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2015年5月 4日 (月)

メッツマッハー シェーンベルク 5つの管弦楽曲 op.16 ほか / リヒャルト・シュトラウス 死と変容 & ヴァレーズ アメリカ ほか 新日本フィル サントリー定期&トリフォニー定期第1夜 4/12、18

【メッツマッハーの短い任期】

インゴ・メッツマッハーは2010年、新日本フィル(NJP)に初登場し、2011年に2回目の客演を経て、2013年9月から前任者のクリスティアン・アルミンクの後任として、トップ・ポストに就いた。任期は3年間、年間4プログラム6公演を定期的に指揮し、地域での演奏活動などに協力するほか、楽団に対して音楽的助言を与えるという「コンダクター・イン・レジデンス」の称号で、同時にダニエル・ハーディングを要職につけた二頭体制だった。音楽面における高い信頼や期待とは裏腹に、営業面での少なからぬ懸念を示すような体制は数年後までに、結果的に発展的な結末を迎えることができなかった。メッツマッハーの退任は昨年、公演プログラムに挟み込まれた宣伝チラシのなかで明らかになったが、このような楽団の対応は物議を醸したと思う。

日本で楽団の内情を調査し、報じるような信頼に足るメディアは存在しない。そのため、本当に正確なところはわからないが、アルミンクの退任は震災後の個人的な対応(トップ・ポストにありながら、原発問題でオペラと三重公演で来日拒否)が拙かったために、ただでさえ、長期不況の継続と震災の影響で減少傾向のスポンサーシップに見逃せない影響があったせいだと思っている。恐らくは別の原因で、メッツマッハーはこの悪循環を覆すことはできなかった。高い報酬のわりに幅広い人気がなく、人柄も大人しそうな彼は、これまでのキャリアでも、とても世渡り上手とはいわれない経歴を歩んできた跡がみえる。楽団運営が厳しくなっていくなかで、営業面で有利な日本人、それも国際的な活躍を経てきた上岡敏之ならば、適任と思われたのだろう。実力面でもドイツのデュッセルドルフのような主要都市で市のGMD兼インテンダントを務めたような経験のある人材は他になく、アカデミックなポジションにも身を置いている知将で、演奏面でも専門家や愛好家からの広範かつ深い支持を得ている人物ときている。国外でインテンダントまで務めたことから、ビジネス・ライクな才能にも恵まれていることは想像がつきやすい。私の好みとはちがっているが、上岡氏を得て、NJPに良い循環が生まれる可能性は高いかもしれない。

一方、メッツマッハーの最盛期は、ハンブルク歌劇場のGMDを務めたときのことだ。彼は演出家のペーター・コンヴィチュニイと組んで数々の意欲的なプロダクションを作り上げたり、現代にちかい時代の作品を活き活きと上演して、各方面からの評価も高く、演奏面でも劇場を欧州のトップ・クラスにもってくる実績を挙げた。その遺産をまるまる引き継いだのがシモーネ・ヤングで、OEHMSレーベルによるブルックナーの録音がヒットしたが、その功績の半ば以上はメッツマッハーのものといっても過言ではない。一方、メッツマッハーは各地で良い仕事はするものの、ハンブルクでの8年を例外に、ほとんどの楽団/劇場のポストで3-5年程度(1-2クール)で離任することを繰り返している。もっとも近年ではステイタスの高い指揮者ほど、オーケストラの面倒をみないで気ままに過ごすことが多く、メッツマッハーもその例外ではないのかもしれない。現に今季だって、ザルツブルク音楽祭で旧知のコンヴィチュニイと組み、W.リームの歌劇『メキシコの征服』の上演に取り組む予定となっている。

