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2016年1月 5日 (火)

ヴァンスカ シベリウス 交響曲第5番-第7番 読響 サントリー定期 12/4

【スペシャル・プログラム】

オスモ・ヴァンスカはフィンランドの小都市ラハティのオーケストラを率いて、独特の地位を築き、評価を高めた。北欧のレーベルBISのエース級として成長し、英国や米国でも活躍した。ラハティ響とは1999年に初来日し、絶大な評価を得て、その後、2003年、2006年に来日を重ねた。2006年のツィクルス公演の一部には、私も足を運ぶことができた。交響曲第5番がメインで、タピオラや、ユホ・ポヒョネンをソリストに立ててのグリーグのピアノ協奏曲が、いずれも素晴らしい演奏だった。ヴァンスカは前後して、読響にも定期的に客演するようになった。順調に評価を高めていくかのように思われたが、任期の間、経営側と演奏家の間で紛争があったミネソタ管のポストを2013年に辞すあたりから、一時期の勢いには及ばない状況になってはいるように思われる。だが、この日の公演を聴くかぎり、そのことはかえって、ヴァンスカの持ち味を再び新鮮に取り戻す結果につながっているようだ。

私も大勢に逆らわず、彼らのパフォーマンスには衝撃を受けたひとりで、ラハティ響の演奏で耳にした、ヴァンスカならではの超弱音の響きや、交響曲5番の演奏については、もう耳に焼きついている。読響の公演にも足繁く通ったが、2009年の「第九」で一区切りをつけることになった。その公演は十分に質の高いものだったが、G.アルブレヒト、下野、スクロヴァチェフスキ、ノイホルトといった流れからみると、ヴァンスカの演奏はやや素朴にすぎたというべきだろうか。なにしろ、日本は「第九」の演奏に関して分厚い伝統を有している。そのことを批判的にいう人もあるが、クラシック音楽において、演奏経験が多いことはいつでもアドヴァンテージになり得る要素であり、しかも、「第九」のような手のかかる作品を毎年毎年、豊富に演奏しつづける文化は世界のどこにもない宝である。

世界に冠たるオーケストラでも、日本のオーケストラがとっくにクリアした問題に躓いている場合があるのを聴くと、いま申し述べたことの見逃せない価値について再認識することになる。そのことは逆に、シベリウスの場合なら、ヴァンスカにどれほど深いアドヴァンテージが与えることになるかを物語っているだろう。しかも、シベリウスの交響曲第5番-第7番をまとめて演奏する機会は、フィンランド人指揮者にとっても、それほど多くは恵まれない機会だと思われる。これらの作品は、それぞれに独特の性格をもっており、3つ並べて弾くには困難も多い。例えば、演奏順だけでも頭の痛い問題である。

祝祭的な第5番はシベリウスが心技体ともに最高の時期に書かれ、それに相応しいスケール感のある作品だ。本来、5番をメインに据え、7番、6番、5番と演奏するのが、聴き手に対する訴求力が高いように感じられる(前半2曲は反対でもよい)。だが、この進行はシベリウスをよく知る指揮者にとっては、耐えがたいパラドックスを感じさせるにちがいない。7番の示す自然体の境地にこそ、作曲家畢生の、究極の美を感じるはずだからである。もしも7番を演奏すれば、その先になにを演奏することも相応しくないように感じられるだろう。

私は音楽家ではないが、そうした感覚にちょっとした共感がある。例えば、先日、「名曲喫茶カデンツァ」というtころでベートーベンの後期ピアノ・ソナタを聴く集いがあった。その企画者はディアベッリ変奏曲、ピアノ・ソナタ32番、そして、ピアノ・ソナタ第29番を順に聴かせてくれるはずであった。しかし、32番のあとに、29番を聴くのは、私にはどうしても耐えられない感じがした。それで、私は翌日が早いこともあって、中座してしまったのだ。ソナタ第32番はたったの2楽章しかないが、これを演奏されたら、もう、その先にどんな世界も思い描けないというのが私の感覚である。例えば、「ハンマークラヴィア」ソナタのような、超大物をもってきたとしても!

