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2017年4月23日 (日)

寺岡清高 ツェムリンスキー 交響詩『人魚姫』 ほか 新交響楽団 237th演奏会 4/23

【イン・テンポで始まるビーダーマイヤー時代】

寺岡清高の指揮による、新交響楽団の演奏を聴いた。彼のつくった演奏を聴くのは、2007年のブルーメン・フィルに客演したとき以来のことで、いま、大阪響(旧大阪シンフォニカー)のポストにあるように、どちらかというと関西でプレゼンスを示している指揮者。関東では、アマチュアへの出演が多いという印象になる。もっとも本人はいま、ウィーン在住ということであり、この日のようなプログラムにも現地の風が吹くというはずであった。ビーダーマイヤーから世紀末的ロマンティシズムの終焉に至るウィーン音楽の精緻を確かめる試みは果たして、どの程度、成功したのであろうか?

ヨハン・シュトラウスの喜歌劇『こうもり』序曲は、ガッシリした堅固な部分が目立ち、ルドルフ・ケンペの演奏を思い出すようなものであった。ウィーン土産とはいっても、フォルクスオーパーというよりは、シュターツオーパーの響きに寺岡は近づけたかったのであろう。そして、寺岡は無理にでもウィーン風のルバートなどを取り入れるのでなく、まずはイン・テンポで、作品のもつ尖鋭なフォルムを際立たせる道を選んだようだ。その意味では、十分にサマになるものをつくったといえるだろう。それだけではなく、情感と音響の起伏もゆたかに、この演奏会についてのメッセージを読み解くためにはキーとなる作品を巧みに演奏したのだ。序盤では動的で遊興の盛り上がる前景の背後で、ドラムの響きはそれとは意図的に噛み合わず、遠くから(やんわりと)威嚇するような雰囲気をもっていた。ところが、音楽が進むに当たって両者はみるみる歩み寄り、一体となって音楽を奏で出し、踊り出すという構造が明らかになっている。これは喜歌劇のなかで、いずれ収監されるアイゼンシュタインと、拘束する側の刑務所長フランクがオルロフスキー邸における舞踏会で一緒になり、意気投合してしまう構図とぴったり合っている。

ウィーン音楽の象徴と見做されるリズム的特徴やルバートであるが、この日のように、ルバートをやらないほうが音楽的なフォルムの尖鋭さは際だって聴こえるのかもしれない。その長所は長所として聴いたのだが、反面、音楽が示すものをこころが受け止めるためには、この僅かな揺らぎがつくる時間的な隙間があったほうが良いのである。寺岡は多分、そのことをも十分に計算に入れた上で、敢えて、最初の演目では、イン・テンポにしたのではないかと思われるフシもある。それは、2曲目にベートーベンの交響曲第8番が配置されたことにもよるのだ。

【時計シンフォニー】

この作品はときに、ベートーベンの「時計」シンフォニーと呼ばれることがある。このニックネームは、つづく第9番や、前の第7番と比すると、第8番は劇的な盛り上がりには欠けているものの、正に精緻な構造の美しさを示していることと、彼の師匠であったハイドンの音楽との類似性を感じさせる古典的特徴をあわせて表現したものである。しかし、寺岡はさらに精緻な音楽構造を明らかにしていた。彼の演奏、特に第1楽章では時計の時針、分針、秒針が目にみえるような音楽となっていた。秒針が360度まわるごとに、分針は6度うごき、秒針は僅かに0.5度だけ進む。ベートーベンはどの針をみせるか、実にトリッキーな構造を仕組んで、従来の音楽のうごきに変革をもたらそうとしたかのようだ。しかし、音楽そのものは、古典的ともみえるハイドン風であることは変わらず、知的な変化に気づく人はそれほど多くなかったはずだ。中間2楽章は、こうした時間的操作よりも、むしろオペラ的な歌謡的要素のほうが気になる。終楽章では、うっすらと仄めかされていた時間のマジックも次第に露骨となり、最後には地球的な揺らぎまで感じさせるのである。ちっぽけな人工物にすぎない時計の構造から始まって、ついに最後は地球の大きさまで描いてみせたとするなら、これは面白いことになるのではなかろうか。

