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2016年2月 5日 (金)

ミンコフスキ ブルックナー 交響曲第0番 ほか 都響 B定期 12/15

【ミンコフスキのイメージ】

マルク・ミンコフスキは、日本ではまだ知られていない面が多いのかもしれない。少なくとも、私のイメージのなかでは、彼は古楽のスペシャリストであり、そこから自分のルーツや、これまでの営みの履歴に沿ってレパートリーを拡大してきたアーティストであった。ニュース・トピックとしては、ビゼーの『カルメン』を指揮して、レ・ミュジシャン・ドゥ・ルーヴルごとピットに入って観客を魅了し、各地で成果を上げたことなども伝わってきている。しかし、よく調べてみると、彼のレパートリーはこうした例だけには収まらず、一般的な古楽系の指揮者に対してはるかに広いゾーンをカヴァーしており、グルノーブルのオーケストラとの録音リストには、例えば、この日、演奏されたブルックナーなども含まれているのだ。ミンコフスキは古典音楽から現代にちかい時代に至るまで、博学で、行動性に長けた挑戦的な指揮者だというのが新しいイメージとなった。

私はミンコフスキの活動に大きな支持を与えているものの、実際、その録音に接する限り、当たりハズレは決して小さくない。ラモーの管弦楽作品を編み込んだ『サンフォニー・イマジネール』、ハイドンの後期交響曲群、オッフェンバックの作品集やオペラ(オペレッタ)の録音などは文句なく素晴らしい一方で、バッハの『ミサ曲ロ短調』、ビゼーの劇付随音楽による組曲、一般的には人気のあるベルリオーズの『幻想交響曲』の録音などは期待外れのものといえるのだ。都響との最初の演奏会は、そのビゼーによるものだったので、自分は足を運ばなかった。再度の顔合わせとなる今回もブルックナーがメインということでイメージに合わず、ルーセルを耳にしたい一心だけで会場に向かったのだが、そこで意外や、大きな衝撃を受けることになった!

【ルーツ】

最初のプログラムは、ルーセルのバレエ音楽『バッカスとアリアーヌ』からの組曲を2つ、連続して演奏するもので、これはバレエ音楽全曲盤ではないものの、そのプロットの大部分をカヴァーすることになる構成といえる。

なお、ルーセルの2つのバレエ音楽、すなわち『蜘蛛の饗宴』と『バッカスとアリアーヌ』はクラシック音楽の長く、分厚い歴史を通しても、もっとも輝かしい部分のひとつである。ミンコフスキのアイディアは、『バッカスとアリアーヌ』が舞踊音楽の場当たり的なシャンパン的構成によるのではなく、しっかりした音楽的な創造と再生によって理知的に構築され、その結果として、奇跡のように深いコニャックの味わいに至っていることを証明するものであった。つまり、彼は第1、第2組曲のナンバーを交響曲のように構成して聴かせ、素材のもつ生の味わいや、不思議な再生力の強さを駆使して、作品の美しさを聴き手に対して徹底的に印象づけたといえるのだ。

都響×ミンコフスキにより生まれるサウンドはまず、きわめて豪華なものだった。その鳴らし方は、ルーヴル宮音楽隊で、繊細かつ、大胆なユーモアで、ハイドンの音楽を大いに楽しませている男とは、また別の特徴を持っているように思えた。

ただ、さらによく調べてみれば、マルク・ミンコフスキというのは、複雑な背景を持っている指揮者なのである。フランスのパリ出身で、両親の家はルーヴル宮の門前にあったというが、その姓からも想像できるように、スラヴ系の血も入っている。そして、ピエール・モントゥーが米国で開いたアカデミーで、彼は研鑽を積んだ。モントゥーの門人にはデイヴィッド・ジンマン、アンドレ・プレヴィン、ネヴィル・マリナーなどの名前もあるが、それぞれ一芸に秀でるタイプの個性派で、自分の拠点をどっしり構える点でも共通する。ミンコフスキは同様に優秀な門人で、助手として師を助けたシャルル・ブリュックに学んだようだ。当初はバロックの花形であるファゴット奏者として活躍したが、レ・ミュジシャン・ドゥ・ルーヴル・グルノーブルを設立して、指揮活動も成功させる。

師事した人の系譜や活動の経歴だけで音楽が語れるわけではないが、ミンコフスキという指揮者を構成するおおよその要素は、これらの事実から確認できるところだろう。つまり、彼はコテコテのフランス文化人でありながら、感情ゆたかな抒情性を持ち、それを豪華に響かせること(英米的)もできれば、瀟洒に輝かせること(フランス的)も、理知的に構成すること(ドイツ的)も、すべて若いときから学んできて、その土台に立ちながら挑戦的な試みを続けているのである。