そういうわけで、ややいびつな構成になるが、シベリウス後期の3曲をやる場合、5番、6番、7番の順を崩した指揮者のことなど、私は寡聞にも知らないのである。ちなみに、私はこの3曲のうちなら、6番をもっとも深く愛している。その点で、シベリウスの専門家の方々とは、やや趣が異なっているようだ。もしも、あなたがこの分野の音楽について、とても深い教養をもっていると思われたいなら、交響曲第7番をもっとも強く支持するとよいだろう。だが、私はそのような名誉よりは、6番の素朴な野性を愛する者である。だから、私はドヴォルザークやヤナーチェクが好きだ。ヤナーチェクなら、『死者の家から』よりは『利口な女狐の物語』に、より直截な愛情を抱くだろう。

【シベリウス最後の航海】

今年、このスペシャル・プログラムに接するのは2回目だ。2月の札響は、尾高忠明の指揮で、このプログラムにおいて、ラハティ響とはまた異なるものの、堂々たる名演の歴史を刻んだことを忘れはしない。だから、私はその公演と、やや遠ざかった過去のラハティ響の公演を思い出しながら、演奏を聴いていた。というより、シベリウスの5番を聴けば、自然にあのときの響きや雰囲気が私のなかに甦ってくるのだ。

尾高は、これらの作品に関するもっともオーソドックスな知的構築を披露し、例えば交響曲第6番における追悼的な意味について、彼ほど、見事に浮き彫りにできる指揮者もあまり見当たらない。シベリウスの交響曲第6番は、作曲家にとって親密な支持者であったカルペラン男爵の逝去に関係づける形で、教会旋法が用いられることなどがよく語られる。アクセル・カルペランとシベリウスの関係はかなり初期まで遡り、熱烈な支持者になったカルペランは自らパトロンとなるほどの経済力はなかったが、作曲家のための支援を呼び掛けたり、旅行の手配をしたり、マネージャー的な努力を払うとともに、しばしば作品の解釈に深い知見を示す役割なども果たしたようだ。そもそも後期の3曲は1914年、同時に構想が練られたものの、生誕50年の祝祭的な目的のために第5番が優先された。カルペランが1919年に亡くなったことで、交響曲第6番と第7番には宗教的な色合いが濃くなったという。例えば、リンクの論文(PDF)をみると、バッハ『マタイ受難曲』との関連性が指摘されており(第Ⅴ項)、興味ぶかい。

もっともシベリウスにとってカルペランが特別な存在だったとしても、教会旋法の利用や、宗教的な素材の使用が必ずしもその死と関係するとは限らない。関係したといってもいいし、そうではないとしてもよい・・・そのレヴェルではなかろうか、ヴァンスカはもちろん、そうした知識は十分に持っているのが当然だろうが、6番を殊更に宗教的な雰囲気で染め上げることもしない。それは、7番でも同じことだ。むしろ、ヴァンスカが示したかったのは、シベリウスの音楽の斬新な特徴、世間から冠絶したところから生まれた、その独特な背景の面白さであったと思われる。5番は世俗的な讃歌だが、そこから時代が進むごとに、ポエジーは次第に純化していく過程を辿った。

