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2017年3月25日 (土)

エリシュカ ブラームス交響曲第1番 札響 2日目公演&東京公演 3/11、14

【ブラームス交響曲ツィクルス最終回】

首席客演指揮者のラドミル・エリシュカと札響が、ブラームスの交響曲ツィクルス最終回となる第1番を札幌と東京で演奏した。エリシュカはヨーロッパである程度、共有されている感じ方があるとして、それを日本に伝えることを目的にツィクルスを進めてきたという。ツィクルスの演奏はアルトゥス・レーベルによりすべて録音され、市販されている。ドヴォルザークのツィクルス公演をおえたあとで、チャイコフスキーと並行して、彼らが追ってきた新しい目標が一応の完結を迎える特別な日であった。札幌2日目の3月11日と、東京公演3月14日を追ったリポートを示す。

さて、ブラームスの交響曲第1番は、ゲーテの『ファウスト』にも比されるような長い苦しみの歴史である。「初めに言葉があった」と聖書の言葉を書きつけてから、「時よ、とどまれ」とファウストが叫ぶまでに、20年余の歳月を要した。満を持して完成されたものの、交響曲第4番まで、さらに10年ちかい歴史を経て、この分野は完成されていくことになる。その第一歩へと遡ることで、ツィクルスがおわっていくのであった。エリシュカのツィクルスで意外なことは、『ドイツ・レクイエム』や2つのピアノ協奏曲には立ち入らず、ツィクルスを終了させていることである。高齢のためなのか、来季の客演は1度に減ったが、今度はベートーベンが予定されているのだ。

特に『ドイツ・レクイエム』は4つの交響曲の母体であり、反対に、シンフォニーの作曲過程から転用された素材もあるという。エリシュカは初期の演奏会では、他の公演と同様に中プロで協奏曲を指揮したし、2011年にはドヴォルザークの『スターバト・マーテル』を披露しているが、やがて、こうしたプログラムは姿を消し、札響の公演ではオーケストラと1対1で取り組めるようなプログラムがほとんどになった。例外は「第九」と、楽団の首席チェロ奏者である石川祐支をソリストに立てたドヴォルザークのチェロ協奏曲ぐらいではなかろうか。目下、『ドイツ・レクイエム』の演奏は予定されていないものの、音楽家にならなかったならば、きっと聖職者にもなったであろうエリシュカの音楽には、常に宗教的な象徴が美しく寄り添っていた。(敬虔な信仰者であるエリシュカであればこそ、宗教曲の演奏には相応の慎重さを払っているのかもしれないと想像する。)

【ブラームス純粋な信仰】

交響曲第1番の冒頭、壮大な序奏においても、エリシュカは宗教に基づくイメージをハッキリと醸し出している。ブラームスの周到な構築にもかかわらず、この作品は宗教的というよりは、ナショナリズムに引き寄せて演奏される傾向が強い。ティンパニが重々しく響き、弦が上昇音型を辿りながら壮麗につくられる序奏は、ドイツ的なアンサンブルの強度がもっとも効果的に試される部分であり、特にカラヤンの影響下において、マッシヴな方向でのデフォルメを強くしたといえそうだ。私もハイティンクが2004年にドレスデン・シュターツカペレを率いてきたときに、そのような演奏を耳にした。巨大な宇宙船が頭上を通り過ぎていくような物凄い雰囲気が想像どおりだったのに、それ以上の印象はなにも残らず、結局、空虚な感想だけが残った。その後、ブラームスの1番を実演で聴くことは意図的に避けていて、多分、1度もなかったと思う(ジュニア・オーケストラでは、1度あったかもしれない)。テレビでみた演奏では、尾高忠明がN響を振った公演をよく憶えており、涙が溢れるほどに感動した。まだ、『N響アワー』で、池辺さんが司会だった時代のことだったろう。

エリシュカも、この序奏においてがっしりしたフォルムをつくることは否定しないが、あまり過剰なところは求めていなかったようだ。下降音型ではきれいにディミヌエンドしたようにも聴こえ、そこからまた一歩一歩、道を確かめながら足を進めていくだけである。この部分で、まだ天まで上り詰めたというわけにはいかないのだ。札幌公演の2日目で初めて聴いたときには、開始数秒、この全くちがう雰囲気に気づいたものである。特に、ディミヌエンドのように聴こえた部分は衝撃的だった。NMLを使い、歴史的な巨匠たちの序奏部分の演奏を確かめてみても、エリシュカほどに明確な山谷を経て、主部に入るパフォーマンスは確認できない。ただ、ケンペシュミット・イッセルシュテットの録音では大蛇が天の峰を這うような音響がつくられており、その場合、音型の下降に応じて、若干だが、響きが皿からこぼれる程度の小ディミヌエンドが確認できるぐらいである。もっともちかいのは、マリス・ヤンソンスがRCOを振った録音かもしれない。特に、厚みが増した東京公演は、それによく似たものかもしれなかった。