ハンブルク時代から、私はメッツマッハーの録音に憧れていた。そのわりに、NJPでの最初の2回は逃したが、就任披露から退任までの7回の演奏会に足を運んだ。初めに1公演と決めていても、いつも、もうひとつが聴きたくなることの繰り返しだった。彼の就任が発表されたときの驚きはいまでも忘れられないし、会見をユーストで聴きながら、晴れた日の、つつじの美しい練馬公園のベンチで長く過ごした記憶もある。そのときの静かなる興奮があるから、いささか冷たい感じもある去り際の公演には感傷が深いようだ。若干、傲慢なことを言えば、私ほど、彼に思い入れのある聴き手も少ないのかもしれない。しかし、毎回のコンサートで、彼は新鮮で、味わい深いメッセージをいくつも残してくれた。そのことはこころある聴き手にはしっかり伝わっていて、圧倒的多数とはいかないながら、いつも一定の支持者が彼にはついてきたものだ。

【リヒャルト・シュトラウスと新音楽の流れ】

今回の2シリーズでは、バルトークの『管弦楽のための協奏曲』に象徴されるように、オーケストラを構成するパートの隅々まで、クッキリと生かされるような作品が軒を並べた。それらの意味は様々であるものの、各々の作曲家がそれぞれのもつスタイルを越えて、繊細そのものの音楽を書いていることでは共通点があり、それゆえに、彼らの作品では規模の大小にかからず、解像度がよく、デリケートで無駄のない書法が誰の目にも明らかなのである。無論、豪華絢爛なリヒャルト・シュトラウスの書法と、シェーンベルクのエレガントな『5つの管弦楽曲 op.16』の書法では、比較の効かないような大きな隔たりが感じられる。

世俗的に早くから成功を収めたシュトラウスは、しかし、同時代以降の新音楽の思潮のなかでは、足長オジサン的な役割を果たすことになる人物だった。のちに仇敵どうしに分かれるとはいえ、シュトラウスはウィーンで初めのうち、シェーンベルクの台頭に肩を貸していたし、ヴァレーズもシュトラウスにつよい敬意を払っていたようだ。後者の場合、ストラヴィンスキーとの関係が焦点化されるものの、リヒャルト・シュトラウスとのそれについてはしばしば見逃されている。ところが、そうしたアイディアをもって音楽に耳を澄ますと、果たして『アメリカ』にシュトラウスの歌劇『サロメ』のイメージを聴き取ることもできるのだから、驚きである。それは『アルカナ』の『火の鳥』ぐらいには露骨なものでもあった。

そういえば、メッツマッハーの今年のプログラムは、B.A.ツィンマーマンにしろ、「引用」が大きな鍵になっていたが、思うにメッツマッハーほど、この「引用」を魅力的に演奏する人も珍しいのではなかろうか。今回のトリフォニーホールでのプログラムは、シュトラウス得意の自作引用を含めて、様々な形での「引用」が問題になってくる。それとも、それらの要素もまた、私たちが牽強付会にも、未知のものを既知のものと関連づけてみようとする習慣と同じものにすぎないのであろうか。仮にそうだとしても、メッツマッハーの場合、そうしたアイディアに順風を吹かせ、時代そのものを写し出すようなダイナミズムをイメージさせることも厭わないのである。

例えば、リヒャルト・シュトラウスの音楽のなかに、マーラーの交響曲第9番の冒頭部分にみられる船上のイメージが聴こえてきたり、ヴァレーズの『アルカナ』にはストラヴィンスキー以外に、同じくマーラーの交響曲第3番第1楽章に現れるリズム動機にちかいものが出てくるなど、細工が多かった。もちろん、マーラーとシュトラウスでは時代順が反転しているので、シュトラウスがマーラーを引用することはあり得ず、これはメッツマッハーによる知的な遊びにほかならないと結論づけられる。先の『サロメ』の部分にしても、メッツマッハーの意図的なコントロールがなければ、そのように聴こえるものではないのかもしれない。

