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2015年6月23日 (火)

ヴィオラスペース(東京国際ヴィオラコンクール) ガラ・コンサートⅠ 「天国からの音楽」 6/4

【本コンペティションの意義】

今年のヴィオラスペースは、3年に1回のコンペティション開催年である。イベントの「顔」で、ディレクターの今井信子にとって念願だったこのコンペティションは、アジアでは唯一のヴィオラ単独のコンペティションであるという稀少性だけではなく、教育と研究、実践、そして、それを聴くオーディエンスの楽しみという芸術活動のサイクルをすべて巻き込んだ重要なイベントである。コンテスタントは個人的な演奏の価値を審査員によって試されるだけではなく、世界中で多様な指導を施されたヴィオラ弾きの代表として日本にやってきて、それぞれの響きや知見を交流させる役割をもつのである。このことが実現する背景には、今井が世界のトップにあるヴィオラ奏者やアカデミーの教授陣、室内楽の名手などとつながる独自のネットワークを開いており、それぞれの領域から有望なアーティストが送り込まれることがある。

コンペティションというよりは、フェスティヴァルというに近いイベントの価値と、遠く日本への関心に惹かれ、第1回、第2回では、国や自治体の本格的な支援を受けない規模の催しにもかかわらず、国際コンペティションの名前に恥じない堂々たる成果を挙げた。セルゲイ・マーロフ、ディミトリー・ムラト、ファイト・ヘルテンシュタイン、カン・ウェンティン、バーバラ・ブントロック、牧野葵美といった入賞者の顔触れは、そのレヴェルの高さを物語っている。前回の出場者についていえば、独創的な演奏で魅力的だったアドリエン・ボアソー(オーディエンス賞を獲得)もその後、フランス気鋭のクァルテット「クァルテット・エベーヌ」のメンバーに加入している。

審査員の構成にも、常に一味を添えてきた。つまり、初回ではキム・カシュカシアンやガース・ノックスのように、それまでのヴィオラスペースにも関わり、今井と関係の深い家族的なメンバーが選抜される一方で、チェロ弾きで、日本クラシック音楽界の重鎮である堤剛氏をジュリーに引き込んで、客観的な評価を担ってもらうことにした。その成果は2回目のトーマス・リーヴル氏による「このコンペティションにポリティクス(政治)は存在しない」という言葉に結実する。リーヴル氏を含め、2回目の審査員も初回と入れ替わり、フランスのジャン・シュレムなどが加わる一方、ジュリアードQのサミュエル・ローズ氏や、英国王立アカデミーの井上祐子教授が演奏を繰り広げるなど、ひときわ豪華な内容になった。経済的な問題か、3回目はややコンパクトな作りになったが、ヴァイオリンのパメラ・フランクや、ピアニストにして作曲家の野平一郎がジュリーに加わり、審査の客観性を突き詰める試みがおこなわれたといえそうだ。

エントリー56名に対し、登録は30名。中国のコンテスタントが多数含まれていたのは、時代柄であろう。

【今井信子とデュオ】

さて、その間におこなわれるガラ・コンサートは2つ。私はそのうち、Ⅰのほうを耳にすることができた。翌朝から本選のブラームス/現代曲ラウンドが始まるタイミングとあって、例年のヴィオラスペースのような「てんこ盛り」感はないものの、幅広いヴィオリストの個性や、ヴィオラという楽器の良さを改めて痛感する演奏会であったことは間違いない。

まずは、このイベントの間違いなく中心にある今井信子が、ヴァイオリンのパメラ・フランクとモーツァルトのデュオ第2番 K424 を弾いて、幕開けを飾った。今井は協奏曲や弦楽四重奏、もちろんソロでも同様に輝きを発するものの、このデュオというスタイルにもひとつのこだわりをもっているのかもしれない。近年のヴィオラスペースでも、店村眞積とドルジーニンの長大なデュオを2度にわたって演奏し(1回目は抜粋)、2009年の2度目の機会に完奏したときの感動は本当に忘れられない(6年前のことがつい昨日のように思い出せてしまう)。今回のコンペティションでも、協奏曲ラウンドの課題曲はヴィオリストがもっとも多く演奏する作品として、モーツァルトの協奏交響曲 K364 がセレクトされていた。言うまでもなく、独奏部はヴァイオリンとのデュオになっている。

今井はこうした演目において、相手の良さを引き出すことにかけては天才的なものを持っているようだ。彼女はいわば鏡の役割を演じているのだが、その鏡のよく映ることといったら、白雪姫の童話を思い出すほどだ。世界でいちばん美しいものを、鏡は映し出す。たとえ、それが相手の意にそぐわないものだったとしても。無論、パメラのヴァイオリンはそこに美しく映り込むだけの魅力をもったものだといえる。今井とは過去に室内楽での共演が多いだけでなく、中音域のゆたかな響きや、横溢する歌ごころがよく共通し、ヴァイオリンとヴィオラが大きさこそ違えども、基本的には同一の技術やメンタルを共有できる楽器であることがよくわかる。

