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2016年10月25日 (火)

エリシュカ チャイコフスキー 交響曲第5番 ほか 札響 594th定期 10/14、15

【もっとも思い入れの深い演目】

このページでは、札響とエリシュカの特別な関係について多くを書いてきたつもりだ。氏にとって、もっとも思い入れが深く、妥協できないヤナーチェクの演目での苦闘に始まり、ドヴォルザークの後期交響曲ツィクルスを通じて、札響は指揮者とともに全国的な注目を浴び、それを背景に大きな成長を果たしてきた。メンバーの移籍、退団、早すぎる痛ましい死などもあったが、それらを乗り越えて、楽団はアンサンブルの精度を大きく高め、明るく開放的な響きをもった素晴らしいオーケストラになってきている。尾高の棚上げを機に、中心的なメンバーの離脱もつづいたが、代わりに若く有能なメンバーを加え、再び成長軌道に復帰したことが確認された。

ヤナーチェクの管弦楽作品、ドヴォルザークの後期交響曲に次いで、エリシュカが取り組んでいるシリーズは、チャイコフスキーの後期交響曲と、ブラームスの交響曲ツィクルス(それに、密かにつづくベートーベンの交響曲シリーズ/9番、4番、そして来季は3番)だ。チャイコフスキーのシリーズは初回の6番から、ドヴォルザーク・シリーズと同じプライヴェート・レーベル「パスティエル」に収録され、それも話題を呼んだ。この演奏会に合わせてリリースされた4番の演奏は、東京公演にもかけられ、温かいシングル・カーテンコールを伴う賞賛を受けている。エリシュカのチャイコフスキー、そして、札響との組み合わせは相性が良い。しかも、今回の交響曲第5番は、氏にとっては、もっとも思い入れが深いものということだ。

交響曲第5番は人口に膾炙した作品だが、実は難しく、そのわりにマイナーなオーケストラによるパフォーマンスに優れたもの(録音)がある。その筆頭に挙げておきたいのは、広上淳一がコロンバス響を振った録音だ。氏はレイ・オフ問題で団員側の肩をもってしまい、経営陣と対立して、同オーケストラでのポジションを失ったのだが、この人馬一体の熱演は少なくとも音楽家同士の関係は素晴らしいものであったことを示している。他では、この作品にとって重要なクラリネットの奏者で、指揮者のベルケシュ・カールマンが武蔵野音大のオーケストラを振った録音が挙げられる。まったく別の方向性ながら、これも素晴らしい一枚だろう。序奏だけというのも含めれば、私はNMLに収録されるほぼすべての録音を耳にしたといっても過言ではないが、この作品ほど、緻密な構成力と、粘りづよい磨き上げが要求される作品は他にないように思われる。

例えば、序奏から主題の演奏につづく冒頭部分だけでも、重要な旋律に施された細かい装飾をどの程度、緻密につけるかということで、演奏の善し悪しはほぼ決定的にわかってしまうほどなのだ。逆にいえば、演奏力の高いオーケストラは本来、そうした装飾を苦もなくこなせる能力があるにもかかわらず、驚くほど手抜きな演奏姿勢をとっていることが多く、時には一部の装飾を省いているようにも聴こえたり、あるいは、レガートやポルタメントの奏法によって、お茶を濁していることが多いのだ。そういうところをみると、人口に膾炙した曲だけに録音は数多あるのだが、彼らがどのような姿勢で録音に臨んでいるかはハッキリしている。このことはチャイコフスキーの祖国ロシアのオーケストラや指揮者、あるいは、几帳面そうなドイツのオーケストラや指揮者でも、まったく変わらない傾向だ。彼らの採る方向性にも意味が感じられるときはあるが、チェリビダッケの録音のように、尋常ではない磨き上げによる圧倒的な説得力をもつ演奏は滅多にない。ましてや、ラザレフのように、チャイコフスキーが斬新な作曲家であったと主張する人はあまりいなかった。むしろ、チャイコフスキーの音楽のもつ単純さを揶揄する表現は豊富であり、よく広がっている。広上の演奏などは、むしろ、そうした揶揄をプラスにひっくり返したものと評価できるだろう。