シベリウスの創作は、非常に短い期間のあいだに目まぐるしく変わり、まだ数十年も寿命を残しての断筆まで、神秘的な過程を示している。恐らく、交響曲第5番の時期が心身ともに充実していた時期であるのは、5番から7番までの交響曲が一挙に構想されたという事実からも想像に難くない。その後、僅か10年ほどにして、シベリウスは筆を折るに至ってしまう。最後の重要な作品は、交響詩『タピオラ』である。断筆の原因についてはいろいろと言われているが、例えば、音楽の前衛主義が広まっていったこともそのひとつによく挙げられている。シェーンベルクが歴史的な『5つの管弦楽曲』(op.16)を発表したのが1909年。しかし、その音楽がアタマから高い価値をもつものとして権威を確立できたわけではない。この時点でまだ多くの道が閉ざされてはおらず、シベリウスも独自の道を歩んでいったわけだ。1914年の「出港」から計画されていたとはいえ、交響曲第7番の斬新さと、シンプルな美しさは今日でも、多くの音楽家や作曲家たちを魅了している。

ヴァンスカにとって、交響曲第6番は5番から7番へ向かう長い航海のなかで唯一の、印象的な寄港地として語られるもののようだ。そのイメージは超自然的な風景とでもいうべきものであり、札響のおこなった共感的な演奏とは若干、趣を異にしている。その象徴ともなり得るのは、第2楽章で飛び出したヴァンスカ得意の超弱音である。ここにおける弱音は、ラハティ響のときと同じように繰り出してきた5番の場合とは異なり、聴き手に軽いショックを与えるものだった。ヴァンスカは徹底して、シベリウスの「自然」を写実的なものというよりは、さらに本質へと迫る超自然的なものを醸し出すことを目指しているが、ここにいう「超」というのは、「超現実主義」という場合のそれと同義であって、現実の自然よりも自然らしいという意味になる。つまるところ、私たちが愛し、ときに苦しめられる自然よりも、さらにぎょっとするほど深いものということになろう。

3曲のなかでは演奏は若干、流し気味だった。5番と7番で見せたほど、ヴァンスカはこの曲で細部を深く彫り込むには至っていない。3曲のなかでは、この曲がもっとも様になりやすいというところもあるし、所詮、数日の仕込みしかできないなかでは、各曲のパフォーマンスに多少の濃淡ができるのは当然のことだ。たとえそうであっても、イメージは明確に伝わるというレヴェルには留まっている。読響は技術が高いので、ヴァンスカの要求する弱音にも、5番と6番でそれぞれに対応しているが、弱い音ほどよく響き、美しいというラハティ響のレヴェルには、さすがに一歩を譲った。ただ、2曲目の6番ともなると、全体の解釈の鋭さも手伝って、弱音にも痺れるものを感じたのである。ヴァンスカの弱音は強奏以上に広がりをもって響き、聴き手のこころに直接届いていく。強奏部の奔放なつくりは、こうした部分とは好対照を成し、聴き手に対して、演奏の立体感を与えることにつながったにちがいない。

5番は、たまたまラハティ響のときにも聴いているから言うわけではないが、ヴァンスカにとっては得意中の得意の演目である。既に書いたように、彼の演奏からは作曲家が何の迷いもなく、心身ともに充実した時期に、この作品が書かれたということを実感させるエネルギーを感じさせる。超弱音から、華やかで祝祭的なサウンドまで、すべてのダイナミズムのなかに充実した優雅さがあり、アンサンブルの成熟した味わい、のちの断筆にもつながりそうな一種のニヒリズムまで感じさせる冷たい美しさも、ときには感じさせた。結局、我々が受け取るのは、シベリウスのもっていたすべてだといえる。6番も7番もそれぞれに素晴らしい作品だが、シベリウスのすべてがあるようには感じない。もはや、鮮明な明るさが欠けてきているからだ。ヴァンスカの演奏は交響曲第5番に、そういった意味で分厚いものを感じさせるのである。

序盤からつづいた緊張が、最後に金管などがバラバラした印象を与え、アンサンブルとしてまとまりきらなかったことで、若干、失われてしまったものの、九分九厘は名演奏というに相応しかった。

