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2017年11月 2日 (木)

エリシュカ フェアウェル・ツアー vol.2 リムスキー・コルサコフ 交響組曲『シェヘラザード』 ほか 札響 604th定期 10/27、28

【概要】

皆が、彼の健康を気遣う気持ちがなかったら、もっと長い拍手がつづいたかもしれない。一秒でも長く一緒の空間にいたいオーディエンスの気持ちと、老体にあまり負担をかけてもいけないという心遣いが鬩ぎ合うなかで、最後にエリシュカが元気な姿を見せくれた。舞台袖から、楽員たちもそれを見守っている。フェアウェル公演は、最高の雰囲気のなかで幕を閉じた。ラドミル・エリシュカと札響による幸福な10年はおわるが、この間に楽団は大きな変貌を遂げた。過去に所属した主要な団員が、N響コンマス、読響首席奏者、その他のオーケストラの首席クラスに就任しているように、リソースは初めから充実していたのだが、エリシュカとともに札響の名前が世に轟くと、そのリソースが一挙に花開いた。パスティエルとアルトゥスという2つのレーベルから出された10年以上に及ぶ録音のアーカイヴはそのまま、2002年に経営危機が報じられた札響が復活し、花開くまでの歴史を記録したことにもなろう。

そもそもラドミル・エリシュカの初来日は2004年の公演で、ごく目立たない機会だったということだ。札響への初登場は2006年となっており、この時点で、日本ではまったく無名といえる存在だったが、その彼にたったの1回の共演で首席客演指揮者のポストを準備したのが札響だった。東響で、このポストからユベール・スダーンが音楽監督に転じた例はあったものの、エリシュカの成功後、「首席客演指揮者」のポストが流行し、ニコラ・ルイゾッティ(東響)、ピエタリ・インキネン(日フィル)、ヤクブ・フルーシャ(都響)、クシシュトフ・ウルバンスキ(東響)、アンドレア・バッティストーニ(東フィル)など、気鋭の指揮者との関係を繋ぎ止める切り札のひとつとして使われ始めるようになった。

今般、エリシュカは健康上の問題により、主治医より長旅を制限されることとなり、最後の来日ツアーを行うこととなったことから、当初、予定されていたベートーベンの交響曲第3番「エロイカ」から演目を変更し、出会いのプログラムにあったリムスキー・コルサコフの交響組曲『シェヘラザード』でお別れの公演に臨むことになった。オーケストレーションの達人、リムスキー・コルサコフの作品は、楽団との特別な機会にはいかにも相応しく、スメタナの喜歌劇『売られた花嫁』序曲、ドヴォルザークの『チェコ組曲』と並んだプログラムにも、不思議なドラマトゥルギーが通うことになった。このことについては、後述する。

演奏会が、素晴らしかったことは言うまでもあるまい。来日から本番が始まるまで、そして、全てがおわったあとも、SNSでは楽団関係者やマネジメントの方が出してくれる話題などを取り巻いて、まだまだエリシュカのために多くの発言がなされている。面白いのは、大抵の人が彼の寂しさや悔しい想いについて、これ以上はないほどの優しさで慮り、彼のためになにができるかと本気で考えている(いた)ことだ。実際、僕たちにできたことは少なく、これからもできることは限られている。それだけに、あとすこしでも、何かできることはないのかと、皆が問うている現状は切なくも、微笑ましい。私の場合は、エリシュカが去ったあとの、このオーケストラについて考えている。彼が残した最大の遺産は、札響というオーケストラの覚醒ではなかろうか。目覚めたといっても、その大成はまだ先なのかもしれないし、それを是非、見守っていきたい気持ちで一杯だ。それがまず、私にできることだと思う。

【朝の音楽】

今回は2日間の公演をいずれも聴いたのだが、初日と2日目にクオリティのちがいはなく、ほとんど最初の公演ですべてのメッセージを語り尽くした。しかし、例外として、『チェコ組曲』については、2日目の演奏で、地味ながらも丹念に磨かれて、主張がハッキリした印象がある。この作品は札響の長い歴史を紐解いても、これが3度目の演奏機会ということで、他の楽団でもなかなか体験することは難しい。一時期、ブームになった「のだめ」(のだめより、エリシュカ・ブームのほうが息が長かったし、エリシュカは『1Q84』にも勝ったのだ!)と関連する作品もあるそうだが、これといってキャッチーなフレーズも見当たらない。作品は先行の『スラヴ舞曲集』と対応するように書かれたが、ドヴォルザークは敢えて期待を外し、意外な静かさを湛えるような作品を遺すことにした。この作品を通じて描こうとしたのは、スラヴ人の日常とでもいったようなものであり、その始まりを告げる朝の風景だったと気づくことができたのが、中プロの意義である。