弦のアンサンブルが、決してティンパニの音量を超えないのは、独特なアーノンクールの録音に似ている。アーノンクールが終始、宗教的な音楽のスペシャリストだったことを思うと、エリシュカが似たような解釈で臨んだのも頷けるのである。この部分ではナショナリズム的な強靱さではなく、宗教的な祈りの深さだけが訴えられるべきなのであろう。札幌公演の2日目は奇しくも、3月11日という日付に当たっていたので、その正当性もいや増しに増す。エリシュカが訴えたかった独特の「感じ方」とは、ブラームスのみせる宗教的な純粋さであったかもしれないと思うのだが、それがあまりにも純粋すぎるために、ローマ教会の支配する当時の信仰ルールには従えないところも多かったので、それをみた友人のドヴォルザークなどは不思議がってもいるわけだ。

偉大な『ドイツ・レクイエム』を父にもつ4つのシンフォニーは信仰に基づく人間の生き方こそが大テーマであり、同じ結論を導く4つの異なる式ということもできようか。第1番は情念と変身、そして、結合がテーマになっており、第2番では舞踊的ともいえる運動性だけで、音楽が構築された。ベートーベンの第7番と符合する。第3番では自然と人間がテーマとなり、より豊かな感覚が表現され、これはベートーベンの第6番の発想だ。そして、第4番にして、いよいよブラームス的な形式の完成が訪れるのであり、これに比されるものは他にない。

このような観点からみても、第1番はきわめて重要な問題提起となっている。音楽の変容(変身)というテーマについて、先日のエントリー(今井顕氏のリサイタルについてのレヴュー)で、シューベルトの音楽と関係して述べたことが参考になるかもしれない。ロマン派の時代においては、音楽に限らず、魔法や変身は主要なテーマだった(そのヴァリエーションとして、例えば人形、動物、霊薬などという道具立ても現れる)。これらは中世的な流行のリバイバルであると思われるが、哲学や宗教についての先見的な知見から導かれた近代的知性の爛熟のなかで、蘇らせられた新しいテーマでもあった。ウィーンのビーダーマイヤーのような管制的な社会秩序のなかでは、ありのままの自己を強烈に賛美することは、ある種のナショナリズム的な高揚と闘うものであり、ありのままの自分でありながら、それを超越したものとなる「変身」は多分、最後の切り札でもあった。音楽的に自己を確立することは比較的、簡単だったが、そこからどのように変身を演出するかについては、難しい問題だったと推察される。今井の項で書いたように、シューベルトはこの問題を突き詰めて、無数の細部にメッセージを託すことにしたようだ。

時代こそ違えど、ブラームスも同様の課題を抱えたのだが、その方法はよりダイナミックなものへと変質した。エリシュカはまず、序奏において宗教的な象徴としてのブラームスの交響曲を構築し、聴き手の潜入的なものの見方をクリアした。ハシゴを外されて戸惑う我々を尻目にして、次に淡々と素材を構築していき、それらがはじめて組み合わされたときに、最初の強い衝撃があった。ここで私たちは、この音楽がどのように構築されていくものなのか、初めて知ることになったのである。エリシュカの指揮はきっちりとした形で石を切り出し、作品はそれを整然と組み上げた御堂のように発展していく。

第1楽章の演奏は札幌公演でもよかった部分のひとつだが、特に終結部分の美しさについては、東京公演でハッキリとしたインプルーヴ(向上)がみられた。ハ長調による最後の解決は、確かに序奏から冒頭部分で語りかけられた宗教的な問いかけからの解答になっているわけだが、終いのロングトーンへと向かって淡彩にまとまっていくのではなくて、いよいよ多様な楽器の音が彩もゆたかに響き、音楽を聴く喜びもここに極まったというなかでのみ、静粛な祈りの気持ちが広がっていく仕掛けになっている。政治的なビーダーマイヤー時代と同じように、宗教の面ではローマ教会により長く、一元的な宗教的管制が行われていた。これとは全く別の次元で、ブラームスの理想があったことは、その響きによっても明らかで、エリシュカと札響の演出した独特の雰囲気が一旦、凝縮したひとコマであったかもしれない。

【つながる演奏、つなげる演奏】

札幌公演を聴いて、2日目には既に相当の完成度を示したパフォーマンスに深く満足したが、私はまだ、なにか受け取っていないメッセージが存在するように思った。それをハッキリとした形で認識したのは、東京公演になってからである。もっとも、東京公演では9割以上の部分で明らかなインプルーヴが確認できたものの、目立つミスも多く、そのメッセージは若干、損なわれた可能性もなくはなかった。私も東京公演だけを聴いただけなら、「つなげる」もしくは「つながる」といったキーワードを見出すことは難しかったかもしれない。ブラームスでは、第2楽章でそれを顕著に感じるのだ。もっとも、その傾向は3曲いずれにも共通した演奏姿勢といえるし、特にシューベルトのシンフォニーでは、そのテンポにまで影響を与えた可能性がある。

