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2016年12月21日 (水)

ダンテ・クァルテット スタンフォード 弦楽四重奏曲第5番 ほか @鶴見区民文化センター・サルビアホール(音楽ホール) 11/26

【スタンフォードについて】

ダンテ・クァルテットは、英国を拠点とする弦楽四重奏団である。1995年、前身のピアノ四重奏団 DOMUS としての活動を引き継いで、同団創設メンバーのヴァイオリニスト、クリシア・オソストヴィッチを中心に結成された。リーダー以外のメンバーは近年、入れ替わっており、そのバックボーンも様々だが、演奏のクオリティを聴く限り、グループは発展的に新しい歴史を積み上げてきたといえるだろう。ドームスの活動は、どこにでも出張できる自前のコンサート・スペースを運搬しながら、ボーダーレスな広がりを狙った活動を行うところにあったようだ。現在のメンバーは教育や後進の指導に携わる者が多く、我々に身近なところでは英王立音楽院の教授で、今井信子の高弟であるヴィオリスト、井上祐子がいる(ヴィオラ・スペースなどにも出演)。この日のプログラムも、そうしたところに引っ掛けたような意味合いがあったのかもしれない。

作曲家にして教育者でもあったC.V.スタンフォードは、英王立音楽院の創設時に教授職を担った人物のひとりである。また、彼は出身のケンブリッジ大学でも、のちに教鞭をとっており、それらの教育機関はダンテQのメンバーとも因縁浅からぬ場所である。スタンフォードは教育者として数々の大学から名誉博士号を与えられ、その門下から著名な作曲家を多数輩出したにもかかわらず、パリにおけるフォーレのような意味で、彼が優れた指導者であったかどうかについては疑問も呈されているようだ。彼は若いころ、ライプツィヒでついたライネッケの保守的な教育を批判していたというが、後世、その経験が彼の学生たちに生かされたとは言い難いのかもしれない。

スタンフォードは1852年、音楽的に素養が深いものの、本業としては法律家を営む父母の家に生まれついた。生地はダブリン。彼はモシェレスの弟子たちによって私家版の指導を受け、ティーンネージになる前から演奏活動を行うような早熟系の天才になった。イグナーツ・モシェレスはサリエリの直弟子であり、スタンフォードが古典的な伝統によって手厚く守られていたことは想像に難くない。

その名声にもかかわらず、彼の作品のなかで、今日、それほど著名というようなものはない。8曲書いた弦楽四重奏曲にしても、井上のコメントによれば、英国においても、よく知られてはいないということだ。彼らはそのうち、既に8番と5番を録音していて、後者をこの日のプログラムに据えてきた。スタンフォードは歴史的なヴァイオリニストであるヨーゼフ・ヨアヒムと親交を結んだ作曲家のひとりで、彼が英国をまわるときには伴奏者としてついて回っていたようだ。SQ5はヨアヒムの歿後、彼の作品『ロマンス』と、パートナーが指ならしに弾いていたエチュードから、それぞれ素材をとり、4つの楽章に散りばめて、彼を偲んで書いたものということである。井上は来歴を話し、2つの素材を実際にメンバーに弾かせて、教育者らしく、「これを聴き逃さないこと」と聴き手に厳命したのが可笑しかった。

スタンフォードはこの日、演奏されたメンデルスゾーンやベートーベンと比べれば、やや遅れて登場した作曲家ということになる。彼の時代にはより刷新的な音楽が求められたが、ともにヨアヒムの友人であったブラームスと同様、スタンフォードも彼が受け継いできたような伝統が、より芳醇に実をつけるように努力したひとりであるとも思われる。直接的にはヨアヒムの素材を用いたものだが、作品には彼の身につけてきた古典的な教養があらゆる形で反映してくるのだ。ブラームスのように厚みのある作品だが、その時代の最後を見事に彩るかのような彼と比較すれば、スタンフォードのほうは、ベートーベンの時代そのものといった風格がある。もしも彼がその時代に生きていたとすれば、桁外れの傑作と呼ばれたはずで、今日から聞いても十分な新鮮みがあるだろう。特にヨアヒムの素材を巧みに織り交ぜて、形式に乗せて変容していくことの見事さは聴く者を圧倒する。