だが、現代音楽の宇宙への扉を開いたと思われているヴァレーズの作品の原点に、『サロメ』のような作品があるとすれば、これは興味ぶかい発想である。そういわれてみれば、表面的にはいかにも貴族趣味的な懐古主義者にもかかわらず、シュトラウスには後世のモダーニズムに通じる要素があった。例えば、劇中劇と「現実社会」がリンクして、社会の混乱を皮肉る『ナクソス島のアリアドネ』の奇妙な表現形式や、全体としては夫婦喧嘩のつまらないドタバタ劇でありながら、幕間に切れ目なく間奏曲をはさんで、それに重い意味を与える『インテルメッツォ』など、例を挙げだすとキリがないほどである。『サロメ』の場合はそれまでにあまりない、卑猥な性的表現が露骨に描かれていることに加えて、その象徴である「7つのヴェールの踊り」では、(ヴァレーズ的ともいえる)打楽器を使った効果的な表現も際立っている。

プログラム誌の解説にもあるように、ヴァレーズの『アメリカ』は単純に「ネーション」としてのアメリカの印象を描いたものではなく、新しさや発見の象徴として選ばれたキーワードにすぎなかったという。サントリーホールの公演は概ね、この「アメリカ」というキーワードがよく効いている演奏会だった。シェーンベルクは新しさの象徴のような作曲家で、ナチスからの迫害から逃れるためとはいえ、のちに米国に渡った縁がある。ヤナーチェクだけは、アメリカと直接の関係性はもたない。

【退屈さの意味】

バルトークもWWⅡで米国に逃れた芸術家たちのうちのひとりだが、そのなかで、もっとも適応に苦労した1人でもあった。病も悪化し、書く気力も失せてしまった友人を救うために、同郷のフリッツ・ライナーやヨーゼフ・シゲティが働きかけて、クーセヴィツキーを動かすことにより、『管弦楽のための協奏曲』の委嘱へと結びついた経緯があるのだ。残念ながら、それでも作曲家に残された寿命は長くなかったが、それでも晩年、自分がまた必要とされていることに気づいたバルトークの遺したピアノ協奏曲第3番や、ヴィオラ協奏曲は未完におわった(弟子が補作完成)とはいっても、特別な輝きを放っているし、ユーディ・メニューインの依頼を受けた無伴奏のヴァイオリン・ソナタも名品とされている。このような歴史的な背景は演奏が始まった途端、普通は聴き手のなかから去っていくものだが、今回の演奏もその例外ではない。ところが、第4楽章に入って、このイメージが一気に花開いたときには思わず胸を衝かれた。

それはとりもなおさず、オーケストラとメッツマッハーのイメージがぴったりと重なった瞬間だともいえる。この楽章の演奏では、メッツマッハーは普通なら、ほんの効果音にしか聴こえない打楽器のちょっとした響きにさえ、独特の役割とイメージを与えたのである。「自分にはまだ役割がある」・・・この考えが死にかけたバルトークをどれほど力づけたかと思うと、涙が止まらなくなる。その嬉しさが、この作品のおわりには詰まっていた。もちろん、こうした要素の背景には、以前の4つの楽章が与していたのも間違いない。メッツマッハーの演奏は時々、ひどく乾ききった演奏に聴こえることもあるが、そうしたものも最後のパッと花開くときのイメージに結びついている場合がほとんどなのだ。退屈さにも、意味がある。

例えば、シュトラウスの『死と変容』でも修業時代の描写の場面では、敢えてソロで浮き出る奏者たちに音量を小さく、縮こまったような演奏をさせることで、のちの覚醒へと溶け込んでいくドラマを明確に引き出していた。最初は「アレッ」と思うだろうが、意図的なメッセージは多少、慎重な聴き手ならば、ちゃんと読み取ることができるように工夫されている。このような部分を指して、演奏が悪いという人がいたとしたら、彼はオーケストラの奏者の力量をあまりよく知っていない(あるいはバカにしている)か、もしくは、指揮者による演出をすこしも理解していないことになるのだろう。と言いながら、私が「もしかして!」と思えたのも、チェロ・パートに今季の契約首席奏者=木越洋がいたせいかもしれない。N響首席まで務めて、いつも存在感の際立つ彼ならば、もっと上手に弾けるのは当然だったからである。

