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2016年3月27日 (日)

エリシュカ チャイコフスキー 交響曲第4番 ほか 札響 東京公演 3/8

【初めてのエリシュカ&札響の東京公演】

札響で首席客演指揮者の地位にあるラドミル・エリシュカの名声は、もはや日本中にあまねく轟いたといっても過言ではないと思うが、この東京において、エリシュカが他のオーケストラを指揮することはあっても、相思相愛の札響とのコンビで東京公演をおこなう機会には恵まれていなかった(音楽監督を務めた尾高が東京公演向けの顔になっていたから)。多少の決意があれば、札幌を訪れるのはさして難しいことではないわけだし、エリシュカは札幌限定・・・ということでも面白かったとは思うが、同時に、私はせめて一度でも、東京のファンに彼らの勇姿を拝ませてみたら、どうなるのだろうかと想像してみることもあった。今回、ようやくにして、その最初の機会が訪れたというわけだが、結果は終演後の、熱狂した会場の雰囲気にもよく表れている。いちどは収まりかけた拍手の波が再び大きくなり、結局、相当数のオーディエンスが上着を脱いだエリシュカを楽しげに迎えたのである。

拍手をつづける支持者らの前で子どものようにはしゃぎ、なかなか袖に下がらずに、感謝の頭を垂れ続けた指揮者の人柄は、その演奏同様に愉快なものであり、深い印象に残るものだったであろう。

エリシュカは当初、ドヴォルザークやスメタナ、ヤナーチェクといったチェコ音楽の大家として知られたが、札幌では既に歩を進め、ベートーベン、ハイドン、モーツァルト、ブラームスといった独墺系古典音楽の演奏においても、現代ではほとんどみられない分厚い音楽の作り手であること、さらに、チャイコフスキー、リムスキー・コルサコフ、ムソルグスキーなど、スラヴ系音楽に対しても特別な適性をもっていることが次々に証明されてきた。舞台音楽を除くコンサート指揮の領域において、エリシュカは現在、生存する指揮者のなかでトップ・クラスの知見と、独創的な音楽、それに作曲家の魂に関わる確かな発想をもっているようだ。

常日頃の人柄はキュートで、壁をつくらない好々爺であるとはいうものの、練習場では一挙に般若の様相を呈するらしいものと聞いている。オーケストラの演奏にはいくつかのスタイルがあるが、今日、理想的とされているのは民主主義や個人尊重という現代的な価値観に強く依拠したもので、一個のアーティストとしての奏者の自由さや、異なる意見をめぐるコミュニケーションというものを前提に置いたものである。冗談交じりで、「失敗したらシベリア送り」と言われたムラヴィンスキーの音楽に代表される、賢者(もしくは支配者)の領導する全体主義的な発想は時代に合っていない。エリシュカは「領導者」というようなカリスマ的支配者ではないものの、それでも、頑固な司祭とでもいえる存在であることは間違いない。深い信仰ゆえに、信者の自由は神の教える範囲でしか認めない・・・そういうことになろうか。もちろん、神さまはそれほど生易しくもないだろうが、寛容さも示さなければなるまい。

作曲家の真意と、それを証拠づける楽譜だけを信じる司祭様の導きにとことんついて行くのか、俺たちの意見をなかなか聞いてはくれない時代遅れで不器用な爺さんと心中するのはご免と嘲笑うかは、紙一重のことである。札響の場合は、エリシュカを信じてついていくことで好循環が生まれ、多大な利益を得たことになる。この日、サントリーホールで公演をおこなってみて、東京のオーケストラよりも明らかに劣るという人も中にはいたが、大抵の人はそのレヴェルの高さに驚嘆したようだ。これなら札幌に行ってみたいという人も、相当数に上った。実際、エリシュカと札響を信じて、彼の公演にあわせて札幌をめざす音楽ファンは、現在でも無視できないほどの数を誇っているらしい。