エリシュカは拍節感を特にしっかり求める指揮者で、例えば、この楽章の終結でもロングトーンを伸ばしていくなかで、最後の浮力をつくるピッチカートに入る際にも、本当に細かく振って、いったん呼吸を合わせ、そこから精確に拍を伸ばしておわるようなパフォーマンスをしている。だが、この日は、その傾向をさらに推し進めて、音楽を切らずにつなげるという試みが徹底していた。ブラームスにおいては、第2楽章でそれが印象的に響いたのだ。この楽章は音を自然に保持するソステヌートの指示があり、それを徹底しているという風も窺えるが、そればかりでもなかった。音と音、声部と声部の絆が美しく強調され、つながっていることで、作品が訴える詩情は乗数的に高められていくのである。この楽章では、ソロ・ヴァイオリンの響きも後半で活躍し、ブラームス自身と、シューマン夫妻、そして、ヨアヒムといったブラームスにとっての「家族」をイメージするようなところがあり、とても温かい音楽になっている。

つなげるという以外に、エリシュカの音楽づくりで特徴的なのは、まずソロのいっそう深い強調がある。田島コンマスのソロが浮き立つほどに、それと絡むホルンやフルートの響きが際立ってくる。札幌公演の演奏は、これらの特徴がもっともよく溶け込んだ素晴らしいパフォーマンスであった。終結部の祈りの響きは、シューベルトと2つの作品で共通する部分で、とりわけ3月11日という日付には相応しい雰囲気を与えてくれる。もっとも東京公演では金管にミスが散発し、ヴァイオリンの響きも特にフルートと照応しあう際にバランスがとれずに、札幌と同じクオリティを示したとは言いがたかった。最初の演目から気になったが、東京芸術劇場はキタラやサントリーホールとは異なるナチュラル系の響きをもち、札幌で折角つかんだ感覚からアジャストするのも簡単ではなかったと思われるのだ。交響曲第1番におけるブラームスはまだ、グループによる層の作り方が薄めで、結果としてはソロ奏者に対する負担が大きい音楽を書いていたことになろう。プロの奏者なら、そうした部分も巧みにこなしてほしいものだが、実際には神さまの助けが少しだけ必要な面もあるのは理解できる。天使と精霊たちの微笑みも、なるほど日を選ぶようであった。

第3楽章はエリシュカのもつオーソドックスな部分よりは、オリジナリティの溢れる演奏になっている。特に札幌で初めて聴いたときのパフォーマンスは、容易に言葉では言い表せなかった。大抵の録音では、管楽器のソリスティックな味わいと、弦の室内楽的対応の重ね合わせが鍵となっている部分であり、単純な舞踊楽章でないものの、ベートーベン以来のスケルツォとしてみれば、かなりシンプルな構造的対話が明らかにされる部分だ。エリシュカは、それを「メビウスの輪」のようにひねり、まずは構造的な位置づけを根本から翻してみせたのだ。無論、響きとして表出される音の形そのものは変わらないはずで、何がどうして、あのようになったのかという説明は、いまでもつかないままである。しかし、結果として表れたことは、ギリギリ描写することができるかもしれない。

いまは音の話をしているわけだが、これを光に譬えてみることにする。あなたはペンライトのようなものを使って、ある方向から、光を反射する一枚の薄い金属板へとそれを当ててみたとしよう。次に、その板をメビウスの輪のようにひねった上で、同じ方向から光を当ててみたとしたらどうなるだろうか。そのとき、想像できることは(あくまで想像だが)、ひねったときのほうが光があらゆる方向に拡散し、散らばっていくだろうということだ。多分、1本1本の筋はより弱いのだが、全体から捉え得る光の印象はより大きく、刺激的である以上に、広がりがあるものとなろう。エリシュカの音楽は大抵、凝縮に向かっていき、特に複数の日程がある場合には、日を追うごとにその傾向は強くなる。彼の追い求める理想はいつでも、どんな環境でも、同じ優れたパフォーマンスができることにあるのだろうが、現実に日本のオーケストラの場合には、叩けば叩くほど味が出るし、経験が深まるごとにオーソドックスに近づいていくものなのだ。ところが、エリシュカの舞踊楽章は、それとはまた別のクオリティを追っていて、ドヴォルザークにしろ、ドイツ古典派にしろ、予定調和的な感覚がまったくないのである。