【予備的運動の重要性】

この『死と変容』はメッツマッハー最後の2シリーズのなかで、白眉の演奏であった。そのことについて直接、語る前に、この演奏会全体の構造を先に眺めておきたい。前半はシュトラウスの交響詩『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』と、ヴァレーズの『アメリカ』。後半が、ヴァレーズの『アルカナ』とシュトラウスの交響詩『死と変容』だ。この日の演奏を聴いた感想からも言えるが、後半の2曲に比べて、前半の2曲のほうが完成度は高い。特にシュトラウスの場合、『死と変容』は青年期の最後を飾るような位置づけにあり、この作品によって、それまでの彼は自ら埋葬されて、1894年の歌劇『グントラム』の躓きを経ながらも、翌年の『ティル』によって扉を開かれる新しい創作の時期が始まるまで、すこし間が空くからである。

シュトラウスは早い時期から、まず指揮者として、高名なハンス・フォン・ビューローの後継者のようになって活躍するが、プログラム誌の解説によれば、そのころは健康ではない肉体に苦しんだ時期でもった。『死と変容』は若くして、死の世界を覗いた青年の体験に基づいた生々しい告白という意味をもっている。しかし、ベートーベンの交響曲第5番の調性を用いたことは、早くもこの青年が後世に炸裂するアイロニーの一端を、この時期、既に手にしていた可能性を示しているのであろう。交響曲第5番と第6番のころに、「楽聖」は有名な「ハイリゲンシュタットの遺書」を書いているからだ。しかし、私は常々、ここで述べているように、彼が遺書を書いたとき、既に死の危機は克服していたとみているのである。

シュトラウスにも、同じようなことが言えるだろう。この作品は、いかにも芝居がかっている。いま、このとき、腹の底から死と向き合っているような人の作品ではない。そう考えると、この日のプログラムは嘘か本当か、よくわからないメッセージをもつ作品に挟まれていることになるかもしれない。『ティル』もまた、伝承に基づく素朴な寓話劇とみることもできれば、酔漢の与太話のようにしか聴こえないときだってあるだろう。こうした人を食ったようなドラマトゥルギーに対して、メッツマッハーは2つの作品の演奏に明確なコントラストをつけることで、目指す表現の輪郭を明確に浮かび上がらせることができた。すなわち、『ティル』はこのあと、徐々に出現する円熟期の作品を思わせる大胆な書法と、豪放なユーモアをたっぷり効かせて演奏するが、『死と変容』では、ほとんど冷笑的なアイロニーを差し挟むこともなく、真正面から筋書きと向き合っていたのである。

演奏は冒頭部分、ドクドクと心臓が打つ音、肉体を流れる血が見事に描かれたあと、トロンボーンによる死の予感に至るまで、繊細だが、ハッキリ浮き彫りとなる衝撃の立ち上がりがなによりも印象深かった。この瞬間、私はこの演奏会の意味を理解したといっても過言ではないだろう。つまり、1曲1曲はひとつの生き物のように演奏されたのだ。この『死と変容』も死に際の病人の姿を描くというよりは、まだ生きている人間の尊厳を探り、その美しい・・・時には恥ずかしい過去を自らの境遇に照らして描き上げる試みというほうが正しかったように思う。この作品はそれまでに、彼が生きていたという証になっているわけである。万一、ここで寿命が途切れることがあっても、この作品が残ったことで、人生のすべてに光が当てられるという作品でなくてはならなかった。繰り返しのようになるが、それはもう死期を悟ったからではなく、むしろ、今後も生きていくために必要なことなのである。

