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2018年2月 8日 (木)

関根日出男先生 一周忌 追悼演奏会 りんごとさくらのコンサート 2/6

【深いトレモロに感情を込めて】

チェコの言語、音楽、文化の研究家で、医師であった故関根日出男先生の一周忌を悼む音楽公演を覗いてきたので、報告したい。生前、氏は耳鼻咽喉科の医師として、東京の赤坂に開業され、患者を診る一方で、冷戦時代よりチェコの言語や音楽、文化に関する資料の収集等に努められ、日本におけるチェコ音楽の研究と普及に一方ならぬ貢献をされていた。昨年の1月18日、惜しくも亡くなられた。常に医師が本業であり、専門の学者ではなかったにもかかわらず、その業績にはしばしば一目が置かれ、2009年にはチェコ政府より「チェコ芸術の友賞」を授けられたことで、いっそう輝きが増した。

当夜は駐日チェコ大使以下、公私に親しかった数名の来賓の挨拶を経て、先生がヤナーチェクの音楽に出会った所縁の演目であるという、ピアノ・ソナタから演奏が始まった。文筆家、指揮者としても活躍されている内藤晃は低い椅子に座り、まるでピアノ全体をふるわそうとするかのような仕草で、深いトレモロに感情を込めて表現し、独特なソナタの演奏を繰り広げた。もっとも全体的には淡彩で、シンプルな演奏であり、細かいパッセージでも、できるだけ和声を丁寧に聴かせようとする慎重なアクションが気を惹く。

【関根先生に捧げる音楽の世界旅行】

竹花加奈子は自らチェロを弾き、三好恭子とのデュオで、『径』と題した自作品を世界初演する。故人との思い出に捧げられたこの作品は、シンプルで味わい深い旋律と、古典的な形式に基づき、その平明な特徴にもかかわらず、チェコ音楽に特徴的な要素を巧みに盛り込んでいたのがわかるものであった。内藤の演奏と同じく、わなわなとふるえるトレモロの表現や、開放的な響きながら、厳密な格子状のアルペジオの表現などがそれに当たるのであろう。

第1楽章は形式的にも作為がなく、しなやかで味わい深く、特に気に入っている。この機会だけにおわらせず、素晴らしいチェリストにもどんどん弾いてほしい名品と思った。チェコ音楽は近代フランス音楽や、パリという当時の文化的中心から吹く風を少なからず受けて育てられている。例えば、スメタナはパリで活躍したショパンを弾く名手として出発し、マルティヌーもパリでルーセルについた。単に甘く美しいだけではなく、ドビュッシーのような風采の洒落た工夫が煮詰められている。最初の楽章は正に当時のフランスが象徴的であるように、ごく自由な表現形式と、詩的な潤いのある音楽内容がゆたかに盛り込まれ、全体を3楽章に約めた構成にもその影響は窺える。あまり高音を使わず、中音域でたっぷりと声をためて歌うときの、情感のゆたかさは特によい。竹花の名前は初めて知ったが、チェロの響きの深さと、優しさを生かした穏和な旋律を生かしきり、しみじみと淑やかな作品を重ねて書かれている。

一転して、第2楽章はピアソラ風の浮いた旋律が特徴的で、先の楽章よりも弾むようなリズムが強調されていて、活気に満ちていた。第3楽章はその延長線上にあるのだが、長い序奏を弾いたあと、ようやく現れる濃厚な主題をチェロ→ピアノで順番にうたう形式になっていた。これは、ロシア音楽の小品によくある形かもしれない。役割が交代してピアノが旋律を弾く際には、チェロがトレモロを強調するように音をふるわせ、先ごろから繰り返されたチェコ的な表現にも対応し、同時に、ちょっとしたユーモアも感じさせた。フランス、南米、ロシアを旅した作品は、最後にバッハ風の響きから、おもむろにドヴォジャーク風につないで終わる形となり、聴きごたえがあった。

【明るいルサルカと、チェコ音楽に特徴的なポジション】

続いてソプラノの平岩佐和子が登場し、ドヴォジャークの有名な歌曲『わが母の教え給ひし歌』を枕に、歌劇『ルサルカ』の著名なアリア「月に寄せる歌」がうたわれた。関根先生にとって、日生劇場の公演に向けた『ルサルカ』の翻訳が結果的には最後の仕事となったため、この演目にはただでさえ胸が詰まるものがあったのだが、それ以上に平岩のパフォーマンスの素晴らしさに直接、魅入られたものである。美しい言葉とフォルム、爽やかに伸びる声の若さに加えて、伴奏の沢由紀子と一緒につくる明るく、すこし先を急ぐような歌の形が言葉そのものや、歌の構成とよくマッチして、意外ながらも面白く響き、胸に堪えたのだ。最後、歌がほどけて裸の言葉になってしまうときの自然さも、これならば、納得がいく。

同時に、沢の独特なポジションのとり方はチェコ音楽の秘密を語る、ひとつの答えであるように思われる。すこし腰高で、前傾するフォルムは、彼女の演奏する姿勢とちょうど一致している。一方で、沢は懐ふかく、音楽を受け取る深みをもっていることから、支配的にはならず、広い視野で音楽を捉えることができ、共演者とのコミュニケーションも巧みである。演奏技術はもとより、これまで日本とチェコでおこなってきた粘りづよく、個性的な取り組みもあって、関根先生の遺志を継ぎ、日本とチェコの懸け橋となる人物としては、これ以上の方はないように思われる。イベント冒頭には、故人のあとを襲い、国際マルティヌー財団日本支部代表となることも発表された。