第4楽章はいわば有頭エビのような音楽で、第1主題に入るまでの展開があまりにも豊富であり、「序奏」という言葉のイメージを軽く超えている。この「序奏」には魂の再生が鋭い響きとして表現されるかのように、スピリテュアルな冒頭部分、ピッチカートから劇的に発展していくスケルツォ的展開を経て、クララ・シューマンへの想いがのった素材の伸びやかな吹奏、そして、古い聖歌に基づくというコラールを繊細に奏でてから、ようやく第1主題に入る。時間にして4分半ぐらいであろうか。ここの演奏が、特に札幌公演ではよくつながり、正に一筆書きのようだった。凝縮した序奏をもつことで、全体のフォルムは一挙に緊張感を増し、その後につづく豊富な展開をも同時に引き締めることになるのだ。

【愛の地震】

主に対位法的な部分では、徐々にテンポを速める奏法が緻密に展開され、決して、単純に構造を追っていくだけの演奏でもなかった。旋律のもつ意味と構造的な妙味が照合しあい、各場面に深い陰影が生じるのを確認しながら、固唾を呑んで演奏を見守ることになる。そのような効果の表現は、東京公演がいっそう顕著であったかもしれないが、これがコーダにみられる「愛の地震」をつくるためのコントラストにつながっている点は見逃せない。コーダの響きは、エリシュカ×札響のスペシャリティともいえる圧倒的な響きのモニュメントである。それまでのキビキビした流れ、一瞬も気を抜けない瞬間の連続から解放され、その楽曲のクライマックスにおいて、信じられないほどの巨大な響きが生まれる。本来、ブラームスは室内楽的な、緻密な層の重ね合わせが醍醐味になっているが、今回の演奏では、それがブルックナー的な響きに変容するのを目の当たりにした。

地を這う響きがホールの床を揺らすかのように伝わり、私のいる1F客席へはダイレクトに注いでくる。それを目のあたりにした感動は、決して忘れられない。「愛の地震」というキーワードが、すぐに頭へと浮かんだ。敢えて「愛の」とつけたくなるのは、響きの面では徹底して明るかったせいであろうが、一瞬は、恐怖さえも感じるほどだった。思わず、口を覆った。だが、すぐに救いの天使が舞い降りてくる。天使は、オーケストラの響きそのもののなかに棲んでいたのだ。

この部分で、エリシュカが追ったのは、①すべてのレンジを力強く、大胆に貫く弦を中心としたアンサンブルの生き生きとしたアクション。②揺るぎなく、徹底的に前進する弛緩のない動きと、それらの整然としたオーガナイズ。そして、③一分の曇りもないほどクリアで、光り輝くように明るい響きの明度であった。①②の要素によって、ほとんど恐ろしいほどの響きが現出するわけだが、③の顕著な効果によって、すべての印象はひっくり返ってしまう。東京公演においては、最後の響きはもうすべてを出しきったようにマックスを振りきって、恐らくは札幌のときをも上回る勢いをみせていたものの、肝心なところで響きは割れて、ホールの限界が曝け出された。キタラでは、まずこのようなことはないだろう。

思えば、札幌公演の最初の数秒で繊細な宗教音楽のドッペルゲンガー、悪くいえば、日本的に繊細な響きともみられたものが、この終楽章では、まったく別の印象に切り替わっていた。世界的にも通用する、厚みのある響き。そして、序盤の作り方にも正当性があり、響きの変容こそがテーマであるように思われたのである。先にも述べたように、ロマン派芸術において、「変身」が重要な意味をもつことにも思い当たった。宗教的にみて、「復活」というキーワードを持ち出してみてもよいのだ。しかし、東京公演を聴くと、それだけでもなかったことがわかってくる。第1楽章はいよいよ鮮やかに、逞しくなっていた。その響きと、最後の図太い響きが照らし合っているのである。先刻、ブルックナー的なものへの変容といったが、私はブラームスよりも、ブルックナーがより偉大な響きをもっているとは思わないのである。そうではなく、私の念頭に上ったのは、これらの作曲家が共有する時代的な要素であった。

所詮、ワーグナー派、ブラームス派といったような論争は時代的なもので、本質的なものは別にあるものだ。札幌公演の終演後、現地に住む知人と語らっているときに、今日の最後の響きはブルックナーのようにも聴こえたという話をしたところ、彼の口から党派論争の話題がすこし出たのが、この話題を論じるきっかけになっている。そういえば、そうだった。彼らはウィーンで対立する党派の、代表的な人物だったかもしれない。もっともブラームスは直接、その論争にコミットしなかったようだし、ワーグナーとも意気投合したという話がある。その時代に求められた表現を完璧にこなしていけば、対立の党派から賞賛が得られることもあり、実際、当時はまだワーグナーと決裂していなかったハンス・フォン・ビューローがこの作品について、半ば皮肉交じりとはいえ、賞賛する声(ベートーベンの10番)を発したのも有名な話だ。では、彼らが共有した時代的なものとは、どういうものであったのだろうか。この話題を深く掘り下げることは避けたいが、ごく簡単にいえば、ブラームスの交響曲第1番はエドゥアルド・ハンスリックのいう絶対音楽でありながら、それ以上に深く変容する表現力をもつ作品だったということだ。

