏が教えたはずのフランスの名匠、ジャック・ルヴィエ氏などもいまや、ファシナからの指導に完璧には従っていないようにみえるのだ。恐らくは、その奏法を維持するのは著者がいうほどは容易くなく、それぞれのピアニストが自分にとってラクで演奏しやすいと思う姿勢も、年齢や性別などの肉体的ファクターも相俟ってマチマチになってくるのだろう。

とにもかくにも、ペンティネンはファシナの教える奏法にちかいようだ。その利点は音楽が優しく、柔軟に響き、親密な感じがする点である。ペンティネンの音楽はまず、その確固とした哲学にもかかわらず、音楽に対して、まるで支配的なものではない点で面白かった。彼のショパンは流動的で、深い自由を感じさせる。実際、ショパンは弟子たちに対して、左手を精確に打つ一定のルールを守ったうえならば、かなり広い自由さを認めていたそうである。ショパンの楽譜を開くとしばしば、不思議なことにかなり長い範囲にわたってスラーがついているのを目にすることになるのだが、これはパヴェウ・カミンスキ教授によれば、テンポ・ルバートについて表現したものであるとのことだった。これに象徴されるように、ショパンの時代では何か特定の正しいスタイルを守るというよりは、ピアニストの自由な表現のほうにより重い価値があったことは、その時代柄からも想像がつきやすいところだ。ペンティネンの場合はショパンの描いた響きの高貴な品位と、柔らかな表現性を生かしながらも、同時にかなり辛口の厳しいルバートを採ることで、北欧的に透明なサウンドを導き出しているようなところが見受けられた。

また、ショパンにおける彼のピアニズムは、同時代の絵画を思わせるところがある。無論、私は絵画については無知にちかいが、それを承知の上で、私が感じているひとつの印象は精緻な具体性から、省略と簡素化の美(印象派のルノワールを頂点とする)が見出され、やがて、その極致である象徴派からキュービズムに至る歴史の流れである。ペンティネンの場合は重要な拍をくっきりと丁寧に印象づける一方で、その間に置かれる響きは巧みにぼかされていて、私はパッとこの符合について思いついたのである。この問題は、後半のアルベニス(ショパンよりも数世代の後続)の演奏については当て嵌まらず、つまりは、ショパンが際立って同時代の芸術と近接している事情を窺わせるであろう。彼の親友といえば、タレーランの後裔とも目されるウージェーヌ・ドラクロワが知られているが、先進的な画風のなかにもややバロックを取り入れた作風はショパンと響きあっているのがわかる。

【だまし絵】

2曲目のマズルカ3曲のシーケンスで、彼が演奏会の雰囲気を引き締めたといっても、その本領はなお、アンサンブルのなかにあった。前半のメイン=6曲に及ぶ舞曲シーケンスのなかで、彼が見せた卓越した模倣力はペンティネンの得難い才能と、フレストのもつ圧倒的な機動力や歌謡性をつなぐものであった。演奏はバルトーク→ブラームスの順でつながれ、序盤は同じようなスラヴ系舞曲とはいっても、バルトークとブラームスの個性がまったくちがうことを実感できた。バルトークは直線的で、遊びがなく、ぎっしりした表現に凝縮しているのに対して、ブラームスは得意の変奏的書法を駆使して、隣の芝生の青さを鮮やかに彩っているからである。その点でも、舞曲の「作者」たちが、初めから編曲と謳って大儲けしたブラームス(と出版社)を盗作疑惑で批判したのが誤りであることがよくわかるだろう。

だが、徐々に2つの作品は歩み寄ってきて、最終的には、いま弾いているのがバルトークかブラームスかは、よくわからなくなってくる仕掛けになっていた。この構造は、さらに演奏会最後のアンコール・ステージに置かれたモンティにも受け継がれている。曲目はヴァイオリンのリサイタルなどでポピュラーな『チャールダーシュ』だが、先刻のバルトークやブラームスの作品のつづきといわれても騙されてしまいそうなほどだ。

後半のメインは冒頭のシューマン『民謡風の5つの小品』(op.102)から1、2、5曲を抜粋したもので、完成度の高いパフォーマンスだった。特に第1曲に対する解釈がかわっていて、構造の継ぎ目に現れる連符に不思議なウェイト置いた演奏だった。その部分を除くと、全体的に弱い第1曲と、柔和な第2曲につづけて、タフな第5曲が演奏されると、たった3曲のシーケンスで驚くべき鋭角的なコントラストがつくのも面白い。