加えて、私がエリシュカに対して特に感謝していることといえば、東日本大震災と、その後の原発事故により、各国政府も渡航を制限し、日本を訪れる音楽家が限定的であったとき、彼が迷わず日本を訪れてくれたこともあるのだ。このような音楽家はカンブルランやラザレフなど、ごく少数の例でしかない。震災の1ヶ月後、エリシュカが予定どおりに来日して、犠牲者に献げたドヴォルザーク『スターバト・マーテル』の演奏は、神田慶一の主催する「青いサカナ団」が主催し、協力する歌手や音楽家たちとともに池袋のシャロンゴスペルチャーチでおこなったチャリティ・コンサートとともに、暗い2011年を静かに彩る思い出として僕のなかに息づいている。あれから5年の歳月が過ぎた・・・。

【象徴的なシャールカ】

この不思議な構成の演奏会が、札幌と東京でおこなわれたのである。メインはエリシュカの思い入れが深い、チャイコフスキーの後期交響曲シリーズの2回目。ドヴォルザーク・シリーズの成功をなぞるように、第6番で始め、今回は交響曲第4番。前半はドヴォルザークの『弦楽セレナード』、そして、前プロにスメタナの連作交響詩『わが祖国』から、意外な「シャールカ」であった。連作の重要なモティーフが詰まった『ヴィシェフラド』や、人口に膾炙したメロディアスな『ヴルダヴァ』、1曲として十分な重みを誇る『ボヘミアの森と草原から』ではなく、唐突に始まる『シャールカ』が最初の曲というのがいびつな構造に見えた。わかってはいても、最初の重い響きが地面に突き刺さるように響くと、ビクリとする。そこには意味があったのだ。

だが、それは最初から簡単にわかってしまう薄っぺらな意図に基づいてはいない。実際、私以外の人は、そのことについてまったく書いてもいないのだ(もちろん、私などの考えていることだから、的外れという可能性も小さくはなかろう)。この演奏会が隠していた秘密は、それこそ交響曲のように神秘的な謎を宿しながら、それを徐々に解き明かしていく形でわかっていく。

最初の『シャールカ』は名刺代わりの素晴らしい演奏で、過去に録音されたものに近い充実したパフォーマンスだが、全体的にコントラストがより鮮明になっており、慣れ親しんだ『わが祖国』とはいっても、エリシュカが少しずつ自分の到達した音楽世界をブラッシュ・アップしていく姿勢をもっていることがよくわかったと思う。これまでに披露してきたエリシュカの交響詩の表現は、いずれもイメージの具体性に溢れていて、立体的に場面が目の前に浮かんでくるようなのが面白かったが、この日の演奏も例外ではなかった。情感と連動した明瞭な音やリズムの押し引きと、場面ごとに多義的な味わいをもつ金管群のゆたかな響き、厚みのある弦が温かな層をつくる明るい表現性。躍動感に満ちた舞踊部分の見事な音楽の運び。殺伐とした闘争のなかに生きる、宗教に基づく温かい音楽の表情など、この曲にはすべてが含まれているようだった。

【弦楽セレナードの演奏に秘められた想い】

だが、その真の意味が私にうっすらと伝わったのは、2曲目の『弦楽セレナード』の演奏の最中であった。前半はこの時期のドヴォルザークの非常に高揚した気分がベースになっており、「新」のつかない古典主義に染まった作曲家による、過去に対する素朴な敬意を示す演奏であり、これまで、モーツァルトやハイドンに取り組んだときにみせてきた札響の、独特な味わいを感じさせるものでもあった。クーベリックの録音など聴くと、まるで各パートに1本しか楽器がないような整然とした弦の組織が、ときどき得も言われぬふくよかな響きの膨らみをみせて、まことに神秘的で美しいのであるが、エリシュカはまた別の考え方に立っているかのように思えた。つまり、彼はどのパートにも複数の楽器があることを敢えて判然と感じさせることで、見せかけばかりの、人工的につくられたような同調性ではなく、作品が本来もっているところの活き活きとした響きの層を印象づけたかったのである。

