2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
無料ブログはココログ

« 第7回チェコ音楽祭「ヤナーチェク・ナイト」 歌劇『イェヌーファ』(抜粋) ほか 9/7 | トップページ | アンサンブル・ノマド ヴァスクス 『遠き光』 ほか 設立20周年記念 「饗宴」vol.1 9/23 »

2017年10月 7日 (土)

スクリャービン 交響曲第2番 ほか パーヴォ・ヤルヴィ(指揮) N響/Cプログラム 9/22

【ヒエラルキーを打破する音楽】

パーヴォ・ヤルヴィの時代になって、N響がかなり良くなっている印象は実感していたものの、その本丸であるヤルヴィのコンサートには足を運んだことがなかった。従来、私はヤルヴィの手腕には疑問符をつけていて、得意な分野はあるものの、レパートリーによっては完成度にムラがあるという風に感じていた。ドイツ・カンマーフィル・ブレーメンとの相性はよく、私は横浜で彼の『フィデリオ』を聴いて、ある程度の満足を得たが、それでもファンになるほどではなかった。ヤルヴィはドイツ・カンマーフィルのほか、これまでにシンシナティ響、パリ管などのポストに就いて、実績を挙げており、とりわけ、ビシッとアンサンブルを整えるプロとしては筋金入りの実力との噂もある。しかし、N響でのプロジェクトは、彼にとってはこれまでにないものになる可能性がありそうだ。

この日の演目は、グリンカで始まるロシアン・プログラムである。だが、どの曲もオーケストラル・コンチェルト的な味わいをもち、バルトークの『管弦楽のための協奏曲』(オケコン)を通じて、Bプロの内容とも相関している。もっともヤルヴィは2015年10月の定期で、既に「オケコン」を取り上げており、今季は『弦楽のためのディヴェルティメント』『舞踊組曲』『弦楽器と打楽器、チェレスタのための音楽』(弦チェレ)と、2周目を走る中身となっている。オケコンは、バルトークの生きた時代と密接に関係性がある。言うまでもなく、バルトークはハンガリー人だ。当時の世界では民族的な自立が意識されはじめ、ロシア、東欧、スペイン、その他の地域で、国民楽派的な動きが起こった。オケコンは花形のヴァイオリンやチェロ、ピアノといった独奏者の優位性を脱し、オーケストラの各部がイニシアティヴを交歓しあう音楽であり、このような世界情勢を体現しているようでもある。

このような作品として思いつくのは、オケコンのほかに、ストラヴィンスキーのバレエ音楽『ペトルーシュカ』がある。オケコンは1943年、ペトルーシュカは1911年の作品だ。それに対して、今回のプログラムで取り上げられた作品は、どれも同じような傾向をもっている。スクリャービンの『交響曲第2番』は、1901年。ラフマニノフの『ピアノ協奏曲第4番』は、1926年。そして、グリンカの『幻想的ワルツ』に至っては、1839年まで遡る。このうち、ラフマニノフの作品は確かに多くのパートが活躍するとはいえ、依然として万能楽器であるピアノの優位性に基づいてはいることでは変わらない。だが、ペトルーシュカと同じように、鍵盤楽器が真正面から支配力を主張することはできず、その時代の終焉を予告しているようだった。ラフマニノフは苦しみながら死んで、無邪気なスクリャービンが生まれる印象だ。彼の交響曲第2番は、グリンカには及ばないものの、ヒエラルキーを否定する音楽のなかでは、かなり古いものに属している。この点は、しばしば見逃されている。総じて民族の音楽の勃興から来る、ヒエラルキーの抛棄や打破。これが、演奏会を包むひとつのテーマになっているように思われた。

【作品を生む側からの視点】

だが、その理想の行き着くところは分裂ではなく、再統一だ。スクリャービンの音楽は、最後に脳天気ともいえるほどのハ長調に転じて、ユニゾン的な単純さをもつ音楽により、喜ばしげな旋律を歌うことになる。やや気恥ずかしくもなるようなフィナーレは、考えてみれば、すこぶる現代的なものといえるだろう。もっとも尖鋭な知性を働かせる現代音楽では、それを否定する傾向もあるが、スクリャービンが終楽章に残したような音楽は、今日、多くの作曲家が書きたいと望むような音楽かもしれない。誰もが希望に満ち、平和で、明るい世界に生きたいと望むものだ。交響曲第2番の1901年は作曲者にとって、ニーチェの哲学や、神智学への影響が見え始め、モスクワでのピアノ教師の道を捨てて、作曲に専念する旅立ちの季節であったことは、作品について考える上で貴重なヒントを与えてくれるのではなかろうか。