【スタンフォードへの愛が芽生えた】

ロマンスの素材は聴き逃すはずもなく、冒頭にハッキリとした形で現れる。そこから形式に基づいて、素材は遠い旅に出るのだ。分厚い中盤はきっちり4つの楽章で繰り返され、どの楽章もほぼ同じだけのボリュームをもつ(長さというよりも、中身の濃さの問題だ)。死者を偲ぶとはいっても、露骨にネクラな音楽ではなく、レクイエムのようには聞こえない。ただ、各楽章の最後は何らかの形でヨアヒムの素材をもじっており、それまでの流れがどうあろうとも、祈りか、寂しさを感じさせる音楽なのである。聴き手はヨアヒムと楽曲の関係を知っていなくてもよいが、その場合、若干、冗長な感じもあるだろう。ところが、メッセージを踏まえて聴くと、素材とその変容に秘められた敏感な意味をより繊細に感じ取ることができ、いっそう作品を身近に感じることができる。

加えて、ダンテQの演奏は形式を浮き立たせて、重要な素材をくっきりと浮かび上がらせていくことに長けており、例えばフーガの表現に秘められた内面的なモティーフを骨組みから表していくような特徴をもっていた。かといって、冷淡な知的演奏というのではなく、情感にきっちりと寄り添ったものだ。そのことを端的に示すのは、最初のメンデルスゾーン『弦楽のためのカプリッチョ』(op.81-3)の演奏だった。5-6分ほどしかない短い作品では、前半でメランコリックな表情をもつ、いかにもロマン主義的な流れが一旦、第1ヴァイオリンのラインに収束し、その後、おもむろにフーガの激しい交歓によって最後まで進む。こうした流れは、その日のメインであったベートーベンの「大フーガ」と対比的に見られる。もっともメンデルスゾーンの場合には、まったく別の感興を与えるのだ。

メンデルスゾーンとは、伝統音楽の継承術としての「クラシック」音楽を確立した人物であろう。従来は新しい音楽が常に重くみられ、古い作品をリスペクトして演奏したり、聴いたりするという趣味は限定的だった。メンデルスゾーンの事績として、作品以外の分野で強調できることとしては、バッハの『マタイ受難曲』を1829年3月11日にライプツィヒで復活蘇演したことがある。今日につながる古い作品のなかでも、価値あるものは普遍的に演奏されるべきという伝統を開いたのがメンデルスゾーンだったともいえるだろう。彼はこの街の音楽教育にも大きく貢献したといわれており、それは今日まで絶えず継承されてきたものだが、スタンフォードが海の向こうからわたってきた頃には、その輝きはやや後退し、先述のようにライネッケが伝統の古風な守護者として君臨していたというわけである。このカプリッチョは、ロマン派的な性情をもった自分(メンデルスゾーン)が、バロック的なものの分厚い伝統に出会ったときの衝撃として感じ取れるのであった。

ところで、メンデルスゾーンにとって、そのような「衝撃」をもたらしたのは師のツェルターだったかもしれない。先のバッハの蘇演についても、ツェルターの後援に基づくものだったからである。メンデルスゾーンは一時期のライプツィヒに独特な音楽文化の爛熟を開いた、文字どおりの優れた教師であった。一方、同じライプツィヒで活躍したライネッケやブリテン島のスタンフォードは、彼ほどは理想的な教師ではなかったかもしれない。後世にひろく作品の知られている中では、彼らのもっとも忠実な弟子は多分、前者がブルッフ、後者はアーサー・ブリスではないかと思われる。だが、彼らの弟子のなかで、後世からみてより重要な存在と受け止められている作曲家は、彼らの教えたものとは程遠いところで作風を確立した点で、彼らの教育者としての価値を毀損してしまう面があるのだ。ライネッケの門からグリーグやブゾーニが、あるいは、スタンフォードの門からヴォーン・ウィリアムズやホルストが育ったことを、師弟関係だけから想像することは困難だろう。

とにかく、メンデルスゾーンはバッハを信奉する教師から学んで、今日に続くクラシック・コンサートの伝統を開き、ロマン派的な情念と、古典派的な形式を融合させた人物である。そして、この姿勢を内面から発する実感として感じ得る作品が op.81-3 であるという発見は愉快だ。小さいけれども、それだけのことを瞬時に語る作品だったのだ。なお、スタンフォードはモシェレスの弟子に指導を受けたが、メンデルスゾーンはモシェレスの直弟子であり、2人はともに神童的な活躍をしたという共通点がある。このように、演奏会はパフォーマンスが優れているだけではなく、掘れば掘るほど、深いメッセージによって関係を広げる芸術的な構造物だったということがわかってくる。言い換えれば、彼らの演奏を通じて、ライプツィヒをセンターに、世界へと向けて発信された音楽スタイルの蓄積と、その伝播、さらに、教育というシステムについて、実感として歴史を感じ取ることができたのだ。