あとで次第に明らかとなってくることだが、このシュトラウスの作品を表現するに重要なことは、古楽器的な・・・つまり、鋭角的ではない丸く、優しい響きにこだわることであった。ベートーベンの室内楽(弦楽四重奏曲)に、ちょうど同じように病が癒えた喜びを、リディア旋法を使って表現する作品があるが、シュトラウスがイメージしているのもその響きと同じようなものなのだ。あるいは、ここにいう弦楽四重奏曲第15番のイメージをそのまま援用した可能性さえある。このような演奏法はメッツマッハーが、NJPのもつ際立った特徴として、これまで上手に引き出してきたものと同じで、特にB.A.ツィンマーマンのプログラムを思い出させるものだ。

その一方で、モーツァルト、ハイドン、ベートーベンで有効な響きを、より壮大な後世の作品でいかに生かしていくかということは、彼らにとっての課題になっていた。今回のシリーズでは、その点で一皮むけたのがよくわかる内容だ。特にトリフォニーホールでのプログラムは、『アメリカ』をはじめとして、編成の大きな重い作品ばかりが並べられている。こうしたプログラムを飽きさせず、聴き手の集中を維持させながら、芸術的に貫徹することは決して簡単なことではない。だが、先にも申し述べたように、振り返ってみれば、この日の演奏は1曲1曲が生き物のようだった。例えば、兄弟のような『アメリカ』と『アルカナ』にも明確なキャラクターのちがいが見て取れる。

一般的な評価とは異なり、メッツマッハーの視点によれば、『アルカナ』のほうが未成熟な作品である。彼は発展史的な見方をせず、『アメリカ』でいったん完璧な美しさを実現したヴァレーズが、シュトラウスの『死と変容』の時期と同じように、まだ熟しきれない可能性を示したのが『アルカナ』だとみているのだ。この日のプログラムは作曲家にとって、本当に良い時期の作品が前半に集められ、後半の2曲はそこに向かっていく予備的運動のように位置づけられていた。そして、メッツマッハーのような音楽家にとっては、こうした予備的運動にこそ、芸術的な新しさを切り開いていくための貴重な資源(原動力)があると思われてならないのだ。これを2人の作曲家の関係のほうに当て嵌めれば、リヒャルト・シュトラウスという予備的運動が、ヴァレーズのような革新を引き起こす鍵になるのである。

【アルカナ】

ところで、「アルカナ」とは、どういう意味であろうか。普通、「奥義」とか「神秘」「秘密」という感じで捉えられ、作曲家のその時点における手札を明らかにするような傑作であるという評価がより一般的になっている。しかし、「アルカナ」という言葉はタロットカードでもよく使われる。その証拠はないが、もしも作曲家がタロットをはじめとする占い札のイメージまでを、「アルカナ」というタイトルに内包していたとすれば、これには相当の遊びの精神も見出されることになろうか。また、後世、ジョン・ケージなどが占いの要素を入れて、「チャンス・オペレーション」の可能性を開いた流れとも符合してくるのだ。先に述べたこととあわせて、『アルカナ』のトリガー的な特徴を垣間見ることができるだろう。

以上のように考えてみるなら、『アルカナ』は『アメリカ』とはまた異なった作品なのかもしれないというための根拠となるかもしれない。双子の兄弟は、まったくちがう目標へと旅立ったのだ。『アメリカ』は記念碑として、そこに堂々と立ち、ヴァレーズのことをいまも象徴的に示す役割を果たしているし、『アルカナ』はそこから発した新しい道の最初の里程標となったのである。『アメリカ』はバルトークの歌劇『青ひげ公の城』やR.シュトラウスの歌劇『サロメ』、ストラヴィンスキーのバレエ音楽『春の祭典』などをベースにしているようにみえるが、それらをいちいち奪っていくサイレンの音は、ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲第8番の三連符のような効果をもたらしている。ただ、メッツマッハーはサイレンの音を、それほど際立ったモティーフとしては強調せず、全体の音響のバランスにより深刻な注意を払って演奏した。

