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2017年11月20日 (月)

西澤健一(作曲、脚本) 歌劇『卍』 (原作:谷崎潤一郎) 世界初演 11/17

【作品と背景】

作曲家・西澤健一の作品をはじめて耳にしたのは、2012年の個展においてであった。西澤氏がどのような立場にある作曲家なのか、私はそれほど詳しいわけではないが、自らの才覚だけを頼りに、インディペンデントな活動をしているように見えるのは間違いではあるまい。前衛主義というのとはちがう。もともと私に彼のことを紹介した人によれば、もとは斬新な手法に基づく作風であったのが、勇気をもって転身し、聴く人とのコミュニケーションを重くみる作風に変えていったということだ。

先の個展において、特に印象ぶかかったのは横光利一の短編『春は馬車に乗って』に基づく歌曲であった。西澤は歌曲の分野において、優れた国文学を土台に、母国語にこだわった表現をしていることが窺われた。その趣向を突き詰めていった先に、今回のオペラがあったのは十分に理解できることだろう。谷崎潤一郎の長編小説『卍』は1928年から『改造』誌上において、数年にわたって連載され、1931年に単行本も発行されている。戦間期、日本は欧米から遠く離れた極東で帝国主義的な動きを強めており、1928年には中国東北部で張作霖を爆殺、1929年には世界恐慌が起き、1931年に柳条湖事件(満州事変)とつづく、時代の変わり目に立っていた。しかし、耽美派の戯作的な作家である谷崎潤一郎としては、あくまで性的な嗜好のさかんな個性溢れる作品を発表しつづけていくことでは変わらなかった。

この『卍』には同性愛や、不倫、婚外子(実際にはできていない)という非道徳的な要素が表れ、互いに嘘や言い訳を駆使して、欺しあい、誘惑しあい、あるいは、おどしあうなかで、なにが真実かが分からなくなっていき、相互不信も深まる間、取り返しのつかない決着を迎えることになるのである。また、登場人物のひとりである綿貫栄次郎は、性的不能者というおまけ付きだ。狂言、賭博、密告、カルテル、クスリ、今日でいうところのストーカー行為など、多くの問題が物語を暗く彩っていく。作中の主な登場人物はいわゆる「有閑階級」に身を置いていて、ある程度、自由に生きることができる立場にある。そして、死ぬことさえもが快楽となり得るのだ。行き過ぎた自由と、行き過ぎた束縛は、同じ結果を招く。それは死!

1925年には大正デモクラシーの成果として、第1回普通選挙が執り行われるものの、その代償として国家は治安維持法という強力な言論弾圧のシステムを手に入れ、後世、それはいっそう深く暴力と結びついて、日本を平和に導くあらゆるシステムを根こそぎにするほどの力をもった。自由と束縛という社会的テーマが色濃く、社会を席捲していた大正末期から昭和初期にあって、谷崎は一見、そうした社会背景に無関心のように見えるが、そうではなかったようだ。ひとつには、あくまで戯作を連ねることが社会への叛逆なのであり、戯作であればこそ、そこに途方もなく非道徳的な風刺を描き上げることもできる。最終的に光子と孝太郎を殺し、園子を死に損ないの未亡人にさせたのはジャーナリズムの力であった。互いに臆面もなく不義理を重ね、それがバレたとしても公然と居直っていたような人たちが、彼らの関係が新聞記事になるや、たちまちのうちに死を選んでしまうのは、いささか不思議かもしれない。この呆気なさも、ひとつの風刺に入っているはずだ。

【音楽的な特徴】

この小説は文庫本で200頁を超える長編だが、そのすべては、園子から聴き手である「先生」への告白という形をとった言葉だけで表現されている。園子の告白はもともと自己弁明的な風が窺える上に、変事の当事者の口から語られるだけに、異常なことも、だんだん異常ではないように思えてくる不思議さがあった。これもまた、ひとつの風刺である。そして、それこそが西澤にとって、このプロジェクトにおける最大の肝なのであるが、園子や光子は京阪の地域に居を置く、「大阪ことば」(西澤)を喋る人たちだということがある。執筆に先立つ1923年には、関東大震災があった。谷崎は東京の生まれだが、震災の惨禍を目の当たりにして、関西に移住し、まもなく『卍』は書かれている。新潮社版文庫本の解説を書いた中村光夫によれば、「この小説につかわれた大阪弁が実際の大阪人の耳にはかなり未熟に響いた」というように、谷崎は自らが拠って立つものとは異質の言語としての「大阪ことば」や、その話者である京阪の若い男女の関係に、この作品ではじめて接近したのである。

