2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
無料ブログはココログ

« 現代音楽演奏コンクール 「競楽XⅡ」(本選) 12/16  | トップページ | シルヴァン・カンブルラン(指揮) メシアン 彼方の閃光 読響 566th 定期 1/31 »

2017年1月30日 (月)

秋山和慶(指揮) 矢代秋雄 ピアノ協奏曲 (pf. 小菅 優) ほか 東響 648th定期 1/14

【フランキストの最期~時代的な潮流】

ことし最初のコンサート鑑賞は、東京交響楽団のものに決めた。楽団に長く貢献した秋山和慶の公演で、演目はメシアン、矢代秋雄、フローラン・シュミットという彼らしい個性的なセレクションとなっている。一見して、19世紀前半以降、パリの楽壇を飾っていく顔ぶれが思い浮かべられるプログラムだが、若干のねじれもある。メシアンは、ポール・デュカにつき、ブーレーズほか、今日までつづく現代音楽のメイン・ストリーム(そういうものがあるとすれば)のなかで、いまも一方ならぬ敬意を払われている作曲家だ。

その一例は現在、読響を指揮するシルヴァン・カンブルランを通じて、見ることができる。カンブルランは今日、欧米の一線で活躍する指揮者たちのなかで、もっとも現代音楽に旺盛な関心を燃やし、高い理解を示す人物であろう。そのカンブルランが来季、2017-18年シーズンの読響定期で目玉にしたのがメシアンの歌劇『アッシジの聖フランチェスコ』だ。カンブルランは同団で、この1月の末に『彼方の閃光』を演奏する予定(リンク:PDF)になってもいるが、これらの作品はメシアンが最晩年になって、病気に苦しむ肉体を抱えながら、ようやく仕上げた貴重な作品たちなのである。カンブルランは昨季、ロマン派の終末期に出現した不朽の傑作『トリスタンとイゾルデ』の慣習的なカットを排した完全版(リンク:PDF)を上演。そこに至るまでに様々な仕掛けで準備を重ねてきたが、次の目標として定められたのが、このメシアンのオペラだったことが判明した。パリ・オペラ座を指揮して、小澤征爾が初演したという縁もあるのだが、日本にいると、なかなか馴染みのない作品だ。

矢代秋雄は早い段階で諸井三郎らに手解きを受け、東京で橋本國彦、池内友次郎や伊福部昭についたあと、渡欧して、パリに学んだ。同時期に留学した黛敏郎が僅か1年で帰国したのに対して、矢代はきっちりと学んだものの、プリミエ・プリのような栄誉を授かることはできず、日本に帰国してからは、後進の指導にも熱心であったという。パリで矢代を支持したのは、フローラン・シュミットのように保守的とみられる音楽性をもつ勢力だった。シュミットはマスネやフォーレに学んだが、前衛的な音楽が勢力を伸ばしていく風潮にも靡かず、独特の創作活動に留まり、教育にも高く貢献した。今回の演奏会を通じて学んだところを予め組み入れて、演奏会を俯瞰してみるなら、「フランキストの最期」をみるような感慨がある。矢代も、フローラン・シュミットも、典型的なフランキストには分類されないものの、それはフランクの循環形式を尊敬しながらも、それをさらに深化させた「新しい」形式を試みたせいかもしれない。

この日のプログラムなら、メイン・プログラムは実のところ、矢代であった可能性が高いのではなかろうか。そうだとすると、都合よくドラマがつながっていくのだ。矢代という鏡を通じて、フローラン・シュミットの正体が明らかになる。さらに、その光でメシアン初期作品を照らすと、その正体もまた知れた。3つの作品が確固としたドラマトゥルギーで結ばれたとき、不思議な現象が起こった。フローラン・シュミット『サロメの悲劇』の最後の楽章で、その作品のテーマがクライマックスを構成して激しく閃いたあとに、メシアンの第2楽章から矢代の第2楽章につながるような素材がみられたのである。呆気にとられる見事な循環形式の完成で、仕掛けに満ちた演奏会がその全貌をついに曝すと、感嘆のため息が漏れたものだ。秋山は、すべてを知り尽くしていたとしか思えない。そして、私たちからすれば、この演奏会を聴かなければ、思い至ることもない発想である。

演奏の精度も、矢代のピアノ協奏曲がもっとも完成していた。もっとも秋山は効率的に手を抜くという(よくある)ことをせず、前プロから、できるだけ完璧な仕事を求めたものと思われる。その分、最後のフローラン・シュミットに若干の影響が出たことは止むを得ない。その僅かな緩さに気づくことができるのも、矢代作品の完成度があまりにも凄すぎたせいだろう。