エリシュカの音楽は総じて厳格なものだが、それを感じさせないほどのノンビリした大らかさや、ゆったりと背筋をのばすような余裕のある演奏スタイルが独特である。そして、それに奇跡的に嵌まるアクションや、温かい響きをもったのは札響だけだったということになる。前半のプログラムは、そうしたエリシュカならではの雰囲気からくるイメージなしには語れない。喜歌劇『売られた花嫁』の序曲はN響でも取り上げたことがあるが、まったく質の異なる響きであった。この日は総じて、遠近感を利用した響きの強さの押し引きが巧みな演奏となり、ときに遠ざかり、あるいは、目の前で人々が飛び跳ねているような響きが、本当にリアルそのものだ。初日は冒頭のいくつかの音を耳にするだけで、この日の演奏の高いクオリティが予想できるような集中力にも圧倒された。

弾力に満ちて舞踊的であるだけでなく、短い作品だからこそ、ひとつひとつのフレーズに重さを感じることもできた。この作品は短い緩徐的な部分(トリオ)を2つもち、動的な主部で挟み込んだ上で、小コーダのつく複合三部的な構造になっているのだが、総じて小ぶりにつくられており、後半のトリオなどはほんの数小節ぐらいしかないように聴こえる。その数小節に、私はこの日の演奏に賭けるオーケストラの特別な意気を感じざるを得なかった。すこしの隙もなく、音楽的な主張はすべて拾い上げる。短い部分だからこそ、かえって、こころを込めて演奏する。

ドヴォルザークは田舎者で、純朴な性格とみられがちだが、『チェコ組曲』をみると、やはり、芸術家としての屈曲したアイロニーも持っていたことがわかる。ナショナリズムを感じさせる題名、それもスラヴ民族の生々しい印象からすると、拍子抜けする穏やかな音楽。「私たちも同じ人間、静かに目覚めます」という主張と、自然の大らかな呼吸が同時に語られている。前奏的なアレグロ・モデラートにつづき、ポルカ、メヌエット、ロマンス、フリアントとつづくが、活気ある舞曲でありながら、それほど踏み込まず、日常のレヴェルを超えてくるものがない。響きには、ある種の爽やかさがある。先述のように、2日目の演奏に入って、私はこれらが朝の音楽であるという発想をして、そのことで、演奏会全体の構造観がストンと落ちるような感じを得た。

作品は舞曲を下地としているものの、そこで描かれているものは、鳥の声でゆったりと目覚め、朝げの準備をし、祈りを捧げ、よく食べて、1日の仕事に備えるまでの、普通の家族の姿にすぎなかった。ようやくフリアントでは、若干ながら、そこで馬を走らせるようなスラヴ民族ならではの仕種が加わって聴こえるぐらいである。そう考えると、最初のスメタナも朝の音楽だったように思えてくる。『チェコ組曲』のポルカと、スメタナの作品では、いずれも雌鶏が鬨の声を上げるような響きが感じられないこともない。そうだとすると、スメタナの音楽は、ドヴォルザークよりは騒がしいものの、やはり朝の音楽だったと印象づけることも可能だろう。そして、メインのリムスキー・コルサコフの音楽も、夜通しの物語りで残忍な王を寝かしつけた王妃が、無事に朝を迎えるまでの音楽とみれば、みれないこともない。後で述べるように、この日の演奏ではさらに見事な朝の描写があったのだ。

【重ね合わせと独創】

メインのリムスキー・コルサコフの作品は、この作曲家がもつ古典的な音楽の教養を、ロシア的、あるいは、オリエンタルな彩りで染め直した同時期のロシア音楽の典型的な作品であり、巧みなオーケストレーションと、官能的な音楽がスパイスになっている。この作曲家はよく知られているように、もともとは海軍の士官で、最初から音楽研究へ専門に取り組んでいたわけではなく、単なる偶然かもしれないのだが、要所で謎めいた響きをつくる木管のロングトーンによる和音などは、メンデルスゾーンの劇付随音楽『真夏の夜の夢』で使われる魔法を表す和音と露骨に似通っている。舞台が森から海へと変更され、メルヒェンティックな喜劇が壮絶な悲劇的物語(を経ての喜劇)にかわっていること、さらに、メンデルスゾーンの作品に入っているような声楽的要素は排されているものの、それでも両者には驚くほど共通点があるのである。もっとも、リムスキー・コルサコフは下地まで丹念に染め直して、新しい創作を行ったことはいうまでもないが。