相手をよく感じられるヴァイオリンの弾き手ならば、良質のヴィオリストと同じ優しさや知性を醸し出すことができるのだ。

当夜の演奏曲目は、才能ゆたかな友人、ミヒャエル・ハイドンの危機を救うために書き上げた2曲のデュオのうちの1曲で、2人の友情の証としてよく取り上げられる。僅か2本の楽器によるシンプルな構成ながら、今井とフランクの演奏を聴けば、こんな作品からもモーツァルトの天才を悟るには十分である。古典音楽に対する幅広い教養や、歌曲やオペラに用いられるテイストがよく出て、多彩で、広がりのある表現が楽しめた。他人のためならばこそ、立派な仕事をしてのけたモーツァルトの態度には音楽的感興ばかりではなく、人間として大事なものに気づかされる気がした(もちろん、その気づきの実現は容易でない)。

【ノイヴィルトの風変わりな静けさ】

2曲目の演奏に先立って、もうひとりのディレクター、アントワン・タメスティがMCを入れた。今回、タメスティはオルガ・ノイヴィルトのユニークな作品を日本初演し、このイベントの目玉に据えている。『倦怠は傷を癒す』と題され、静的な瞑想がテーマであるとはいっても、我々が想うような静けさとはまた別の感覚があるとしか思えなかった。このようなノマドな感じのする演目ではガース・ノックス(元アルディッティQメンバー)の至芸が懐かしいが、どちらかといえば、古典の解釈に深みをもつタメスティもまた、こうした演目で独特の鋭さを示している。

この作品はどちらかというと左手ための作品で、そのフィンガーリングが示す視覚的な表情がまた、ひとつのポイントになっているのではなかろうか。作曲家が女性だからいうわけではないが、瞑想のなかに浮かぶ封印された喜怒哀楽が気まぐれに出現し、音楽のなかだけで見えない踊りを踊っているような感覚を抱かされた。擬終止の直後、ピッチカートがバチンと鳴って目が覚めると、思わず笑顔になる。

【シュリヒティヒの風格ある演奏】

3-5曲目には同じく審査員のハリオルフ・シュリヒティヒが登場し、バッハのカンタータからの編曲とソナタを組み合わせた6曲構成で演奏した。シュリヒティヒはほとんど日本に来たことはないと思うが、元ケルビーニQのメンバーで、ミュンヘン音大の教授としても30年以上のキャリアがある。演奏会後、彼のディスクを求めて自宅で調べてみると、先日、求めたチュマチェンコのディスク(といっても1曲しか収録されていない)のなかにシュリヒティヒの演奏も併録されていた。2人ともミュンヘン音大で教授職を務めた、ドイツ音楽における重鎮ということになり、面識もあるにちがいない。TUDORレーベルのこの録音(メンデルスゾーン)は、なかなかに貴重な代物であった。

とはいっても、チュマチェンコとシュリヒティヒの個性は大きく異なり、包容力ゆたかで、明るく気さくなチュマチェンコ節と比べれば、シュリヒティヒの音楽はドイツ音楽のイメージそのものである。響きこそ明るいものの、歌いすぎず、質素な響きの風格だけで聴き手を痺れさせるのだ。今回のコンペティションで、結果的に優勝したアンドレア・ブルガーの師、トーマス・リーヴルも同じような表現スタイルを採っていたが、私はこうした表現をこころの底から愛しているわけではないのに、不思議と壁をすり抜けてくるトンネル効果的共感がある。これもあとでわかったことだが、伴奏の関屋由美とはバッハの録音を入れており、息があっているのも当たり前だった。

演奏のヴァリューとしては BWV1207 のソナタが特に珍しく、また彼のスタイルによくあっているが、結局のところ、最後の BWV649 に惹きつけられる心理もまた自然なものであろう。質素な装飾音のオシャレな響きは、いまも耳に残っている。ここまで3人聴いて、審査員それぞれの演奏スタイルがまったく異なっていることにも驚きを禁じ得なかった。そのどれが正しいとか、素晴らしいというのはなく、どのスタイルにも自然で隙がないことが重要だろう。こうした人たちが、1つのコンペティションに関わっているというのは、やっぱり凄いことだ。

【鈴木学のブロッホ】

後半は審査員にはなっていないものの、ワークショップで講師を務めた都響の鈴木学が登場し、コンペの公式ピアノ伴奏者であるフランソワ・キリアンと一緒に、ブロッホの『ヴィオラとピアノのための組曲』を演奏した。エルネスト・ブロッホはイザイにも習った高い技能をもった弦楽器奏者、ユダヤの旋律をしばしばモティーフにした新古典主義的な作曲家、そして、米国でジョージ・アンタイルら、多数の弟子を育てた教育者としても評価が高い。ただ、日本ではときに『シェロモ』が演奏されるぐらいで、その作品はあまり知られていないというべきだろう。一方、ヴィオラ弾きにとっては、先の『シェロモ』に加えて、いくつかの重要な作品を書いた恩人としてイメージされる。