【小菅優の好パフォーマンス@矢代秋雄】

独奏には、小菅優が立てられた。彼女のパフォーマンスも、普通のものではない。演奏後、私は思わず、彼女のプロフィールを確認したが、矢代につながる特別な師弟関係などは見つからなかった。小菅はティーンの頃から欧州に在ったが、皮肉にも母国の浜松国際ピアノアカデミー(第1回)でカール・ハインツ・ケマリングの指導を受けとき、世界中から優秀な弟子を集めてくる彼の鋭いアンテナに引っ掛かり、欧州でもひきつづき指導を受けることになったようだ。同コンペティションを改革し、今日のような高い地位に押し上げた故中村紘子女史は、矢代の協奏曲を初演し、その中村と東響の間にも良好な関係があった。しかし、小菅と中村を直接、結ぶ接点とはなり得ないだろう。思いきったペダル・ワークによる細かなアーティキュレーションは、彼女がなにかしら特別な秘密を知っていたような幻覚をみせた。けれども、すべてが彼女自身の研究によるものだとするなら、凄みしか感じない。小菅はほとんどのフレーズに弱いものであれ、強いものであれ、その場面に相応しい深々とした内面性を浮き上がらせて、作品を一から生まれ変わらせたのだ。

秋山和慶は東響においては1999年に、この曲で中村紘子と共演している。2人は毎年のように共演を続けており、きわめて懇意な間柄であったことが想像される。あるいは、彼の口から、小菅に何らかの示唆があったとしても不思議ではない。もっとも、その指揮ぶりは独奏者の個性へとにじり寄ったものである。

矢代のピアノ協奏曲は1967年の初演、着手から数年の年月を経て、手間暇かけて仕上げられた。今回の演奏では明瞭に表現されていたが、きわめて構築的で、論理的に追いやすい構造をもっている。ところが、それ以上に魅力的で、神秘的な要素が多いせいか、録音でも、また実演であっても、肝心のその部分にあまり表現が傾けられていないことは、かえって作品の力を損なうことにつながるだろう。「循環形式」に学んだ、その形式美は、矢代の情念的メッセージをも効率的に引き出してくれるからだ。秋山はねじ巻き役となる小菅が取り組む前のめりのアンサンブルを力強く支える一方で、大事な構造を見失うようなアクションは避けた。フランス的な瀟洒さや、前衛的な和声の強調などを一定以上にしなかったことは、その一環である。

【歴史は繰り返す】

一方で、秋山が巧みに付け加えたのは、時代そのものがもつ雰囲気だ。ほぼ同時代の1964年、秋山はTBSからの専属契約を打ち切られた東響を率いて、若き才能を発揮しだしたのであり、矢代の作品から受けるインスピレイションもより直截なものであろう。ところで、冷戦期の日本は西側の成長モデルの優等生として、欧米(西側)から優遇された。かつて近衛秀麿が同盟国のドイツで厚遇されたように、音楽の分野でも、日本から小澤征爾や秋山和慶が欧米に渡って、その尖兵として活躍した。敗戦後の日本は、憲法に示された理念をもとに平和主義を貫き、米国などの支援を受けて急速に復興を実現する。60年代からは世界でも稀な経済成長を遂げた。反面、日米安保条約の締結・更新、自衛隊(警察予備隊→保安隊)の創設・拡大などで、平和主義の理念も徐々に歪み、国内闘争は激しくなっていった。また、1979年の映画『地獄の黙示録』にも日本製のバイクがジャングルの旺盛な市場で売られていたように、朝鮮戦争とベトナム戦争における特需が、日本の産業を潤した点も無視はできない。

第2楽章は、この輝かしい作品の底部にある深い悲劇的象徴になっている。絶え間ない同音のオスティナートの上で構成される、重苦しいドラマは、そのサウンドの特徴とあわせて、ショスタコーヴィチの音楽を連想させる。そのロシア的な特徴はフランス音楽とともに、矢代が初期に習った伊福部昭の影響、そこから引いたロシア的なリアリズムの系譜を思わせるには十分である。1960-70年代という非常に深い矛盾に満ちた時代の様相を、この作品は端的に物語っているのかもしれない。ショスタコーヴィチが「レニングラード」交響曲を書いたように、この手法は特に、WWⅡ前後において有効なものだったと私は思う。矢代は、それを60年代の日本に適用した。このことは古代ローマ人のシンプルな警句「歴史は繰り返す」を想起させ、社会に対する重大な警鐘としても、この作品があったことを想像させるのだ。