3つの針がある(終楽章では歯車やネジの構造さえもみえる気がした)とはいっても、それらを動かすエネルギーは3倍とはならないのも面白いポイントだ。寺岡と新響の演奏は、この作品としては厚みのあるものであったとはいえ、それでも、3つの針は1つのエネルギーを上手に分け合って、プレストな動きと、ラルゴの動きを同時に作り上げていたのである。

演奏の間じゅう、私は思わず、時間というものがどのように定められたか、調べてみたい気持ちに襲われていた。例えば、1時間はどのように決められたのであろうか。どこかで習ったような気もするが、ぽっかりと記憶が抜け落ちている。古代には日時計というものがあり、我々の眺める丸いアナログ時計と同じような役割を果たしていた。このような点からみると、時間も自然現象と無関係ではないようである。しかし、太陰暦と太陽暦によっても見方は異なるだろうし、時間をめぐる様々な哲学があることも承知している。アインシュタインの相対性理論においては、時間もまた相対的なものであり、重力の影響によって歪んでしまうことがある。いずれにしても、この日のプログラム、特に前半の2つのプログラムにおいては、表現における時間ということが大きなキーワードになっていたかもしれない。

ベートーベンにおいては、この時間の考え方によって、作品に多くのコントラストを生み出すことができる。そのことを前提としながらも、中間2楽章は先にも申し述べたとおり、歌謡的な特徴がより色濃い。ハイドンとともに、モーツァルトの影響もこの作品には露骨である。それは第3楽章で、ポストホルンの響きを模す響きが出現するモティーフからも知ることもできるのだが、これが当時のベートーベンの「不滅の恋人」と関連しているといわれるのは周知のとおりだ。そのようなライトモティーフのようなものを使って、ベートーベンが表現をつくっていったということが、次のツェムリンスキーの作品にも結びついていくのである。

ベートーベンがやや先行しているとはいえ、ヨハン・シュトラウスとベートーベンは、ほぼ同時代人としても間違いではない。彼らの時代のウィーンは、ビーダーマイヤーと呼ばれる社会的、文化的背景と関係している。シュトラウスのファーター(父親)の作品で有名なラデツキー将軍は、民族主義の勃興に影響された北イタリアでの革命運動を軍事的に鎮圧した「英雄」である。ウィーン帝国にとって、それは海を喪うかもしれなかった危機を回避するものであり、強烈なナショナリズムにも通じていたのであろう。父親が今日のグスターボ・ドゥダメル氏と同様に、やや右派に属するとすれば、息子のほうは典型的な左翼である。父親もまだ存命の若いころには、危険を犯して(息子たちの音楽活動には反対な父親の影響力が及ばない)バルカン半島や東欧のスラヴ圏を巡って歩き、特に旅先のブダペストではハプスブルク総領事の政庁に革命派とともに乗り込んだりして、物議を醸したということだ。『こうもり』の序曲でも、明らかにスラヴ的な響きが入っているのに気づいたはずで、この作品の風刺的な特徴は幾重にもかさなっているわけだ。

メッテルニッヒを象徴とするハプスブルク帝国は、対外的にはぬらりくらりとしたダンス外交を展開したものの、それに対する内部の鬱屈は徹底的に弾劾した。監視や検閲の体制を厳しくした「ビーダーマイヤー」時代は、今日では、その反面で発展した享楽的な文化の明るい側面ばかりが強調される傾向にあるが、人々の言論や行動が当局によって弾圧された冬の時代だったのである。もっとも、ナポレオンが去ったあとの欧州の安定は、産業革命による技術や生産の革新によって、多くの富をもたらし、政府が明らかに空転していたウィーンにさえも空前の好景気を及ぼした。ヨーゼフ・シュトラウスなども父の言いつけを守り、技術者として身を立てるつもりであったのが、次第に多忙となった兄によりシュトラウス音楽カンパニーへと引き戻された。この営みは、兄たちよりも才能の劣る末弟のエドゥアルトがカンパニーを精算し、貴重な楽譜までをも火に焚べてしまうときまでつづいたのだ。