この組曲も、他のどこにもない傑作という感じはなく、構造的にはフランクの影響を受け、アジアをイメージした作風や響きの点でドビュッシーの影響が濃厚であるが、終楽章ではド演歌調の民謡風の音楽となり、これが多分、ブロッホの代名詞であるユダヤ的なものなのだと思われる。鈴木の演奏は技術的には外国から来る、凄腕の人とそれほど遜色ないもので、上記の特徴をきっちり醸し出しながら、平易な楷書体で作品を描き上げた。歴史的な名奏者、プリムローズの録音はもっと謎めいたもので、恐らくは、これから自分たちを襲う、悲劇的な変化のようなものを感じながら演奏している感覚が窺われる。だが、鈴木には当然、そのようなものはなく、ヨーロッパから訪れた客人のためのアジアの水先案内人として、淡々とタメになる註釈をつけていくかのようだった。そして、プロフェッサー鈴木の精緻な解釈が、もっとも美しい輝きを放ったのは、ミュートをつけて演奏したレントの部分だったと思われる。

なお、最後に夢から覚めるかのように、技巧的で、ユダヤ風の旋律に帰結するモティーフは、前半のノイヴィルトの作品と共通する部分をもっている。

【ヴィオラの多様性】

最後は、タメスティ、今井、シュリヒティヒ、鈴木のほか、佐々木亮、柳瀬省太という独奏陣が総出演し、その他多くの学生ヴィオリスト(桐朋音大)や2人のチェリストと共演したバッハの『ブランデンブルク協奏曲第3番』(小早川麻美子編)で幕を閉じた。聞くところによれば、桐朋ではヴァイオリンを専攻しても、副科でヴィオラが必修となるため、このようなオーケストラも編成できるのであろうと思われる。なお、このアレンジで鍵を握るたった2人のチェリストも確かな腕をもっており、特に中央寄りで弾く学生はより小さなアクションで大きな効果を得ている姿に感銘を受けた(この奏者は多分、渡邉大樹というチェリストではないかと思う)。

この演目はエンターテイメント的な味わいしかなく、特に多くを語るべきではないが、1本でも音色の味わいが深いヴィオラをこうして集めてみると、時折、この世のものではないような深い音色が聴けて楽しい。こうした演目は弾いているほうがいちばん楽しいものと思われるが、その雰囲気が聴き手にも伝わり、全員が幸福になることができる。チェロのアンサンブルとか、木管楽器や金管楽器だけのアンサンブルもあるが、ヴィオラ・アンサンブルはとりわけ奥のふかい成功をもたらすだろう。その秘密は他の楽器以上に、ヴィオラが多様な規格をもっているからであり、いわば、その曖昧さのなかに魅力が詰まっているのだ。専門的な詳しい解説はリンクのページに譲るが、例えば、プリムローズと並ぶ歴史的なヴィオリスト、ライオネル・ターティスはこのページにいうところの「不可能一歩手前の大きい」楽器を好んだとされ、後世にも影響を与えているようだが、今井の盟友のキム・カシュカシアンなどはもうすこし合理的な楽器を好んでいるという風である。

このことによって、このヴィオラ・コンペティションの面白さを語ることもまた可能だろう。ヴィオラには様々な楽器があり、それをもつ様々な人々がその音色に工夫を凝らして演奏している。チェロならば、先のような学生にも高いポテンシャルを感じさせる人がごまんといるものだが、その豊富な可能性にもかかわらず、ヴィオラ奏者の層はまだまだ薄いのが現状だ。国際大会とはいえ、技術的に拙い人も多くて、水準以上と思われるのは30人のコンテスタントのうちで、4-5人というところがせいぜいだろう。しかし、この楽器のもつ魅力的な音色はどういった水準であれ、人々を幸福にする要素がある。

そして、この分野に、日本人は特別な貢献を果たしてきた。現在でも、今井信子がオランダ、スイス、米国、ドイツ、スペインなどで活躍し、その弟子の井上祐子は英国ロイヤル・アカデミーの教授、川崎雅夫は米国最高峰のジュリアード音楽院で指導を担当。国内にも、岡田伸夫のような優れた指導者がいる。これらのメンバーのネットワークが、このコンペティションの品質を保証しているとも言えるだろう。この楽器がもつメンタリティは、日本人に近しいともいえる。日本が、コンペティションを育成していく意義は大きいのである。といっても、この催しはほぼ民間によるものだから、それがまた凄いのではないかと思う。

【プログラム】 2015年6月4日

1、モーツァルト 二重奏曲 K424
 (vn:パメラ・フランク va:今井信子)
2、ノイヴィルト 倦怠は傷を癒す~独奏ヴィオラのための
 (vn:アントワン・タメスティ)
3、バッハ
 カンタータ『目覚めよ、とわれらに呼ばわる物見らの声』 BWV645 (バイヤー編)
 ソナタ BWV1027
 カンタータ『いざ来ませ、異邦人の救い主』 BWV659(バイヤー編)
 (va:ハリオルフ・シュリヒティヒ pf:関屋 由美)
4、ブロッホ ヴィオラとピアノのための組曲
 (va:鈴木 学 pf:フランソワ・キリアン)
5、バッハ ブランデンブルク協奏曲第3番(小早川麻美子編)

 orch:桐朋学園大学オーケストラ

 於:上野学園大学石橋メモリアルホール

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