この曲だからということもあろうが、ヤルヴィの演奏するスクリャービンの作品には、なんとなく背中を押してくれるような温かさがある。鍵盤作品でも、交響作品でも彼の生み出したものにはもれなく感じられる、ある種の「闇」には欠けているのだが、だからといって、音楽の解釈が徒に歪められているというわけでもなかった。多分、ヤルヴィは自らのつよい共感に基づいてのみ、演奏を披露しているのだが、その選択の背景にあるのは、彼のもつ作曲に対する高い見識であり、譜面から直接受け取るインスピレイションが殊更に多い音楽家であるようにも思われる。もしもそうだとすれば、今回のシリーズには作品をつくる側の様々な葛藤や苦労、決断を実体験する旅だったという視点が加わるのかもしれない。

スクリャービンとラフマニノフは、モスクワ音楽院の同級生だ。例えば、ピアノ協奏曲第1番が批判されるなど、ラフマニノフにもそれなりの曲折はあったが、スクリャービンよりは順調に名声を高めた。手が小さく、無理な鍛錬から手を痛めたスクリャービンとは対照的に、演奏面でもラフマニノフはロシアを代表するエリートとして活躍する。ところが、キャリアの中期以降はアイディアが枯渇した。前衛主義が勃興する時代の流れもあったであろう。例えば、シベリウスも1925年以降は筆を折り、アイノラ荘に引き籠もってしまったのだ。ピアノ協奏曲第4番以降、ラフマニノフの作品は僅かで、交響曲第3番、交響的舞曲、パガニーニ狂詩曲、コレッリ変奏曲(独奏)など、極端に寡作である。一方、ラフマニノフと比べれば、短い生涯だったが、スクリャービンは交響曲第1番を書いた1900年頃から絶え間なく、斬新な作品を発表しつづけた。

【苦悩から生み出された美しさ】

中プロで、独奏にデニス・コジュヒンを迎えたラフマニノフの演奏は、やや独特なものだったといえるかもしれない。ペンタトーン・レーベルからの録音で聴くところでは、かなりノーブルなタッチをみせ、例えば、ブラームスのバラードを繊細に奏でるピアニストと思われたことから、なかなかに期待していたのだが、この作品ではなぜか、鍵盤をかなりつよく叩き、スタカートのように音を細分化するパフォーマンスを多用していた。この基本アクションには大きな疑問があり、例えば、ラフマニノフ本人の残した録音を聴くと、もっと拍を正確に伸ばしきることを徹底しており、むしろレガート気味なところに味があるように思えた。しかも、コジュヒンの演奏には音色が乏しく、まるでアップライトのピアノで作品を奏でていると思われるような貧しさが拭いきれない。私は彼のことをあまりよくは知らないが、ロシアの寒村で、あまり艶やかな音を聴くこともなく育ったのではないかと想像した。もっとも、コジュヒンは14歳で音楽院のディプローマを手にしたというほどの天才型である。

若干、苦言を呈してみたものの、コジュヒンの音楽は、それはそれでよく考え抜かれたものになっており、最後には帳尻が合うようになっていた。一方、ヤルヴィは彼のアクションに合わせながらも、その背面ではラフマニノフの内的な詩情を深々と語るものを用意していた。正直、その2つの要素が完全にひとつになるほどの調和はみられなかった。しかし、オーケストラは時代的なものがもつ雄渾さを悠々と語り、コジュヒンが作曲家の抱いていたような鬱屈したストレスを鍵盤にぶつけるという物語も、あながち過ちとはいえないのかもしれなかった。さらに、コジュヒンはアンコールで、スクリャービンのエチュードを弾き、今度こそ、彼の本領を発揮する繊細なタッチを披露することで、演奏会全体のコンセプトに参加したのは機微を得たことである。