沢よりも、さらに徹底して前傾するフォルムをつくり、フィビフのピアノ作品を大胆に演奏したのは志村泉だ。ラプシャンスキーの録音を聴くと、夜中に聴いても怒られないような優しいタッチがつづき、汐らしい気持ちになるのだが、同じ録音を関根先生との思い出で共有するという志村は、また別の図太い印象で語りなおしているのが特徴だろう。だが、最後の139番では一転して穏やかな響きを聴かせ、この場に相応しい印象も残していった。

【関根のぞみ、合唱団わだち】

休憩をはさみ、後半は故人とも血縁があるチェリストの卵、関根のぞみ(のぞみさんからみると、関根先生は大叔父に当たる)がマルティヌーのソナタ第3番より、第1楽章を弾く。前半に出たチェリストよりも若い(プラハで在学中)が、多くのものを既に身につけており、ボウイングなどはよりダイナミックで、メッセージに満ちている。生前の関根先生とどれほどの交渉があったかはしれないものの、身内として、こころのこもった演奏をされていた。

合唱団わだちは、トゥチャプスキーの『5つの四旬節モテット』を歌った。十字架上のイエスによる’Eli, Eli, Lema Sabachthani?’の文句は、関根先生を父なる神になぞらえてのメッセージだったのかもしれない。第3曲のモテットで、活力のある歌声を聴かせた老テノールには大拍手を捧げるべきだろう。

【マルティヌー、なんと偉大な!】

最後に、チェコからのゲストであるルデック・シャバカ(Ludék Sabaka)が、マルティヌーのピアノ・ソナタを活き活きと演奏した。かつてプラハ音楽院で教え、いまはピルゼン(プルゼニ)の音楽院でピアノ科の主任教授に就いている。このイベントに出演した演奏家は表面的なパフォーマンスの巧みさよりは、それぞれの音楽に対して一家言のある、深い秘密を語ることのできる人たちが大半だった。だが、シャバカはそのなかでも、グレードのちがう演奏を繰り広げたのである。マルティヌーのソナタが、信じられないほどに輝かしく、明晰に聴こえた。これまでの様々なアーティストによる演奏を盛り込みながら、総括するような風もあり、マルティヌーの作品は、バロック音楽におけるバッハの役割と似ていることも思わせた。

マルティヌーといえば、室内楽の大家というイメージがあるが、鍵盤の曲もかなりの数を書いている。もっとも、これといった畢生の大作が見当たらない。しかし、実はあるのかもしれず、探求を深めてみたい気持ちになった。マルティヌーはチェコ音楽にとっては、一応の終着駅であるとともに、次の時代の音楽へとつづく扉を開いた偉大な立場にあるのかもしれない。多作ゆえに、かえって過小評価される点はフランスにおけるミヨーの立場と似ている。

【関根先生がつないだ輪】

演奏会の最後には、スメタナの交響詩”Má Vlast”のうち、’Vltava’の有名な旋律に日本語の歌詞をあてたものを全員で歌って、明るく締めた。器楽で演奏するようにアーティキュレーションをしっかりすると、歌える曲だった。豪華にもシャバカが伴奏し、合唱団を中心として、出演者も全員が舞台に立っての大団円だ。これらすべてが、関根先生がつないだ輪なのかと思うとジンとするところもあるが、それ以上に音楽する愉しさのほうが優るフィナーレだった。いま、楽しげにうたを歌いあっている人たちを集め、結びつけたことこそが、先生にとって最大の業績であったにちがいない。私には、そのようなことしか言えない。

なお、この場に来たくても、様々な事情で来られない人たちもいたはずだ。それら、すべての友人たちに、まだ知り合ってもいない仲間たちにも、この報告を捧げたいと思う。

【プログラム】 2018年2月6日

1、ヤナーチェク ピアノ・ソナタ「1905年10月1日 路上にて」
 (pf:内藤 晃)
2、竹原加奈子 径~関根日出男先生の思い出(世界初演)
 (vc:竹原 加奈子 pf:三好 恭子)
3、ドヴォジャーク わが母の教え給ひし歌~『ジプシーの歌』
4、ドヴォジャーク 月に寄せる歌~歌劇『ルサルカ』
 (S:平岩 佐和子 pf:沢 由紀子)
5、フィビフ ピアノ曲集『気分、印象と思い出』より
 355番、217番、81番、19番、196番、94番、368番、139番
 (pf:志村 泉)
6、マルティヌー チェロ・ソナタ第3番(第1楽章)
 (vc:関根 のぞみ pf:沢 由紀子)
7、トゥチャプスキー 5つの四旬節モテット(無伴奏、混声)
 (chor:合唱団わだち cond:中村 敏彦)
8、マルティヌー ピアノ・ソナタ
 (pf:ルデック・シャバカ)

 於:渋谷区文化総合センター大和田(伝承ホール)

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