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2015年3月23日 (月)

アンサンブル・ノマド イムレ・ソアール 希望の唄11032011 / シンギングボウルの唄 ほか 再生へ vol.3 エストニアから震災復興を祈るコンサート 3/15

【概要とカンネルについて】

今回のアンサンブル・ノマドの公演は、「エストニアより震災復興を祈るコンサート」と題されていた。この企画はノマドの佐藤紀雄代表がDVDでみたエストニアでの公演内容に感銘を受け、そのエッセンスを日本に紹介しようと思い立ったことがきっかけになったようである。エストニアといえば、長くソヴィエトの支配を受けた「バルト三国」のひとつで、作曲家ではアルヴォ・ペルトやエドゥアルド・トゥビン、音楽家では指揮者のヤルヴィ父子などが有名だ。日本では無名だが、特にイムレ・ソアールという作曲家の作品が佐藤代表の目(耳)に止まり、その作品のなかで録音が用いられている奄美の島唄を歌いつづけるウタシャ=朝﨑郁恵さんがゲスト出演した。ソアールは1969年生まれで若くはないが、現在もアカデミーで修士課程にあることから、独特のキャリア・パスが窺える。

前半の3曲はペルトをはじめとして、仄暗い雰囲気をもったエストニアの作品が様々な編成でガラ的内容で構成されていた。子守唄や、故人の追悼のための作品である。2曲目で登場したエストニアの民族楽器、日本でいえば琴に当たるカンネルは、この公演のひとつの目玉になっている。カンネルはツィター属の、板に弦を張っただけのシンプルな楽器で、弦を指で弾くのだが、音質は例えばハンガリーのツィンバロンなどと比べると、やや硬質な感じに聴こえる。演奏のクリスティ・ミューリングはこの楽器の演奏で第一人者であり、国際的に知名度があるようだが、確かに、その演奏にはうっとりと聴き入ってしまう艶があった。

【ソアールの新作】

前半のプログラムで、4曲目のソアールの新作には度肝を抜かれた。『シンギングボウルの唄』は作曲家がチベットで知り合った若き学僧、タシ・デレクと対話するなかから生まれた作品ということである。タシが読むお経や、意味は分からないが、彼によって語られる夢がいくつかの音素材とともに録音されていて、表のアンサンブルと出会う仕組みになっている。題名にみえる「シンギングボウル」は仏具の鈴に似た楽器であるが、その楽器が終始、鳴り響くというわけではなく、題名もひとつのメタファーである。編成には民族楽器のカンネルが入るほか、サックソフォーンが印象的に用いられ、このパートもエストニアから招待された音楽家(作曲家でもある)、ヴィル・ヴェスキによって奏でられた。

ソアールの傑出した点のひとつには、オーケストレーションにおいて独創的なアイディアをもっていることがあり、多分、それほど個性的ではない平凡な作品を編曲したとしても、彼は見事にその作品を生まれ変わらせることができるだろうが、この作品ではタシの声をはじめとして、多様な個性をもった素材がゆたかに含まれているため、彼の発想はいっそう天才的なものに思えたのである。

一体に、ソアールはソングライターでもあり、米国のジャズのつよい影響を受け、メロディアスなフォルムの作り方にも長けている。タシの語る夢のなかには、西洋の国々やニューヨークの摩天楼の風景に対する幻想もあるため、どこかしら、2人の感覚はクロスオーヴァーして聴こえるところもあろう。お経のパートがいったん切れたあと、抑揚のゆたかなタシの語りが天然の歌のように扱われ、あたかも自然に導かれたように、沈黙からアンサンブルが湧いて出る。どことなくプーランクの歌曲に似ている感じもあったりするものの、ひとつひとつの素材は短めで切り上げられ、なるほど夢のように、浮かんでは消えるように構成されている点が非常に面白かった。

上のような趣旨から、この作品自体は震災や津波とは直接、関係がないものの、全体から受ける雰囲気は仄暗い情感をヒシヒシと感じさせ、感受性に優れた聴き手を涙させるには十分だ。それは最後にまた、朝崎さんの唄で同様に感じられるものと、奇しくも同質であった。エストニアにおける祈りの趣旨は哀しみや追悼というよりは、むしろ希望に寄せられたものであったろう。タシの語る青雲の志こそが、私たちの感情の奥底に潜んでいるものを焚きつけ、堪らない気持ちにさせる。ダラダラと涙が流れる。ヴェスキの吹く、彼がもつ楽器のカラーと同じにくすんだ色調は、フルートやクラリネットとの組み合わせで何倍にも増幅され、薄いカンネルの響きがスラヴ民族の受け継いだ切なさのある文化を物語った。ある意味では、そうしたところに生じる高貴な雰囲気こそが、人間の情感とダイレクトに結びついていくのだ。

