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2015年5月13日 (水)

アナ・チュマチェンコ ベートーベン 七重奏曲 ほか @紀尾井ホール 「アナと室内楽の名手たち」 4/27

【概要】

アナ・チュマチェンコはウクライナ人の両親の下、イタリアのパドヴァで生まれて、アルゼンチンに渡ったという国籍に縛られない背景をもっているが、父親ボリスはレオポルド・アウアーの高弟のひとりで、彼に教えを受け、欧州に戻ってからはシャンドール・ヴェーグや、メニューイン、シゲティに学ぶなど、基本的にはドイツ本流の演奏スタイルを身につけ、実践し、のちにミュンヘン音大の教授として多くの有能な弟子たちを育てている。そのなかには藝大の准教授で、紀尾井シンフォニエッタ東京(KST)のコンマスを務めたり、室内楽でも活躍する玉井菜採の存在もある。チュマチェンコは彼女の紹介で、2007年にKSTの公演に初登場し、日本に紹介されたのであるが、その後も来日を重ねており、コアなファンを一定数、獲得した。

玉井が強調するように、チュマチェンコは独特の重みと個性をもった演奏家である。妙齢となった現在では、技術的な精度は若干、ファジーな部分を含んでいるものの、それを補って余りある美しい音楽のスタイル、ふくよかで明るく、かつ、きりっとして柔らかい音色は、なかなか他の人が出せないようなものを示している。

今度の来日では、KSTでコンチェルト2曲を披露し、1日空いて週明けの月曜日には、モーツァルトのピアノ四重奏曲第2番とベートーベンの七重奏曲という贅沢な公演が積み重なった。私は後者の演奏会のみを聴いたが、彼女を迎える日本人プレーヤーも、紀尾井ホールでモーツァルトのソナタでツィクルス公演をおこなったピアニストの菊池洋子をはじめ、各楽団の首席クラスなどを集めた充実のメンバーである。アナにとって、室内楽の分野は特に大事な活動フィールドだったようだが、日本の有能な若手奏者とのコラボレーションも、彼女のことを大いに楽しませたことだろう。

【菊池洋子について】

2つの曲目だけで構成された演奏会だが、前半は弦の奏者にとってはいわば腕ならしの意味が強く、ピアノの菊池洋子をフィーチャーする内容にもみえた。

私が菊池の演奏を初めて聴いたのは、たしかラ・フォル・ジュルネの関連イベントで、銀座十字屋=最上階の天井の低いホールで弾いたときのことだった。まずヴィジュアル面で、当時、現在とはちがってセミ・ロングや短めのヘアカットが流行するなか、エレガントな長い髪が清楚に垂らされていたのが深い印象を刻んだ。曲目は十分に憶えていないものの、そのひとつはモーツァルト作曲、デュポールのメヌエットに基づくヴァリエーションで、意外に骨太な打鍵はやはり、当時の流行とは若干、趣を異にするものだったのではなかろうか。その後、メキメキと名を上げて、気になる存在ではあったが、一方で、私の好むタイプのピアニストではないという印象もへばりついていた。

それからもう何年も経ったが、彼女がプロとして、自己ベストを更新しながら活動を広げてきた様子を、こうした機会に確認できたことは喜ばしいことだ。若くてきれいな女性は、商業的に浪費される傾向が強く、菊池も例外ではなかったように思われるが、彼女は同時に良質なプロジェクトを選んで、表現の幅を貪欲に広げていったにちがいない。この日、耳にした彼女の演奏は十字屋のときとは別人のように柔らかく、エレガントなフォルムを押さえていたからだ。

【一種の完璧さ】

アンサンブルは初めのうち、横滑りする印象をもたらした。これはピアノの問題というよりは、弦楽器どうしの譲りあいみたいなものがあったせいだが、ピアノとフロントの弦楽器陣との距離もまた、明らかに遠かった。これはもちろん、事前の合わせ込みの不足に基づくもので、急造のアンサンブルではよく見る風景である。もっとも、室内楽によく通じた高レヴェルな奏者たちの場合、こうした問題は演奏中にアジャストが進む場合が多く、チュマチェンコを中心に、この日も立て直しは早く、そして、見事だった。

