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2017年6月16日 (金)

ハインツ・ホリガー スカルダネッリ・ツィクルス コンポージアム2017 5/25

【ホリガーとスカルダネッリ】

ハインツ・ホリガーのライフワークともいうべき傑作『スカルダネッリ・ツィクルス』が、東京オペラシティの「コンポージアム2017」の企画として演奏された。「スカルダネッリ」というのは、精神に異常を来した詩人フリードリヒ・ヘルダーリンが用いた自署で、彼の異名である。ヘルダーリンは頭脳明晰で、神学と哲学を修め、鋭いポエジーを示す傑出した詩作品を多く発表していたが、生前、広く認められることはなかった。30代にして統合失調症を病んで、37歳から熱心な支持者であったE.F.ツィンマー家の塔に籠もりがちになり、ほとんど外界との接触を断ちつつ、73歳にして歿した。別に、自殺したわけではない。

ホリガーによる『ツィクルス』は、ソロ・フルートのための”(t)air(e)”,小管弦楽のための『スカルダネッリのための練習曲』、ヘルダーリンの詩による無伴奏合唱のための『四季』という3つの作品群を統合したものであるが、この公演でも中断時間を設けずに2時間半の演奏をつづけたように、すべての作品は切り離しがたく連鎖していると見るべきである。作品に用いられたテクストをみる限り、ヘルダーリンの精神状態には大きな波があった。とても冷徹で、醒めているときもあるし、ひどく錯乱しているような場合もある。だが、どんなときにでも、彼を見放さないのは高雅で気品に満ちた文体と、溢れんばかりの詩情である。

柄谷行人のいうことではないが、精神病は癌や脳梗塞、あるいは、喘息や風邪のようなものとはちがって、病名が名付けられたときに、初めて病気として認識された。ヘルダーリンも友人に連れられて専門家の診察を受け、病名を受ける。しかし、認知症が典型的にそうであるように、精神病は病気というよりは、人間の脳活動の状態を指しているのではないかと、私は思う。病気という名前を外してみると、ヘルダーリンには、否、スカルダネッリにはいろいろな日があった。私の考えでは、ホリガーは最初に「ヘルダーリンの塔」のことについて関心をもった。それは狂気の詩人をやんわりと閉じ込めるための施設とも受け取れるが、もうすこし実態を深くみれば、それは支持者ツィンマーの見守る安全な家のことにすぎなかった。

このツィンマー氏がどのような人物であったか、私にはヘルダーリンの熱狂的な読者であり、家具師であったというぐらいの知識しかない。多分、彼は当時、手仕事を身につけるだけに止まらず、余分に教養を積んだマイスターのひとりであったのかもしれないが、さしあたって、普通の人と呼んで差し支えないのは事実だろう。スカルダネッリのことは十分によく理解できなかったはずだが、彼に対する抗いがたく深い関心と、どこから生じるのか、自分でもわからない共感だけがあった。正に、後世に生きる我々の立場は、彼にもっとも近しいのかもしれない。幸い、後世の研究によって、スカルダネッリについては多くを知ることもできるだろう。しかし、どのような素晴らしい仮説を思いついたとしても、実際、彼に会って、確かめるわけにはいかない。当時、ツィンマーの家に彼はいたであろうが、それでも、いかに触れようとしても触れられない存在であることに変わりはなかった。そして、彼の傑出した友人たち(メーリケのような)とは区別して、徒に興味の対象には触れようとしない分別があったからこそ、スカルダネッリもまた、そこに安心して住まうことができたのであろう。

正に、この関係は我々と音楽との間にある距離、あるいは、空間を想起させる。現代に近づけば近づくほど、音楽が本当に訴えようとするイメージや主張は伝わりにくくなり、受け手からアプローチしにくいものとなっていく。すこし熱心な人がスコアを開いてみたとしても、そう簡単に理解できるものでもない。それは文学でも、絵画でも同じことなのだ。作曲家たちがそれまでにない新しいものをつくりたいと望む真っ当なる信念を貫くと、聴き手は、彼のことをいっそう理解しがたくなってしまうという矛盾がある。近代以降、多くの作曲家は、こうした果てしのない問題のなかでもがいてきたはずだ。あるいは、それ以前に狂人として振る舞うしかなかった。狂人ならば、何をしても問題にはならないからである。歴史に残るような詩人で、大学の教授だったような人を私は知らない(日本人は除く)。一方では、ルイジ・ノーノが書いたように、『進むべき道はない・・・だが、進まねばならない』という限界にも、芸術家たちは悩まされてきたものだ。故ピエール・ブーレーズは「劇場を爆破せよ」と主張し、芸術を博物館に送らないよう、同僚たち、仲間たち、そして、弟子たちの尻へと、絶えず火をつけてきた尖鋭なるアクティヴィストだ。ステイタスの高い音楽家がいつも上品だと思うのは、馬鹿げている。音楽家はまず、ワイルドでなくてはならない。その点で、ロックンロール、ジャズ、クラシックといったジャンルのちがいは問題ではないのだ。