厄介なハンスリックという基準を除いてみれば、この特徴は両者にとって共通する部分も多い。彼らは標題音楽のような構成を好まず、虚飾のない構造だけで勝負しながらも、その構造物がついに思いも掛けないような変容を見せるところまで似通っている。両者はともに不器用で、人間とのつきあいにも巧みなほうではなく、結婚もしなかったし、その名声にもかかわらず、寂しく一生を終えることになった。ワーグナーの如く、哲学的に論文を書いて、自らの価値を社会に堂々と位置づけるようなタイプでもない。唯一ちがいがあるとすれば、その変容の結果にあり、ブラームスはいよいよ神聖にブリランテ(明るさ)を増すのに対して、ブルックナーはカテドラル風の荘厳さを湛えながらも、やや仄暗い、不気味な世界につながっていくことである。ブラームスは教会には行かなかったものの、自らのなかに独特の穢れなき信仰を保ったのに対して、ブルックナーは教会のオルガニストまでやったはずなのに、その信仰はローマ教会ほどではないにせよ、いびつに肥大化したものとして受け取られる。絶対音楽とかいう基準にしてみれば、彼の主張にも特に齟齬がないブルックナーの音楽を、ハンスリックが嫌ったのも感情的なものを抜きにすれば、そのような部分によるのではないかと思われる。

【隠れたテーマ=海】

なお、この日のプログラムにおいて、エリシュカは3月11日の大震災についても言及している。やはり、我々にとって大事な日付を当たり前のように胸に刻みこんでいた彼は、6年もの歳月が流れたこの日にも、「いまも心が痛みます」「日本の皆さんの心の強さを信じています」「いつもその近くにありたい」とコメントすることを忘れなかった。その想いが、形になった演奏会だったのは明らかである。

それと関係するかは断言できないものの、この日のパフォーマンスについて、隠れたテーマとして「海」のイメージがあったことにも触れておかなくてはならない。最初の演目『フィンガルの洞窟』にはもちろん、海のモティーフが欠かせない。フィンガルの洞窟があるのは、スコットランドの景勝地へブリディーズ諸島の海沿いで、原題は”Die Hebriden”である。場景描写と言われがちな作品ではあるが、エリシュカはその景勝よりも、フィンガルというキャラクターのほうに焦点を当てて演奏したといえるのかもしれない。フィンガルとはケルト神話に現れる英雄のひとりであるものの、非業の死を遂げるフィン・マックールのことであるという。もちろん、私はこのフィンの神話が、そのまま作品に詰まっていたとは思っていない。多分、メンデルスゾーンは洞窟に印象を受け、自らのイマジネーションに火をつけた。火は燃え広がり、元のイメージを焼き尽くして変容した。結果的に自らのなか生まれたイメージだけを用いて、音楽を形にしていったのだ。

例えば、「洞窟」のもつ雰囲気は、明らかに欧州のカトリック教会の聖堂がもつ雰囲気と響き合っている。私にはメンデルスゾーンが当時、彼のいたベルリンの大聖堂のなかで、フィンの伝説を想いながら、作品の構想を膨らましていった様子が想像できた。もちろん、海と孤島の風景が、彼のイマジネイションを飾っているのは言うまでもないが、洞窟のイメージが彼の生きる大陸の教会の雰囲気と響き合っていたように、人のイメージというのは不思議なものである。写実画家のように、正にその場所にいて、ありのままに目の前に広がる風景を描こうとするのでなければ、何かの拍子に、自らに身近なもののイメージがポンと置き換わってしまうことも珍しくはないものだ。天才メンデルスゾーンにも、それは起こったようだ。彼の思い描いていたはずのフィンの姿はいつしか、彼にとってはより身近な、ギリシア神話のミノタウロスのようなイメージとして変容されたのである。

エリシュカの描く音像を前にして、私の耳に届いたイメージは老いた英雄の嘆きを示すそれというよりは、「いま」もそこにいて、洞窟の奥深くに身を潜め、誰かを待っているミノタウロスのようなイメージであったのだ。もっとも、神話のミノタウロスは両親の歪んだ関係から生じた怪物で、誰も抜けられないラビュリントスのなかで、血に飢えて彷徨っているものにすぎない。だから、この作品がギリシャ神話そのものであるというわけでもない。第一、いま書いたようなことは当然ながら、メンデルスゾーン自身が書いたことではなく、または、演奏した音楽家がそのように主張したのでもなく、私が勝手に想像しただけのイメージにすぎないのだ。