4人の演奏から感じ取れる、この曲に対する印象は一種の完璧さとでもいうようなものである。作曲当時、モーツァルトは歌劇『フィガロの結婚』の制作に取り組むなど、晩年の充実期に属していた。清新な風に満ち、のちのベートーベンを思わせるようなエネルギッシュな部分が、ハイドンに学んだような伝統的ベースよりも際立っているのである。イベントに先立ってのインタヴューで、菊池はこの作品がピアノ協奏曲のようだとも述べているが、こと本番の演奏に関していうなら、全体のバランスがより慎重に生かされ、結果として、作品の示す表現の奥行きが増しているように感じられる。モーツァルトは出版社の要求を撥ねつけ、予定の出版社からアリタリアに版元を変えたというが、最初の要求にもある程度は応えながら、平易で素朴な特徴と、緩みのない音楽表現を見事に両立させていた。その事情が、演奏から面白いように読みとれるのである。

なお、後半に弾くベートーベンのセプテットはここでモーツァルトがリジェクトしたホフマイスターから出されていて、ベートーベンは普及用の編曲にも積極的な姿勢をみせていたという。厳格なベートーベン、楽天的なモーツァルトというステロータイプからみれば、正反対の姿勢が窺われるのであり、そのような点も今回のプログラミングに隠された意図として読み取ることが可能である。

【1枚1枚丁寧に伸ばして】

メインは40分を超えるベートーベンの大曲『七重奏曲』(セプテット)で、クラリネット、ファゴット、ホルン、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスという特殊な編成により、フェスティバルなどではわりによく演奏されるものの、通常、演奏会のプログラムにはあまり乗ってこない演目だ。今回は紀尾井シンフォニエッタ東京のほか、神奈川フィル、東響、N響、都響の各首席とチュマチェンコによるもので、この機会に望み得る最高レヴェルの演奏家を揃えることができた。アナの動きは、モーツァルトとは明らかにちがっていて、この作品に賭ける深い情熱というのが確認できるディープなパフォーマンスを楽しませてくれる。特に彼女がこだわっているのが、意図的で明解なフォルムの作り方だ。

話は変わるようだが、サッカーでは、「(ボールを)止めて蹴る」という動作がもっとも大切な基本として存在すると言われている。Jリーガーのなかでは中村憲剛や遠藤保仁が理想的といわれ、引退した中村直志なども特別なテクニックをもっていた。サッカーは激しく、クイックな動きの連続のなかでおこなわれるが、ボールを受けるときは次の動作を予測し、的確にしっかりと止めることで、次のアクション(パスやシュート、あるいはドリブル)が素早く精確に行えるというわけだ。時間にしたら、ほぼ一瞬の目にも止まらない技術のちがいが、その選手のプレーの質を大きく左右してしまう。このことは実のところ、音楽にもよく似ている要素なのではないかと思う。音楽も特に意識しなければ、スッと流れてしまうところで、音符の保持を精確にし、明確にアーティキュレーションを区切るだけで、まったくちがう印象を与えることができるからだ。

もしも、あなたがサッカーにすこしも興味がないのなら、代わりに洗濯物を干すときのことを思い出せばよい。あなたは洗ったシャツをピンと伸ばして、物干し竿に掛けるだろう。あなたがそれをしなければ、シャツは皺だらけのままで乾き、あとでアイロン掛けをするにしても一仕事になる。アナは、同じことをやっている。シャツを1枚1枚、丁寧に伸ばして、いったん受け取った響きをピンと張りつめた状態で、次につないでいくのだ。