しかしながら、この作品はスタンフォードにとって、芸術家としてよりは、人間として大事な作品だったことが窺える演奏だったこともまた重要だ。長い旅をおえて、ついにヨアヒムとの熱く、優しげな思い出も閉じられようとしていた。大切に引き延ばされた音が途切れると、みな心臓をつかれたように衝撃を受けたのか、全然、拍手もせずに、流れた、静かな時間が気持ちよかった。掛け替えのない人たちの死を想って、誰もが居たたまれない気持ちになったのかもしれない。と同時に、スタンフォードの室内楽に対する「愛」が生まれた貴重な時間だったと思う。休みの間じゅう、私はずっと泣いていた記憶があるほどだ。

【傾いているベートーベン】

前半は古典的スタイルの円熟を感じるプログラムになったが、その起点となったベートーベンの音楽は、また異なるクオリティによって磨かれていた。ベートーベンの弦楽四重奏曲(SQ)は、一端のクァルテットなら誰もが通る道だけに、このレヴェルの演奏家なら、伝統的なものを踏まえながらも、まったく新しいスタイルに切り込んでいく必要がある。ダンテQの演奏を聴くときに注意すべきなのは、前もって完璧に作り込んである部分と、その日、たまたま入った舞踏場で振る舞うような雰囲気で、フリーな部分を残している部分をしっかりと感じ取ることだ。特にフリーな部分が生きものの軟骨のように働いて、音楽に動的な新鮮さをもたらしているのがわかる。ほかにも演奏に特徴はあるものの、その点をよく注意して聴いていると、今日この日だけにしか生じない、リアルタイムの面白さを味わうことができたはずだ。同時に、それは彼らが作品を磨き上げていくなかで、絶対に揺るぎなく演奏すべきか、自由に揺らいだ部分をみせるべきか、真剣に議論した結果なのにちがいない。そこから、各々の部分がもつ性質について知ることができる。

スタンフォードの作品では、私が特にそれをダイレクトに受け取ったように、情感的な表現が形式を通して、強固に鳴り響いているのを感じ取ることができたが、ベートーベンの場合、その点では普遍的な音楽の完成に焦点を当てたパフォーマンスであったと評することができる。もっとも、その前提として、彼らのベートーベンは基本的に、「第九」に象徴されるような歓喜の表情をベースに置いていることは間違いない。やや皮肉気味にいわれることもあるベートーベンの明るさを、彼らほど、素直に際立たせる演奏も珍しいのではなかろうか。

前半のメンデルスゾーンの感動的なフーガへの切替によっても、この作品の終楽章「大フーガ」が素晴らしいことは予想がついただろう。なお、ベートーベンの op.130 の弦楽四重奏曲では「大フーガ」が先に作曲され、周囲からの助言を珍しく受け容れたベートーベンが、新しいフィナーレを用意したことで知られている。最近、目にした著作によれば、これら2つのフィナーレがあるのは単にビジネスライクな配慮に基づくのではなく、当時の思潮によく沿った哲学的選択だったという見解が展開されている。2つのフィナーレはいずれも有効であり、それらの結合が新しい可能性を開くという考え方に基づいているというのだ(マーク・エヴァン・ボンズ著『「聴くこと」の革命』)。この場合、古典四重奏団がやっているように、2つのフィナーレをともに演奏するスタイルは示唆的だ。もっとも、直近にベートーベンのSQ全曲ツィクルスを行ったダンテQは、そこでも大勢の評価を得たという「大フーガ」によるフィナーレだけを弾く選択をしている(書き直したほうは演奏せず)。

メゾ・フォルテ、モデラートのときに、良さの出る演奏は特に味わいぶかいが、このアンサンブルによるベートーヴェンの演奏は、正にそのタイプであった。それぞれのメンバーが自分の音色にこだわりをもち、ボウイングもみるからにスリリングであって、独特なクオリティに満ちているのだ。また、スタンフォードにも、ベートーベンのこの作品にも、ヴィオラの艶やかな見せ場があり、母国公演ということも念頭にはあるのだろうが、やはり井上の存在がこのアンサンブルの扇の要になっているのは間違いのないところだろう。

ベートーベンの傾いたような解釈には驚いたし、例えば、プレスト楽章の独特の切り口は、言葉では表現しにくいが、あっと言わせるものだった。もっとも、彼らの芸風はやはり、カバティーナの美しさに凝結している。

鶴見のサルビアホールにて。たった100席だけの贅沢なときだった。

【プログラム】 2016年11月26日

1、メンデルスゾーン 弦楽のためのカプリッチョ op.81-3
2、スタンフォード 弦楽四重奏曲第5番
3、ベートーベン 弦楽四重奏曲第13番(大フーガ付) op.130+133

 於:横浜市鶴見区民文化センター・サルビアホール(音楽ホール)

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