歴史は繰り返す・・・といえば、あまり良い意味を示唆するものではない。大抵は過ちや不正、災厄の繰り返しとして、語られることが多いものである。しかしながら、矢代は歴史的、社会的なテーマとしては矛盾の繰り返しでありながらも、音響構造的なものに基づいた機能的反復にポジティヴな(あるいは革新的な)表現を与えているのである。芸術的なアイロニーとは、このように表現されるべきものなのかもしれない。自らが否定し、疑うものの中から、表現すること。このテーマは、次の「サロメの悲劇」にも通底している。サロメは宗教的に非倫理的な存在でありながら、多くの聖典に取り上げられているからだ。矢代秋雄は繰り返しの整然とした構造のなかに留まり、決して新しい風には靡かなかった。だからといって、ただ古いもの、安定したものに喜びを見つけていたわけではない。矢代の循環は、フランクよりも重層的で、柔らかく、高貴な広がりをもった音楽である。

【独奏者によるプログラムの拡張】

小菅はこのプログラム全体のなかに、風景、あるいは登場人物の一部として潜り込んだ。衣裳からして、象徴的ではなかろうか。サロメを思わせるように胸もとに豪華な設えのある、緑色の衣裳を選んできた。それをまとい、アンコールに演奏した曲目はメシアンの『前奏曲集』第1曲の「鳩」だった。メシアンは、この演奏会の1曲目に構成されている。矢代の作品的テーマとは対照的に、鳩が平和を象徴しているのはいうまでもないが、メシアンの前奏曲集は、この「鳩」で示されたモティーフが全体を先取りするように散りばめられて構成されていくそうだ。しかも、ピアニストで医師の上杉春雄氏の公式ページには、この曲集はできれば、青か緑の衣裳で奏でるように望んでいたという、初演時のメシアンのリクエストについて書かれている。小菅もまた、偶然でグリーンのドレスを選んだとは思えないのだ。

なお、その初演者で、メシアンと同窓だった故アンリエット・ロジェ女史はパリの音楽院を退官したあと、日本に渡って10年以上も教え、ピアノとアンサンブルで数多くの弟子を育てている。メシアンと、日本は、決して遠い関係ではなかったようだ。たとえ彼が敬虔なクリスチャンとして、宗教的な象徴の色濃い(日本人とは縁遠い性質の)音楽を書いていたのだとしても。

メシアンの『忘れられた捧げ物』は、三部構成になっている。題名から、バッハの『音楽の捧げ物』と関連がありそうだが、題名以外で、あまり深い接点は見出せない。バッハの「捧げ物」は昨年、アンサンブル・ノマドが取り上げた「大王の主題」が2曲のフーガと4楽章のトリオ・ソナタ、そして、10のカノンを支配する壮大な作品(必ずしも一挙に演奏される必要はない)だが、メシアンの「捧げ物」はずっとささやかなものだ。メシアンがパヴリックな機会で発表した最初の作品は、今月末に行われる読響の『彼方の閃光』(ほぼ最後に書かれた作品)の公演と、偶然にも呼び交わす形になっていて、面白い。

3つのパートは、それぞれ書かれたあとに、メシアン自身によって「十字架」「罪」「聖体の秘蹟」と名付けられたという。神秘的で劇的な抒情性をもつ序章と、動的で荒ぶる中間のテーマ、そして、瞑想的で動きの少ない最後のパートに分けられる。この経過は、若きメシアンの(その後の)成長過程と重なってみえるのだ。「交響的瞑想」と名づけられた作品から、この作品のご神体は、やはり3番目のパートにあるように見受けられる。しかし、革新的に再創造されるリズムという視点でいえば、既に第2楽章に、それがよく表れているのだ。このパートはメシアンたちを魅了した、偉大な先駆者であるストラヴィンスキーの姿を想像させるが、いっそう進歩的である。その進歩を体現する最後の瞑想的なパートは、なんと弦楽器だけによって奏でられ、その効果がわずか10分足らずの作品を高貴に輝かせるものとなるのだ。この日の演奏精度は驚くほど高く、1曲目にして、100%つくりあげた秋山&東響の気概を示すものとして相応しい。