彼にとって、『アメリカ』もまた、ひとつの生き物であった。最初の「ティル」が正に生き物であるのと同様に、『アメリカ』にも同様の生命が宿っている。だが、この生き物は「アメリカ」そのものである点がほかと違っている。東海岸があれば西海岸もあり、そこに生きる多様な人(黒人も白人も)がおり、彼らが共有する音楽や、そのほかの文化、そして犯罪や暮らしもある。それらを含めた巨大な生き物として、『アメリカ』は印象づけられた。序盤のシーケンスにみられた引用的な特徴は、徐々に奪い去られて、高度化され、サイレンとともに楽曲の示す自由の純度は高められていく。そもそもサイレン自体が楽曲のなかで次々に変容していくものであり、その点でもサイレンは示唆的な役割を果たすのだが、私たちの知るところ、サイレンはハンドルを回す速さだけによって、音高や、響きの波が微妙に変わってくる「楽器」である。つまり、サイレン自体はなにも変わってはいないというのは興味ぶかいことだろう。そして、最終的に、サイレンだけが残るのも風刺的なことかもしれない。

これと比べれば、『アルカナ』はより純粋に生き物としての特徴が活き活きしていた。確かに、『アルカナ』はタロット占いのように即興的な変化に満ちた作品である。一匹の竜が、頭から尾っぽまで好き勝手に動かして、その結果として、響きができているような感じを抱く。『アメリカ』は使用された要素が絶頂まで高められたあとの、いわば対位法的な高揚のあとで、急速に響きが消失してサイレンだけが残っておわる。それに対して、『アルカナ』はそれまでのすべての要素がなにもなかったように、生き物が静かに眠りにつくような仕種でおわった。2つの作品がまったくちがうものであることは、こうした点からも読み取れるであろう。

これらの作品のための演奏が、成功していたかどうかを知るためには、私には楽識も、訓練も足りない。ただ、この作品を表現するための重要な要素において、特に問題になる損失には気づかなかったし、演奏にケチをつけるいかなる意味も存在しなかった。感じられるのは、ひたすらに高い集中力。同傾向のけたたましい音楽にもかかわらず、それで耳が痛くなるわけでもなく、人々の内側にすっと語りかける滑らかなメッセージが、作品の特徴に合わせてスムーズに出てくる様子であった。

【3つの絆】

そうしたことは、サントリーホールの公演でも共通していた。プログラムは、3つの絆によって成り立っている。すなわち、①5楽章で構成されており、②楽曲を構成するすべての楽器が有機的に生かされ、③メッセージ性が明らかな作品である。3曲のうちで、最初のシェーンベルクが実はメイン・プログラムであり、演奏も素晴らしかった。この作品を構成する作曲家の内面的モティーフのなかで、特に重要なものは妻の浮気である。1901年、シェーンベルクは師であるツェムリンスキーの妹、マティルデと結婚したが、1908年、そのマティルデがシェーンベルクにとっては芸術的なパートナーであり、友人でもあった文学者、リヒャルト・ゲルストルのもとに去ってしまうという事件が発生。妻は弟子たちの説得に従って夫のところに戻ったものの、ゲルストルは事件の影響もあったのか、25歳にして焼身自殺を遂げた。

シェーンベルクはこうした内面的秘密を表向きにはしないが、この完璧な『5つの管弦楽曲 op.16』のなかに、苦悩と煩悶を閉じ込めていった。メッツマッハーも、その秘密を殊更には暴くことなく、ノーブルに包み込んだ演奏で、神秘的なところだけを残した。最近の流行のように、すべての秘密を暴き立てることだけがよい演奏ではないのだ。歴代の巨匠たちが慎重に覆い隠してきたものを、いまさら露わにしたところで、それは最早、新鮮な演奏ということにはならないし、楽曲についての何らかの真実を明かすことにもならない。メッツマッハーは自然に、仄めかすだけである。彼は多分、大学の教授にしてもよいような知恵者だが、それを半分も用いないで隠しておくのがうまい。だが、隠されているからといって、まったく感じ取れないということでもないのが面白いところだろう。

