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2017年11月17日 (金)

ヴァレンティン・シルヴェストロフ 80歳記念ガラ・コンサート アレクセイ・リュビモフ pf ほか 11/9

【3時間で一挙に詰まった距離】

ロシアの作曲家ヴァレンティン・シルヴェストロフは、歴史のなかに埋もれた天才なのであろうか。そもそも、ここ100年ほどのクラシック音楽は、その歴史に触れるにも手ごろな資料が少ないのだが、わけてもシルヴェストロフは、そこからさらにはみ出るような場所で、美しい花を咲かせてきた。日本ではほとんど知られておらず、今回が初来日となった。そして、衝撃が走ったのである。いきなり80歳を祝う特別な機会で演奏された彼の作品には幅があり、同時に統一感にも満ちて、ずっしりと重かった。ホールのプロデューサーによれば2時間を予定していたというコンサートが、3時間に膨らんだのはなぜだろう。ともかくオペラよりも長い、この貴重な時間が私たちの距離をみるみるうちに縮めていったのだ。

かくいう私も彼の音楽について知ったのは、ようやく昨年のアレクセイ・リュビモフによる豊洲でのリサイタルでのことにすぎなかった。リュビモフは以前から来日を重ねているが、彼自身、日本での名声がようやく、その実力に相応しいものとして轟いたのは、2011年のすみだトリフォニーホールでの公演を経たあとのことである。リュビモフはほかに、京都の古寺で演奏するなどして、好事家の関心を誘っている。豊洲でのリサイタルも勿論、見事なものであって、シルヴェストロフという聴き慣れない作曲家のソナタ第2番も特に印象に残るもののひとつだった。その後、ラジオ放送やSNSを通じて、今度はシルヴェストロフと来日したいという話があって、私はその日を心待ちにしていた。主催者によると、いろいろと曲折はあったようだが、その計画が1年後の武蔵野文化会館で見事に実現したというわけだ。

すみだトリフォニーホール(墨田区文化振興財団)、武蔵野市民文化会館(武蔵野文化事業団)、第一生命ホール(トリトン・アーツ・ネットワーク)には地域に根づいた優れたアーツ・プロジェクトを展開するプロデューサーたちがいるようだが、そのうち2団体の支援を受けて、ようやくシルヴェストロフという美しい花の存在が知れ渡ったということには、筆を及ぼしておくだけの価値があるだろう。

今回の公演は元来、あるオーケストラの定期公演に組み込まれる予定だったということだが、詳細は不明である。そのハシゴが外されたものの、盟友リュビモフのほかに、モスクワ・ソロイスツなどで活躍するヴァイオリニストのエレーナ・レーヴィッチ、そのほか、日本とロシアに縁ある8人の若き演奏家と、指揮者1人を集めて、ソロから協奏的な作品まで広く取り扱うことができた。シルヴェストロフは終始、客席の中央にどっかと腰を下ろして、出番の直前まで我々のなかにいたものである。いよいよ出番となると、彼はひょこっと席を立ち、ちょっくら舞台袖に寄っただけで、衣裳も改めることなく、.リュビモフと一緒に姿を現した。

【シルヴェストロフが発するコミュニケーションからは逃れられない】

最初の曲では2人は演奏するでもなく、(リュビモフが)録音テープのスウィッチを入れると、ピアノを弾きながら、悪声ながらも、なにか詩のようなものを読む(うたう)シルヴェストロフの声が聴こえてきた。『芭蕉の句による3つの俳諧』である。その詳細は語られていないが、誰もが知っている著名な句で、彼の音楽を象徴する静寂を思わせる句としては、「閑さや岩にしみ入る蝉の声」「夏草や兵どもが夢の跡」「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」が思い当たる。それが正解であるかどうかはともかく、この作品は短いものの、それまでの時間、ともに過ごしてきた諸作品に対するひとつの種明かしになっていたように思われる。

シルヴェストロフがこうしてうたうことで、音楽が自然に紡ぎ出されていくのだ。そこには前衛音楽だの、系統だった音楽理論といったようなものは、当面のところ、あまり関係がなさそうである。調性音楽、旋律、和声、リズムといったようなものさえ、どこ吹く風という感じだ。知性が極点にまで達した現代社会において、かつての天才たちのように閃きのまま、なにかを造り上げ、それがそのまま意味あるものとして存在することは、なかなかほかに例がない。だからこそ、ときに達者な子どもが自由な発想で、ピカソのキュービスムに類するような作品を描いたりすると、目を細めて驚かれるものである。シルヴェストロフは録音が切れるころ、ようやく鍵盤に向かい、『3つのバガテル』を弾き始める。80歳の画家が子どものころから住むアトリエで、その入口に描かれた70年前の落書き。それが、いちばん僕にとっては美しいものなんだ・・・とでもいうような音楽である。