しかし、私が受け取ったイメージを改めて客観的に整理していくと、次のようなポイントを割り出すことは可能かもしれない。①単なる風景描写というよりは、交響詩的な物語として、誰か只ならぬ人間(もしくは人間を超えたもの)のいのちの動きが感じられる。②スコットランドの風景がイマジネイションを開くきっかけにはなったが、それとメンデルスゾーンが日々、温めてきた宗教観や文学的な知見が響き合ってできた複雑なイメージも感じられる。③素材は仄暗く、哀切なものが中心になっているが、ときどきブリリアントな鮮烈さが印象的に放たれ、陽光に照らされる島々と、教会のステンドグラスを透かして聖堂に注ぐ明かり、そして、メンデルスゾーンのこころのなかに注すイマジネーションの輝きが三位一体になっている。

ちなみに、この作品はロ短調で書かれており、バッハのミサ曲ロ短調や、リストの大ソナタ、チャイコフスキーの交響曲第6番などと同じで、重厚な荘厳さを醸し出す。小ぶりだが、しっかりしたソナタ形式で書かれているものの、序奏を欠き、いきなり印象的な主題が浮かび上がることで新鮮な印象を招いている。この冒頭部分の演奏を聴くだけで、この日、なにか凄いことが起こるということは既に感じ取れた。私が今回、開始3秒・・・などと頻りに言ってみたくなっているのも、元はといえば、この作品の演奏のときに生じたイメージなのである。ただ堂々としているだけではなく、生き物のような動きを感じる響きでもあった。それが、ほんの数秒、楽譜にして何小節も進まないなかで、ハッキリと感じとれたのである。もっとも、作品はそこから強烈な変容を経て、がっしりした交響詩のような雰囲気を現出させる。このような『フィンガルの洞窟』は恐らく、私の生きているうちには、もう体験できないことであろう。快心の出来だったのか、エリシュカは札幌公演では聴き手が拍手するよりも先に、「ヨシ!」という感じにドンと靴を鳴らし、真っ先にオーケストラに賛意を示していた。それが東京公演では既に、俺のオケなら、これぐらいできて当たり前という風な様子に変わっていたのが可笑しくてならない。確かに、いっそう素晴らしい出来だった。

【ドイツ音楽における海】

ときにブラームスの1番は、海とは、それほど関係が深いとは思えない素材である。ドイツは北方に海辺の街もあるが、どちらかといえば、山川や森のイメージが豊富ではなかろうか。もっともブラームスの生地であるハンブルクは、エルベ川を辿って北海に注ぐ港湾都市として知られ、大型船も出入りしている。そのイメージが直接、交響曲に影響したと思われるフシはないが、そこにないものをむしろ積極的にイメージさせる力が、ブラームスの作品には潜んでいる。押しては返すイメージは、それだけで海そのものとみえる部分もあった。エリシュカの演奏は、そうしたイメージを無理なく引き延ばした結果だともいえそうである。ブラームスの「海」には優しく穏やかな部分と、荒れ狂う部分が交互に出現するのだが、そうしたイメージを震災や津波と重ねてみようとしたのも、面白いアイディアだ。しかも、エリシュカと札響のコンビならば、荒れ狂う部分さえ、光にかえることもできると先に示したとおりである。

ここで、いっそう問題となるのはシューベルトの交響曲第5番であろう。メンデルスゾーンのように裕福でもなかったし、身体も丈夫でなく、短命だったせいか、シューベルトはあちこちを旅して回るということがあまりない人生であって、もとよりウィーンは海に面してはおらず、彼の作品リストには海に関係する作品もほとんどない。例えば、『海の静けさ』(D216)という歌曲でも、その題名どおりだが、風のない日の湖のようにただ静かで、動きに欠けているのだ。恐らくは、ベートーベンやメンデルスゾーンも作品にしたゲーテの詩を、彼なりにアレンジした試みであると思われるが、私の凡庸な耳からすれば、とても歌曲王による飛び抜けた傑作とは思えないのである。リストは後年、この作品をピアノ独奏で編曲し、シューベルトに「海はこうなんだよ」と語りかけるようにして作品を作り上げた。もっとも(リストのイメージのなかに生きる)シューベルトは考えを変えなかったようで、後半は元通りにシンプルとなっているのだが。

ブラームスのところでも書いたように、寄せては返すイメージは、いつでも「海」と言い得るものであり、この交響曲でも古典的な押し引きの構造を単純に海へと擬することも可能ではある。例えば、フランス・ブリュッヘンの演奏を聴くと、呑気に流れる時間が春の優しい陽光降り注ぐ砂浜の風景などを思い起こさせるのである。ところが、エリシュカの演奏は悩ましいことに、とても速いテンポであった。試みに、様々な指揮者の演奏をテンポに絞って比較してみると、古楽系の指揮者は大抵、中庸から遅めのテンポを採っている(アーノンクールミンコフスキマッケラスノリントンなど)。往時、「帝王」と呼ばれたというカラヤンにしてもそうであり、その演奏からはよく知られた「グレート」シンフォニーなどのイメージも容易に思い浮かべられる。さらに遅い指揮者としては、ベームワルターの録音があり、笑ってしまうほどに遅い部分もある。エリシュカと同じようなテンポはエーリヒ・クライバートスカニーニなど、比較的、古い録音に多いようだが、アッバードヴィオッティのような例もある。