チュマチェンコの場合、こうした動作が自然で、きっちりしているだけではなく、適度に遊びがあるという点で特筆に値する。それが彼女のもつ柔らかく、ユーモアに満ち、優しい響きを出すための第一歩にあるということになろう。通常、このようなことをレヴューのなかに示すということは、あまりアタマに浮かばないし、それが作品全体のイメージと高度に結びついていることも稀である。ところが、アナの場合は、それが彼女の弾く音楽のすべてだといっても差し支えないほどに際立っていた。言葉で示せば当たり前のことのようなのに、実際、チュマチェンコほどにアタマのなかの発想と動きを連動させることのできる室内楽のプレイヤーはさほど多くない。特に、室内楽の場合は周りの奏者との呼吸を合わせることに集中しがちで、パートナーの演奏の質によっては、ほんの僅かでも、シャツが伸びきっていない状況が生まれ、本来、あるべきイメージとのずれが生じやすいはずである。その点に関して、チュマチェンコはすこしも無理をしていないが、相手は自然と望むステップにつきあってくれるにみえた。

【10年先を見越して】

さて、円熟期のモーツァルトの作品と比べると、ベートーベンの作品(セプテット)はまだ初期のほうに属している。この作品がつくられた1789-1800年のあたりは交響曲でいうと、まだ第1番のころに相当する。交響曲の歴史だけでものをみるなら、作曲家はまだ古典の研究から個性を形成していく最初の段階にあったとみられる。ただ、鍵盤作品に目を移せば、有名なソナタ第8番「悲愴」から、ソナタ第23番「熱情」までが1799~1805年までの間、立て続けに書かれており、ピアノ・トリオでは「幽霊」の異名をもつ第4番までが既に完成されている。ピアノ協奏曲は2番まで。チェロ・ソナタも第1番と第2番。ヴァイオリン・ソナタでも、有名なスプリング・ソナタ(第5番)が1801年に書かれるという時期である。また、ベートーベンを歴史的にする代表作のひとつ、歌劇『フィデリオ(レオノーレ)』の初稿が1805年に書きあげられてもいるので、セプテットのころは、巨匠誕生に伴って生じた、もっとも新鮮な息吹きを感じられた時代だったということになるのかもしれない。また、セプテットは決して簡単な曲とは思われないが、同時代では瞬く間に人口に膾炙して、ベートーベンの人気に火をつけたという代物だ。

それにもかかわらず、ベートーベンの書法は斬新である。楽章の数だけをみても、6つと型破りなところがある。しかし、3-5楽章はどれも舞踊楽章とみられるので、これらを1つのまとまりと考えれば、ややいびつなものながらも、4つの部分から成った伝統的な作品とみることもできる。ただ、3つの舞踊楽章、そして、その中心部にヴァリエーションが来ていることから、作品は厳格な形式を追うものというよりは、より娯楽性の高い寛いだ作品として受け取られた可能性が強い。そのことは後で述べるように、第4楽章に民謡の旋律が導入されていることからも窺われるのである。

そして、これら3つの舞踊楽章が同時代の人気の的だったことも十分に想像がつくのだ。エントリーであるテンポ・ディ・メヌエットは愛らしく、メロディアスな舞曲である一方、厳格なリズムがユーモアを高め、既に示したようなチュマチェンコの演奏スタイルにぴったりと嵌まっている。第4楽章の変奏曲はバロック的な味わいがあるが、民謡を題材にとり、一捻りが加えられていた。ヴァイオリンには装飾を伴う美しく、軽快な見せ場があるが、変奏に応じて主役は交代し、若い奏者たちが代わる代わるみせてくれた新鮮なパフォーマンスに胸が躍る。この流れはスケルッツォに引き継がれ、そのふくよかな詩情も印象ぶかい。主部ではユーモラスなホルンの響きが動力と方向性を示し、それに全体が応える形式をとっており、トリオはチェロの深い音色に全体が溶け込んでいくようにできていた。メヌエットの旋律性と比べれば、この楽章は快活で屈託のない動的なシーケンスに魅力があり、これもまたアナのスタイルがよく嵌るであったといえる。