【最後の数秒まで残されている選択肢】

さて、チャイコフスキーの音楽は同時代にロシアが負った傷と、決して切り離して考えることはできないものだ。ロシアはバルカン半島のキリスト教諸国(セルヴィア、ブルガリア、そしてギリシャ)を支援する形で、屈強なトルコとの熾烈な戦争に勝利を得るため、戦線に介入した。帰還兵の慰問のために要請があり、チャイコフスキーは『スラヴ行進曲』を書き上げたが、性根が繊細な作曲家としては多分、同時に、この戦の恐ろしさに衝撃を受けることになったものと思われる。例えば、その影響は交響曲第5番とほぼ同時期に書かれたバレエ音楽『白鳥の湖』に表れており、その湖は魔法に消えた乙女たちのことを嘆く祖父が流した涙によってできたと設定されていることを考えると、それが暗にどのような風刺を内包しているのか、くどくどと説明するまでもなかろう。チャイコフスキーの交響曲も前半の3つは内省的な小説のような詩的喚起力をもっているが、この凄惨な戦争を挟んだ後期の交響曲ともなれば、ガラリと様変わりする。皮切りの4番では悪魔的な金管のファンファーレが咆哮し、他の2つのシンフォニーでも、勇壮で描写的なマーチが必ず挿入されている。

一方で、チャイココフスキーは1893年に、コレラによって亡くなるまで、私的にも山谷のある人生を送っている。パトロンであったフォン・メック夫人との謎めいた関係や、短かった結婚生活、自殺未遂、同性愛の噂まである。社会的な背景をうたう象徴と、内面的な深い響きが一体となって、後期交響曲の劇的な雰囲気は構築されているようにみえる。チャイコフスキーの後期交響曲は、当時のロシア社会に生きる作曲家そのものの生き写しである。そのなかでも第5番は前後の作品と比べれば、希望に満ち溢れたシンフォニーだ。エリシュカはこの作品の冒頭で「運命の主題」を吹くクラリネットよりも、第2楽章で温かく愛情を奏でるホルンや、優しげな旋律を担当するフルートを優先的に賞賛するが、このあたりに独特なイメージを読み取ることができるだろう。

そうはいっても、エリシュカは作品から哀切なテーマを無理に切り離したというわけでもない。むしろ、作品全体では、スラヴ風の葬送音楽としての性格が浮き彫りにされている。前半2楽章の冒頭部分では、死んでいった者たちを悼む場の雰囲気が蘇り、時折、トラウマのように激戦の風景がフラッシュバックするが、次第に静かになり、祈りの声に打ち消されていく。第1楽章の序奏部は特に印象的で、精確に拍を刻むエリシュカの職人技が情景に深いリアリティを与えていた。クラリネットの響きが中心になってはいるものの、ファゴットがきっちりと寄り添い、その他の楽器も厚みを加えることで、独特の仕掛けが可能になる。慎重に吹き上げられるクラリネットの響きは、浮き上がった空間で上部のみがまあるく切り取られて浮遊し、まるで肉体を失った人魂のような視覚的イメージで表現されている。あるいは葬儀の合間、近親者が吸ったタバコの煙が輪っか状に浮き上がる様子を想像させるのだ。

神秘的な序奏がおわり、場面は一転する。同じようにクラリネットとファゴットが歩調を合わせ、二列縦隊で進んでくるのが想像できる。これは既に帰還の場面とも受け取れるが、まだ戦地にあるときの風景とも解釈でき、恐らくは、その二重性を見込んでいるのだろう。正確にいえば、そこにもうひとつのイメージが重なり、それは新雪を踏みしめて、どこかへ向かっていく恋人たちの姿(愛らしくも悲劇的だ)であるとすれば、三重のイメージが層をつくっているのだ。激烈なフラッシュバックを伴いながら、音楽は情感ゆたかに展開する。さすがに雪国のオーケストラだけあって、雪を踏みしめる感覚も確かである。時折、冷たい風が吹き、自然的な表現もイメージを広げる。程なく、ここにはすべてが描かれているのだと気づいていった。