『スカルダネッリ・ツィクルス』は多分、歴史上、もっとも輝ける狂人ヘルダーリンへの、決して届くことのないアプローチの連続だったといえる。そのアプローチの方法も多彩であり、例えば科学者が全く知らない物質について調べるために、いろいろな刺激を与えてみるようなことと似ていた。ホリガーは刺激を与え、計測し、その物体の何たるかを知ろうとする。ツィクルスは、そうした行為の末にホリガーによってまとめられたリポートであった。可能性があるかどうかは、問題ではない。ただ、理解しようとし、近づこうとすることが「楽しい」だけなのだ。ホリガーは、そのように言っているように聴こえる。ただ、そのためには自分が手にしている最高の手段、知性の限りをぶつける必要があると考えた。自然、演奏者にも多くの犠牲(努力)を強いるが、それがまた、「楽しい」と理解されねばらないだろう!

【作品のマップ】

この公演のプログラム解説は野平一郎氏が書いたものだが、それを中心として、全体は一種の地図のようにまとめられている。曲目が並べられる部分では左側のスペースに『四季』の該当部分、右側のスペースに練習曲集からくる部分、それに、それだけで独立した”(t)air(r)”が中央に書かれ、タイムラインに従って表示されている。P11からは各部の簡潔な説明があるが、ホリガー自身が録音に付したガイドの内容も踏まえられて、具体的に書かれており、これも参考になる。P16からは、詩の対訳が載せられている。私は普段、こうしたものを首っ引きで聴くことはしないが、この公演は例外だった。いかなる地図の手助けもなしに未開の地を歩み、すこしの解説書も目にしないで、難解な書物に当たるのは無謀と思われた。録音は事前に聴いていたが、それとは初めから印象がちがった。面白いことに、対訳については、直接、作品には取り上げられなかった詩集の部分を入れて、その全体が含まれている。

序盤はラトヴィア放送合唱団のパフォーマンスによる歌の部分が、大きなウェイトを占めており、比較的、わかりやすい形にはなっていた。合唱は通常、歌詞と旋律、ハーモニーによって構成される。作品は結局のところ、詩人スカルダネッリについて触れる「旅」もしくは「旅情」というべきであり、詞の部分がもっとも精緻に検討されているのはいうまでもない。しかし、原詩はちぎれて、欠損し、とびとびになっており、あまり意味を成さないこともあった。そこで、旋律とハーモニー、それに構造が力を貸すという仕掛けになっている。原詩はむしろ、象徴的に存在する。象徴的であるがゆえに、単に旋律をつけて歌う場合よりも、深い意味をもつのである。それぞれの歌は全体のマップのなかへ周到に配置され、作品に波をつける役割も果たしている。ときには、空間的にいくつかのグループに分かれて歌うピースもあった。合唱がホール全体に分散してうたう例は珍しくもないが、ホリガーのこの作品はオペラ的というべきか、それぞれの構造の生き生きとした表象が際立っており、歌い手がそれぞれのスペースで、どのように聴かれ、見られるか、演者がよく考えなければならない点が面白かった。

【柔軟に形も変えて】

大半の作品は1980年代に書かれ、作曲技法だけをみれば、いまや、そこに目新しさはないというべきなのかもしれない。だが、ようやく標準的な形を決定したのは2014年のことだ(その形での初演をうたったのがラトヴィア放送合唱団)。そして、2017年に再び日本でやる場合には、テープのところを生音でやらせたり、日付と署名のところを自分で読むことにしたり、ホースを振り回させたりする工夫を入れて、まだまだ変容は尽きないことを感じさせた。この作品が時代のなかで、あるいは、今後とも時代をこえて生き続ける以上、作曲者ハインツ・ホリガーのいのちがつづく限りにおいて、作品は絶えず生まれ変わっていくことだろう。その一瞬、一期一会に立ち会えた幸運にまずは感謝すべきなのだ。