ここから先は短いピースで、 cl 、 pf(独奏) 、cl 、と主役が入れ替わって連続し、ガラ・コンサート的なシーケンス構造になっている。冒頭のファリャ「子守唄」(~『7つのスペイン民謡』第5曲)は題名どおり、序奏的なララバイの響きだけで終わり、聴き手をハッとさせ、中間部はアルベニス『スペイン組曲』第3番の「マラゲーニャ」で華々しいピアノ独奏となる。最後、弟のヨーラン(Goran)の作品である『クレズマー舞曲』をフレストが演奏して締めたが、その作品は一見、スペイン舞曲と見紛うような性質をもっている。ただし、「クレズマー」はドイツや東欧に広がったユダヤ系民族のことを指すようであり、実は前半のプログラムとも連結されていることがわかる。現代的な斬新さは見られないものの、どこのものかよくわからないが、民俗的な雰囲気と、独特のシャウトのようなしわがれ声を用いた娯楽的な作品であった。クラリネット連結部の本来、弱々しい部分しか得られないところを巧みに作品のクオリティに組み入れた力業は、それを彼の兄だけが上手に吹いてのけることを生かしたスペシャリティである。

こうしてみると、今回のプログラムは「だまし絵」のような味わいがあり、ユーモアによって工夫されたものであることが窺える。フレストにとっては日本で初めてのリサイタルではあるが、彼自身の素晴らしさをアピールするというよりは、こうしたプログラムを使った聴き手とのコミュニケーションを第一に考えた内容は掛け値なく面白かった。

【まとめ】

前述のようにアンコールの2曲目は『チャールダーシュ』だったが、1曲目はピアソラの『忘却(オブリビオン)』であり、これはとても深く印象に残った。落ち着いて、深い音色で、ゆったりと奏でられるフレストの演奏は殊更に味わいぶかい。「忘却」という題名だが、これはむしろ忘れてはならないこと、あるいは、忘れたくはないというつよい思いに通じる作品だろう。逆にいえば、それでも人は忘れてしまうということか。日本で初めてのリサイタルで、この曲を吹くということは、我々にどんなメッセージとして受け取られるのだろうか。私の場合、こころのなかに、このように誓ったものだ。

絶対に忘れはしない!

マルティン・フレストの音楽は、既に揺るぎない個性を獲得している。また、彼は優れたアンサンブル奏者でもあり、その点はペンティネンとも共通する。しばしば彼はピアノに身を寄せて、そこから響きを拾うような仕種をしていた。繊細な素振りである。実際、2人の響きはぴったりと寄り添う。2人はこれまで、ともにBISの看板アーティストとしてやってきて、多くのディスクで共演し、ライヴでもコンビワークを重ねてきたが、それ以上に深い信頼関係で結ばれているようだ。今後はフレストがソニーに移籍するそうだが、ペンティネンとの関係はどうなってしまうのだろうか。アンコールのピアソラをはじめ、若干、別れの印象がつきまとうのはそのせいなのかもしれない。

長身のフレストは時々、片方の足をすこし曲げて身体のバランスをとる。そのシルエットが印象深かった人も、たくさんいるにちがいない。彼の演奏は独特で、例えば、ミシェル・アリニョンやオリヴィエ・スタンキエーヴィチのような正統的な音楽と比べると、曲げられた足が象徴するように、やや傾げた印象を放っていた。うっとりするような高度な技巧の切れ味と、配慮の行き届いたセクシーな演奏が際立つ演奏会であったが、意外にも、私のこころをつよく捉えたのはペンティネンのほうである。ショパンのマズルカの省略的な演奏と比べると、一音たりともないがせにしないアルベニスでのパフォーマンスは圧巻だったし、アンサンブルでの高度な表現性も・・・否、それこそが見逃せないものだった。

なお、客席は若干、特殊性のある客層とみえる。巨体のコハーン・イシュトヴァーン氏の姿が目立つが、そのほかに有名無名のクラリネット奏者たち、現役の学生たちが多いようで、その場合、リサイタルの雰囲気はやや内向きなものとなって、表面上はさほど盛り上がらない。また、そのせいか、ピアノ独奏プログラムはごく素晴らしいにもかかわらず、微妙な雰囲気であった。ともあれ、これが素晴らしい演奏だったことは確かに共有できたことぐらいは実感できる。フレストだって、十分に化けものだ。特に、あの強い音圧はどうしたら得られるのだろう。何年か前に、多摩地区で国際クラリネット・フェストに2年連続で通い、たくさんのクラリネット奏者を知ったが(例えば、J.J.ボクンや、ヨージェフ・バローグジョン・マナシーのような個性的なアーティスト)、彼のようなタイプがいたとは記憶していない。フレストの音楽はそうした面でも、プログラム構成に相応しかった。動的で、力づよい。また、セクシーで、艶やかなのである。

【プログラム】 2015年1月14日

○シューマン 幻想小曲集 op.73
○ショパン マズルカ op.17-4/op.33-3/op.63-3
○バルトーク ルーマニア民俗舞曲=第1曲/第2曲/第3曲
  +ブラームス(演奏者編) ハンガリー舞曲集=第1番、第12番、第21番
○シューマン(演奏者編) 民謡風の5つの小品 op.102-1、2、5
○デ・ファリャ(演奏者編) 7つのスペイン民謡=第5曲「子守歌」
 +アルベニス スペイン組曲=第3曲「マラゲーニャ」
 +G.フレスト(演奏者編) クレズマー舞曲

 於:浜離宮朝日ホール

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