これに対して、バルトークは内省的なモティーフが力強く、技術的に難しいものの、むしろ練習しないほうが面白くなるような作品ではなかろうか。バルトークは竹を割ったような作曲家で、スラヴ人らしく素朴である。

一方、同じ素朴なスラヴ人でも、モラヴィアのヤナーチェクではまた異なった内面性がある。バルトークよりはシェーンベルクに似ており、高齢になっても、カミラ・ステースロヴァへの老いらくの恋に溺れ、その内面的モティーフを隠しながら、複雑な味わいをもった作品を書いている。『シンフォニエッタ』はその象徴的な作品とは言えないものの、音楽のモティーフの基礎となったソコルの記念演奏をみたときには、カミラと一緒だったという。

【個性的であること】

ヤナーチェクの演奏は近年、ラドミル・エリシュカが披露しているようなチェコ伝統のスタイル、つまり、彼が尊敬するターリヒや、師匠で、作曲家の直弟子だったバカラのころから守られていた演奏伝統とは、かなり異なるものだった。特にテンポの速さが問題で、そのために潰れているモティーフが数多く散見されたのは残念というほかない。しかしながら、好きな演奏とは言えないにもかかわらず、メッツマッハーとNJPがその瑕や、イメージとの乖離と同じくらいに、独特の要素を引き出している点についても認めないわけにはいかなかった。

まず特筆に値するのは、オルガン席に横一列で配置されたバンダの素晴らしさだろう。エリシュカの札幌と比べれば、この東京で集めることのできる金管奏者の粒揃いなことは大きな武器になり、ヤナーチェクのつくる神秘的な音楽の意味をヒシヒシと感じさせて、思わず涙が出た。テンポはやや速めだが、メッツマッハーは下のティンパニとバンダの掛け合いを重視して、まるで金管オーケストラを伴うティンパニ協奏曲のように演出したのが凄い発想だと思う。

アンダンテに入ると、いっそうペースが速く、やはり潰れていく素材を惜しむ気持ちは強かった。しかし、この楽章の最後で、一挙にテンポをあげながら自然な膨らみを導かれてみると、逆らえない魅力も感じられたのである。

メッツマッハーの演奏には驚きが多いが、この作品では終楽章で思いも寄らない展開をみせた。それはバンダのファンファーレに移行する前の部分であり、内面的な高揚が賑やかに強奏で展開するなかで、ファンファーレに飛び込むときのことだ。私のイメージでは、ここでは弦のベースがどれだけ厚いかで勝負が決まる。あまり厚すぎても、歌謡曲的な俗っぽい雰囲気になってしまうが、金管ファンファーレにフォーカスするために退いてしまうようでは、また味わいがない。例えば、よく知られたクーベリックの演奏(バイエルン放送響)では、弦のトレモロは断続的にゆたかなトレモロをつづけ、特にバンダの陣構えが十分に整ったあとでは、正に生き物のようにして自由に振る舞うのである。

メッツマッハーは直前の流れを集積よりは分散への流れと捉え、バンダが入ると同時に、急に弦の動きを大きくして、結果的には音量が控えめとなり、あたかも最初の部分にダ・カーポしたような響きになった(なぜなら、冒頭部分ではバンダとティンパニだけが動いている)。ここで強烈な違和感とともに、激しく甦ってみたのはその部分で見せた感動的なアンサンブルのキャラクターであった。もちろん、これは金管を伸び伸びと聴かせるための、姑息な工夫とはちがっていた。そうではなく、過去の栄光や、幻想的な理想像からパッと現実に戻ってしまうような、そんな苦々しいスイッチを入れるものだったのだ。現実の世界(当時のモラヴィア)では、まだすべてが自由に振る舞えるというほどの自由はない。しかし、冒頭アンサンブルをコアにして、それとは決定的に異なるエネルギーが生じていることを教えてくれるのだ。