テンポの速さは一部のパッセージを窮屈にし、やや表現の幅を狭める結果となりやすい。それにもかかわらず、エリシュカがこのテンポを選んだのには、大きく2つの理由がありそうである。1つには、既に述べたような「つなげる」イメージを印象的に体現することがあるだろう。もうひとつは古典的なイメージを明確にし、そこで正当性のあったテンポを選ぶということである。もっともピリオド演奏の専門家は、古楽器アンサンブルであっても中庸のテンポを選んでおり、エリシュカのイメージする正当性とは食い違う部分があった。恐らくそれは、ピリオド研究とは別に、時代から時代へとダイレクトに受け継がれてきた記憶であり、口承的な伝統のなかで育まれてきた古典性ということもできようが、それをエリシュカが頑固に信じているとしたら、それはそれで自然の道理だと思われるのだ。

例えば、ミシェル・プラッソンが二期会の公演で『ホフマン物語』を上演した際に、今日の知見からみれば、作曲家の意図を歪めたとみられるようなシューダンス版での上演にこだわった例があり、巨匠たちは、学術的な正当性よりは、自分たちが受け継ぎ、直接、育ててきたものの美しさを重くみる例も少なくないのだ。もっとも、エリシュカはただ経験に頼る音楽家でもなく、アカデミシャンとしては常に最前線の位置にあった。古いものをそのまま受け継いでいくという価値観も重くみるものの、それ以上に、いま、手にしているものをさらに刷新していく印象が強い指揮者である。近年、研究の進んだピリオド奏法についても、これまでの演奏会において、エリシュカはそれを生かした演奏法を札響に仕込んできたのだ。モーツァルトやハイドン、その周辺の作曲家(ヴォジーシェクのような)を演奏するために、札響は古典的な教養を少しずつ積み重ねてきていて、それはマックス・ポンマーなどの手腕によって、今後、さらに鋭く磨かれていくのであろう。

東京公演では主催のカジモトの要望なのか、アンコールに『ユモレスク』(op.101-7)を演奏するサプライズがあった。トリオの部分において、いま、申し述べたことの成果が象徴的に描かれていたのも驚くべきことである。何方の編曲かは知らないが、トリオはスラヴ的な勇壮な旋律が、バロック的な構造と背中合わせになっている真実を如実に物語るもので、それを上手にやるオーケストラはすなわち、古典的にも深い修練を積んでいることの証拠になるのであった。普段は頼りないポコ・レント、しかし、一度スウィッチが入ると鬼(マエストーソ)のように変貌し、妥協のないスラヴの響きを奏で、厳しいバロック・スタイルをも鍛え上げる様子から、作品そのものがエリシュカ自身の似姿であるのも微笑ましい。この編曲は複合的な三部形式のようになっており、再びポコ・レントに戻ったあと、先よりは穏やかに小さく変容する部分があり、終結部分は前よりもやや自信を帯びて、背中が伸びている。これは正しく、エリシュカと札響の関係を象徴しているとみえなくもなかった。

ただ、私はこのアンコールを準備する僅かの時間だけでも、ブラームスをさらに若干でも、よく仕上げるために当てるべきではなかったかとは思っているのだが。

シューベルトに関しては、東響がユベール・スダーンの時代に1年をかけてツィクルス公演をかけており、その印象は、それまでシューベルトのオーケストラ作品にあまり傾倒していなかった私(や大多数の聴き手)にとって、刷り込みにちかい意味をもっているし、そのパフォーマンスも大きな賞賛に値するものであったことは衆目に一致する。そのため、札響がいきなり奥御殿を攻めてみても、簡単にストンと落ちるものではなかった。東響と新日本フィルは、日本中のオーケストラを見回しても他にないほど、古典的な演奏スタイルが深く身についたオーケストラである。特に、東響は時間をかけて、スダーンのような唯一無二の知恵者からシューベルトの手ほどきを受けてきたのだ。札響も激しく追ってはいるが、シューベルトが交響曲第5番に仕込んだような呼吸を完全に表現するほどには、まだ成熟していないように聴こえたのも無理はなかった。

しかし、第2楽章はアンダンテ・コンモートでそれほど速くはなく、風の弱い日、海辺に爽やかに吹く音の囁きがしっとりと聴き手を包みこむのが聴こえた。形式のおわりでは、響きはまた小さな変容を経て、最後のロングトーンなどが印象を清らかにする。それは、祈りの響きへと変わっていく。ブラームスと同様に、第2楽章に、このような響きをもつ作品を奏でることが、エリシュカの緻密な構成と、主張の美しさを物語っているだろう。誰のために祈るのか?この日は繰り返して言うが、3月11日である。札幌公演と比べれば、東京公演は作品の優れた特質をより厚めに表現できたとは思うが、この日付だけは2度来ない。その時間(14時46分)を控えて、特別な響きが奇跡のように広がったのも偶然とは思えないのだ。