エリシュカの音楽はモーツァルト、ハイドン、ベートーベン、さらにはヴォジーシェクといった古典音楽を基礎に、友人どうしであったブラームスとドヴォルザークを中心とする、後期ロマン派と汎スラヴ的な国民楽派の交流から生まれる様々な音楽の融合、そして、ヤナーチェクという唯一無二の新しい存在が発する響きによって体感された。このなかで、ヤナーチェクを別にすれば、あらゆる音楽は古いものと、オリジナルなものの重ね合わせのなかで美しく発現したことは見逃されるべきでない。この意味で、リムスキー・コルサコフはロシア音楽の歴史において、もっとも重きをなす作曲家である。彼はグリンカの作品や、ベルリオーズの大著『管弦楽法』を頼りにいきなり高度な作曲技術を発揮したというのだが、恐らく、この人物は少しでも音楽に接したことがあると、その本質をいとも容易く受け取って、記憶し、たちまちのうちに自家薬籠中のものとしてしまう驚くべき才があったにちがいない。

そのようなリムスキー・コルサコフの音楽に接することは、これまでエリシュカと札響が披露してきた様々な体験を刻々と再現するような興に通じており、とても平気で聴いていることはできなかった。例えば、船乗りたちが昂揚して、宴を張っているかのように聴こえる場面では、スメタナの描く「シャールカ」の世界を思い出してしまったし(後述)、いくつかの場面でアンサンブルを締める木管のロングトーンからは、宗教的なものと切っても切り離させないブラームスやドヴォルザークの印象を露骨に感じ取ることができた。

一方では、徹底してリムスキー・コルサコフの独創であるような部分も、これまた露骨に示される。特に帆船による懐古的な旅を思わせるモティーフは、本当に細かく描写されていた。ゆったりと横揺れする感覚、水の滴りまで感じさせる第1楽章はじめの描写から、それは既に表れている。扇をすこし開いて弦を弾くかのようにして、粗々しく和声を示す奏法は船乗りたちの気質を示すとともに、バロック的な印象を醸し出している。大きめのバチを手に、弦を自在に振るわせ、響きをつくる『平家物語』の琵琶法師の有様を想像させるだろう(もともと、この種の楽器は中東に起源がある)。エリシュカの演奏では、序奏の部分での暴君のテーマも雄大な海の場面と一緒に回想され、シェヘラザード妃と王の姿は、最後のほうでようやく現れるにすぎないところが面白い。

【繊細なブレンド】

はなしの要所では、ヴァイオリン独奏がハープの伴奏で王妃のテーマを奏でることになるのだが、特にハープが普通より厚めに響くのは指揮者の要求に応えたものだろう。これで吟遊詩人が語る場末の酒場のような雰囲気が出るのだが、それが王宮の閨で、死に物狂いの語りをする王妃の姿と結びつくのは、最後の場面だけであるのが不思議だった。それはある程度、仕掛けを知ってから聴く2日目でも、あまり変わらない。ヴァイオリン独奏は、楽団コンマスの田島高宏が務めたが、清楚なベースにコントロールされたヴィブラートを配して、入念の演奏。この日の演奏が決まってから、コツコツと積み上げてきたであろうものがハッキリわかるパフォーマンスだ。しかし、彼をひとりにすることはなく、エリシュカらしい解像度のよいアンサンブルはいくつもの見せ場をつくる。対角線では、エリシュカの愛弟子ともいうべきチェロ首席の石川祐支が入魂のパフォーマンスで存在を示して、印象ぶかかった。弦は低音弦(チェロ・バス)やヴィオラも、作品を土臭く支え、時宜を得て咆吼する金管の響き、繊細な木管群の表情づけに貢献している。

私はいずれも1Fの3列目という席だったが、初日は下手のヴァイオリン側、2日目は上手の低音弦側に陣取ったので、そのことで2つの表情を読み取るのは容易かった。2日目は目の前にいたこともあるが、演奏をより冷静に受け止めることができたために、随所に配されたヴィオラの個性的な輝きについても、きっちりと記憶に刻み込むことを得る。それに限らず、弦五部はそれぞれに役割に相応しい音色をもち、ハッキリと色分けされていた。それは第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンの間でさえも、同じことだった。あるいは、チェロとコントラバスの間にも、明確な響きの棲み分けがあったのである。これらのバランスを変えると、もはや音楽が成り立たないかのように繊細なブレンドである。