西澤にとって、オペラはこれが最初の作品になるようだ。そして、彼もまた、関西人というわけではない。構想から僅か数ヶ月にして、言葉のニュアンスの習得、地理の把握からはじめて、ついには、このような作品として仕上げ、本番までもってくるというのは、どうみても天才か、あるいは、痴れ者の仕業にちがいない。とはいえ、歌劇とはいっても、その形態は様々である。歌手は、Ms、S、T、Br の4人、管弦楽は弦楽四重奏と木管楽器1本ずつ、それにホルンとピアノという構成で、弦楽器はコントラバスを欠き、木管はフルートにピッコロ(見事に電話の音も演出)の持ち替えがあるが、ファゴットはなく、現代オペラにつきものの打楽器も一切使用していない。これまでに彼が培ってきた室内楽や歌曲、鍵盤作品の延長線上で、見事に風物やドラマトゥルギーをカヴァーしたのである。

音楽上の特徴は公演の間じゅう、どのように表現したものか、ずっと考えていたのだが、結局、適切な表現を思いつかなかった。しかし、公演全体が和洋折衷でまとめられているように、音楽的にも五音音階や、日本の祭式と雅楽、歌会などを見事な寄木細工で組み上げ、それらとヨハン・シュトラウスやフランツ・レハール、プッチーニ、あるいは、もっと手の込んだフランス近代音楽(オネゲルやミヨーなど)の組み合わせのなかで、確かに独創的な世界が形作られていた。ときには弦楽四重奏曲のように、小さなピアノ協奏曲のように、アリアというよりは歌曲のように、またあるときには楽器のソロ音楽、さらには、それらの対位法的な構築として、音楽は千変万化する。彼らの個性が歌の従者であるべき場合には、大人しく拍を刻むこともあったが、それさえも通奏低音的なオートマティックということにはならず、歌い手の邪魔をせず、なおかつ、ひとりにはしない工夫があったのである。必要ならば、彼らはじっと黙りこくって、空気のように舞台を包むときもあった。

台本やスコアというものがベースにあったとしても、歌のクオリティは歌手とのテーラーメイドで構成されたように思われる。この作品は普遍的に、西澤のことを知らない人たちによって歌われることも、十分に価値があることと思われるが、少なくとも、この処女作においては普遍性よりも、この舞台そのものの成功にまず大きなウェイトをおいて、創作がなされたことと推測する。リブレットの関係上、綿貫の出番はほかのキャストと比べて少なくなってしまったが、それを補って余りあるのは、岡元敦司の濃厚なヴィジュアルと、巧みな演唱である。ただ、それだけでは、終幕で園子が夫に向かっていう台詞「あんた、綿貫に似てきたなあ・・・」は、若干、実感を伴わないままにおわってしまう。

光子に対する双方の関係を定めて、綿貫と園子が共同でつくった誓約書についても同じことがいえるだろう。一応、第2幕で作成のシーンがあるのだが、ドラマのテンポが速すぎたせいか、私にはあまり印象に残らなかった。それを夫が回収しようと談判する場面は、園子と光子が狂言自殺に至る場面と同時に演じられ、面白い四重唱の体を成していたが、女性側のとる行為と釣り合わないために、男性側のやりとりが目立たなかった点で、その音楽的、あるいは、ドラマトゥルギー的な効果については微妙である。演出的にも、女2人が身体を並べて、ロミオとジュリエットのように一時の眠りにつくシーンは胸を打ち、第2幕の幕切れでクライマックスを刻んだのと比較すると、男性側のやりとりや独白は印象が薄い。最終的には誓約書が3人を自殺に追いやるのであり、音楽的モティーフとしても、さらに明確にすべきだったように思われる。

ところで、この場面では、園子が「死の」と切り出すのに対して、終幕では光子が「死の」と言い出し、シンメトリカルに交叉する劇的構造を成している。転換をはさんでの第3幕冒頭では、先の感動的なシーンがすぐにも裏切られることになった。先に目覚めた光子と孝太郎が関係する場面は、小説では夢うつつで見たような感じでぼかされるのに対して、西澤のオペラでは明確に、園子が起きる前に2人が肉体関係をもったことが描写されるからである。「死の」と言葉に出し、自ら主導権を握ったような感じであっても、結局、園子は欺されていたわけだ。それは終幕で光子が「死の」と言い出し、経文を読み、その想いのとおりに孝太郎と一緒に死んで、園子を置き去りにすることの伏線ともなっている。