この日、演奏されたシルヴェストロフの音楽には、本当に些細なデッサンのような作品から、数十分に及ぶ大作までが混じっていたが、そのなかでも、バガテルはその題名のとおり、もっとも意味がなく、シンプルな作品に分類される。それこそが、いちばん驚きに値するものだったのだ。もちろん、そのように聴こえる秘密のひとつとしては、シルヴェストロフ自身が弾いていることにも原因がある。アンコールの1曲と合わせ、本当に優しく、穏やかで、こころのなかへと静かに分け入ってくる素敵な音楽だった。これまでにプレスラー、チッコリーニ、ツィメルマン、ポリーニ、カニーノ、リル、そして、リュビモフと、多くの優れたピアニストたちの演奏に出会ってはきたが、これに類する体験はアンジェイ・ヤシンスキ以外には思いつかない。王子ホールでの珍しいリサイタルに寄せて、愛弟子のクシシュトフ・ヤブウォンスキは師について、彼のピアノから届くコミュニケーションには逆らえないと評している。その言葉がいかにも正しいとわかる、私にとって特別な機会のひとつだったが、シルヴェストロフのピアノからも同様の逆らえないコミュニケーションが私の胸に届いた。恐らくは、それを聴いたすべての人たちにも届いたはずである。

終演は23時ちかかったにもかかわらず、長蛇の列をつくったサイン会の様子が、そのわかりやすい証左になっている。

【シルヴェストロフに返っていくオマージュ作品】

演奏会は、シルヴェストロフへのオマージュ作品である権代敦彦の"Omnia Tempus Hebent-すべてに時がある-"から始まった。この演奏会にはそれぞれの曲目に対する解説がなく、そもそも演目は当日の発表だったので、書けるわけもないが、「~より」となっていることをみると、作品全体は敢えてみせることなく、シルヴェストロフに手ずから献じられたスコアのみによって、全貌を知ることができる作品ということになるのかもしれない。下手な独創性という点にこだわらず、シルヴェストロフの音楽をよく研究して、その特徴にうまくはまる作品を書いたという点では十分に役割を果たしたであろう。清水雄太が指揮し、ピアニストを除く弦楽器のメンバーの顔見せという点でもちょうどよかった。

本プログラムに入り、リュビモフがいきなりソナタ第2番を演奏する。既に書いたように、この作品は1年前の豊洲でも弾いており、今回の来日シリーズでも、必ず入れている演目だ。正直なところ、多くの作品があるなかで、ソナタ第2番が再演奏されることの意義には疑問も感じていた。しかし、楽器もちがえば、ホールの環境や客席の雰囲気、演奏家の気分やコンディションも異なるなかでは、まったく異質な音楽が響くものなのである。ましてや、演奏家として際立ってデリケートな感性をもつリュビモフが弾く、シルヴェストロフの作品においては、先のような問いは生ずる隙もないほどだった。「軍艦」ピアノ=スタインウェイからリュビモフが引き出した響きは、豊洲(ベーゼンドルファーの真新しいピアノ)での詩的映像音楽をノヴェライズしたようなドラマトゥルギーを感じるものである。豊洲のときの構造までX線にかけたような緻密な響きは表現しにくいとしても、当地の弾き込まれたスタインウェイは分厚い小説か、長い散文詩として、多くを語り出したのであった。

この日のリュビモフは、作曲家を前にして穏やかならぬ特別な集中力に満たされ、あのときとは比べものにならないほどの完璧な演奏で魅了した。シルヴェストロフが、そこにいることの貴重さは明らかだった。

つづいて、モスクワのチャイコフスキー・コンクール(2015年)で最年少にして、第6位に入賞したジョナサン・ローズマンが登場し、リュビモフとともに『ポストリュード』を演奏する。この日のプログラムには2つの「ポストリュード」が含まれているが、ある作品があったとして、それを孤立させずに発展的に生かしながら、つづけていくという姿勢がシルヴェストロフの身上に刻まれているように思えてならない。ショパンやドビュッシーはプレリュードに、ブラームスやリヒャルト・シュトラウスはインターリュード(インテルメッツォ)に、そして、シルヴェストロフはポストリュードに向いている作曲家だ。この作品も当夜の流れのなかでは、ソナタ第2番と響き合うものを想定しており、ローズマンのチェロが見事に興を添える。