もっとも、大阪フィルでトップ奏者たちが自由にやっていたように、時折、札響でもプレーヤーのアイディアが閃くときがある。この日は例えば、第3楽章の艶やかな響きになる場面では、第1ヴァイオリンの3列目にいた女性奏者が、ここぞ私のための音楽だとでもいうように、活き活きとしたボウイングとアクションで弾いていたのに私は気づく。2日目にすこし遠ざかってしまうと、ほとんど音としては聴こえないほどのこだわりであったが、前のほうで聴いてこその微笑ましい愉しみを見つけた。

【中間2楽章の浮き上がる情景描写】

中間2楽章はあまりにも素晴らしく、言葉にならない。王族だったカランダール(苦行僧)を迎えての夜更けの宴は、弦のピッチカートが厚めにとられ、雰囲気に満ちた天幕のなかで語られる。このあたりの表現は、正にエリシュカ・マジックというべきだろう。何でもないような場面が話に聞き入る船乗りたちの昂揚で彩られ、その姿がそのまま音楽に聴き入る私たちの姿に重なっているかのようだ。男たちのつくる野卑なカーニヴァルのような響きは、エリシュカがスメタナの音楽などで、いつも活き活きと描き上げてきたものだ。そのなかで、コーラングレの響きは艶めかしく響き、弦のピッチカートはいっそう膨らみをみせる。あとから思えば、それが王妃の素晴らしい語りくちだったのだろうが、木管、弦が響きを交歓し、受け渡していくクライマックスはこころ躍るものだった。ハープの楽士も、いちばんの見せ場で弦を掻き鳴らす。楽しい、楽しい!しかし、夜は深まり、酔った男たちが眠りにつくなかで、最後、じんわりと盛り上げられる響きの緊張は、正に「シャールカ」を連想させた。

そして、当然ながら、次の朝が来る。「若い王子と王女」のモティーフによる第3楽章が、白眉中の白眉である。朝のまどろみから、鳥たちが囁き、目覚めた船乗りたちが出航をめざして働き始める光景が目に浮かぶのだ。コミカルな細かい木管の響きのなかで、タンタンと打楽器のつくる確かな重みのある音は、男たちが振るう槌音までも連想させた。海から吹きこむ突風。ロープを張り、帆を上げ、船の準備が整っていく様子は、本当に見事な描写力だ。船乗りだったリムスキー・コルサコフならではの表現が、それとなく深いドラマトゥルギーにつながっていき、明らかにクライマックスのひとつを構成している。そこから、カデンツァのように、おもむろに割って入る技巧的なヴァイオリン・ソロが、これほど見事に位置を占めることも珍しい。再び風が吹き、順風帆に満ちるかと思いきや、再び凪いで、船乗りたちの祈りのうたを誘う構造の巧みさを示すエリシュカたちの演奏は、いま、思い出しても涙が出るほどだ。歌いながら船出の準備をし、また、風を呼ぶ水夫たちの「合唱」は、やがて大きな意味をもつようになる。

第3楽章の明るさが晴れやかなほどに、終楽章の不穏さが際立つだろう。そして、この日の演奏には、あの日の記憶が加わっていることも間違いない。エリシュカは2006年に札響と初共演し、2008年にはポストについて初めての演奏会をこなして、ドヴォルザークの交響曲ツィクルスの幕を開けた。それ以来、個人的には定期をターゲットにしてのエリシュカ詣でが最後までつづくことになった。好運にも、ひとつも欠かしていない。だが、その3年後に大震災と大津波で、関東地方東岸、東北太平洋岸、北海道の太平洋岸などに、場所によっては、いまも埋まらぬ大きな傷跡が残されたのだ。エリシュカも、私たちも、この日の記憶を決して忘れてはいない。もう5年以上の月日が流れたけれど、皇后様も仰るように、未だに仮設暮らしの人もいるなんて、僕は想像もしていなかった。日本はもっと、弱い人に寄り添える素敵な国だと信じていたのに。