作品に対する真摯な取り組みによって、徐々に聴き手のこころを捉えていく演奏はついに、最後の2楽章において、彼らの伝えるべき真のメッセージへと辿り着くようになっていた。第4楽章のラルゲットは、その末尾において、明らかに祈りの声を聴かせるものであった。作品全体のなかでは、ラルゲット楽章は総じて快活なイメージのなかでは、柔らかいクッションの役割を果たす経過的部分として取り扱われることが多い。美しく静謐で、霊感に満ちているものの、そこが主要な部分と思えるほどには十分な厚みをもたないからである。ラルゴではなく、ラルゲットに止めているのも、そうしたドヴォルザークの意図を裏打ちするものとなろうか。

だが、エリシュカはそうしたことを知りながらも、この作品がたとえ4楽章構成であっても堪えるようなフィナーレの情感的ゆたかさを備え、それまで積み上げてきた立派な形式がこの楽章に至って、すべておわっているとみても差し支えないということを印象づけたかったというわけである。あるいは、そのことで、ひとつの仕掛けをしてみたというべきなのかもしれない。終結の美しい響きにはフェルマータが掛かったように、余韻が露わに引き延ばされていた。そこには明らかに、祈りの声の雰囲気が漂ったのであるが、ドヴォルザークの素朴な信仰心や自然に対する親和に重きを置くような演奏家ならば、こうした部分にしばしば大きな敬意を払っているものだ(例えば、マッケラスの録音がそれに当たる)。かような祈りのこころを炙り出すことによって、エリシュカがこの瞬間、なにを言いたかったかはすぐにも連想できたのである。

それはこの演奏会が、2011年(平成23年)3月11日から5年が経つ日の1週間前(日曜公演なら6日前)乃至は3日前(東京公演)に演奏されることを前提とした表現であった。彼はこの楽章に渾身の想いを込めていたし、それだけに演奏がうまくいったあとは、楽員たちへの感謝の表現を忘れないのがエリシュカのチャーミングなところだろう。

形式的に第4楽章で区切りがついてしまうとすれば、アレグロ・ヴィヴァーチェの第5楽章はどのような意味をもつのであろうか。そのことを考えるためのヒントは多分、ベートーベンに求めるのがいちばんわかりやすいのではなかろうか。つまり、ベートーベンはしばしば、作品の形式がほぼ満ちて思いどおりのものが書けたと思うや、神さまへの感謝ともとれる対位法を交えた、整然とした、神聖なる音楽によって、感謝の楽章、もしくは恭しい終結部分を書くことが多かったのである。当初は弦楽四重奏曲第13番のフィナーレとして書かれた、いわゆる『大フーガ』(op.133)などは、その代表的な産物ということができようか。

『弦楽セレナード』第5楽章は前の楽章で悼んだような内面的な痛みに対して、そのような事件の直後、日本をめぐってエリシュカが目にした日本の素晴らしさ、もしくは、そうした場所で自分が活躍できることに対する感謝の音楽としてみることもできそうに思えた。序盤の素早い流れは震災直後、迅速に世界中から寄せられた支援をみるようであり、そこに対位法が入って感謝の意を献げると、つづいて美しく整えられたフォーメーションでアンサンブルが展開することで、整然と列をつくって助け合う被災者たち、あるいは、日本国民が一丸となって復興に立ち上がる風景を想像させるのだ。ポジティヴなメッセージに満ちた歓喜のフィナーレは終盤、もういちど温かい祈りの声を抱えつつ、終結では復興を象徴するかのような力強い響きで閉じられる。

もっとも、現在の被災地の多くはまだ、復興というには遠い現状であり、震災直後の日本人の確かに素晴らしい、人間的な在り方をみてくれたエリシュカにとって、恐らく、思いも寄らない5年後の現状があることは残念でならない。それも仕方ないほどに未曾有の惨事であったとはいえ、我が国の政治が本当の意味で、この5年間、被災地の復興のために最大限の努力を惜しまなかったとするならば、少なくとも、現状のようなことにはなっていなかったはずである。常日頃はチェコに在る彼がその事実を十分に知らないのも無理はなかろうし、また、現在の日本がいかに駄目な状況に置かれているかということを、敢えて氏に知ってもらいたいとも思わない。エリシュカには、たとえ幻想にすぎないとしても、美しく、力ある日本のなかで音楽を奏でてほしいと願うばかりだ。