例えば、日付と署名を指揮者も務めるホリガー自身が読むことにした理由は、ようやくにして、彼がスカルダネッリ本人のなかに入れそうになったことを主張するようであって、興味ぶかい。それはホリガーにとって死がゆるやかに近づいていることや、深く、多様な経験のなかで、彼がようやく客観的に、作品世界をコントロールできそうになってきた事情を窺わせるのだ。なお困難な作品ではあるが、この日のホリガーの演奏には、どことなく余裕があった。柔軟に、形も変えた。

例えば、「遠くの音」では録音されたテープ音源を使うはずの部分が、今回は生のオーケストラと合唱に置き替えられた。1980年代においては、テープ音源を用いたミュージック・コンクレート的な身振り自体が新鮮な印象を与えたかもしれないが、月日も流れた今日では、演奏家も信じがたいほどの進化を遂げ、テープでやっていたことの効果を不可分なく生でも実現できるようになり、そのほうが鮮明な味わいを与える。もっとも、同様にテープ録音を用いる「余白に」では置き換えをしておらず、場合にもよるようだ。

ホースのところはごく微妙な音響の改造であり、あらゆるレヴェルにおいて、まだまだ作品が変わっていく余地を残している点が窺えるだろう。その瞬間、手の空いていたピアニストや打楽器奏者が腕を上げて、ホースを勢いよく回すと「フッフ」という響きが僅かながら空間に漂うのであるが、最初の部分では、それが視覚的にも音響全体を攪拌しているようにみえて、潜在する微細な音響効果を視覚的に確認する意味合いも持っていた。多分、ホリガーはこうしたことを指揮者の領分として行っており、新しく、この工夫が公式にスコアへも載せられるというような性質のものではあるまい。例えば、そのような微細な音響が、効果的に客席へと伝わる空間でなければ、意味がない。東京オペラシティのタケミツホールは、大オーケストラにおいて飽和しやすい音響が弱点となっているが、室内楽的には微細な工夫がよく聴こえるという利点にもつながっている。そういう意味でも、作曲者ホリガー指揮、アンサンブル・ノマド、ラトヴィア放送合唱団、フルート独奏:フェリックス・レングリ、東京オペラシティ文化財団主催「コンポージアム2017」、会場タケミツホール=東京、それに、プログラム解説:野平一郎も含めて、すべての組み合わせが運命的に、素晴らしく機能したというべきだろう。

【おわった瞬間にまた再生】

それぞれの局面に深い思い入れができた公演だが、終盤、「遠くの音」からは従来の詩的な喚起力から一挙に、鋭くメッセージが凝縮していくことが体験できた。その素晴らしさについて、改めて強調したい。前述のように、遠くから聞こえてくるはずのテープ録音を、管弦楽も合唱も、そこにいる人たちが実体化した。特に、半ば響きが打ち払われて、合唱の響きが静かに、しかし、ひときわ印象ぶかく残る場面から、この作品の心臓部である”(t)air(r)”でのレングリのはなつ全身全霊の妙技。主張のもっとも端的な隠喩である「余白に」の風刺的な響き、そして、日付が拡散し、どこにスカルダネッリがいるのか、わからなくなる「秋(Ⅰ)」。そこに、私は芸術的官能の頂点を見出した。正に、これは誰も理解できないはずの、スカルダネッリの内側から響く音楽だと思われた。それと比べると、終結の「コラール」のつくる宇宙的な響きでさえ、いかにも曖昧模糊としていた。だが、それを使って、また別の次元へと飛び立っていくエンジンとして使うことができる。スカルダネッリは、おわった瞬間に、また再生するのだ。