【美しくも苦みのある】

シュトラウス家のオーケストラが解散したのが、1901年のことである。その頃に活躍したのがツェムリンスキーの一派であった。彼の弟子からは、グスタフ・マーラー、アルノルト・シェーンベルク、アルバン・ベルク、アントン・ウェーベルンといった、互いにまったく異なる個性が巣立っていった。ロマン派の時代がおわり、超新星が爆発したあとのような肥大化した音楽がウィーンを支配しようとしていた。マーラーと、ブルックナーがその象徴である。一方で、シェーンベルクを筆頭に、まったく新しい音楽の流れも生まれつつあった。これらの源泉に、ツェムリンスキーの音楽はあった。マーラーやベルクは、彼の舞台作品などに大きなインスピレイションを得たようなのに対して、シェーンベルクやウェーベルンは室内楽に大きな可能性を見出したような気がする。いずれにしても、その音楽は保守的でありながら、かつ、徹底的に新しかった。その創作の可能性は、歌劇『夢見るゲルゲ』において頂点を迎えたと思われるのだが、『人魚姫』にしても、『ゲルゲ』にしても、ツェムリンスキーは最初の興行がうまくいかない場合、それにはもう、くどくどと拘泥しない傾向があった。数十年、もしくは100年ちかくを隔てて、我々はようやく、その崇高な価値に気づくことができるのである。

ツェムリンスキーの交響詩『人魚姫』は1905年に初演されたが、あまり注目されずに、欧州からの亡命や戦争の影響で、その作品が垣間見られる隙はなくなった。楽譜さえも散佚しており、作曲家の死後、1980年代からようやく、その再評価と楽譜の探索や、研究がおこなわれた。アンデルセンの童話に基づく作品は、今日ではなかなかポピュラーに扱われている。日本ではツェムリンスキーの作品が取り上げられる機会は少ないが、『人魚姫』と、歌劇『フィレンツェの悲劇』(短いので、同時代の人気者プッチーニの小さい作品などとダブル・ビルにできる)は比較的、重ねて演奏されている。今回、私は『人魚姫』を初めて聴いたのだが、音楽的にはマーラーと似ている部分があり、いまとなっては新鮮味を感じる点は少ない。マーラーはツェムリンスキーの弟子になっているが、あべこべにツェムリンスキーが彼の作品を模倣しているようにも聴こえる点が多かった。これは、のちの『ゲルゲ』にもみられるところである。

もっとも、彼自身はブラームスの音楽にインスピレイションを受けたと言っていたようだし、それもあながち嘘ではないだろう。ツェムリンスキーは独創的というよりは、模倣の名人だ。意識的に素材や発想を拝借するのではなく、あたまに残ったものが、それとなく自然に書かれていくような感じになっている。誤解かもしれないが、『人魚姫』の母親はマーラーであり、父親はチャイコフスキーだった。それぞれの作品に、よく似た素材や音のオーガナイズがある。そして、祖父にはワーグナーがいたであろう。北欧の物語、ライトモティーフという道具立てが、それを思わせるだけでなく、楽器法などにも影響がありそうなのである。もっとも寺岡と新響による演奏は可能な限り、ツェムリンスキーの発想の独自性に対して好意的な見方を貫いていた。

作品冒頭から寒い海、傷ついた船、斃れた王子、そして、独奏ヴァイオリンによる人魚姫の登場と、具体的な場面が目に浮かぶ表現力のゆたかさが耳を惹く。このモティーフは、やがて終盤で劇的な再現を果たすのであり、聴き手のなかに判然と残るものでなくてはならない。作品の全体を通して、中途半端なダイナミズムで難しそうなソロ、もしくは、精巧な受け渡しの求められるパッセージも多いのだが、年間数回の演奏会にエネルギーを集中できるアマチュア・オーケストラならではの高い完成度で、寺岡の想うイメージが次々に形となっていく。すると、ダークな面はあるものの、作品はほぼ美しいものだけで構成されているのがわかる。それにもかかわらず、私の印象にはむしろ、苦々しいものばかりが残ったのだ。