ラフマニノフは、彼のことを深く崇敬し、その跡を追うように活動してきたニコライ・メトネルの言葉を受けて、協奏曲第4番をなんとか形にすることができた。作品が後輩のメトネルに献呈されたことは、彼の言葉が、ラフマニノフにとって無視できないものだったことを示している。最初の楽章では期待に応えようとして、ピアノの演奏効果を知り尽くした作曲家が、その響きにオーケストラを使って、さらに多彩な修飾を施し、この世ならぬものにしようとした形跡が窺える。この点で、ラフマニノフが徹頭徹尾、モダーニストであった矜持は確認できるだろう。ところが、第2楽章はまるでブラームスのようなイメージで捉えられる音楽になっている。前期の作品のように、新しい展開やメロディが次々に繰り出されるのではなく、限られたリソースを大事にして、様々な形で煮込みなおし、じっくりと形式を進めていく形になっているのである。ブラームスが徹底した創作の美学とは異なり、もはやアイディアに頼ることのできない作曲家たちもまた、こうした方法でしか、作品を構成することができなくなってしまうものであろう。残念なことに、僅かな例外を除いて、このような傾向を示す音楽は歴史のなかに埋もれることが多く、この作品も例外とはいかないのだ。

ラルゴの第2楽章は、正に苦悩から生み出された美しさということができる。コジュヒンとヤルヴィによるパフォーマンスでもっとも重要な要素は、音楽の切れ目に出現するまとまった独奏部をまるで1つの楽章のように自立させる構造の再配置である。コジュヒンの思い描くようなスケールの大きな表現だけが、このような革命的な試みを可能にしたのだろうが、これによって、音楽は構造的な深みをずっと増している。よくできた録音では、この作品を2番や3番と同じようにエレガントな体型としてまとめているのだが、今回の演奏では、よい部分と悪い部分の両方を個性として、両頭体制にしている。このことによって、この時期のラフマニノフを襲い、拠って立たせていた様々なモティーフが浮き彫りになってくる。アイディアの枯渇、苦悩、あるいは、先端を走った音楽家としての矜持や誇り、そして、いつまでも変わらぬ一本の詩情。それは後年、パガニーニ狂詩曲のような作品で、改めて結実することになったものだが。

一転して、終楽章は従来のようなアイディアが復活し、華やかな独奏部の輝きが構造や旋律を自律的に支配するようになった。ジャズのような要素も聴かれ、ラヴェル、ガーシュウィン、ストラヴィンスキーといった創作家の流れを感じる。鮮やかなアイディアが耳に浮かぶと、一心に書きつづけることだけが、ときにミューズのこころを動かすということを、ラフマニノフは思い知ったであろう。その結果として生まれた感動(作品)はバルトークが晩年、移民として孤立した米国で、自分はまだ必要とされていると認識し、生気を取り戻して、最後に遺したいくつかの作品と同じような価値があるのではなかろうか。

【美しい拡散】

コジュヒンのアンコールは、本当に素晴らしかった。そこからすると、交響曲第2番の序盤は、さすがに演奏機会も少ない作品だけに、オーケストラにとって熟れていない部分も見受けられた。スクリャービンの創作は鍵盤作品に偏っており、5つの交響曲と、ピアノ協奏曲を除くと、オーケストラが演奏会で取り上げることのできる機会は限られている。交響曲だと『法悦の詩』と『プロメテウス~火の詩』がよく取り上げられるが、それも人気の演目というほどではない。N響ではアシュケナージがリソースを賭け、贅沢に色光ピアノまで再現した『プロメテウス』と、合唱のつく交響曲第1番のセットで演奏会をおこなった機会が思い出されるが、そのときの印象は正しく空振りというに相応しかった。ヤルヴィの指揮にして、一瞬はあのときのトラウマがアタマをよぎったほどである。

幸いなことに、この連想は当たらなかった。篠崎コンマスが注意深く、ソロというよりは小さなディビジにちかいアクションで、僅かに張り出した程度のソロをみせるあたりから、早くも持ち直してきた。模倣的な要素が様々に聴かれるのだが、ヤルヴィの演奏は、それらをまったく独自のイメージとして聴かせるのである。それでも、本当に素晴らしくなったのは第3楽章になってからのことだろう。(フィルハーモニー誌にて)解説の野平一郎氏は初期のスクリャービンの交響曲におけるベートーベンとの関係を指摘しているが、この楽章はそれまでに仄めかされてきたワーグナーの「トリスタン」的な味わいもより濃厚に吹き出す場面となっている。もしくは、ある時期のストラヴィンスキーのように野性的で、深い和音の重なりをみせるイメージだと解釈しても間違いではない。一方では、グリンカの作品と同じように、途中から俄然、艶めかしい官能的な音楽になっていくのも興味ぶかいところだろう。

