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2016年8月 5日 (金)

大島ミチル For the East (弦楽四重奏曲) ほか 新日本フィル 室内楽シリーズ #101 「女性作曲家の軌跡」 6/7

【個性のある企画】

新日本フィル(NJP)は団員のプロデュースによる、団員による室内楽シリーズを実施している。今回、101回目となり、かなりの回数を重ねてきたことになるようだ。私は以前から興味を抱いていたものの、なかなか他のイベントと比較して、行ってみようということにならなかった。下の小ホールも、どんなところか、わからなかったのもある。また、オーケストラ奏者どうしの急造アンサンブルによる室内楽では、さほど感動できないという体験もあった。しかし、この日の企画には、目にみえる個性があったのだ。大島ミチルの作品を取り上げたこと。そして、ファニー・メンデルスゾーンの曲目がプログラムされていることも、それである。

演奏者をみると、NJPの「顔」(コンサートマスターや首席奏者がそれに当たるだろう)となるようなキャラクターは含まれていなかった(自註:佐々木絵理子さんがフォアシュピーラーの重責を果たしている)。いつもは私も「顔」を目当てに出掛けるのであるが、この日ばかりは、そうした顔らしい顔が含まれていないということ、そのこと自体に関心が湧いたのである。

【ファニー・メンデルスゾーンの作品】

まず、ファニー・メンデルスゾーン・ヘンゼルはいうまでもなく、フェリックス・メンデルスゾーンの姉に当たる。才能豊富で、教養に溢れるミューズの資質をもっていたが、当時はまだ、彼女が大っぴらに才能を発揮するには難しい社会であった。そのため、彼女は弟の補佐役に回り、能ある鷹の爪を隠すしかなかったのである。今日、ファニーの作品は大きく見なおされているが、夫のヴィルヘルム・ヘンゼルが彼女の才能と意欲に対して、理解のある人物でなかったら、そうしたものも後世に遺らなかった可能性がある。兄妹は固い絆で結ばれていたが、それがかえって災いしたのか、姉の死後、間もなくして、天才フェリックスもあとを追うように、この世を去った。

今回の企画者、ヴィオラの吉鶴洋一は独特なユーモアを交えて言っている。自分が音楽を始めたとき、周りが女の子ばかりで続かなかった。ところが、学校の音楽室にかかっていた作曲家は男性ばかり。どこか歪んでいるのではないか・・・。それに、この企画はすみだ女性センターの依頼を受け、デザインされた企画であるという側面もある。センターや、学校でのアウトリーチを積んで、そのゴールとしても、この公演は位置づけられているわけだ。多分、それらの公演で、彼らのファンになり、ここへやってきた客層もあったにちがいない。メンバーは吉鶴のほか、vn佐々木絵里子、松崎千鶴、vc矢野顕子という弦楽クァルテット編成である。

メンデルスゾーンの曲は、女性が書いたとは思えない堅牢な構築が顕著であり、弟フェリックスはおろか、シューマンやブラームスもビックリするほどの厚みを誇る。ただ刻んでいるような声部があまりなく、どのパートも動的で、技巧的なのだ。変ホ長調の深みのある多様性を彼女は熟知しており、なにか手の込んだ文学作品を読み込んでいくような、手応えある感覚がダイナミックなフレーズの組み合わせから生じた。この作品では第1ヴァイオリンをより若い松崎千鶴が担当。清々しい知性と、シャープなテクニックは、アンサンブルの顔としても十分に通用するものだった。最後の場面でテンションがあがりすぎ、やや上ずった響きになった点だけは惜しまれるのだが、そこに限らず、この作品はかなり難易度が高いと思われる。それをあのようなレヴェルで演奏するのだから、客席も終演後はかなりの高揚を示していた。

【僕らが生まれ変わらせます】

大島ミチルは1961年、長崎県の生まれ。NHKの連続テレビ小説で音楽を担当したり、映画やゲーム、アニメ、舞台などで幅広く活躍する有名な実用音楽の作曲家である。もっとも私は予め、彼女のことをそれほどよく知っているわけではなかった。著名な作曲家が片手間で芸術音楽に取り組むなら、それは成功しないだろうが、大島は芸術分野をかえって斜めに見るような、歪んだ感覚はもっておらず、彼女の好きなテレビや映画の音楽と同様に、この分野でも自分の可能性を試すことに積極的な意思を持っている。彼女は既に日本よりも、国外で素直に高く評価されており、この日、演奏された弦楽四重奏曲もフランスで作曲されたものだということだ。その作品も、もう新しくはないが、日本の音楽家による演奏としてはこれが初演。彼女のような優れた才能に、近年、.ようやく顔を向けだしたにすぎない我が国のクラシック音楽業界の状況は、いささか遅れているように思われる。