【振り返り】

最初の1曲「春(Ⅱ)」は比較的、原詩のクオリティを残している。生きもののように、調和と拡散を繰り返す。跳躍や、急な停止、飛翔のある音楽。ラトヴィア放送合唱団のパフォーマンスは、どんなパフォーマンスをするのでも、いつも自然に声が出るのが不思議で、子どもが母親の真似をするように、真似をしてみたくなる優しい雰囲気がある。「夏のカノン4」の音響を潜りながら、合唱団はホール中に分散していった。彼らは、あくまで「合唱団」として振舞うわけではない。群衆のように、いろいろな場所にいて、必然的なパフォーマンスによって結びつく。「夏(Ⅱ)」は、スカルダネッリの分裂した人間性を端的に示している。解説には「詩人ツェランのいう意味で、同じ音楽は『狭い道へと導かれる』」とある。その結果として生じるのが、レングリ(fl)のソロと管弦楽による「断片」であり、『塔の音楽』からの抜粋だ。ここで、「塔」のイメージが初めて判然と描かれる。この日に先立って、テレビで放映されたエッフェル塔についての作品(A.ペルト、N響)が思い出される。絵で描く場合よりも、音で表現する場合は、それぞれの人による見え方とのギャップが深い。塔はさらに、多重的なイメージの産物である。このピースでは少しばかり、メルヒェンティックなところもあった。だが、最終的には疑念で深く闇に沈む。

再び合唱に回帰し、「秋(Ⅲ)」。重要な音「レ」が表現される箇所だが、あからさまではない。後段で再び同じ詩が使われるが、この時点では、あらゆる点で曖昧さが残っていた。流れを酌む『アルファベットの鐘』は、フルート独奏を伴う。同じく『塔の音楽』からの抜粋である先のピースとは対になっており、内面に深く吸いつくような音楽だ。フルートは前半の2曲において、屈曲したひとのこころを繊細に拾う役割だ。神秘的でも、音に芯がある。このツィクルスの結尾は合唱で、「冬(Ⅲ)」。合唱と管弦楽の響きが決定的に異なりながらも、見分けがつかないように貼りついているところから、慎重にはがされるまでの過程。

第2部で、より深部に分け入ったことを示す重い和声が示される「パドルホイール」。工業的なオートマティックな部分と、宗教的な威圧感がないまぜになっている。それらをつなぐように、薄い女声合唱が声を緊張させている。いかにも危ういバランス。もしくは、バランスの死。「夏(Ⅲ)」は意識下で、何らかの制御を受けずに言葉が生きているような印象を与える音楽。その音楽版ともいえるのが、バッハのコラールに基づく『死の花』だ。どのような形であれ、バロック音楽の響きはこころを潤すものだが、ホリガーの奏でる深い愛情さえも、スカルダネッリの胸には歪んだ形でしか届かない。歌詞もまた然りというのが、次のナンバーだった。数学的な遊びが効いて、地獄の手前で聞く上手の落語のようなクオリティがある。そのポエジーは容易に浮かばないとしても、詩の最後の一節にあるのは「そして生は遠くひらけて霊性を増してくる」よいう一節だ。これも、後段でより深い意味で反芻される。「ストレッタ」を経て、このツィクルスの結尾も、ややユニークな遊びを伴った風刺的な音楽となる。春の新生をうたう歌詞を爽やかに彩るものではあるのだが。

第3部は、人間の精神を構成する更なる内側の物質まで、電子顕微鏡で見てしまったというような音楽になっている。『葬送のオスティナート』は紙がちぎられたり、豊富な「あいだ」の音で構成されている。ちぎられた紙も再び利用され、徐々に小さくなっていく。しとしとと水が落ちて、背中も涼しく。「春(Ⅰ)」では、音が消えて、唇だけが歌をうたうギミックも。技術の高い歌い手であっても、口パクは露骨にそれとわかり、風刺的である。このあと、終盤の素晴らしい展開についてはすでに示した通りであった。結尾、「夏(Ⅲ)」の結びの歌詞はほとんど聴き取れないものの、「そして生は遠くひらけて霊性を増してくる」の部分だ。

【末尾に】

難解で、2時間半と長かったのにもかかわらず、多くの人々は、このパフォーマンスをこころから讃えた。それも有名なハインツ・ホリガー畢生の傑作と知られているからであろうか。もしも、そうしたプロフィールが消されたとしても、私たちは、同じように作品を受け容れることができるのであろうか?