【希望の唄】

このコンサートでは、言葉の意味というものが、ほとんど問題にならない。奄美の唄で歌われていることにしろ、タシの夢語りやお経にしても、普通、耳にして即座に意味がわかるようなものではない。朝崎さんは内地の人に聴いてもらったときに、彼女の唄は黙って聴いているのは3曲が限界で、どこで曲が変わったかもわからないと言われたそうだが、むしろ、そのような無意味さこそが我々の胸を打つのだ。言葉はいつも虚しく、そこには真実がない。現代音楽と言葉は、どこかで共通している。人々はそこに、なにか理解できる意味を見出そうとするが、そうしてわかろうとするために、いっそうわからないという矛盾が生じるのだ。現代音楽の難しい理屈を、聴き手がすべて理解すべきだとは思わない。かといって、理屈がない平易な作品だけに価値があるということでもないはずだ。問題は聴き手のほうが、この人の言っていることはわからない・・・わからないけれども、理解してあげたいという想いになれるような「何か」があるかということだ。

ソアールは見たところ、異文化につよい関心を抱き、それらを積極的にエストニアの文化と出会わせていくということによって、味わいぶかい化学変化を生じさせることを狙っている。神さまはそのような志を殊勝と思し召したのか、彼が異質な響きを無理なく自然に、しかも、強烈な印象を伴って引き出せるように、独特の才能を与え給うた。東洋への関心は多分、事の初めから、ソアールのなかでは強かったであろうが、2011年の出来事が、その想いを決定的なものにしたという事情はあるかもしれぬ。だとすれば、これも運命的なことである。2011年の『希望の唄11032011』は紛れもなく、日本に起こったことに対する追悼の作品として作曲された。世界初演の作品と比べれば、その作品はまだワイルドな印象を抱かせるものの、合唱を伴う規模の大きな作品であったことから、当時、既にソアールがエストニアで一廉の存在と見做されていたことは自明である。

エストニアの歌手、ミイナ・ランボットがうたう地元クーサルの民謡と、朝崎のうたう奄美の島唄の驚くような類似性を衝きあわせたところに、この作品の圧倒的な発想力がある。なお、MCによれば、朝崎の最初の音源は1997年に収録されたものだが、それが後にとあるアニメのなかで使用され、世界的に広まったという経緯があるとの次第だった。調べてみると、リンクの渡辺信一郎監督による『サムライ・チャンプルー』の関連動画は、カウンターの表示を信じれば87万回以上も再生されていた。

この曲の演奏では生歌ではなく、ランボットと朝崎の音源が用いられ、表のオーケストラや女声合唱と組み合わされるが、合唱は案の定、ヴォカリーズで加えられている。合唱団は少女と、若いが、もうすこし年増の女声合唱団をあわせたセットで、その点でも現在と未来にまたがっている。独奏部はサックソフォーンを中心に、フルートとカンネルが絡み合い、ソアールの得意とするミックスチャーの構成が透けて見えるだろう。新作ではサックソフォーンは低音楽器としての特徴を中心に、いわばベース的に用いられたが、この作品ではソプラノカーブドのサックソフォーンが中心に用いられ、高音で情感を前面に出す即興的なパフォーマンスが求められた。ヴェスキのパフォーマンスはどちらかといえば、保守的なほうで美しく輝くため、この作品ではやや羽目を外しすぎの印象となる。

新作は短い素材がコツコツとつながれたが、この作品はその点でテンポは緩い。全体の構成力は、現在の作品のほうがよりこなれており、バランスが良かった。しかし、2011年の作品はひとつひとつの楽器に自由な表出を求め、指揮する佐藤も最後は、アンサンブルの精度や緻密さがどうこうという問題よりも、このことにはそれぞれの想いがあるはずで、それを素直に形にしてほしいという演奏姿勢を示し、それに応えるヴェスキらの奔放なパフォーマンスが感動的で、胸に響いた。朝崎の唄は、最終的に全体をつなぎ合わせるイメージのコアに配置されていた。

【原初の魂】

『希望の唄』における個々の演奏姿勢は、最後の朝崎のパフォーマンスにもプラスに働いたのは明らかである。まず、朝崎さんと、彼女の活動を支えるピアニスト兼作曲家兼プロデューサーのようなものである高橋全氏が、MCで紹介された。最後の演目である奄美の島唄『よいすら節』は、高橋がこの日のために編曲したものだ。彼は朝崎の守ってきたものに最大級の敬意を払い、その輪郭をくっきりさせながら、句読点を打つような作業だけに留めて、個人的な創作の材料として朝崎の声を用いてはいない。唄の内容は艪に止まった白い鳥が実は「うなり神」で、兄弟の航海を守ってくれるはずだというもので、さらにもう1曲、ここで皆さんとお会いできてうれしいという意味のものを組み合わせたものという話であった。

調べてみると、奄美は鎌倉時代に日本に組み込まれたが、それまでは独自の文化を育み、琉球と同じような外国だった。そこに伝わる音楽は朝崎によれば、琉球のものとも、内地のものとも異なり、より古い伝統をもっている。民謡よりも、さらに「懐かしい」原初の魂を宿しており、我々の胸に響きや意味を越えてダイレクトに語りかけてくるものがある。