【死と再生】

今度のパフォーマンスを、必ずしも、それと関係させてみなくてもよいが、悲しみと重みは2割増し、それを埋め合わせる優しさは5割増しで、音楽は特別の響きを湛えていた。このパートは、「バグダッドの祭り、海、青銅騎士像が立つ岩礁での難破」で構成されているが、それらはまるで映画『ダンケルク』について伝えられていること(まだ見てはいない)を連想させるように、複数のエピソードがひとつに収斂するように語られている。総じてみると、海が荒れ出し、危険におののく人たちの騒動が、じっくりと描かれているようでもある。ここで印象的なのは、第3楽章で聴かれた船乗りたちのうたが、ちょくちょくと差し挟まれていくことだ。困難のなかで、うたに励まされながら、必死に船を守ろうとする彼らの姿が、まず感動的である。これは、エリシュカの演奏で独特なものといえるだろう。彼はシンドバッドや、王夫妻のような特別な存在だけではない、この物語の奥深さを丹念に描き上げるのだ。

さて、トライアングルの響きと金管の咆吼がくると、僕には津波警報のように聴こえる。船に叩きつけられる波濤の響き。しかし、逃げるわけにはいかない。颯爽と配置につき、互いに呼び交わしながら、危機に備える船乗りたちの勇ましさ。海はサッと静まり、そこに再び宴のときのマイナーのサウンドが響き渡る。ついに波が近づいてくるのが目に浮かんだ。こぼれるように人たちが波濤に投げ出されるなかでも、人々は最後まで歌いつづけていた。彼らがこころに思い浮かべるのは、頭領である船長と、その恋人のつくる温かい雰囲気だろう。たとえどうなろうと、俺たちはこの船を愛して止まない。とうとうやってきた大波の描写では、思ったよりもテンポは抑えられ、その分、迫力が増す。波に浚われ、次々に船乗りたちが海に投げ出される絶望のなかで、神々しく出現する王のテーマは勇ましくも、死と生の両方に通じているようだ。ここでの「王」の姿は運慶の仏像を想わせるほどの堂々とした美を湛えるが、ちょくちょく和風な印象が思い浮かぶのも五音音階のマジックというものだろう。この点で、大阪フィルの演奏会も、ところどころで思い返すことになった。

最後には残忍だった王が、シンドバッドのような滋味溢れるリーダーとして再生する。波上で船の破片に縋り、この光景を拝む船乗りたちの姿まで、描き残すことはなかった。ついに船が砕け散る場面では、思わず悔しくなって、「あ~」と声を挙げてしまいそうなほどに音楽へ没入している。暫しの寂しげなブリッジを経て、ここで再び、聴き慣れたロングトーンが聴こえると、またぞろジャランとハープが鳴り響くなかで、初めてシェヘラザード王妃が姿を現すところ、私はひっくり返りそうになったものだ。なんと神々しい!逆にいえば、あとの9割9分を占める部分で、王妃は自分の姿を見せないように語ったのだ。それもまた、エリシュカ独特の解釈といえるだろう。物語のなかにいる苦難の恋人たちの物語、あるいは、それを支える船乗りたちの活き活きとした動き、そして、シェヘラザード王妃と残忍な王のこころの交流が、これまた映画『ダンケルク』のように重ね合わされ、交響曲の形式にしたがって見事に塗り込められているのがわかる。

さて、いよいよ正体をみせた王妃のうたは、いままでの吟遊詩人のコンビとはちがって、僅かに優雅な風に聴こえる。むしろ、あまりにも艶めかしく、王は最後にすこしだけ裏切られたという感じもするほどだ。彼女は王の胸のもとに沈んだのか、あるいは、別の存在にか?いずれにしても、彼女は海の底に沈んだ人たちのために、改心した王たちとともに優しく語りかけていった。すると、海もまた、彼女たちに響きを返してくれる。耳に聴こえないほどの祈りの声で。あるいは、深い嗚咽を必死に堪えるような静けさで。それが、会場の雰囲気であったことはいうまでもない。払暁の、静かな光のなかで。ゆうべの嵐が嘘だったかのように。だが、それは現実だった。結局、物語にかたられるような悲劇があるからこそ、現実の妃たちはいのちを永らえることができたわけだ。死にいく者たちを前に、それでも歩み続ける人生の尊さを想う貴重な二日間だったといえる。