しかしながら、本当に美しいのは、この楽章の最後に響く鳥の声のような天然始原の要素である。そこに神の声が宿り、深い安寧をもたらすのは、のちのメシアンの作品を思わせる。

ヤルヴィは作品のなかの未熟なエレメントも大事に扱うことで、まだ誰も知らない深い輝きを作品から導き出す。この作品はスクリャービンのより著名な作品と比べれば、ずっとアマチュア的なところが感じられるが、ヤルヴィはそうした部分に独特の意味を与えることに成功したといえるだろう。『法悦の詩』のような凝縮した美しさではなく、オーケストラル・コンチェルトのような個性の重なりとして、恒星の周囲に広がって輝くガスのような美しい拡散を描写した。

また、『トリスタン』終幕で、イゾルデの船が近づいてくる描写を反転させ、第4楽章おわりから終楽章にかけては、スクリャービンは船出の音楽を鮮やかなハ長調で描き上げる。雄渾なテーマが浮かび上がり、無数の細部が丁寧に積み上げられて、感動的な音楽的結合を示す。しかし、ヤルヴィほど深く、その感動を爽やかに描き上げることのできる指揮者は少ない。スクリャービンを聴いて、こんなにも元気づけられることは、またとあるまい。

【最後に】

ヤルヴィはエストニアの出身だが、生まれたときはソ連の時代であり、やがて、父ネーメについて10代のうちに米国に渡ると、その後、国籍は米国を選択している。この複雑なボーダーレスなバックボーンが、今回の演目とも密接に結びついているように思えてならない。バーンスタインに学び、まずは母国にちかい北欧でキャリアを積んだあと、シンシナティに戻り、ドイツでも活躍するようになった音楽家の成長が、そのまま音楽になっているようでもあった。例えばシンシナティ時代のヤルヴィのブルックナーの録音などは、私はあまり好んではいなかった。キャリアの絶頂となるパリ管では6年の歳月を過ごし、ハーディングにバトンを渡す。パリは惜しい人材を手放したと思うが、考えてみれば、このオーケストラは各々の奏者が音楽院の教授も務められるような洗練されたグループであり、ヤルヴィの自由な発想力を遺憾なく生かすにはいささか重すぎるところもあったであろう。

その点で、ドイツ・カンマーフィル・ブレーメンのようなフレキシブルな組織や、指揮者の発想に忠実で、それを精度よく再現することが得意な日本のオーケストラとは相性が良いはずである。きっとパーヴォ氏は、日本のオーケストラのことが大好きだ。彼の思い描いている音楽を、N響ほど素晴らしく再現してくれるオーケストラは世界においても、他に探すことができるだろうか。私たちは本当に、彼らの最高のときを共有する幸運に恵まれたのだ。ヤルヴィにとってはキャリアで最良のとき、そして、N響にとっても、多分、史上もっとも充実した時間を迎えている。この9月のプログラムは、そうした環境において、演奏家、ならびに作曲家としての感覚を研磨したパーヴォ氏が、本当に愛着をもって披露できる演目を選び抜いたものとも言えそうである。

« 第7回チェコ音楽祭「ヤナーチェク・ナイト」 歌劇『イェヌーファ』(抜粋) ほか 9/7 | トップページ | アンサンブル・ノマド ヴァスクス 『遠き光』 ほか 設立20周年記念 「饗宴」vol.1 9/23 »

オーケストラ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/543421/65847988

この記事へのトラックバック一覧です: スクリャービン 交響曲第2番 ほか パーヴォ・ヤルヴィ(指揮) N響/Cプログラム 9/22:

« 第7回チェコ音楽祭「ヤナーチェク・ナイト」 歌劇『イェヌーファ』(抜粋) ほか 9/7 | トップページ | アンサンブル・ノマド ヴァスクス 『遠き光』 ほか 設立20周年記念 「饗宴」vol.1 9/23 »

ツイッター

  • ツイッター

最近のコメント