第3楽章では前半楽章の雰囲気とは変わって、受容、あるいは和解の音楽が構成される。人々は何か沈痛なことがあった場合には、いくつかの段階を踏んで受容に至るので、ある意味では、この楽章は現在というよりは、未来に通じる音楽である。これにつづく終楽章では帰還や、受容に至った喜び(あるいは神への感謝)を表現する音楽が奏でられるのだが、よく聴けば、それも一通りではないのだ。エリシュカは作品冒頭に吹かれるクラリネットの主題を、再びクラリネットそのものによって、ハッキリと主張することで、音楽に複層的な深みを与えたのである。分厚い弦の温かい和声と、歓喜に満ちた雪解けをうたう金管と木管のアンサンブルのなかで、このクラリネットは通常、あまり目立つものではない。しかし、それがエリシュカの慧眼によって浮き彫りにされ、適切な重みと位置どりを伴って出現したとなると、作品はまったくちがう印象を与えることになった。

このイメージは聴き手のなかに粘りづよく保存されるだろうが、その重みがコーダの最後でいちど響きを鎮めてから、残り少ないスコアを全力で歌うというスタイルに転じるのは構造的にいって理に適うことだ。加えて重要なことは、この切り替えによって、音楽が最後の最後まで動いているという事実だ。残り数秒になっても、まだ有効な選択肢がある音楽など、チャイコフスキー以外の誰にも書けたものではない。エリシュカの演奏は、そんなアメイジングな可能性を見事、開いてみせたのである。

祖国の雪を踏みしめ、帰還した兵士たちの喜び(もしくは悲しみ)も様々。チャイコフスキーは多様な表情を正に、スメタナ風のみえないディヴィジ(後述)で表現しているのである。この斬新さは、またしてもコーダで力強く語られ、主題を切り裂くかのように、トランペットの響きが信じられない鋭さで、ブリリアントな輝き(あるいは稲妻のような・・・)を発するのだが、これもまた聴いたことがない響きだ。それまで緻密に構成された音楽が自由奔放に暴れまわり、まったく別の表情を曝け出すようだった。こうした部分は初日の演奏にも聴かれたが、2日目の演奏で、なお一層の鮮明さを示している。

【スメタナの斬新さとチャイコフスキー】

ここで、スメタナの音楽(ワレンシュタインの陣営)について振り返ろう。エリシュカはこの音楽を気に入っているようで、メインにドヴォルザークの交響曲第6番を組んだN響の定期演奏会でも前プロに仕込んでいる。ワレンシュタインはフェルディナンドⅡの時代にハプスブルク帝国に雇われた傭兵隊長で、対トルコ戦や、プロテスタント諸侯との闘い、対スウェーデン戦に活躍して立身を遂げたのだが、最後には誅殺されてしまう。ボヘミア出身の軍事貴族で、盛時には12万ともいわれる大軍を指揮したという。作品はシラーの戯曲をもとにした劇のために準備された音楽で、15分程度の交響詩としてまとめられている。エリシュカは終盤の場面に入るところで間を置き、完全に区切って演奏している。トランペットのエコーが響き、ワレンシュタインの陣営に色とりどりの幟が次々に立って、華やかな陣立てが行われるかのような音楽が聴きどころである。