【モティーフの重ね合わせ】

第1幕と第2幕は大幅に短縮されているものの、ほぼ小説の台詞どおりで構成されているが、第3幕は見事に経文を読む光子など、原作からすこし離れて、リブレットを再構成する形となっていた。長編からすべての場面を抽出することはできないが、奈良での逢い引きで園子と光子が親睦を深める場面は、自分の場合、思わず涙したほどに思い入れがある部分で、本作のなかでも屈指の美しいシーンでもあるため、オペラでカットされていたことは残念に思う。一方で、冒頭部分を大幅にカットして、いきなり園子と夫の語らいから、学校での逸話がわかるように始めたのは面白かった。これを皮切りに、第1幕の手早く関係が進んでいく流れについては、よくできていたと思う。ほんのりと匂わす程度ではあるが、夫が既に妻の絵によって、光子に一目惚れした風まで感じられたのは、この作品がオペラである分、パミーナの肖像画で一目惚れした『魔笛』タミーノ王子の例を思い出してしまうせいかもしれない。

意図的なものかは分からないが、この作品をオペラにした場合、いまの『魔笛』の連想をはじめとして、いくつかの面白い符合が窺えるのである。同性愛のオペラということでいえば、「ルル、私の天使!」(ゲシュヴィッツ伯爵夫人)というのは、それにちかい世界だったかもしれない。ベルクは1935年に歌劇『ルル』未完のまま、亡くなっているが、その時期は谷崎の小説とちょうど似たようなところである。谷崎の小説では、光子と綿貫は魑魅魍魎、園子は異常だが、欺されていてもすぐに立ち直るし、いささか信じやすく、脳天気な風に描かれている。これに対して、西澤による解釈は園子も、光子も、同じように妖怪的だった。これには、歌手2人の特徴がダイレクトに生きていることもあって、新宮はハキハキとして、言葉が明瞭な占い師か、メルヒェンでいうところの魔法使いの雰囲気。対する津山は発声はやや熟したとはいえ、それでも全体的に10年前とほとんど変わらない印象で(二期会の歌劇『イェヌーファ』で題名役)、どこか謎めいた雰囲気を自ずから醸し出す妖精のような歌い手である。最後にみた彼女の舞台が『オネーギン』のタチアーナだったので、文豪ものの、手紙に関する作品ということで共通し、今度の印象には私の個人的な体験が影響しているのかもしれなかった。

そういえば、オペラ自体がオネーギンとも共通点がある。しかし、綿貫と孝太郎をレンスキーと題名役に擬するには無理があり、オネーギンというよりは、モーツァルトの『フィガロの結婚』(手紙の二重唱)を連想するほうが適当だろう。小説を読んだときには、僕にとって、それほど胸に残らないシーンだったが、言葉の反復は音楽的表現と相性がよく、しとしとしとしと・・・が、光、光、光、光・・・に化ける手紙のシーンは、西澤の作品のなかで特に味わいぶかい場面のひとつになった。

そのほか、モティーフの循環はもちろん、ワーグナーに範をとったものである。クスリを方便に使って、表面的な関係とは異質な裏の関係があることを仄めかすのは、『トリスタンとイゾルデ』の構造にちかい。綿貫の性格はある意味で、ワーグナー的である。園子の「あんた、綿貫に似てきたなあ・・・」は夫にとって致命的な侮辱のはずだが、それが同時に、オペラでは、自分の作品が徐々にワーグナーと似てきたという自虐的なアイロニーになるとするなら、言葉の意味はより深さを増すだろう。そして、西澤自身にとっては、それほど悪い気持ちのする言葉でもないはずだ。

【静寂に向かう悲劇】

素材としては、『卍』は喜劇にもなり得る作品だが、西澤は恋人たちの享楽、キャラクターや彼らの関係の可笑しさよりも、真剣さを重くみて、真っ当な悲劇として作り上げた。例えば、終幕で光子と孝太郎が手をつないだまま硬直し、その手を離させようとする園子の仕種は、コミカルに夫を叩いて、悔しがったりする動きも思いつくのだが、実際は手が離せないと知るや、夫の身体に頬を寄せて慈しむような仕種をとっていた。音楽は服毒自殺決行のシーンで、それも登場人物にとっては快楽のうちと思わせる、ほんのり明るい曲調から、徐々に暗転し、勢いを失って止まるようにできており、こうした登場人物の内面に寄り添っている。その幕切れには、ジンと来るものがあった。処女作ともなれば、派手に飾りたくなるところだが、静かに花を添える作曲家の感覚はつよい支持に値する。