この作品では各楽器が主役を代わる代わる演じるものの、その中心部にいつもヴァイオリンが置かれているのも、アナがこの作品を選んだ理由のひとつであろう。それほど露骨ではないものの、ヴァイオリンはより古い時代のイメージと親近感があり、ホルンとクラリネットを中心とする管楽器の未来へ開かれた響きとは一線を画している。だが、先に示したスケルッツォでは、こうした関係が消滅して融合的になる。コントラバスとファゴットは、概ねベース音として利用され、チェロは大胆ではないが、ヴァイオリンの役割を音域と太さの面で補完するために用いられている。このような関係を通してみたときに、古い楽器であるオーボエより、クラリネットを選んだベートーベンの意志は興味ぶかい。ファゴットは古楽の言語機能と近しく、バロック以前においては主役となる楽器だったが、ベートーベンはより素朴な響きの与える地味な特徴を味わい深く引き出そうとした感じがする(ただ、これについては、さほど成功しているようには思えない)。

さて、楽曲全体をスケルッツォで締めることも不可能ではないが、ベートーベンはさらに、終楽章にもうひとつ厳粛な序奏をもつソナタ形式をおいて、聴き手を煙に巻くことにした。冒頭和音はアダージョの楽曲初頭と共通している。さて、この楽章でも、チュマチェンコの示す明確な楽区の区切りが、最後に再び厳格な楽章を置いた作曲家の意図を明らかにした。それは前に置かれた3つの舞踊楽章を、もういちど高いレヴェルでまとめ上げることを意味していたのである。驚くべきことに、この楽章には後の交響曲第5番フィナーレの主題にみられるのと同じようなリズム動機が用いられており、ベートーベンの才能が、少なくとも中期までは一貫したものである事情を感じさせた。あるいは、このように言ってもよい。ベートーベンは、10年先を見越して書いていたのだ!

もちろん、この動機は見事な終結パートを象徴するものではあれ、全体を構成する一部の要素にすぎないことも明らかだ。その構成はより多彩なものであり、優れた演奏であればあるほど、モーツァルトやハイドン的な要素から、徐々にベートーベン、フンメル的なものに移行していく時代の潮目のようなものを総合的に反映している。特に、その象徴的に用いられているのは、弾力的な響きである。アナの奏法でもうひとつ重要なのは、このボウイングの柔らかさだろう。彼女の演奏を聴いていると、ほんの僅かな弦のしなりまで身体で感じることができるほどだ。ゴム毬のように活き活きと跳ねる音楽が、新時代の象徴になっている。誤解を恐れずに言うなら、ルネサンス/バロック音楽の特徴は、弦を押しつけるような響きにあるからだ。

アンコールは同曲のリピートであったが、初めにスケルッツォを演奏し、一向に鳴り止む気配もないアプローズに応えて、さらにメヌエットを繰り返して、愉快な宴の幕を閉じることになった。リピートでは最初の曲でホルンの福川が思いきって演奏スタイルをずらすと、そこから本番とは明らかに異なるアーティキュレーションが生じて面白かった。ただ、メヌエットのほうでは、同じようなずらしがまたも福川からスタートしたが、先刻ほどは上手にいかなかったようである。

【最後に】

なお、この公演は週はじめということもあり、実はプレイガイドでハーフ・プライス・チケットが出るほどで、商業的にはあまり成功とはいえなかったものの、そのわりに熱狂的な聴き手を集めたと言えるだろう。アナは才能ゆたかな若手のアーティストと、好意的な聴き手に囲まれて幸せそうだった。もちろん、それは、彼女自身が聴き手や仲間たちに与えたものの反映なのである。この人の演奏会に接することは、誰にとっても有益だろう。つまり、音楽を専門としない聴き手にも十分な喜びを与えるし、プロの音楽家にとっても教えられることが多いはずだ。さらにいえば、彼女の演奏をめぐって、我々は同じテーブルに着くことができ、彼女の演奏について語り合うことで、多くのものを共有することが可能になるのである。そういう意味では、アナの演奏を食卓に譬えた、プログラム誌での玉井さんの視点は面白い。いとも愛しき音楽家よ、スパシービ!

【プログラム】 2015年4月27日

1、モーツァルト ピアノ四重奏曲第2番
2、ベートーベン 七重奏曲

 pf:菊池 洋子

 va:鈴木 学(都響) vc:中木 健二(KST) cb:池松 宏(都響)

 cl:齋藤 雄介(神奈川フィル) hr:福川 伸陽(N響) fg:福士 マリ子(東響)

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