きっと、できる、と私は信じたい。むしろ、無名の作曲家であるほうがよい。スカルダネッリも、そうだった。人々は彼の書くものを覗き見るようにして知って、その才能の閃きを誰よりも深く信じたのである。人々は、彼のおかしな生活について知れば、驚き、理解できないという想いもしたであろう。幸運にも会えるときには緊張し、ことばの隅々や、環境にまで気を遣ったはずだと思う。ホリガーが思い描いたイメージのなかには、多分、そうした存在も入っていた。自分の作品も、そういう風に扱われたい。大多数の容易い信者よりは、疑りぶかいが、深く信じてくれるような存在に支えられたかった。スカルダネッリに対して、自分がそうであるように。おわったとき、そのことが深く理解できる。だから、こうして温かい時間が生まれたのだ。

現代音楽に楽しさや、わかりやすい魅力をもたせることも重要という意見は間違っていない。だが、むしろ、そうしたものを準備するのは自分自身の役割である。その対象が神秘的で、なかなか解明できないものであるほうが、馴染んだあとの愛情は深くなる。ホリガーは、難解さを尊んでいるわけではない。ただ、そうした対象に近づいていくことに、人生を賭ける価値があると信じたのだ。私たちは、それに人生を賭けるというほどの覚悟はもたないが、ホリガーの描く風変わりな「オペラ」によって、彼らのこころの触れあいを実感として感じ取ることができた。そして、類い稀なる完成度によって、この方式で、もはやできることはないというほどのインパクトを放っている。ブラームス、新ウィーン楽派、ストラヴィンスキーなどに始まり、ブーレーズが中興した20世紀的な革新の歴史は、一旦、終止符を打った。ホリガーは、絶え間ない前衛のなかで生きてきた最後の世代である。つまり、その後の時代に生き、自らの証を立てようとする創作者なら、また別の道を切り開く必要があるはずだ。そのことをつよく主張して、長文を閉じたいと思う。

【プログラム】 2017年5月25日

1、ホリガー スカルダネッリ・ツィクルス

 orch:アンサンブル・ノマド

 chor:ラトヴィア放送合唱団

 fl:フェリックス・レングリ

 cond:ハインツ・ホリガー

 於:東京オペラシティ(タケミツホール)

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はじめまして。音楽初心者なので教えてください。

「ブラームス、新ウィーン楽派、ストラヴィンスキーなどに始まり、ブーレーズが中興した20世紀的な革新の歴史」

ウィーンモデルン、ストラ、ブーレーズは「20世紀的な革新」だとわかります。
ブラームスの「20世紀的な革新」というのはどういう風に考えればいいか、教えてもらえないでしょうか。

初心者から来る質問とは思えませんが・・・。そして、私も初心者ではありますが・・・。知っていると思われることはお答えしましょう。

まず、第一に私自身のもつ直感として、ブラームスの作品の知的尖鋭さにはいつも驚かされています。19世紀音楽のどん詰まりという有利な位置にあって、ある意味、必然的ともいえる研磨によって、彼の音楽は小さな断片から、驚くほど巨大な構造物を作り出しています。しかも、それがブルックナーやマーラー、あるいはワーグナーのような肥大化をせずに、コンパクトな形にまとめられています。その意味でも、個人的で曖昧な見解にすぎないとはいえ、ブラームスの本質は歌曲と室内楽、それにピアノ作品にあると考えます。言うまでもなく、交響曲とて、立派なものではあるのですが。

シェーンベルクは彼以前の音楽を徹底的に洗い直していった結果、ブラームスの凄さに気づいたものと思われます。例えば、ブラームスの作品を編曲していることは、彼がヨハン・シュトラウスの作品を編曲したように、単に生活の糧を生むための方法のひとつにすぎなかったとも考えられますが、シェーンベルクの著書『音楽の様式と思想』のなかに、ブラームスを「進歩主義者」と呼び、当時は保守的と考えられていた彼の作品を高く評価する記述があります。

その点について言及されている web ページをいくつか、ご紹介すると、私の意見がまったく独創的なものではないとおわかりになるでしょう。

http://bit.ly/2rCeT22
http://bit.ly/2rqSvEI
http://bit.ly/2sEixZB
http://bit.ly/2sK33D4
http://bit.ly/2sJDh1A

もっとも、このような事実のみによって、ブラームスが20世紀的な革新に貢献したかどうかについては議論も残りますが、個人的な愛着とひねくれた発想によって、彼の名前を見るからにそうである革新主義者と同列に並べてみたくなったにすぎません。

それに、彼の名前を出せば、ホリガー氏が敬愛するシューマンまでの道のりもあと一歩となるでしょう!

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