【チャイコフスキーの斬新さ】

ときに天井高く、静かに響いた『弦楽セレナード』の祈りに満ちたモティーフは、チャイコフスキーにも同様にみられるものである。典型的には交響曲第5番があるのだが、同時期に書かれたバレエ音楽『白鳥の湖』の初演に関する原台本では、「湖」は娘を失った父親(つまり、ヒロインのオデットからみれば祖父)の涙によってできたとされているらしい。美しく描かれたものにも、深い悲しみがまといついているのだ。例えば、1976年の『スラヴ行進曲』はトルコとの闘いに傷ついたセルヴィアの将兵を慰問するために書かれたものとはいうが、例えば、この作品を通じて戦争の現実に向き合った作曲家の音楽世界は、それまでとは微妙に異なる方向へと彼を導いていくことになったのだ。1977年から翌年にかけて書かれた交響曲第4番以降の交響曲は、チャイコフスキーの「戦争交響曲」といっても差し支えないほどのものになっている。そこにはリアルな戦場の光景が織り込まれ、戦勝や凱旋の喜びに対して、常に死者への想いがどこかに刻まれているのに気づくことができるだろう。序曲「1812年」のような祝祭的な作品でさえ、チャイコフスキーにとっては、単に戦勝の歓喜や、情熱的な愛国心ばかりではなく、そこに至るまでに命を落としてきた人たちの歴史としてもイメージされ得るようにできている。

一方では、その時期はパトロンであるフォン・メック夫人と出会い、芸術家としてのチャイコフスキーがいよいよ力強い名声を勝ち得ていく過程にも当たっている。それまで内面的な小説のような作品を書いていたチャイコフスキーは、巷間よく言われるように、男色を好むため、むしろ内面を隠す必要に迫られたというような事情もあったのか、後には、よりスケールの大きな劇的世界を追うようになった。先に述べたような社会的な矛盾と、これを衝きあわせることで、作品はいっそう深度を増して、かつてのベルリオーズやロッシーニへの傾倒から脱け出し、より斬新な表現へと辿り着くわけである。チャイコフスキーの後期交響曲には、どこかしら『幻想交響曲』と似た素材が頻繁に挿入され、多くの優れた指揮者たちはめざとく、その符合に注意を呼びかけたりすることもあった。だが、エリシュカの演奏を聴いていると、そういうイメージはあまり有効ではないかもしれない。

並みの指揮者はチャイコフスキーを過去の偉大な音楽への追従者と見なし、しばしば単純な音階を使って、低俗だが、魅力的な表現をする作曲家としてイメージし、敢えて演奏しなければならない場合には、殊更に大胆な手腕を振るって作品をあざとく見せることも厭わないものだ。ところが、アレクサンドル・ラザレフなどはチャイコフスキーの音楽の斬新さについて、過去の演奏会において熱弁していた。彼のようなこころある音楽家にとって、チャイコフスキーの音楽は徹底して新しく、ときに理解できないほどの深みを伴って聴こえるような表現をすることも可能なわけである。それはむしろ、彼の作品がもつシンプルな特徴をゆっくりと、淡々と提示していくだけで済む。もちろん、その過程には細部に対する飽くなき試みや、その結果として生き残ってきた大胆な音楽のうねりもないわけではないが。

【トラウマ的体験からの解放】

ところで、交響曲第4番は私にとって、ひとつのトラウマ的体験を呼び起こすものだった。思い出すのも嫌なのは2003年、ユーリ・テミルカーノフがサンクトペテルブルク・フィルを率いて、ところも同じサントリーホールで演奏会を催したときのことだ。メインの交響曲第4番で、テミルカーノフは戦場の最前線に立つ恐れ知らずの指揮官よろしく、ぐるぐると大きく腕をまわし、冒頭の勇壮なモティーフは死地を駆け抜ける戦闘馬車の悪魔の御者を想像させた。激しくうねる響きは正に戦場そのもので、第1楽章から第2楽章がまさかのアタッカで続けられたこともあり、恐ろしげな雰囲気は増幅された。おまけに言うならば、奇しくも、私たちの席の背後には前半のソリストだったマルタ・アルゲリッチ女史が控えており、最初から第2楽章の終わりまでは、すっと立ちっぱなしという異常事態だったのである。私には当時、こよなく尊敬していた彼女のことが、悪魔の使いのようにしか見えなかった。それ以来、私はこの交響曲がある意味では呪われたものであるという歪んだイメージをもっていた。