どの作曲家にとっても、時代背景は決して欠かすことのできない内面性だ。そのうえに、固有の作曲家のキャラクターがある。そして、最後に音や構造のキャラクターがあるわけだ。これらのものは、ひとつに串刺しにして表現することができる。例えば、ヤナーチェクの場合はドイツ的なものに抑圧されたボヘミアの、そのまた内側に押し込められたモラヴィア的なものが彼の音楽の糧になっていた。そして、個人的なキャラクターとしても、彼は他人とは異質なものをもっており、なかなかに理解しにくい。それだからこそ、このように誰も真似のできない音楽を書くことができたのだ。自らを厳しく貫いた者だけが、誰も触れられない唯一無二の個性を獲得できるというわけである。

【まとめ】

この日の演奏会では以上に見てきたように、世紀末的な後期ロマン派の停滞的雰囲気とその打開、また、抑圧により遅れてきた東ヨーロッパの民俗楽派の覚醒という、芸術思潮の転換点に生まれた2つのストリームが見事に噛み合った。バルトークやヤナーチェクは、シェーンベルクに代表されるような、新しい息吹きをとともに持ちながらも、古い民謡や地元の言葉にも粘りづよく当たっていた。例えば、ヤナーチェクは市場で人々の会話に耳を寄せたが、同時に劇場では、ベルクの『ヴォツェック』につよい共感を抱いたような人でもある。バルトークも、ワイルドで素朴な作風にもかかわらず、新しい作品を書くごとに自然と自己ベストが出るような人だった。そして、多少は意識的に、その点にこだわったのがシェーンベルクだったということになろうか。

これらの作曲家にどれも共通しているのは、シェーンベルクが言うように、どこを刺しても血が出るというような内実の詰まった作品を書いたことだ。このことは、演奏者に対しても大きなプレッシャーを強いることになるだろう。それが3つ、4つと並んだのだから、今回の演奏会はまともに演奏できるだけで凄いということにもなる。その上に、これほどゆたかなメッセージを発したのだから、パフォーマンスは高いレヴェルにあったと言えそうである。辛うじて、任期のおわりに間に合ったのだ!

表向き、メッツマッハーと楽員の間には何の問題もなさそうだ。また、楽団に対して、指揮者が不満をもっている様子も見せなかった。この短い任期では、メッツマッハーにとって東京での仕事は意味がなかったのではないか、もしかしたら、我々に対して好ましからざる感情を抱いているのではないかと心配したのだが、彼はただ、メンバーに対する深い敬意と感謝だけを残して指揮台を去っていった。残念ながら、来季の年間プログラムにメッツマッハーの入る余地はなかったようだ。しかし、熱心なファンに敬意を表し、数年に1回ぐらいでもよいから招聘に努めてほしいとは思うし、そう考えているのは私だけではないはずでである。それは実のことろ、アルミンクだって同じことなのだ。井上はポストを任期途中で投げ出しても、いまでは指揮台に戻ってきているわけだから、関係を修復することは、まったく無理なわけではない。これらの指揮者に敬意を払う聴き手の存在も、決して忘れてはならないはずである。

2つの演奏会は、ここ何年かの間に繰り広げてきた響きを振り返るようなものだった。『ツァラトゥストラはかく語りき』『アルペンシンフォニー』・・・素晴らしい思い出が、メッツマッハーの用いるマジックで一瞬、像を結んでは消えることを繰り返したのだ。すべては・・・、遅すぎたのだろうか。否、そんなことはない!

【プログラム】

サントリー定期 2015年4月12日

 1、シェーンベルク 5つの管弦楽曲 op.16
 2、ヤナーチェク シンフォニエッタ
 3、バルトーク 管弦楽のための協奏曲

 コンサートマスター:西江 辰郎

トリフォニー定期第1夜 2015年4月18日
 
 1、R.シュトラウス 交響詩『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』
 2、ヴァレーズ アメリカ
 3、ヴァレーズ アルカナ
 4、R.シュトラウス 交響詩『死と変容』

 コンサートマスター:崔 文珠

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