スメタナの音楽は、単純なマーチを主体とした音楽にすぎない。しかし、軍人たちの着陣を告げる金管の響きは、意図的なずらしによってエコーを響かせるように鳴り、序盤の素朴で力強いアンサンブルにも絵画の遠近法を取り入れ、遠くから徐々に近づいてくるような演出を、エリシュカが明確にしている。クライマックスで軍人たちの集った威容を示す場面では、多様なディヴィジがあるわけではなく、基本的に整然としたアンサンブルが構築されているが、それにもかかわらず、同じ属性をもつ大軍ではなく、方々からやってきた個性も、志も、まったく異なる集団としての味わいがどこかに漂っていた。これは恐らく、対位法的な手法によって、スメタナが音楽を構築している結果である。なお、ワレンシュタインがスラヴ系の将軍であることは、『わが祖国』で聴かれるのとよく似た雰囲気のコラールの旋律が歌われることで実感できる。

こうしてみると、スメタナの作品は素朴なモティーフを用いた作品であるとはいえ、実に斬新な特徴をもった音楽でもあることがわかるだろう。これとよく似た特徴をもつのが、チャイコフスキーの終楽章というわけだ。初日の演奏では特に、私はこの楽章の音楽が示す斬新な特徴について、驚きをもって接した。いつもは聴こえない音が、作品の意味を根本から揺るがしてしまうようだった。氏にとって思い入れの深い演目というなら、それにもかかわらず、あれほど新鮮な演奏になるということに、まず驚愕を感じざるを得なかった。大事なものは、いつまでも形を変えずにとっておきたいと、大抵の人は思うものだろう。エリシュカもまた、その想いは同じなのだろうが、どのような境遇にあろうとも、常に現役の音楽家でありつづけた氏は、自らの大事な音楽を絶えず磨きなおし、見直しているうちに、それだけでは我慢ができなくなってしまう性分だったようだ。さらに磨く、なにかを見つける・・・のサイクルによって、いまの彼ができてきた。チャイコフスキーの音楽がそうであるように、エリシュカの演奏もまた、その人生そのものを映しているかのようである。

初日の演奏は、かなりワイルドなものだった。例えばティンパニが、あれほどドンドン放埒に鳴っても、アンサンブル全体が壊れないのはスメタナの書法がいかに堅牢なものだったかを示している。なお、読響に移籍した武藤厚志の後任として、札響は首席待遇で入川奨を試しているが、点というよりは面的な広がりを感じる面が多く、まだティンパニストというよりはドラマーというにちかい。しかし、素材としてはかなり優秀なのは確かで、プロヴェーションは技術面では問題ないはずだ。初日の演奏からして、N響のときよりは表情ゆたかに演奏できたが、2日目のほうがやんちゃな面が減って(例えば、我らが新しい『ドラマー』もアンサンブルでの調和を増し、ティンパニストに近づく)、いかにもスメタナらしい品位が加わっていた。

【和解の音楽】

スメタナの作品は、これが札響での初演となったが、2曲目のドヴォルザーク『スケルツォ・カプリチオーソ』は、エリシュカの指揮で2回目のトライである。これは歴史的にアルトゥーロ・ニキシュが得意とし、世界中に広めた演目ということであり、作曲者本人の指揮ではなかなか満足な出来にならず、同じくニキシュの指揮によって、作品的価値が覚醒したチャイコフスキーの交響曲にまつわるエピソードと共通点がある。エリシュカのヒーローは祖国の大指揮者ヴァーツラフ・ターリヒだということだが、そのターリヒをベルリン・フィルのコンマスに引き入れ、彼のヒーローでありつづけたのはニキシュだった。師弟関係としてはヤナーチェク=バカラ(ヤナーチェクの直弟子で、ブルノの音楽院でエリシュカらを育てた)の流れを汲むエリシュカだが、精神的にはニキシュ=ターリヒの流れを汲んでいる。ある意味、この2曲目の作品や、チャイコフスキーのシンフォニーは、ニキシュから受け継がれてきた音楽の伝統をまともに伝えるものであるが、先にも述べたように、エリシュカはヤナーチェクの音楽的精神をも引き継いでおり、誰にも真似のできない唯一の音楽というものも、同時に重くみているようだ。エリシュカの演奏は素朴で、古典的だが、いつも何かが新しい所以である。