ここで、のちに演奏された小菅の演奏(アンコール)を思い出してみると、そこで見出されたのは、ドビュッシーの音楽への傾斜ではなかろうか。曲集全体としては、メシアンはドビュッシーとは距離を置こうと努力している面も見受けられ、「鳩」においても、最後の乾いた高音の響きが特に示唆的であろう。しかし、『忘れられた捧げ物』と同様に、最初期の音楽において、メシアンとても、従来の歴史と切り離されてあるわけがなかったことも間違いがない。ドビュッシーの12曲×2に対して、メシアンは遠慮がちに8曲としたのも、「捧げ物」とよく似た配慮とみられる。こうした作曲家の素顔を描くことで、ピアニストは一挙に演奏会の世界を広げてみせてくれる役割、あるいは、次の「サロメ」へとつながる架け橋となる部分を用意してくれたともいえそうである。

【重要なモティーフを背景として描く】

フローラン・シュミットも、ドビュッシーへの敬意は一方ではない。例えば、長閑な牧人的な素材は、ドビュッシーの『牧神の午後への前奏曲』を思わせる。しかし、シュミットの一方的な追従によって、音楽素材がリバイバルされたというよりは、同時代に、同じようなことを表現しようとした場合に、優れた音楽家の表現は自ずから似たようなものとなるというほうが正しいのであろう。ヘンスラー・レーベルの録音で、カンブルランは「サロメの悲劇」のほかに、ドビュッシーの『牧神』、そして、ストラヴィンスキーの『ペトルーシュカ』を併録している。1912年に管弦楽曲が用いられ、バレエ・リュスによって『牧神の午後』が取り上げられたが、その翌年に、同団で『サロメの悲劇』もバレエ化された。興行的には当たらなかったようだが、作品はストラヴィンスキーに献呈され、彼に多大な影響を与えたということだ。

パンの笛を思わせる素材は、長閑な田園風景を一発で想像させる。そして、海を思わせる波のモティーフが交錯する。ライトモティーフに擬される固定的な曲想が繰り返して出現し、やはり、矢代と同じように、フローラン・シュミットも循環形式の一歩先に陣取ろうとしていたことがわかるのだ。

ピアノ協奏曲の冒頭部分のモティーフもそうだが、この日は艶消しされた金属音が特徴となる演奏会でもあった。「サロメの悲劇」では、その場にないチェレスタを用いたような金属音が様々な象徴になっていることがわかる。端的には、それはサロメの母であるヘロディアが集めた金銀宝石を象徴しているが、それだけでもないようだ。妖女サロメは、不思議な豪華さのなかにいる。バレエ版をみたことはないが、それはほとんどサロメによる独り舞台であって、彼女の両親である領主夫妻と、預言者ヨカナーンが出現しないということである。これらの要素は、音楽的背景だけによって描かれているといえるだろう。視覚的な演出を別にすれば、金銀宝石の数々も音楽的背景にきっちり埋め込まれている必要があった。

中東的なオリエンタルな背景は、主にコーラングレのソロで印象づけられる。楽団の誇るべき2番奏者=最上峰行(もちろん、1番も吹ける力がある)が、艶っぽい響きを独りで担当していたといっても過言ではない、この日の演奏だった。息の長い波のリズムに乗って、牧神の午後的な長閑なフレーズと、艶やかな美しい舞いの音楽が、海のモティーフと重ねられながら、次第に高揚していく。もっともイェルサレムという都市に海はないのだが(車で1時間ほどで死海に出るそうだ)、この作品には紛れもなく海(寄せては返す波)の要素が横溢しており、死海やガザ、テルアビブあたりまでの広い地域をイメージしているか、あるいは、ヘロデ宮殿(ヘルディウム)にあったローマ式の浴場をイメージしているのかもしれない。

ヘロデ・アンティパスの父「ヘロデ大王」は建築王といわれ、都市を建設し、宮殿や城塞を多く築いて、そのなかにはローマ式の建造物も多く設えたという才君であった。イェルサレムの神殿も大改築するなどして、後世から「大王」の称号を授かったのである。一方で息子ヘロデはサロメの物語によって、新しい預言者イエスの活躍を予告した洗礼者ヨハネ(ヨカナーン)を処刑した、残忍な人物として名前を残す。イエス登場の舞台を整える、重要な役回りのひとつである。フローラン・シュミットは父子のイメージを故意に重ね合わせて、背景に用いた可能性がある。つまり、父王の建築的なイメージは、彼の作品の構造的な特徴とよく照応する。一方、妖艶なサロメの親でありながら、欲情し、預言者の首を海に捨てるという役回りを演じる背景がともに重要なモティーフになっているのである。