そのローズマンが改めて単独で登場し、無伴奏チェロによる『1750年7月28日...J.S.Bの想い出に』を演奏した。言うまでもなく、’J.S.B’はヨハン・セバスチャン・バッハのことであり、日付はその命日である。作品自体は非常にシンプルで、技巧的な特殊奏法や難しい早弾きの部分、極端な低音や高音などは使わない。バッハの引用か、模倣らしきものをぼうと浮かび上がらせながら、チェリストが自分の呼吸で、自分らしいアーティキュレーションをつくっていくだけである。楽譜とアーティストの間での、真剣な対話が拝める小さな名品である。ほとんど技巧的な見せ場もなく、ある意味では、そういった助けとなるショウの部分がないために、この作品を魅力的なものとみせるために、演奏家のもつ音楽的センス以外のものが入り込む余地はまるでなかった。ローズマンは、そうした作品でいっそう輝く個性をもっている。本物のアーティストだ。

この日の演奏会には冒頭の権代作品を皮切りに、個人的な「記憶」を抽象的に辿るものにしろ、バッハ、ベートーベンといった具体的な対象を想定するにしても、オマージュ的な作品が並べられた。そうしたシルヴェストロフの作品そのものが、演奏家のこころやそれを聴く人たちの雰囲気を通じて、シルヴェストロフ自身に返っていくようにしたのだ。この構想は、非常に当たっていたと思う。もっとも前半は、客席の側の「妨害」行為も少なくはなかったが、それですべてが傷つくというわけでもない。

【上質を知るためのコンサート】

シルヴェストロフの作品を、私はそれほど知らなかったが、ピアノ・ソナタ第2番は最左翼とも呼べるほどの革新的な作品だった。シルヴェストロフの作品には時期によっても幅があり、さらに演奏会によって、大きく変わってくる特性をもっていると思われるが、どちらかといえば、美しく繊細な旋律が微妙に揺らぎながら、ゆっくりと推移していくような作品が多い。ときにミニマリズムのような印象ももたらすのだが、その文字列からイメージされるような単純なコピー・アンド・ペーストの効果や、軽快なリズム感からすると、まるで異質である。私はむしろ、以前に六本木の Super Deluxe で耳にしたツァイトクラッツァーというドイツのグループが演奏した、ジェイムズ・テニーの作品を思い出した。あのときは正直、すべての意味は理解できなかったが、静かな音楽に身を浸しているうちに音楽に対するセンサーがみるみるうちに研ぎ澄まされていって、いつもよりも繊細な音楽の詩情をつかむことができるようになる感覚は身についた。シルヴェストロフはそれよりも短編、もしくは、少し長めの散文詩に向いた音楽で、ときには淑やかな映画音楽のような甘さもさえ忍ばせ、合唱曲のような言葉のイメージを感じさせることも多い。

前半のハイライトは、寒いキエフの風を採録した響きと、ピアノ、ヴァイオリンの対話が美しい『冬の夜の音楽』だった。テープに録音された風のモティーフ上で、ピアノとヴァイオリンが囁きあうような音楽だ。演奏は木野雅之と、リュビモフ。インタビューにもあったが、ナチュラルなものに永遠の響きを見出し、伝えるシルヴェストロフの音楽は、彼の作品が抱えるものを越えて、より多くの秘密を教えてくれる。当日は北風が冷たい日だったこともあり、客席でいくらか芝居がかっている僕としては、自分の両腕で身を抱えてみようとした。ときどき、ほんのりと温かさを放つ2つの楽器が、寒い北の大地でどれほど意味あるものなのか、この音楽によって改めて実感できるようだった。

『3つのセレナード』と『イコナ』は連続して演奏され、繊細だが、少しずつ感じのちがう3つの作品と、そのエコーのような対位法が聴こえる作品の組み合わせに陶然となった。あまりに自然すぎて、あとの『イコナ』がなかったかのような勘違いを引き起こした。リュビモフのリードが多くのイメージを与えてくれるセレナードと比べると、深い統一感を醸しながら、弦楽器の奏者たちが思い思いにアイディアを持ち寄る感じもある『イコナ』は、ひとつのハイライトになった。推測するに、互いに役割の異なる9の独立した声部をもつ作品は、音楽の一種の極へと演奏する側、聴く側の両方を導いていく。このような作品を書いてくれるのだから、シルヴェストロフの音楽を深く知れば、演奏家も、聴き手も、彼のことを深く尊敬しないわけがない。この演奏会は終始、音楽に対する感覚を研ぎ澄まし、上質を知るための機会だったといえるだろう。例えば優れたソムリエに同席して頂き、テーブルに置かれた上質なワインの素晴らしさをどう知るか、デキャンタから、グラスの振り方、味わったあとの表現まで、細々と習うようなものである。