エリシュカは札響における、ドヴォルザークの交響曲ツィクルスを第6番で始めた。ドヴォルザークにとって、第6番は独特の意味をもっている。まず第一に、この作品はジムロックから出版された、ドヴォルザークの最初のシンフォニーであった。第二に、社会的背景との関係がある。当時、スラヴ民族を内包し、ハンガリーとの二重帝国体制を布いていたハプスブルク帝国だが、民族主義の台頭などを背景に、ドイツ系民族とスラヴ系民族の対立が無視できないものになりつつあった。ドヴォルザーク自身は故郷ボヘミアへの愛着が強い作曲家だが、同時に友人のブラームスをはじめとして、独墺圏にも分厚いコネクションがあり、音楽的にも独墺系の古典に憧憬を抱くところが大きかった。彼にとって、2つの民族の対立は喜ぶべきところではなく、交響曲第6番ではドイツ系のシンフォニーの特徴で、スラヴ的な内面性を包み込んだ構造を作り上げている。和解をめざし作曲された作品だが、ハンス・リヒターによるウィーン・フィルとの世界初演は実現せず、結局、社会背景の厳しさを受けて、ウィーン初演はプラハにおける世界初演(1881年3月)より数年後の出来事となる。

1883年に初演された『スケルツォ・カプリツィオーソ』も、ウィンナー・ワルツのようなルバートやリズムが取り入れられ、交響曲第6番と同じように、ウィーン的なものに敬慕を示し、スラヴ的なものとの融合を図る意図が明らかだ。ついでにいえば、ニキシュもハンガリーの生まれで、ドヴォルザークの作品から感じるところが大きかったのは想像に容易い。リヒャルト・シュトラウスのように陽気で広がりのある主題が全編を支配するが、年代的にはもちろん、ドヴォルザークが先行している。ウィーン音楽の晩期を特徴的に彩るシュトラウスだが、ボヘミア生まれの一世代前の先人から影響を受けた可能性も否定はできない。さて、初日と2日目の演奏で比較的、差の大きかった演奏会だが、例外的にドヴォルザークは初日から好調だったと思う。交響曲ツィクルスの成果も色濃く残るなか、飛び抜けて柔らかい響きが聴かれ、最初の頃の札響を思い出すと、長足の変化を感じるのであった。

この作品のテーマが「和解」だとするならば、チャイコフスキーの交響曲第5番と共通した要素をもつことになる。このように、いくつかのドラマトゥルギーや、管弦楽法の特徴(ホルンやクラリネット、ヴィオラの活躍)からみて、3曲は相互に関係しており、可能なら、インターヴァルなく、すべてを通して演奏するのも面白かっただろうと思う。6楽章の大シンフォニーは、斬新さと、豊富な古典的教養に基づいた3人の作曲家を、いつも以上に輝かしくみせてくれるにちがいない。

【前のめりのアンサンブル】

初日はまだ空席が目立つキタラであったが、金曜ソワレは独特の緊張感があり、見守る聴き手の側も熱心で、こころの対話を感じる日だ。クオリティは2日目に上がり、そのデルタが大きいのもわかっているが、初日を聴く面白さ、また、その設計図を知った上で2日目と聴き比べる面白さは、そう簡単に切り捨てられるものではない。満場にちかくなった2日目の公演は終演後のセレブレーションも素晴らしい雰囲気で、それを感じるだけでもういちど、涙が来るほどだった。東京では、実力に定評ある指揮者がいたとしても、ここまでの雰囲気にはなかなかならないものだ。エリシュカは札幌で、ここまで愛されるようになった。その原因のひとつは、エリシュカ自身が札幌をいたく愛しており、演奏家と聴き手の両方に対して、素直な敬意を払ってくれる指揮者であることであり、そのことは舞台上での仕種からも容易に読み取れるところであろう。