サロメはサロメでありながら、ヘロディアのイメージと結びつけられている。サロメはものによって、欲深く残忍な女として描かれる場合と、母親の妄執に翻弄された哀れな娘として描かれる場合がある。この作品は「サロメの悲劇」として描かれているため、少なくとも「悪女」という解釈ではないだろう。リヒャルト・シュトラウスは有名な歌劇『サロメ』において、絶世の美女サロメが思うままに生き、預言者をも巻き込んで死んでいく耽美的な物語を描いたが、そうしたものともまた異なっている。「サロメの悲劇」の主人公はより抽象的で、何にでもなり得る細胞のような存在である。だが、そのDNAには、はっきりと息子ヘロデ&ヘロディアのもつ醜悪さが刻まれている。それなのに、この上もなく美しく、しなやかに動くのだ。作品はもっとも獰猛な部分でさえ、美しく瀟洒に響く。しかし、そのなかで響く、乾ききって、艶消しされた生々しい音だけが、忽然と光芒を放つのである。ここで思い出すのは、バルトークの歌劇『青ひげ公の城』だ。一方で、ベルクの歌劇『ルル』や、オッフェンバックの歌劇『ホフマン物語』を思わせる、浮ついた素材も出ている。この作品においても、時代がひとつのテーマになっているのだ。

演奏のクオリティは前半2曲に劣ると述べたが、もっとも、その大部分において、ほとんど文句のつけようはなく、各パートの最後などには、それぞれに息を呑む緊張感が走った。改めてプログラムの解説に目を通すと、そこに示されたハイライトが目に浮かぶほど、秋山は整然と音楽を構築していた。だからといって、むやみに抽象的な、何もそそらないサロメが描かれたというわけでもない。聴きおぼえのある循環素材が回帰するまでに、それを必然とする詩情が溜め込まれ、一挙に噴出するために、その驚きが倍加して感じられるほどである。その締め括りとして、躍動的な死の舞踏から重苦しい低音の呪いが響く「稲妻の踊り」が、メシアン・矢代の作品の再現(前述)として響いたのであった。最後の2分弱の踊りがさらに壮麗に、分厚く描かれれば、本当に文句のつけようがなかったであろう。その点だけが、ほんの僅かな綻びと感じられるぐらいに名演がつづいた。

【最後に】

ほぼメイン・プログラムに等しい重みをもった矢代の協奏曲を担当した小菅優は、素晴らしいパフォーマンスを行った。私は彼女を長くみてきたが、まだ20歳をすこし超えたぐらいの頃、読響でオスモ・ヴァンスカと共演、モーツァルトのピアノ協奏曲第21番を弾いた当時の記憶が、もっとも素晴らしく残っていた。当時のノーブルな姿と比べると、いまの彼女は肉体的にずっと健康的になっており、上半身はアメフトの選手のような肉体美を誇るようになった。2年前、同じく東響でウルバンスキと共演して、ベートーベンを弾いた小菅に対して、私はあのヴァンスカのときの可憐な美しさを思い起こして、彼女が劣化していると書いてしまった。しかし、いま、このように完成に近づいたパフォーマンスを聴くと、迂闊なことだったと思うしかない。もっとも、その素晴らしい役割にもかかわらず、アンコールのメシアンの演奏については、協奏曲よりもずっとクオリティが低かったと感じている。

この演奏会については、まるでオペラを観たときのように書きたいことがたくさんあった。それほどに、多くのインスピレイションを共有し、多くの人たちが積極的にそれを演出した珍しい演奏会だったのである。

【プログラム】 2017年1月14日

1、メシアン 交響的瞑想「忘れられた捧げ物」
2、矢代秋雄 ピアノ協奏曲
 (pf:小菅 優)
3、フローラン・シュミット バレエ音楽「サロメの悲劇」

 コンサートマスター:水谷 晃

 於:サントリーホール

« 現代音楽演奏コンクール 「競楽XⅡ」(本選) 12/16  | トップページ | シルヴァン・カンブルラン(指揮) メシアン 彼方の閃光 読響 566th 定期 1/31 »

オーケストラ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/543421/64785078

この記事へのトラックバック一覧です: 秋山和慶(指揮) 矢代秋雄 ピアノ協奏曲 (pf. 小菅 優) ほか 東響 648th定期 1/14:

« 現代音楽演奏コンクール 「競楽XⅡ」(本選) 12/16  | トップページ | シルヴァン・カンブルラン(指揮) メシアン 彼方の閃光 読響 566th 定期 1/31 »

ツイッター

  • ツイッター

最近のコメント