セレナードは合唱曲のクオリティを、ピアノと弦楽器で表現したもののように思える。後半の曲目は特に、シルヴェストロフの音楽における、響きと言葉との関係が見逃せない。レーヴィッチとリュビモフで演奏した決定版『ポスト・スクリプトゥム』も、その風があるものの、シルヴェストロフの傑作のひとつである当作品は、それだけにおわらず、響きや技巧という点でも、音楽の究極を感じさせるものであった。この日、数多く体験してきた歌曲のようなゆったりしたメロディに始まるのだが、音楽は急速に変容し、不規則なスパンでコントラストを入れ替える無限のループに入っていく。基本的にシンプルな語法に特徴のあるシルヴェストロフの作品だが、器楽だけにしか表現できない魔法のような響きも、ここでは緻密に活用した表現になっている。もうおわるかというところが何回もあり、コントラストの流れはしぶとく復活し、まるで演奏家が思うままに引き延ばせるのではないかと訝るほどに、豊富なヴァリエーションがつづく。このような作品をみると、私の場合、ベートーベン的だと思う癖がついている。

明確に区切られた3つの楽章からなるものの、ひとつひとつのピースの曲想はそれぞれ全力で表現されるに値する。ゆったりと、長くつづく作品は、本当に特殊な集中力を持続させなくてはならない。ある意味では、そこが新しいともいえるだろう。ただ静かなだけでなく、そこにあらゆる感情が潜んでいる。例えば、畏れや不安、あるいは、優しさや愛といったものだ。どれだけ情趣ゆたかに、音楽の秘密を語ることができるかに、演奏家のセンスが滲んでくるのであろう。レーヴィッチとリュビモフの組み合わせは、これが紛れもなく、とんでもない作品だという印象を抱かせる。ヴァイオリンとピアノが奏でる旋律やその断片、音色が無限にも思える多彩な変奏によって変容していくかのような、驚くべき発想と、その構築の連続が目に浮かぶ。2人が互いに模倣を繰り返し、こだまのように響いた。深い衝撃に言葉も出ないまま、ブラヴィともいえなかった。

【シルヴェストロフと11人の音楽家に乾杯】

次の曲に移り、リュビモフが彼にとって最後となるポストリュードを弾き始めた。そのとき、私には、演奏会のすべての構造がぱっと開けて見えたのである。シルヴェストロフ登場から、奇跡のような時間については、既にスペースを割いたが、その奇跡を迎えるために、リュビモフをはじめとする奏者たちが苦労した事実にも、私は注意を喚起したい。シルヴェストロフは確かに、鍵盤奏者としても特別な才能がある。しかし、彼のつくる音楽や、彼自身のパフォーマンスは、それを理解する、あるいは、理解しようとする人たちの温かい輪のなかでこそ、もっとも美しく輝くようにできている。シルヴェストロフを囲んだ11人の音楽家が、この場で果たした役割は決して小さくなかったのだ。

その後のSNSにおいて、この11人の縁を再現しようというリュビモフの言葉が紹介されているのは頼もしい。

9月30日、シルヴェストロフは80歳を迎えたばかりだ。まだまだ若い。今回の積み上げと評判をベースにすれば、再度の来日も可能かもしれないし、それを数回繰り返せば、ムーヴメントになる。私にとって愛着も深いエリシュカのように、彼が日本で最後の花を咲かせることを期待したい。それにしても、そうした奇跡を実現させるのはいつも、小さな主催者(招聘元)であるのは困ったことだ!

【プログラム】 2017年11月9日

1、権代敦彦  From ”Omnia Tempus Hebent”
2、シルヴェストロフ ピアノ・ソナタ第2番
3、シルヴェストロフ 『1750年7月28日...J.S.Bの想い出に』
4、シルヴェストロフ Moments of Memory Ⅱ
5、シルヴェストロフ エピタフ(L.B.)
6、シルヴェストロフ 冬の夜の音楽
7、シルヴェストロフ 3つのセレナード/イコナ
8、シルヴェストロフ ポスト・スクリプトゥム
9、シルヴェストロフ 3つのポストリュード
10、シルヴェストロフ 3つの俳諧/3つのバガテル

 於:武蔵野市民文化会館(小ホール)

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