朝崎はまず声がよいし、1935年生まれというと、もう80歳にちかいが、それでも年齢的な声の衰えは表面上、まったく感じられない。確かに以前の録音と比べれば、高音の艶々した伸びはなく、声はかすれてきているようにも思えるが、それはかえって品のよい味わいに変わってきているのだ。彼女は通常、三味線や高橋のピアノ、もしくはシンセサイザーなどと合わせる形で歌っているようだが、こうしてオーケストラと演奏した場合、その声のいかつさというか、独特の味わいぶかい引っ掛かりには磨きがかかり、唄の質はより素朴で、古いものへと純化して響く。彼女の唄は、第一声から只者ではない深い郷愁とともに、ぬっと姿を現してきた。そして、我々の胸を土足で踏み荒らす・・・正確には、優しく揺さぶる。

神武天皇?古事記?そんな作られたものよりも、ずっと深い日本の原初のエネルギーがここに満ちているようだった。そして、それは単に日本古来の・・・というよりは、より大きな広がりをもって感じられたのである。

無関心が恥ずかしいばかりだが、朝崎は既に著名な歌い手であり、UAなど、よく知られた Pops&Rocks の歌い手との共演なども多く、国立劇場などでも歌を披露している偉大な人物だ。録音も最初はインディーズだったが、メジャーから複数枚がリリースされていた。しかし、今日に至るまで、皇室から勲章を賜ったり、国から顕彰を受けたりするなどの栄誉がなかったらしいのは不思議なものである。高いステイタスを誇りながらも、朝崎の姿勢は謙虚そのもので、彼女の存在自体が文化財のようなものということもできるだろう。今回、こうして最高の環境で聴けたことは喜び以外の何物でもなかった。リンクは彼女の公式ホームページで、ソアールの作品もいま、’Live’ページのトップに置かれ、YouTube動画が嵌め込まれる形で紹介されているので、是非、ご覧になって頂きたい。その当時、日本のことを想ってか、会場に張り詰めた初演のピリピリした雰囲気が確かに感じられることだろう。

【まとめ】

演奏会はこうして、数々の感動を胸に終わった。あれから4年が経ち、この演奏会も痛みを直接に感じる機会ではないものの、遠くエストニアで、日本とこころを合わせようとした尊い試みが、人知れずおこなわれていたことは我々も知っておいて損はない。そして、そこには、ソアールのような優れた音楽家の存在もあった。彼の音楽は前衛的な新しさとまではいえないものの、時代とよくマッチした独特の味わいと、天才的なミックスチャーへのアイディアを備え、世界のどの作曲家にも勝っている点がある。彼の音楽を耳にした衝撃は、これまで私が聴いてきた狭い経験のなかでは特に刺激的なもののうちに入るだろう。そして、彼の音楽は今後、いっそう高いレヴェルで輝くようになるはずだ。そうなってほしい!

また、エストニアという国そのものへの関心も、こうした機会を経て、私には強くなった。アルヴォ・ペルトが独特の存在感を維持できたように、エストニアにはパリやロンドン、ニューヨークといった都市では考えられないような、ちょうど英国バロックのような落ち着いた音楽の趣向があるのではなかろうか。人々は素朴で優しい信仰心に満ち、音楽には鋭い感覚をもちあわせ、ソアールはそのようななかで育まれた真の天才である。彼の音楽によって、祖国は深い安らぎのなかにイメージされた。少なくとも2011年の一時期、彼らの真心は我々とともに在ったのである。喜ぶべきことであろう。

そして、最後に朝崎さんだ。彼女には本当に長生きしてほしいし、あの素晴らしい唄の生命力が国民的にもっと広く知られるべきだと思う。佐藤や高橋に手を引かれ、先天性か、後天的なものか、目の見えにくいところは大変だろうが、それだけに、彼女はまた謙虚になれるのだ。実際、そういう才能こそが得難い。唄はまた、そうしたところに自然と降りてくるものなのだ。『よいすら節』では結局、兄弟のために祈ることしかできない。しかし、こころだけは一緒にいたいという家族ならではの真心が歌われている。それなら私も、祈るとしよう。朝崎さんの健康と、またどこかで素晴らしい歌が聴ける日のことを願って。そして、また、ソアールの作品がまたどこかで聴ける日のことを願って。そして、いまはまだ仮設住居にしか住めない人たちが、いつか前向きに歩み始めることができる時代が来ることを願って!

【プログラム】 2015年3月15日

1、ペルト 鏡のなかの鏡
2、マレ・マルティス ウネキリ
3、ペルト モーツァルトのアダージョ
4、ソアール シンギングボウルの唄
5、ヴィル・ヴェスキ/アンドレ・マーカ編 到達
6、ソアール 希望の唄11032011
7、奄美島唄『よいすら節』(arr.高橋全)

 於:東京オペラシティ(リサイタルホール)

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