【大事に織り上げたハンドメイド・オペラ】

この作品は他に比べるものがなく、正直、評価は難しいところがある。目にみえて斬新なものはなくとも、西澤は彼にしかできない、唯一無二の仕事をしたということは間違いない。2006年に東京文化会館による公演で、『日本オペラ絵巻』という企画が行われたが、西澤のオペラのいくつかの場面は、そのような公演で過去の名品と同じ位置を占めるだけの価値は持っている。

とはいえ、今回の成功は、歌手たちに負うところも大きかった。いままで名前の出なかったところでは、夫役の横山慎吾の歌唱も序盤から目立っていた。若干、声が詰まる場面があったのは、当日の乾燥のせいだろうが、小説よりもオペラでウェイトを増す役柄を力強く演じ、高く計算できる女声2人に伍する働きをした功績は見逃せない。津山=横山という夫婦の組み合わせも、嵌まっていたのではないか。演出は予定されていた原純が降板したが、コンサート形式にはならず、作曲家と歌手たちによって、緻密な動きとアイディアが試された。動きの面、心情表現においては、歌手たちは何の問題もなく、魅力的だった。ハンドメイドで、皆が大事に織り上げていった舞台であったことが分かるだろう。

豊洲文化センターのホールは区役所というロケーションに相応しく、ガラス張りの雰囲気が印象に残っていたが、会場に入ってみると、可動壁は黒で覆われ、装置はシンプルだが、見事にプレイ・スペースが完成しており、それだけでも思わず感動を禁じ得なかった。多分、舞台上からみると、ガラスにほんのり反射して二重にみえる客席は幻想的だったのではなかろうか。上手に管弦楽が配置され、そこから離して下手に主要な演劇空間があり、中央やや下手よりに設えられたスクリーンのシルエットを利用した演出が目立つ。舞台で素っ裸をみせるわけにもいかず、この作品ではところどころ苦労があったと思われるが、シルエットで裸をみせる工夫は、ちょうど最近みた映画『愛を綴る女』(ニコール・ガルシア監督)で同様の描写があり、手の込んだ映画並みの工夫を思いつくとは畏れ入るほかない。オペラ歌手の裸を拝みたいとは思わないが、できれば御簾くらいにして頂けると、さらに雰囲気があったのではなかろうか。

【隠された視点】

旋律とアーティキュレーションに支配される音楽上の制約があるなかで、「大阪ことば」の独特なイントネーションを表現するのは難しいと思われるが、単語単位にしたり、様々な工夫で、やりたいことをいくつか形にできていた。外国語のオペラでも、例えばトスカーナ訛りをどう表現するかとか、そんな苦労もあるのだろうか。例えば、『カルメン』はスペインのバスク地方の物語である。『愛の妙薬』も、バスク地方。ヤナーチェクの『利口な女狐の物語』は、モラヴィアの話だろう。ヴェルディは同じイタリアでも、ローマ、シチリア、ヴェニスなど、場所を変えている。それぞれの場所で響く言葉や風習をよく知れば、彼のつくるドラマや音楽にも別の意味を見出せるのかもしれない。そういうことなら、いまでも思い出す。故アルベルト・ゼッダが振った『ギョーム・テル』、芳しいスイスの響きを!

地方の言葉であるだけに止まらず、西澤のオペラ処女作は、我々が普段、気づかないでいた、いくつかの隠された視点に光を当てるものであったと評価すべきだろう。さらに熟成していけば、より深い成果を得ることになるのかもしれない。例えば、私が長塚圭史の舞台を観たときには、転換や舞台の変わり目にそれとほんのり関連性のある音楽を流すことがあった。このような工夫を用いて、大正~昭和初期の流行歌や軍歌、マーチなどを流すことで、時代背景を匂わせることもできる。また新聞が最期のモティーフになるのだから、それを別の場面でも利用して、時代背景を表すことも自然と思えるはずである。

わが愛するヴィオラのうたう深い響きに始まり、最後はひとり生き残ってしまう園子の寂しさを示すような薄い和声を伴う音楽で締めて、全3幕=2時間弱にまとめ上げた作品。様々な情熱が詰まった、豊かな舞台であったと報告したい。

【プログラム】 2017年11月17日

○西澤健一 歌劇『卍』(全3幕)

 垣内 園子(S) 津山 恵
 徳光 光子(Ms) 新宮 由理
 垣内 孝太郎(T) 横山 慎吾
 綿貫 栄次郎(Br) 岡元 敦司

 於:豊洲文化センター(シビックセンターホール)

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