実際、多くの録音を耳にしても、この交響曲に対するイメージを根本から覆すようなものは存在しなかった。唯一、ユージン・オーマンディの録音を聴く限りは、彼の演奏をライヴで聴くことができれば、多少の慰めにはなったかもしれないという程度のものである。エリシュカの演奏は、オーマンディほどの激しい揺さぶりはなく、フォルムのどっしりとした安定感がある。終楽章を除いて、テンポをゆっくりとる姿勢は、こうした時代のスタンダードな表現を受け継ぐものであろうか。さて、この作品においても、「3.11」との関係性は如実に窺われ、各部において、少しずつ氏の追い求める理想的なところよりも一回的に調整された・・・この日のための特別な選択に基づくような、深い表情をつけていた点などは特筆に値することだろう。エリシュカはいつものように、ごく丁寧にやらなければ、私たちも見つけにくいような旋律の流れなどを明確に彫り込む一方、ときには全体を踏み潰すような破壊的な響きを要求し、意外なアーティキュレーションや、大胆なルバートも交えて、独創的で、この場だけに見合った表現を追求していくのであった。

一見、単純なものだが、作品がもっている斬新な構造や響き、和声やバランスの妙を聴かせることは、この作品を正しく印象づける鍵となる。舞踊的な第3楽章は白眉とはいわぬが、興味深い演奏である。ちなみにいえば、そこのトリオの形も多分、当時としては十分に珍しいものであったろう。弦ピッチカートによる主部もさることながら、中間部は木管中心の行進曲風の音楽から、金管主体の舞踊的な音楽へとヴァリエーション的に移行し、再度、主部に戻ってからも、トリオの風景を彷彿とさせながら、最後は颯爽と響きが消えて遠ざかっていくようにできている。当然、エリシュカの場合には、そうした部分の表現が抜きん出て素晴らしいのは予想もできたのだが、札響のパフォーマンスもまた、こうした寛いだ部分では特に味わい深いのである。つづく終楽章はテンポを速め、明るく突き抜けた演奏で、やはり、(先の『弦楽セレナード』の終楽章と同じく、)形式からはみ出た異世界の音楽を構成する。テミルカーノフの場合には、単に悪夢の繰り返しでしかなかった第1楽章冒頭のファンファーレの再現は、エリシュカの演奏では、まったく異なる爽やかな表情で出現することになった。ついに、これによって、私のトラウマ的体験が払拭された感がある。

【まとめ】

総じて、エリシュカの音楽は明るく温和な響きをもっており、それがあるからこそ、より厳しく、引き締まった表現も受け容れることができるのであろう。第4楽章の後半部分は後世、必ずやってくる第二の悲劇を予言しているかのようだが、エリシュカは主張する。日本人はそのときが来ても、決して同じような憂き目に遭うことはないと!最後のクライマックスを控えて訪れる、もっとも沈鬱な響きに入る瞬間に、もっとも大きな笑顔が生まれることには注意を要するだろう。その後の数十秒間は、天にも昇る気持ちとでもいうよりほかはなかった。