【補足】

全体としては、シューベルトの交響曲第5番は、大人のおもちゃ箱のような愛らしい特質に満ちている。若干、雰囲気は異なるものの、シューベルトの頭の中にあったのは、ベートーベンの交響曲第8番だろう。札幌公演では、いかにも愛着のある語りくちが楽しく、東京公演ではさらにユーモアに磨きがかけられていたし、「つながる」特徴がハッキリして、その構造的利点も生き生きと示された。テンポの速さはほとんど間をとらずに、キビキビとつなげていく演奏姿勢と関係している。札幌公演では、運動的なアンサンブルを深く統率し、ある意味ではナンバー・オペラのように、印象的な細部を構成していくスダーンとはちがうスタイルを目指していることはわかったが、果たして、その代わりにどのような表現が目指されているのか、まだハッキリと言うことができなかった(気づかなかった)。東京公演では、次から次へと即興的に生じていくパッセージがほんの僅かにのばされる音などを通じて、巧みに手をつなぎながら、長い呼吸で組み立てられる様子が明らかになっていったのだ。思えば、この姿勢がすべての作品に共通していることも明らかであった。

また、メンデルスゾーンからシューベルトと、時代的に近接しているものの、編成も大きく削った点は特徴的である。(使用しない)管楽器はもちろん、弦も低音弦を大分、大胆に刈り上げていたからである。このことはメンデルスゾーンが舞台作品を含む、パヴリックな作品に才能を示していくのに対して、シューベルトはより室内楽的な発想から、同じようにスケールの大きなものを生み出していくちがいを感じさせるのに幸便だ。もっとも、エリシュカの中では多分、この演目で追加メンバー(トラ)を除き、選り抜いたメンバーだけでやりたい意識があったのではなかろうか。メンデルスゾーンとブラームスでは当初から、かなり作り上げた音楽を仕上げる予定になっていた(と思う)ので、せめて中プロでは与えられる音楽ではなく、弾き手が自ら発想し、共有する音楽をつくりたかったのかもしれない。そのような姿勢は、ブラームスを奏でるときにもなくてはならないものだったからだ。

もう、だいぶん長く書いてきたことだし、これ以上、言葉を弄する必要もないだろう。このツィクルス最後の公演は、目立つ瑕も少なくなかったとはいえ、豊富なメッセージに満ち、イマジネーションに溢れたものであったことが、私の筆からも窺えるはずである。オーケストラは変わっていく。エリシュカ登場の前から後で、札響は大きく変わり、いまも、また別の発展を遂げつつある。2季にわたるエリシュカとの東京公演は幕を閉じ、来季はポンマーの指揮での来京が明らかになっている。彼は東京では、神奈川フィルと日本フィルに登場しており、やや地味な印象を持たれてはいるものの、私は「フェエスタサマーミューザ川崎」で、リハーサル付きで彼の演奏を聴いたことがある。定期のように整った環境ではなかったが、それでも素晴らしかった(特にリハーサルが)。エリシュカとはまたちがう個性だが、ポンマーもじわじわと札響との関係を築き上げつつあるように聞いている。彼との関係を通じて、既に変わってきているものもあるように思われた。

しかし、エリシュカの公演が全くなくなるというわけでもない。彼の特別な音楽を聴くためには、札幌に行かなくてはならないというのも、また乙なものではなかろうか。次回は、「英雄」だ。どうせ彼の年齢からみれば、この先、何十回もあるようなことではないはずで、特に若い指揮者や音楽家の諸君には、彼の音楽を真摯に学んでもらいたいと思うものだが。それほど、大事なものなのだ。彼が知り、伝えようと努めているものは。+αとして、キタラにおいて、エリシュカがどのように受け容れられているのかも体験してほしい。キタラでのアプローズの時間は、半ば保証された演奏の素晴らしさをさらに引き立てるものである。掛け声とか、スタンディング・オヴェーションといったスノッブ的な趣向では東京に及ばない。でも、あの雄大なホールを覆う温かい雰囲気は、正にオーケストラが、地域と家族的な関係になれるということを改めて教えてくれるのである。

【プログラム】 2017年3月11日(札幌)、14日(東京)

1、メンデルスゾーン 序曲『フィンガルの洞窟(ベブリディーズ諸島)』
2、シューベルト 交響曲第5番
3、ブラームス 交響曲第1番

 コンサートマスター:田島 高宏

 於:札幌コンサートホールKitara or 東京芸術劇場(大ホール)

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