大島は今回、新たに作品をつくることも提案したというが、恐らくは(邪推だが)、室内楽シリーズで、新作委嘱できるほどの予算はなかったのであろう。旧作の著作権使用料だけを払うだけでも、オーケストラにとっては楽な負担ではあるまい。そうであっても、大島はこの機会を大事にしたいと考えてくれたようだ。彼女は最初から演奏会に詰めかけ、プレトークにも出てくれた。そして、熊本のためのチャリティ向けに、廉価で自作品のCDを販売するおまけまでつけてくれたのである(収益は寄付金に回す)。もっとも、それで中身のない作品だったなら、私はガッカリしたことだろう。ところが、演奏は期待以上のものをもたらした。大島のセンスは、クラシック音楽の最前線においても、十分に輝き得るポテンシャルを示していることは確かだ。その表現にはみるからに斬新なサウンドや、独特の構築を含んでいないものの、それでも音楽には十分、新鮮な味わいがあって、旋律線や重ね合わせの美しさが高度に内面化され、作り手と演奏家、聴き手の間に深く共有される独特の厚みを容易に形成するのである。

そのことは、リンクに示す弦楽四重奏曲の録音を聴いた限りでは、実のところ、それほど明確には感じられないものだった。私が特に気に入ったのは、プレイステーション用のゲーム・ソフト”ICO”のために書かれたリリックなテーマ・ソングであって、SQには物足りないものを感じていた。その予見は良い意味で裏切られたのだが。演奏の最中、吉鶴がプレトークのなかで力強く述べた言葉「(新しい作品ではなくとも)大丈夫です、僕らが生まれ変わらせますから」・・・を何度も思い出した。その言葉は、誇張ではなかった。どの曲においても!

【大島ミチルの各作品】

最初の『風神雷神』よりの小品は検索してもよくわからず、どういう性質の音楽なのか、よくわからない。しかし、その題名から思い出すのは、昨年、耳にした高橋悠治の作品だ。ともに俵屋宗達の名画からインスパイアされたと思われる作風に、意外と響きあうところが多いのである。もしかしたら、これも福島をモティーフにしているのではないかと思い、よく調べてみたら、大島ミチルは多忙のなかにも社会活動に熱心で、福島への支援も行っているらしいことがわかった。作曲家の生活と、作品が必ずしも、直接、関係するわけではないが、高橋の感覚と、大島の感覚は見事といってもよいほどに、きれいに照らし合わせることができようほどのものだったのだ。私はそこに、ある種の神秘を感じずにはいなかった。

2曲目が、メインと思われる弦楽四重奏曲"FOR THE EAST"から。その構成は、1曲目の’life’、3曲目’festival’、4曲目’cherry blossoms’、5曲目’traffic jam’による4楽章構成としている。委嘱初演のクァルテット・ラヴェルの録音を聴くと、ミニマル的な要素があり、演奏者の感覚も手伝ってか、人々を魅了する近代フランス音楽の影響をもろに受けた音楽、また、オリエンタルな雰囲気を僅かに加えた器用な仕事という印象があり、その場合、彼女の純音楽の分野における成果について、私はさほど積極的に評価することはないだろうと感じていた。ところが、当夜の演奏はまったく異次元のクオリティを誇っており、私を驚愕させた。

先に述べたように、我らのNJP吉鶴クァルテットは組曲的な7つの小品群から、4楽章ソナタの作品に似せた形式にして演奏した。そのせいか、最初の’Life’は、形式中に激しいオスティナートを含むものの、全体的には奇抜で大胆なモティーフをもつ、均整のとれたソナタ形式と受け取られた。ラヴェルというより、作品が模範としているのはショスタコーヴィチや、バルトークの造形である。ときに外山雄三風の土俗風俗表現もあるが、そうしたものは一瞬の風景として消え去るのみで、力強い構造の組み立てとともに内部に詰め込まれていくのであった。目にみえるニッポンらしさではなく、日本人らしい控えめな美的感覚や、穏健なものの見方が、サウンドに反映しているというべきである。