【記念碑】

演奏の完成度では、7番が5番と並び、素晴らしいレヴェルに達している。指揮ぶりをみても、2曲は同じように特別な価値をもっているように見受けられた。多くのシベリウス指揮者にとって、交響曲第7番は決定打だ。もしも7番が後世に残らなかったとしても、シベリウスはフィンランドを象徴する重要な作曲家として、国民的な人気を集めたであろうし、国際的にも十分な評価を得たであろう。しかし、その場合、老年期の断筆はより深くミッシングな印象として語られるようになったはずだ。「幻の交響曲第8番」というような話題はあるにしても、いまでは、シベリウスはほとんど大事な仕事をしおえたあとに、アイノラ荘に引き籠ったと信じられている。それも、交響曲第7番という記念碑が残ったせいだろう。6番までに止まっていたなら、彼が「さまよえるオランダ人」の印象でみえるかもしれない。7番はゼンタによる救済だといえないこともないほどに、決定的な作品なのだ。

単一楽章で、20分ばかりしかない交響曲第7番は、1924年、初演に至る。1914年の構想から10年ちかくを経て、シベリウスがようやく辿り着いた最後の港だった。ヴァンスカの演奏によれば、それはまさしく立体的な塑像のように感じられる。慶派の職人は一本の木に、初めから仏像が隠れていたように彫像を彫り出したということだが、同様に空間と空気から見事に音の彫像を描くヴァンスカの妙技には胸を一突きされる想いがしたものだ。札響の演奏も素晴らしかったが、序盤の神秘的な部分には素直に「はてなマーク」が浮いていて、おわりにかけて意図がつながり、どんどん幹が太くなっていったのが良い結果となった。その点、読響はずっと知的な鋭さがある。これは多分、ゲルト・アルブレヒトの時代ぐらいから(正直、それ以前の活動は知らない)、現代にちかい時代の作品にもしばしば焦点を当てて活動してきたことの成果である。

これを前提としたヴァンスカの演奏は、7番を5番と同じほどに、迷いのない作品であったと断ずるに相応しい活力のあるものだ。タクトの動きも溌剌として、この作品にかける指揮者の情熱を自然と醸し出している。私のイメージのなかでは、ヴァンスカはもうすこし知将型の冷徹さをもっている感じだったが、帰ってから、以前の映像など確認してみても、指揮ぶりの激しさはさほど変わっていない。知的構築が強いことに変わりはないが、その印象はより内面的な情熱と鋭く結びつくものに更新された。その決定的な契機が、この交響曲第7番であったというのも決してわかりやすい話ではあるまい。霧を払い、見えない元素を集めながら、どうやら見覚えのある像が浮かんでくるという職人技には驚かされる。大胆だが、その彫りくちは繊細そのものだ。この曲には例の超微弱音は出ないが、全体的にヴァンスカ持ち前の深々とした磨き上げが感じられる。大胆、かつ、自然な風合いの彫刻は、最後の一刀を軽やかに仕上げて、爽やかな印象を残した。

【補足】

なお、この日のコンマスには、ゲストでケルンWDR響の荻原尚子が起用された。荻原はこれまでにも、読響にしばしば客演しているせいか、今回も難なくフィットして、音楽的な通訳として、普通、得難い働きをされたものと想像する。日本にも多くの外国人指揮者やソリストが客演するものの、現地で音楽をやりつづけている者にしかわからない独特のニュアンスのようなものや、コミュニケーションの仕方について、実力的にヒケはとらないといっても、国内組には参考になるところも大きいように思われる。

読響&ヴァンスカの組み合わせは久しぶりに聴いたが、あの「第九」におわらず、定期的に関係を保ってきたことが実りを多くしている。そして、ヴァンスカのシベリウスは、なんといってもモノがちがった。5番では最初の曲にもかかわらず、カーテン・コールで4回も指揮者が呼び戻され、中間の第6番でも3回、大変に盛り上がったコンサートだった。

【プログラム】 2015年12月4日

○シベリウス 交響曲第5番ー第7番

 コンサート・マスター:荻原 尚子

 於:サントリーホール

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