【トリック】

ルーセルの音楽のつかみは、まず、英米人が好みそうな派手なサウンドで構成された。しかし、そのテンションを維持しながらも、ミンコフスキは音楽のもつ優雅な気品を徐々に聴き手のなかに浸透させながら、既に述べたような構造美までを理知的に示していくのである。ここはスケルッツォで、ここが緩序楽章の役割・・・と見立てよく構築を決めていき、その中から過去の素材が見事によみがえり、再創造されていたりするのに気づくと、作品の面白さは飛躍的な広がりを見せるのある。ミンコフスキは今回、そこにもう1つ、面白いトリックを仕掛けていた。それは、ベートーベンの交響曲第9番との関係性である。言うまでもなく、この時期は日本で、「第九」の演奏会がいろいろな主体によって演奏されるが、彼もそのことについて、日本の楽団関係者に聞いていたのであろう。もちろん、都響も例外ではなく、そろそろ「第九」の稽古にもかからなくてはならない頃合だ。そこで彼は、単に自分の思い入れが深い作品をやるだけではなく、わざわざ「第九」の素材が隠れているような作品を選んで演奏したのである。

後に述べるブルックナーの作品にも、ルーセルの作品にも、そうした素材が瞬間、耳に入るが、それは正に、ミンコフスキから我々に対するクリスマス・プレゼントのようなアイディアなのである。やり方は大きく異なっているが、ルーセルも、ブルックナーも過去の音楽に対する強い尊敬に基づいて、まったく斬新なものを生み出した点で共通している。

【百科事典的名品】

ルーセルの傑作に比べれば、ブルックナーの交響曲第0番は文字どおり、失敗作に位置づけられる。ブルックナーが何故、0番を1番の風下に置いたかについては議論があるようだが、ミンコフスキの演奏を聴けば、その有力な論拠が得られるであろう。それはつまり、ブルックナーの交響曲第0番は「第九」だけではない、過去の作曲家たちのイメージ、もしくは、彼らの遺した素材に基づくコラージュによって成り立っている面が強いからである。例えば、終楽章はブルックナーらしい素朴な対位法的な部分にバッハの作品の投影があり、それがある部分でおもむろにテンションをあげ、テンポも加えながら変容したあとに、出現するメンデルスゾーン的な楽想が、自然にシューマン風に移行したかと思うと、小さなパウゼを挟み、フィナーレで露骨にワーグナー的に燃え上がっておわるようにできている。こうしてみると、ブルックナーの交響曲第0番は、のちのB.A.ツィンマーマンの作品を先取りするようなコラージュ性をもっているようにも思えた。

あるいは、このように言うこともできるだろう。百科事典的名品!

もっとも、トロンボーンの旋律でユニゾンしたりするように、作品の内面的には死や、それに基づくデモーニッシュなイメージが先行しており、ミンコフスキの表現はこうしたブルックナー自身の本音を明け透けに語る点で、これまでにあまりない演奏である。こうしたことも、ブルックナーが敢えて、作品を「0番」としたことに関係するのかもしれない。トロンボーンが派手に響いておわる第1楽章ですべて本音を語り尽くしたあとに、実験的な第2楽章と第3楽章がつづく。これらはブルックナーなりに描きだした天国や地獄の風景と思われるが、第3楽章のトリオではこれ以上ないほどのシンプルな曲想が現れ、木管のトライアングル構造が浮かび上がる。第1楽章冒頭からすでに感じ取れる三角形のモティーフは、端的にブルックナーの宗教的趣味という以上の、なにか意図的なものを感じるのだが、私はこの謎解きを十分に果たせるような名探偵ではない。

【都響のパフォーマンス】

こうした演奏意図を体現する都響の演奏は近年、私が聴いた彼らの演奏のなかでは飛び抜けて素晴らしいものだった。ブルックナーの第1楽章、ガット弦を使っているように自然に減衰する響き、雨が庇から滴るような響き、寒く透き通った空気感。ただ勢いが良いだけでなく、こうした細かい表現も随所に目立ち、表情多彩なのが良かった。メッセージゆたかな演奏であると同時に、ミンコフスキの求める高度で、肌理細かい要求に都響がよく応え、パート間の連携やコミュニケーションも深く感じられた。コントラバスの動きには鳥肌が立ち、アンサンブル全体を2割ほど引き締める矢部コンマスの働きも流石である。都響の実力も、ここに極まれりというべきだ。

【プログラム】 2015年12月15日

1,ルーセル バレエ音楽『バッカスとアリアーヌ』第1組曲&第2組曲
2、ブルックナー 交響曲第0番

 コンサートマスター:矢部 達哉

 於;:サントリーホール

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