【おわりに】

エリシュカの指揮の特徴は、慌てず、じっくりと進み、響きを煮込みながら前進する雄大な仕種。拍はしっかり保持し、几帳面なフォルムをつくるが、決して窮屈ではない。この日の演奏にもみられたように、ときどきは大胆なルバートなどもみせ、音楽の起伏は繊細で、活き活きしている。エリシュカはシンフォニー指揮者としてのキャリアを中心にしてきたが、その分、構造を巧みに用いて、具体的な場面を想起させる交響詩的な作品の表現力には図抜けたものがある。『シェヘラザード』は、こうしたエリシュカの音楽を体現するに、まったく相応しい音楽だったにちがいない。別れを惜しむ楽団のメンバーが次々に活躍する華やかな内容。そのなかでも、メンバーの責任感を背負って立つコンマスの美しいソロ。嵐の部分では、エリシュカにとって思い入れのある震災・大津波の記憶を込めることもできた。最初と最後が『シェヘラザード』だったのは、奇跡といえるほど、楽しい偶然だったといってもよかろう。場面場面で、私はエリシュカと一緒にすごした日々の記憶に浸った。しかし、最後だからという感傷ではなく、この日の演奏が本当に凄すぎたことは明言しておかなくてはならない。

チェコで指揮を学ぶものはプラハ音楽院を卒業し、特に優秀な人はAMU(プラハ芸術アカデミー)に移って、ビエロフラーヴェクとエリシュカに習う道筋になっていた。このパターンの代表格に、ヤクブ・フルーシャ、トーマシュ・ネトピル、トマーシュ・ハヌスらがいる。それぞれに優れたものを育ててはいるのだが、エリシュカの音楽とは同じではない。彼らが順調にキャリアを重ねていったとしても、エリシュカのような音楽を再現することにはならないだろう。それはドイツでも、イタリアでも、同じようにいえる傾向だが、そのギリギリのものを私たちは札幌で聴いたことになる。これも奇跡のようなことだ。

私は,エリシュカが札響以外に、N響、東フィル、大フィルを指揮するのを耳にしたが、どれも札響が醸し出すような独特な響きには遠かった。それが、時代というものだろうか。仮にチェコ・フィルやブルノ・フィルを指揮したとしても、札響のようにはならないはずだ。札響だけがなぜ、できたのか。これはもう、神のみぞ知る秘密である。オーケストラのメンバーが彼の音楽を信じ、賭けてくれた奇跡。エリシュカが力を発揮できるよう、環境づくりや信頼できる通訳を手配、ほぼ「エリ私家版」といえる楽譜の準備にも勤しんだ裏方の努力。自分より人気のあるゲストに大らかだった音楽面のボス、尾高忠明。エリシュカの音楽を愛し、いつも、からだ全体で歓迎してきた聴き手の素晴らしさ。それに色を添え、「注目」という起爆剤を与えた日本中のファンの姿。すべての奇跡が、ここで重なった結果である。

所詮、時代は移り変わっていくものだ。エリシュカの手掛けた音楽も、また別の人によって紡がれていくのだろう。プロの演奏家には、そのときどきにご一緒する人たちの良さをうまく引き出して、素晴らしいパフォーマンスをつづけていく義務がある。私がエリシュカほどに思い入れのある指揮者といったら、過去にはガリー・ベルティーニがいた。彼の紡いだマーラーも、近年の都響はインバルによって塗り替えてしまった。だが、例えば、アーノンクールが主張したように、ウィーンの伝統は変わらずに今日まで保存されている。札響にも、それができると信じるのは勝手である。もっとも彼らがどのように、エリシュカの音楽を扱おうとも、私たちひとりひとりには自分の好きだった音楽をいつまでも、胸のなかに保存しておくという権利がある。ある意味では、もっとも頑固な弟子として、私はエリシュカの示した本物の姿を憶えていたいと願うのだ。

それならば、私はいつでも、彼の音楽に出会うことができる。私はいつでも、ベルティーニ&都響の『大地の歌』が事切れた瞬間に帰ることができる。同じように、エリシュカによるドヴォルザークの交響曲第6番、ヤナーチェクの歌劇『利口な女狐の物語』の組曲、チャイコフスキーの交響曲第4番、ブラームスの交響曲第3番、そして、リムスキー・コルサコフの交響組曲『シェヘラザード』から得た発見や感動を墓場まで持っていくことができるだろう。エリシュカよ、どうぞ、永遠に!私もみすぼらしい我が生涯を、全うするまでだ。

【プログラム】 2017年10月27/28日

1、スメタナ 喜歌劇『売られた花嫁』序曲
2、ドヴォルザーク チェコ組曲
3、リムスキー・コルサコフ 交響組曲『シェヘラザード』

 コンサートマスター:田島 高宏

 於:札幌コンサートホール「キタラ」(大ホール)

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