そのような意味で、3曲目’Cherry Blossoms’の演奏はこころに残るものだ。ここで私が連想したのは、レーラ・アウエルバッハが一晩で作曲したと主張する、キム・カシュカシアンのコンサートで聴いた1曲だった。実は日本古謡『さくらさくら』をモティーフとしたその作品よりも、大島の作品には、よりナチュラルで、シンプルな日本の美的感覚が張り巡らされている。クァルテットの演奏がQラヴェルよりもよく聴こえるのは、作曲家と同じ国の音楽家たちが、作品のイメージする感覚をアプリオリに共有しており、それだけに自然に表出できたこと、いわば民族としての絆とでもいうものと無関係ではないだろう。大島自身は一体、どのように感じたのであろうか。

NHK、朝の連ドラ『あすか』ヒロインのテーマと、ゲーム作品”ICO”の音楽は、より素直な作曲家の美的感覚を象徴している。ICOは元来、ヴォーカル付きの作品だが、人とヴァイオリンでは歌い方が異なって、タイトルでもある’You were there’と歌う部分がクライマックスにはならず、顔ではなく、ボディが強調されるという意外な変容が見どころとなる。しかも、フレーズが2度重ねられることで、その印象がはっきりと確認できるのだ。

なお、先の”FOR THE EAST”は初演当時、話題になっていた北朝鮮に拉致された人たちが、どんな思いでいるのかと想像するところから始まった作品だということで、そう聞いてしまうと、またちがった印象で感じることができる。この日は演奏されなかったが、長崎出身の大島は同曲の6番目の曲で、執拗な衝撃音や弦楽器のポルタメントを駆使して、核爆弾について描いたりもしている。そして、終曲がアンコールで演奏の’Mother’。”FOR THE EAST”の7曲目は今日、生まれ、消えていく数多い作品のなかでも、大事にしたい貴重な1曲のうちに入るだろう。会場の聴き手たちも、演奏がおわり、しばらくは誰も拍手せず、音楽に浸りきっているという雰囲気が素晴らしかった。大島の諸作品は、それほど深い感銘を与える音楽世界を有している。主に活躍するジャンルのちがいなど、まったく気にならず、優れた人のもつ感覚はどの分野でも貴重である。

【補足~オーケストラは団員のアイディアを生かせ】

もうひとつ強調しておきたいことは、この舞台をつくった4人の奏者の素晴らしさだ。オーケストラでのステイタスをいえば、先に述べたように、佐々木がフォアシュピを務める以外、全員が平団員である。このコンサートには、まだファンに顔の売れていない奏者を顔見世する役割をもありそうだが、松崎などは、吉鶴が企画に取り掛かったときはまだ、プロヴェーション中の身だったわけである。それにもかかわらず、彼らは上層部が思いもつかないような発想で以て、このコンサートを成功へと導いた。彼らにはそのためのアイディアが十分にあり、実力も伴っているのだ。吉鶴が言うように、作曲家は彼らが自分の作品を生まれ変わらせてくれると信用してもよいだろう。それだけの、豊富な可能性を彼らは十分に有しているはずだ。つまり、オーケストラは決して、このような可能性を押し潰すものであってはならないのだ。否、前向きな言い方を選ぼう。オーケストラは、団員のアイディアを積極的に生かすことさえできれば、もっとよくなれる。

私は、確信する。NJPにとって、この室内楽シリーズは肝の部分に当たる。私の知る限り、日本において、同じようなシリーズを長期的に維持している楽団はない。近年、NJPは重要な団員を多く流出させてしまったが、彼らがなお、トップの位置で、良いものを受け継いで生き残っている背景には、このような優れたシステムがあったのだ。しかし、私にとって、そのようなことを知るきっかけとなったのが大島ミチルに関係する演奏会だったということは、本当に幸運だったと思う。私は社交が得意でないので失礼するのみだが、演奏会のあとは、たったの500円で懇親パーティにも参加できてしまうのだ。素晴らしい企画だと思う。

【プログラム】 2016年6月7日

1、ファニー・メンデルスゾーン 弦楽四重奏曲 変ホ長調
2、大島ミチル 『風神・雷神』より
3、大島ミチル ”For the East”より
4、大島ミチル 風笛(NHK連続テレビ小説『あすか』のテーマ)
5、大島ミチル ICO(ソニー Play Station用ゲームのテーマ)

 vn:佐々木 絵里子、松崎 千鶴 va:吉鶴 洋一 vc:矢野 顕子

 於:すみだトリフォニーホール(小ホール)

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