私は何日か前、この作品を聴くにしても、『人魚姫』が一体、どういう話なのか、実はよく知らないことに気がついた。童話を取り寄せて、読んでみるような暇まではなかったが、あらすじを追っていくと、抱く感情の行き場がないほどに、理不尽で悲哀な物語であることを知った。一昔前に『本当は恐ろしいグリム童話』というのが流行ったように、童話とは大抵、こんなようなものだとは知っているつもりだった。ちょっとした過ちが理不尽な結末につながり、それが教訓となって、それを読む子どもたち(もしかしたら親たちも)を厳しく戒めるのである。人魚姫の場合は、難破船の王子を助けたのはよいが、彼に自分が恩人だと伝えたい、何なら彼に好かれたいという欲望が、過ちと教訓につながっているわけである。海の魔女に欺かれ、どうやっても不幸になるように導かれた人魚姫は最終的に、王子を傷つけるか、自分が泡となって消えるかの選択を迫られ、後者をえらぶ。そして、寿命のおわる300年後に天へと召され、人々の喜びを分けてもらえるように、愛する彼の家族を見守りながら善行を積もうと決意するのだ。教訓=家族を大切に、善行を積め。良いことをしても、殊更に相手へ知らせることなく、見返りは期待するな。社会的な風刺の観点でみれば、支配者への盲従というテーマが浮かび上がってくる。

300年もすれば、この苦しい世界も変わっているにちがいないという民衆の悲しみの声が、童話からは聞こえるようだった。身近な者たちとの絆に頼りながら、来世の幸福に希望を託さざるを得なかった人々の悲哀を感じるのは私だけであろうか。魔女を除けば、王子もいい人だし、その妻となる修道女もいい人だ。人魚がいなくなっても、彼女を探し、その不在を嘆き悲しんでくれる。人魚も多少、欲を出すだけで、善良な存在だったはずだ。王子を裏切らず、自分を不幸にした夫妻のことを憎みもしない。それでも、登場人物は皆いい人だというのに、なぜか、思うようにいかないのだ。そのことから、見えざる手によって、皆が泣いていた時代の物語だということがわかるだろう。そして、それゆえに普遍的とも思えるのである。残念ながら、300年経ったとしても、人間社会は何もよくはならなかったようだ。ここでもまた、時間の問題が横たわってきた。ツェムリンスキーは自らの時代に、『人魚姫』の示す風刺性がよく嵌まると思ったにちがいない。それは100年以上の歳月を隔てた今日にも、十分、当て嵌まっている。そして、彼は美しいものばかり描きながらも、分厚い風刺の物語として作品を組み立てたように聴こえる。音響的なあらゆる模倣的発想にもかかわらず、その点で圧倒的に新しいのである。

【補足】

ブラームスを手本にしたというように、構造的にも確かに、古典的なものが生きている。作品は3楽章しかないが、ドイツの古典的なシンフォニーの形式を十分に味わわせてくれる。そのように構想していたといわれるように、4楽章にする必要などない。実際、彼はそうしなかった。こうした構造に従って、クライマックスで壮麗な、悲しい人魚の決意と死が描かれたあとに、再び冒頭部分に再起して、海の描写となる部分の素晴らしさは筆舌に尽くしがたい。ゾクッと来た。このような構造の整然とした優雅さにこそ、ツェムリンスキーの美学が詰まっているようだ。リヒャルト・シュトラウスのネオ・ロマンティシズム(や豪奢な響きのオーガナイズ)とも似ている場面があるが、彼の音楽は彼ほどの貴族趣味、懐古趣味ではなく、もうすこしナチュラルな表現である。終結では、この演奏会の締め括りに相応しく、私たちは300年の時間を乗り越えていくことになる。その先に何があったのか、凡庸な私たちのみることができるものは限られているだろう。

指揮者の寺岡はかなり巧みに準備を進めてきた印象があるし(それだけの完成度の高さ)、プログラミングや解釈の発想ゆたかな指揮者であることも改めて実感した。大阪までいって聴くのは難しいとはいえ、それでも、なかなか見応えのあるプログラムを組んでいる。ツェムリンスキーの『人魚姫』も過去に取り上げていたようだし、今季はその師ロベルト・フックスの作品を含むプログラムや、友人どうしであったマーラーとハンス・ロットの作品を取り上げるプログラムがある。2015年に新響で取り上げたフランツ・シュミットも、得意とする演目のひとつのようだ。新響にも将来、客演の予定があるので、内容にもよるが、見逃せない演奏会となった。過去の新響による演奏会のなかでも、私にとっては思い出ぶかいもののひとつになりそうである。

【プログラム】 2017年4月23日

1、J.シュトラウス 喜歌劇『こうもり』序曲
2、ベートーベン 交響曲第8番
3、ツェムリンスキー 交響詩『人魚姫』

 コンサートマスター:堀内 真実

 於:東京芸術劇場

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