この演奏会の模様は通例どおり、パスティエル・レーベルからのCDがリリースされるであろうが、今回はNHKのFM放送のマイクも入っていたとのことで、近いうちに放送される可能性もある。なお、この機会に合わせてリリースされた(11月9日一般発売、会場で先行リリース)、4番の録音もクオリティの高いものになっていた。東京公演とはまたちがっているのは、ホールの関係で(サントリーホールvsキタラ)、全奏部の強靱な響きをガッチリ受け止めてくれている点と、今回の5番と同じく、やや浮き立つような前のめりの姿勢が窺えることである(他に重要なちがいとしては、終演後、作品の質を反映して、一瞬、静けさをつくった東京の公演と比べて、札幌の聴き手はすぐに拍手喝采となったことがある)。

同様の面が、交響曲第5番の演奏で重要な第2楽章にみられ、2日間の演奏で特にちがいが大きい部分であった。簡単にいうと、初日はオーケストラが折り合いをつけ、重心の低い演奏だったが、2日目はアンサンブルに歯止めがかからず、ガンガンと先行し、エリシュカが厳しい手綱で全体を繋ぎ止めた。エリシュカの指揮者としての凄さは、この日の演奏で、如実に確認できる。手綱をつよく引いて口を割らせるようなことはなく、よく折り合った状態で、好位置をとらせたのだ。アンサンブルは半ば、このことに気づいていながらも、元の位置に戻ることは選ばず、結果として劇的なサウンドが大きく広がる結果につながった。前半2楽章だけで判断すると、私は初日の演奏のほうが好きだったが、全体の構図を通してみると、2日目の演奏姿勢に大きく分があった。それをドイツ音楽とは異なる、スラヴ音楽に独特の特徴としてみることもできそうだ。

私は先日、ワーグナーの公演に接した。ワーグナーは初期にはロッシーをはじめとするイタリア・オペラに憧れたが、やがて、それとは対照的なことをやるようになる。歌唱法にも、そのような面が窺える。イタリア・オペラはベルカントの様式に基づき、まるで玉乗りのような状況で、管弦楽の僅かに前を歌手が先取って歌うのが特徴である。一方、ワーグナーは敢えて、歌唱のポイントを管弦楽よりも後方に置き、声が波のように管弦楽の響きを呑み込むような響きを構想した。より大きなものを、小さなものが呑み込んでしまうのだから、歌唱はより劇的に聴こえるはずだろう。『リング』においては、合唱もあまり使われていないので、歌い手個人の迫力がなお際立つのである。

さて、ロシア音楽において重要な位置を占めるチャイコフスキーは、熱心なワグネリアンでもあったというが、同時にロッシーニの音楽をふかく尊敬していた。チャイコフスキーの音楽は、上記のいずれのポジションにおいても演奏可能だろう。しかし、よりそれらしい響きは、前寄りのポジションから生じるように思われる。重心を低くして、後方から歌唱の波が先行物を呑み込むような響きは、また別の味わいを生じさせるが、完全に彼らしいものではないのだ。だが、これはまだ、試論の段階である。このように、エリシュカの演奏は単にクオリティが高いというだけではなく、様々なアイディアをくれることで際立っているのだ。

今回、客演奏者で目立ったのは、コントラバスの首席客演を務めた吉田聖也だろう。東京出身。フリーランスで、多様な活躍をみせる「ベーシスト」ということだ。そのポストに首席を置けていない札響はきっと、彼に秋波を送ったと思われるが(憶測デス)、その反応やいかに?

【プログラム】 2016年10月14、15日

1、スメタナ 交響詩『ワレンシュタインの陣営』
2、ドヴォルザーク スケルツォ・カプリツィオーソ
3、チャイコフスキー 交響曲第5番

 コンサートマスター:田島 高宏

 於:札幌コンサートホールKitara

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