演奏会の冒頭に戻って、問題の『シャールカ』であるが、以上のような謎解きから、この曲が敢えて1曲目に選ばれた意味はよくわかるはずだ。『シャールカ』は最初の部分で、運命を予告する衝撃の一時をもっている。そこから過去の経緯が回想され、見せかけのロマンス、偽りの和解による宴、殺伐とした奇襲のシーンへとつづく。特に宴の場面から殺戮に至る奔流のような響きは、あの日の大津波を彷彿とさせないでもなかった。あの騎士たちは、こんな日が来るとは夢にも思っていなかったろうが、突然、悲劇が襲いかかってくる。この破壊的な悲話はしかし、エリシュカが本当に大事にしているものの一部でもあり、同時にまた、ごく典型的な象徴物にもなっているわけだ。つまり、それは祖国と祖国の衝きあわせという問題を内包しており、このテーマはスメタナの時代に限らず、長らくチェコ民族の継承してきた歴史的な課題、もしくは、エネルギーの源泉であった。破壊のエネルギーは、場合によっては創造のエネルギーたり得るかもしれない。エリシュカのメッセージは、そのようなところにあったようである。

しかしながら、差し当たって伝わればよいのは、エリシュカがいま、大切にしたい2つの祖国が、この作品がもつ音楽的、劇的、もしくは詩的な特徴によって、見事に結びつけられたという事実だろう。そのことに本当の意味で気づくことができたのは、最後の曲がおわってからということになった。

この素晴らしい演奏会にとって、ひとつだけ問題があったとすれば、それはやはり、ホールの問題だったと思う。東京のサントリーホールは、世界に誇れる音響システムを構成する貴重な施設として誇るべきところだろう。もっとも、札幌のキタラと比べてみた場合には、最初の曲の第一音から既に「かすれた」響きがするのを感じたのである。可能ならば、実際、演奏されている札響の団員たちに聞いてみたいところだが、2つのホールを比べたときにキタラがもっとも優れている点は、演奏者自身が自分たちの演奏を把握しやすいところに求められるのではないかと思う。同時に聴き手の側にとっては、サントリーホールの残響がゆたかすぎるために、かえって響きの芯を上手に捉えることができず、結果的に薄い響きに感じてしまう部分があった。もっとも、その肉厚な響きは海外のオーケストラにちかい圧力をも感じさせ、在京のどのオーケストラと比べても遜色ない演奏の深度を示していたのであるが。

一方、既に本番2日間を経ておこなわれる東京定期は、当然ながら、演奏の精度がもっとも高いのも事実であったろう。プロ・オーケストラの演奏は1日本番を重ねるだけで、計り知れないインプルーヴ効果があり、札響の場合は、そのデルタが特に大きいということもある。初日のレヴェルが低いわけではなく、最初の本番に望む緊張感もまた特別な味わいがあるものだが、そうした経験を次に生かしていくという意味で、例えば昨年のブラームスの演奏会でとったような楽団員の姿勢(初日の本番後に楽団員が集まり、翌日のさらなる成功を期して議論を重ねたという記事が道新で紹介された)は、その良さをまったく別の価値へと高めていく役割を果たすのであろう。

こうして見てくると、一見、トリッキーなプログラムも、見えない絆でつながっているのがわかる。そして、それらをまとめる「主張」とでもいうべきものは、「3.11」の記憶とつながっているのである。一方で、ドヴォルザークの作品と、チャイコフスキーの作品は、それぞれ現実的な裏打ちが首尾よく得られたタイミングで形にされたものであり、喜びに満ちた明るい音楽という特徴も宿していた。だが、素朴で家庭的なドヴォルザークの価値観と、繊細で神経質なチャイコフスキーの価値観を同等に考えることはできない。彼の喜びはいつも、苦悩とともにあった。例えばチャイコフスキーとフォン・メック夫人の関係はきわめて興味深いものだが、ワーグナーとルートヴィヒⅡほどではないにせよ、2人の間には、他人には恐らく、理解できないようなねじれた絆がある。私がここで主に問題としたようなメッセージの問題を、すべてきれいに取り去ったとしても、演奏会の語る神秘はなお、妖しい輝きを放っているのである。

【プログラム】 2016年3月8日

1、スメタナ 交響詩『シャールカ』~連作交響詩『わが祖国』
2、ドヴォルザーク 弦楽セレナード
3、チャイコフスキー 交響曲第4番

 コンサートマスター:田島 高宏

 於:サントリーホール

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